ロドス劇場寄稿if:ペガサスの目を持つ女性たちとともに源石のない世界の日本に行ったとある狼トレーナーさん   作:東京<アズマ キョウ>

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◆〈エニフ〉

ムリナールとヤマトが率いる【ニアール家】の3人によって構成されたチーム。
名前の由来は『ペガサス座』の2等星。

【トレセン学園】で他に類を見ない【カジミエーシュ】出身者しか所属してしておらず、事実上【ニアール家】のためのチーム。

チーム人数は慣習的に5人程構成が求められる、が今のところトレーナーのムリナールは勧誘や宣伝などは職務怠慢に抵触しない程度しか施していない模様。


転:【ニアール】はいかに【カジミエーシュ】を離れて日本に来たか

「美味しいですわ。それにヤマトさんの淹れ方は様になっていますのね。普段から自分でお茶を淹れてますの?」

 

「うん。【カジミエーシュ】にいた頃からムリナールさんやマリアちゃん達にお茶を淹れててね。トレーナー室でもよくお茶を飲んでいるんだ」

 

「それでしたら〈エニフ〉のトレーナー室はいつもお茶の良い香りがしそうですわね」

 

 ヤマトの淹れたお茶を味わいながら、メジロマックイーンは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「薬草がブレンドされているおかげか、何だか体にじんわりと効いてくるような気がしますわね」

 

「このお茶の起源に戦いで昂ぶった【カジミエーシュ】の騎士を鎮静させるために生み出されたという逸話があってね。実際、向こうでは騎士に限らずスポーツ選手さん達も疲労回復やリラックスのために飲用してる人も多いよ」

 

「そうなのですか。でしたらこちらでもレースやトレーニング後のクールタイムに飲めば効果的かもしれませんわね。ライアンやパーマー、ドーベルにも薦めてみようかしら?」

 

 休日の【メジロ】邸にゆったりした空気が流れている。

季節に合わせた草花か活き活きと育ち、よく調えられた樹木が風にたゆたう庭の一角で、片やチーム〈スピカ〉のトッププレイヤー、片やチーム〈エニフ〉の副トレーナー、普段なら互いに切磋琢磨し時にはぶつかり合う立場にいるはずの2人はさながら学校の同期のように会話していた。

 

「(判りやすい程に尻尾を振って……それだけこのお茶に思い入れがあるのですね。雰囲気で避けていた所がありましたが、思った以上に親しみやすい方ですわね)」

 

「(あぁ……マリアちゃん達やゴルちゃん、カっちゃん達以外とこうやってお話をするのは嬉しいなぁ……、マックイーンさん、お友達になってくれたりする……かも……?)」

 

内情はヤマトのほうがかなり舞い上がっていたが。

 

「(穏やかな気分にさせてくれるお茶ではありますが……緊張をほぐしてくれるせいか、何だかお腹が空いてきますわ……)」

 

 ヤマトとお茶を味わうメジロマックイーンだったが、彼女は妙に沸き上がってくる空腹感に耐えていた。

実はこのお茶、隠れた効能に整腸と食欲増進があった。

元が戦闘後の興奮状態にある騎士を鎮静化させる用途であり、続けて極度の緊張によって食べ物が喉を通らない者の食欲を促す用途もあったのだ。

現在厳密な体重管理をしているメジロマックイーンにとってお茶の秘めたる効能は彼女にとってあまりに急所的な代物だった。

いくら己の精神を厳しく律していても、メジロマックイーンの体はお茶の力に唆され、彼女の意志に反してあまりに正直に声をあげた。

 

くきゅるぅ。

 

「あっ」

 

 メジロマックイーンは思わずカップを持たない手で自身のお腹をさすった。

もしもカップにお茶が残っていれば勢い余って零れていたかもしれない。

 

「……」

 

 心地好い青空に響く小鳥の囀り、風に揺られてさらさらと鳴る枝葉の音がテーブル上に滑り込んだ。

不幸中の幸い、体の主張は彼女の抗議行動を受けて一旦矛を収めたものの、しかし、よりにもよってさほど歳の離れていない異性にその声を聞かれた事実は収まりようがなかった。

 

「……ぁの」

 

