ロドス劇場寄稿if:ペガサスの目を持つ女性たちとともに源石のない世界の日本に行ったとある狼トレーナーさん 作:東京<アズマ キョウ>
【二アール家】やヤマトらの母国【カジミエーシュ】で流行している競技。
日本や他の競バ界との大きな違いは
・賭博が合法である
・レース中の妨害が合法である
ことにある。そのためレースに出バする者たちは1着でゴールすることは勿論、
他の参加者からの妨害や攻撃を防ぎ、逆撃した上での勝利が求められる。
むしろ近年では「ただゴールする」だけでは観客が退屈するため
「他の参加者をすべて倒してからゴールする」ことが求められている。
「……あら?」
「メジロマックイーンの緩やかな覚醒を確認。各種反応に問題なし。正常な状態と認められます」
メジロマックイーンが目を覚ました場所は【トレセン学園】内にある保健室のベッドだった。
彼女の横には白とオレンジを基調とする看護服を身に纏った保健医で、同時にトレーナー『黒沼』と共に『ミホノブルボン』をサポートしているリーベリ人の『フィリオプシス』が、ベッド横の椅子に座って彼女のバイタルサインを映しているのであろうモニター画面を見つめていた。
「フィリオプシス先生……先生が私を保健室に運んで下さったのですか?」
メジロマックイーンがフィリオプシスに尋ねると、フィリオプシスは首を小さく横に振って答えた。
「回答は否です、メジロマックイーン。貴方はヤマトとカタパルトが急患として搬送してきました。姿勢を楽にしてください。バイタルの最終確認を行います」
フィリオプシスは立て掛けてあった輪っかと丸い結晶のようなものがついた杖を持ち上げてメジロマックイーンにかざし始めた。
杖の輪っかからライムグリーンの光がメジロマックイーンを優しく照らしている。
一見すると只のインテリアのように思える杖だが、実は患者の体をスキャンして異常がないかをチェックすると共に軽度の怪我や腫れなどの不調であればそのまま治療してくれるという極めて便利な医療機器である。
専門知識および免許の必要な道具であるが、殊更僅かな怪我でも見過ごせないウマ娘にとって夢のような代物であるため、理事長が大枚を叩いて資格者のフィリオプシスを雇用し学園専属の保険医にしたという逸話がある。
出力を無視して作動させればレース中に骨折してもみだりにトモを触って蹴られて蹄鉄状の痕が残っても治せるという噂があった。
こうした貴重な機器の使い手であるフィリオプシスは【トレセン学園】の生徒達からは尊敬の眼差しでみられている。
また、ミホノブルボンに伝播したとされる機械的な口調と特にフクロウを思わせるくりくりした目つき、魔法使いが飼っていそうな純白の使い魔の如ききステリアスな魅力から尊敬と同時に親愛を集めており、怪我のない生徒でもフィリオプシスがトレーニングに随伴していない時に合わせて保健室を訪れては餌付け……お茶会をするなど【トレセン学園】の良きパートナーとなっていた。
特に彼女が両手でクッキーを抱えて啄む光景はウマ娘達の疲労回復に役立っているという話もあった。
「終了。異常はありません。飛翔物による脳震盪と目されていますが非常に軽度のものと診断します。寮長には念の為貴方が保健室で一泊する可能性があると連絡してありますが如何しますか?」
「何から何までありがとうございます、フィリオプシス先生。ですが明日からの休日は【メジロ家】に帰ろうと思っていますので部屋に戻って支度をしますわ」
メジロマックイーンはフィリオプシスに深くお辞儀した。彼女が保健室の窓から外を見ればすっかり夜になっていた。
「了解しました。メジロマックイーン、これは医療従事者としての見解ですが、この程度の気絶ならば貴方の覚醒は今回の数分の一程度の時間で訪れていた筈です。衝突した飛翔物もヤマトさんに砕かれて硬度を著しく減少させていましたので、衝撃の齎す物理的エネルギーは低いものと分析できます。にもかかわらず時間を要したのは、貴方がトレーニング後で体力を失っていたことと、そもそも摂食によるエネルギー補給が不足して体力回復が遅れているためと結論付けられます。また当時の状況を聴取する限りは貴方が飛翔物に気づく可能性は十分にありました。栄養の偏りによる注意力の散漫が懸念されますので適切な栄養の摂取を推奨します」
「うぐっ……」
フィリオプシスの指摘にメジロマックイーンはその端正な顔付きを歪めた。
フィリオプシスはまさしくメジロマックイーンに忠告してくれているのは彼女も理解している。
事実、万全の彼女であれば例え気が逸っても、あるいは新たなトレーニング方法発案チャンスであっても周囲を把握した上で行動できただろう。