 数あるレースや数え切れないほどのトレーニングを重ねてなお絹のように白く傷一つない頬を真っ赤に染めながら、メジロマックイーンは声にならない声を発して縮こまった。

しかし対するヤマトはまるで気にする様子がなくむしろにこりと……シベリアンハスキーが目尻を緩めてにかりと笑うように微笑むと徐に茶葉を入れてきた紙袋の中から2つの小箱を取り出した。

 

「あ、あの、どうなさいました?」

 

 ヤマトの突然の動きに羞恥で鈍っていた頭が刺激され、メジロマックイーンはおずおずとヤマトに行動の意図を尋ねた。

 

「ごめんね、お話が楽しかったからお茶請けを出すのをすっかり忘れてたんだ」

 

「お茶請け……!あ、でも私は……」

 

 ヤマトの計らいに耳がぴくぴくしたメジロマックイーンだが、現在の体重管理のことを思えば受け取るわけにはいかないと思って辞退しようとした。

しかしヤマトはお構いなしに小箱を開け、中から紙で包んだ棒状の物体と袋状の物体を取り出して同じく持参していたピクニック用の食器を並べ始めた。

 

「向こうではこうやってマリアちゃんやマーガレットさん、ゾフィアさんとお茶を飲む時は僕がお茶請けを用意することが多かったんだ。今回は日本の食材でヘルシーなものがあるって聞いたから使ってみたかったんだ」

 

 さくり、とヤマトは棒状の物体を包む紙に切れ込みを入れて封を切った。

 

「まぁ……」

 

 メジロマックイーンは思わず声を挙げた。そこにはきれいな焼き色のついたパウンドケーキが包まれていた。

 

「おからと豆乳、りんごで作ったパウンドケーキ。パウンドケーキは【ニアール】のみんなが好きで向こうでも色んな種類を作ったりしたんだ。お口に合うといいんだけど」

 

 ヤマトはフォークでパウンドケーキを切り分けると一切れの載った皿をメジロマックイーンの前に差し出した。

 

「ヤ、ヤマトさん?その、本当にありがとうございますわ。でも私ちょっと食欲が……ライアンに渡すほうがいいと思いますわ」

 

 メジロマックイーンは焼き立ての香ばしさとりんごの甘い匂いのするパウンドケーキに目を奪われながらも、とにかく自分は食べずに、且つメジロライアンに渡すことでヤマトの顔を立てようとした。

しかしヤマトはメジロマックイーンのほうをじっと見つめ始めて視線を逸らそうとしなかった。

 

「ごめんね。昨日の待合室にいた時、ついフィリオプシス先生とマックイーンさんの話を聞いちゃったんだ」

 

 ヤマトの発言にメジロマックイーンは思わず尻尾をぴんと立たせた。

自分の誤った減量による体調不良のことを思い出し、メジロマックイーンは身を縮めて目を逸らした。

 

「その、お恥ずかしい事を聞かせてしまって……」

 

「あ、いや、むしろこっちこそごめん。耳がいいからうっかり聞いちゃったりすることがあるんだよね……」

 

 ヤマトは女性としてあまり聞かれたくなかってあろう内容を盗み聞きしてしまったことを謝り、2人は互いにやらかした事で揃って耳を倒してしょぼくれた。

復帰はヤマトのほうが早かった。

 

「初めて日本に来て【トレセン学園】でみんなの走りを見た時、僕はすごく驚いたんだ。【カジミエーシュ】の競バとは違って、誰もが前を向いて走ってた。ライバルを意識して周囲を見る子もいたけど、それでも決して『誰かを憎む』ような目をしなかった。むこうなら、それは殆ど有り得なかった。それこそマーガレットさんやゾフィアさんが出場していた頃は、ライバルだけじゃなくて【二アール家】以外の味方からもそういう目で睨まれたりしてた。マリアちゃんもそうだった」

 

 そう話すヤマトの気配は、メジロマックイーンが今までに見たことがないほどに凄惨なものになっていた。

 

「むしろマリアちゃんのデビュー戦が一番大変だったかな?【二アール】以外の他のチームが一部で一時的な同盟を組んだり、スポンサー企業がマリアちゃんを警戒してレース中に()()仕掛けてきたりもしたからかなり大きな『トラブル』騒動にまで発展したんだ」

 

「企業がレースに……って、運営側はそのような明らかに妨害に見える振る舞いに何も対処できなかったのですか?」

 

「見た目の上では企業は()()()()()()()のと、その企業は予め運営に『企業の想定する損失額の補填』を賄っていたから運営はレースに支障なし、と判断したよ」

 

「それは賄賂ではありませんか!レースの運用にそのようなことが…!」

 

「【カジミエーシュ】だと選手やスポンサー企業の派手な演出のために何らかの機材が壊れることはよくあることなんだ。だから企業が運営委員会に対して先に損失分を提供するのは違法じゃない。もしもそれが『実際に発生した損失額』以上であってもレースの規則上では違法性がない。そして原則的には『レースの裁定と損失額の補填の多寡は考慮せずに行うべし』とされているから多額の損失補填はレース上では関係がないものとされているんだ」

 

「なんて、ことですの……」

 

「それに……そうしたスポンサー企業の行為はマリアちゃんと戦う選手にとってはそのほうが都合が良かった。労せずしてライバルが苦境に立つならそれに越したことがないほどに、マリアちゃんは競争相手達から怖がられ、憎まれてた。身内に【殿堂入り】が2人もいるから同じ実力があってもおかしくないし、実際にマリアちゃんにはマーガレットさんやゾフィアさんに並ぶ実力があったから……まぁある意味『高評価』されてたということになるかな。あとは『トラブル』があったほうが観客も盛り上がるんだよね。選手がいかに想定外のトラブルを乗り越えるか……でさ」

 

 ヤマトは企業からの妨害が起こることを当然かのように語ったが、メジロマックイーンは競バのシステムに賄賂を防がないどころか暗に認めるような条件が含まれていることが信じられなかった。

ましてや観客ですらそれを求めている節があるという日本と【カジミエーシュ】の競バ間に横たわるギャップの大きさに目の回る思いがして、秋川理事長が叫んだというカジミエーシュ競バへの拒絶の噂は事実なのだろうとすら思えた。

 

「マリアちゃんのデビュー戦が終わってから、レース中に『予想外の』トラブルが多発したことを受けて運営委員会は一時的にレースを休止した……あとトラブルの大本になった企業については補填額以上の損失が発生したものだからまだ尾を引いてるね(師匠がコネ使って元々企業を恨んでた人を煽ったり師匠自身がカチコミに行ったりで倍以上のマイナスになってるだろうなぁ)。ムリナールさんはこの一件を理由に【ニアール】は【カジミエーシュ】での競バ活動を控えるのを決めて日本に留学することにしたんだ。【トレセン学園】の理事長さんが留学生を集めてるって話があったそうだからね。そうして日本に来てみたら、生徒のみんなが平和に楽しく競い合ってるから初めはびっくりしたよ。今はもう慣れちゃってむしろ居心地の良さすら感じるけどね」

 

 メジロマックイーンはヤマトの振る舞いを見て改めてヤマト達が戦ってきた世界の苛酷さを垣間見た。

視線一つだけとっても相当なものだ。

ライバルから憎悪の目で見られる、ということは日本でも充分に有り得るだろう。

何人出バのレースだろうと盾や杯を得るのはその中の一人きりだ。

その栄光に浴したいと願うのはレースを駆けるウマ娘としては当然の欲求だった。

それ故に願望が暴走してライバルを排除しようと画策したり自身の勝利を阻む相手を憎むことはいかな【トレセン学園】でもゼロにすることは困難であろう。

しかしマリア達は逆にその憎悪を大量に浴びたという。

メジロマックイーンはマーガレットやゾフィアの母国における評価を詳しくは知らないものの、彼女達がそれぞれ、

『清らかなる耀騎士』

『怜悧なるウィスラッシュ』

と讃えられ【カジミエーシュ】にて【殿堂入り】の栄誉を得た程の実力者だという事は聞いたことがあった。

そんな偉大な選手の後に続くマリアが相当に注目されたことは想像に難くない。

そして、その注目には憎悪や害意がふんだんに含まれていたことも彼女は察することができた。

 

「(生徒会長を憎むようなものでしょうか……)」

 