また、彼女自身ここ最近は些か集中力などが欠けていると感じていることがあり、それも現在の減量化を始めてから暫く経ってのことだった。
「(ですが、それでは今までの苦労が……)」
メジロマックイーンが自身の研鑽と自身の減量バランスで葛藤する横で、フィリオプシスは机に並べられたメジロマックイーンのカルテにすらすらと記入している。
「そういえば、隣の待合室にてヤマトさんが滞在しています。貴方が起きるまで待つと言っていたので退室の際に声を掛けて下さい」
「あっはい、ありがとうございます」
メジロマックイーンは終わらぬ悩みをひとまず棚に上げてフィリオプシスにお辞儀すると、服の乱れを整えてから保健室を退出した。
待合室の明かりが点っているのをみたメジロマックイーンはその扉を開けた。そこには耳と尻尾を力無く萎れさせたヤマトが待合室の椅子に座っていた。
「ヤマトさん、お待たせしましたわ……?」
彼女が声をかけた瞬間、ヤマトの姿が消えてなくなった。
「えっ?」
思わずメジロマックイーンが辺りを見回すと、あの一瞬でヤマトは椅子から降りて待合室の床で実に綺麗な土下座を構えていた。耳を畳み尻尾を丸めて縮こまるその姿を見つけてからも、メジロマックイーンは暫くその場に立ち尽くした。
「この度は、本当に申し訳ございませんでした」
メジロマックイーンが無言でいると、ヤマトは震える声で謝罪の言葉を述べた。
「ちょ、ちょっとヤマトさん、顔を上げてくれませんこと?!」
「僕のトレーニングにメジロマックイーンさんを巻き込んでしまって、本当に申し訳ございませんでした」
「ヤマトさん!?元は私が勝手にヤマトさん達を見学していたのがキッカケなんですからそんなに畏まらなくってもよろしいのですよ?!」
「でも、もしもアレが目に当たってとか、もっと当たりどころが悪かったかもしれないと思うと……」
その後メジロマックイーンはヤマトを宥めるもヤマトは一向に顔を上げなかったため、
「……判りましたわ。貴方からの謝罪を受け取りますが、私は明日【メジロ家】に帰宅する予定ですので、続きはそちらで行いませんこと?」
メジロマックイーンはヤマトに話を明日に持ち越す旨を提案した。
尤も彼女自身は全く大事にするつもりはなかったものの、改めて【メジロ家】の会合を望んだのはいたずらに話を翌週まで持ち越したくなかったのと、元々ヤマトがトレーニング時に行っていたテクニックについて詳しく尋ねてみたかったからである。
お互いが生徒と副トレーナーという立場にある以上、平日はそれぞれに為すべき本分があり別途時間を設けるのはなかなか難しかった。
その点休日に【メジロ家】にて話を聞くことができれば、メジロマックイーンにとっても【メジロ家】のほうが気軽にトレーニング方法を尋ねられるため有意義な時間を得られそうだったというのもある。
ともあれ、メジロマックイーンとヤマトは明日改めて話をすることに決まったのだった。
「(これで私のレーステクニックは更にレベルアップできるかもしれませんわ……!)」
「(ムリナールさんにメジロマックイーンさんのお宅を訪問することになったって伝えなきゃな……)」
保健室の待合室から出た2人の歩みは対照的だった。
◆◆◆
一夜明けて休日。ヤマトと彼の上司であるムリナールは数ある名ウマ娘を輩出してきた【メジロ家】の門前に来ていた。
「向こうの【二アール家】やゾフィアさん宅みたいに大きな家ですね」
「そうだな」
【カジミエーシュ】の公の場に出席する際に用いていた礼装を纏ったヤマトは、同じく正装したムリナールの隣で【メジロ家】の正門を見上げた。そんな彼の手にはお詫び兼土産物の入った紙袋が握られていた。
ムリナールがドアベルを鳴らす。
『【メジロ】で御座います』
「お忙しい所失礼致します。私【二アール】のムリナールと申します。この度は当方のヤマトがメジロマックイーンさんにご迷惑をおかけしたとのことで、不躾ながらご挨拶に参らせて頂きました次第です。昨晩ヤマトより『明日改めて来るように』と伺ったのですが確認をお願いできますか?」
『かしこまりました。少々お待ち下さい』
一拍の間を置いた後、門が開いた。
『どうぞお通り下さい。マックイーン様がお待ちです』
「判りました」
ムリナールはドアベルのカメラ越しに一礼し、ヤマトと共に敷地内を歩いていると邸宅前に私服を着たメジロマックイーンが2人の来訪を待っていた。
「ようこそ【メジロ家】に、ムリナールトレーナーにヤマトさん」
メジロマックイーンは背筋の整った一礼を2人に披露した。
「メジロマックイーンさん、この度は弊チーム副トレーナーのヤマトがご迷惑をおかけして申し訳なかった。ああいう形の訓練時には周囲に人がいないことを確かめた上で始めるようにと指導していたが、あろうことかマックイーンさんを巻き込んでしまった。今後こうした不始末のないよう徹底していくので何卒よろしくお願い致します」
ムリナールはメジロマックイーンの正面に立つと【カジミエーシュ】で培われた礼節を以てメジロマックイーンに謝罪の意を示し、ヤマトもそれに続いた。
「ど、どうか顔をおあげになられて。元はと言えば私がヤマトさんのトレーニングに割り込んだのが原因でしてよ。怪我も既にありませんし、そうお気に病むことではございませんわ」
外国の、それも母国の競バ界で名をあげ理事長の招聘を経て来日した【カジミエーシュ】の名門【二アール家】、チーム〈エニフ〉のトレーナーであるムリナールが頭を下げたのを見てメジロマックイーンは慌てて彼らの顔を上げさせた。
「それでも、マックイーンさんを危険な目に遭わせたことには……」
「ご安心下さいまし。私も【メジロ家】の端くれ、レースにまつわる危険については立ち向かい身を躱す覚悟でいますわ。ですので、あの程度であればむしろよい経験になりました。足まわりの悪いレース中であれば、例え競争相手の真後ろで無かろうと泥や小石が飛んでくるもの……今回はそれの延長のような物です。ですので、これでお互い学ぶべき所があったということでよろしいのではないでしょうか?」
「そう思って頂けるのでしたら幸いです(青いな。だが、【カジミエーシュ】の『居眠り鼬の起きる前に捕まえるような』社交界のような汚さがなくて心地好い)。ヤマト、お前からも一言言いなさい」
「はい。マックイーンさん、本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
ムリナールに許可を得て、ヤマトは再び謝罪した。
「ささやかではありますが、土産物も持参しましたのでどうぞお納め下さい」
「はい。えっと、こちらになります」
ヤマトは持っていた紙袋をメジロマックイーンに手渡した。
「これはご丁寧にありがとうございますわ。それとお二方はトレーナー、私は生徒の身分ですのでどうぞ楽になさって」
「それでは、お言葉に甘えるとしよう」
ムリナールとヤマトは穏便に事態が片付きそうだと感じて肩の力を抜いた。
「あら、この香り……茶葉ですわね。でも嗅いだことのない品種ですわ」
紙袋の中身を見たメジロマックイーンはその香りからお茶の一種だと感じ取った。
「はい、それは【カジミエーシュ】のほうで親しまれている種類で、複数の薬草を混ぜてフルーツピールで香り付けをしたものなんです」
「【カジミエーシュ】の……それでしたら判らない筈ですわね。是非味わってみたいですわ。もし宜しければ淹れ方を教えて下さいませんこと?」
メジロマックイーンがそう尋ねた時、邸宅の中から一人のウマ娘が3人の所にやってきた。
「マックイーン、その2人が〈エニフ〉のトレーナーさん?」
「ライアン。ええ、お二方がムリナールさんとヤマトさんですの」
ショートヘアに額の白髪が映えて見える、見るからに快活で爽やかな印象を与えて来るウマ娘のメジロライアンはメジロマックイーンに2人のことを尋ねた。
「ムリナールです。よろしく」
「副トレーナーのヤマトです。ライアンさん、こんにちは」
ムリナールとヤマトはメジロライアンにお辞儀した。
「こちらこそよろしくお願いします!っと、そう、ムリナールさん。うちのお祖母ちゃんがムリナールさんと会って話をしたいって言ってます」
「えっ」
ヤマトはムリナールのほうを見た。
「(どうやらこれからが本番のようだな)判りました、案内して頂けますか?」
「はい。あー、ムリナールさん?もし良かったら、敬語抜きでもいいですよ?ムリナールさんみたいなトレーナーさんから敬語扱いだと、何だかムズムズしちゃいます」
「そうか……ヤマト、私が話をしている間、マックイーンさんにお茶を淹れてあげなさい。ライアン、案内を頼む」
「はい、判りました。こっちです」
ムリナールはメジロライアンと共に邸宅の中へと入っていった。
「……うーん、ムリナールさんなら多分用事の内容を察してるんだろうから、言われた通りお茶を淹れようか。マックイーンさん、どこかお茶の飲める場所を教えてくれる?」
「せっかくですので、今日は庭のほうでいかがです?天気にも恵まれましたし、【メジロ家】の庭にはそういったスペースがございますの」
「流石名家だなぁ。うん、それがいいね」
「ではついてきてくださいまし」
メジロマックイーンはヤマトを庭へ案内した。