『皇帝』の武名を持つ『シンボリルドルフ』。

【トレセン学園】、ひいては日本競バ界を代表する名バの彼女には当然彼女を倒すべき存在として敵視する者は多い。

しかし同時にライバル達からも厚い支持を受けており、後輩の学生達からの羨望も強かった。

【トレセン学園】への入学動機に

 

『シンボリルドルフに会いたいから』

 

という言葉が常に上位を飾るという噂があるほどに。

 

 対して、マリアやマーガレット、ゾフィアはシンボリルドルフのものとは正反対の感情に曝されていた。

無論メジロマックイーンは、それらの感情が彼女達の不徳によってもたらされたものではない事はヤマトと話をして理解できた。

また新学期の折にメジロマックイーンは【二アール家】の3人と顔を合わせたことはあるが、その立ち振る舞いから彼女達が禁を犯したことがないことを感じ取れていた。

そして同時にそれほどの選手であっても恨まれる原因は一つ、カジミエーシュ競バでは『敗北が直接の死に繋がりかねない』程に苛酷な環境であるということなのだと。

 

 メジロマックイーンは『己の栄光を奪わんとする存在』としてライバル選手どころかスポンサー企業や協力する味方からも憎まれる状態はとても恐ろしいものだと彼女は身を震わせた。

 

「ここは本当にいい場所だよ。学生さんもスタジアムに来る観客も、多くの人が純粋にレースを楽しんでいる。僕はそんな日本に来られて良かったと思う。だけどね……」

 

 ヤマトは頬を膨らまし人差し指を立てて断言した。

 

「ちゃんと食べないで体調を崩しちゃう子が多いのはどうかと思うんだよね!前にトレーナー同士の交流でフィリオプシス先生とお茶をした時に言ってたんだけど、

『学園生徒は突発的な減量計画を策定して極端な食事量の削減と運動量の増加を行うことが多く、結果栄養失調を発生させ保健室に搬送されることがあります』

ってさ。ウマ娘は普段からスクーター並の速さで走る上にレースじゃ自動車並の速さで走るんだから、なおのことちゃんと食べないといけないんだけどなぁ……」

 

「ヤ、ヤマトさん……その辺りは私達にも理由がありまして……」

 

「食事ルールについては【カジミエーシュ】と日本じゃまるで違うけど。向こうじゃむしろタフネスや筋力の為に食べるのが選手の絶対条件だったしね」

 

ヤマトはそこで一呼吸置き、

 

「でもそれを抜きにしてもちゃんと食べないのは自殺行為だ」

 

 先程までの犬が笑ったような人懐っこさを潜め、〈エニフ〉の副トレーナーとしての顔で言葉を切り出した。

 

「っ……」

 

 鋭い牙を持った肉食獣の如き威圧感とさながら歴戦の傭兵のような眼光を持ったヤマトに、若いとは言え【メジロ家】として公的な場での顔出しや重要なレースでの勝利など同年代のウマ娘よりも段違いの『重圧を伴った場数』という点で抜きん出ているはずのメジロマックイーンは完全に気圧された。

 

「【カジミエーシュ】だろうと日本だろうと、レースにおいて自身を支えてくれるのは経験や仲間、精神、そして肉体だ。ひょっとするとマックイーンさんにとって現状はまだ改善の余地ありだと思ってるのかもしれない。けれど改善しようとして肉体を壊すようなことをするのは本末転倒だ。乱暴な言い方だけど、

『ガラスの靴を履こうと踵を切り落としても、ガラスの靴の持ち主になるわけじゃない』

んだよ?」

 

「……」

 

 ヤマトの喩えにメジロマックイーンは思わず息を呑んだ。『ガラス』はウマ娘の繊細な脚を評するのに『ガラスの脚』と呼ぶ。パワフルながらも華奢な様、コースの上で脚光を浴びて輝くもの、勝利の美酒をもたらす杯、そして傷つき砕ければ二度と元に戻らない一度きりの授かり物。それほどに脚とは決して手放してはならないものだった。

 

『ガラスの脚の踵をナイフで切ろうとする姿』

 

そんな光景が浮かび、メジロマックイーンは首を振ってかき消した。

 




◆【殿堂入り】

【カジミエーシュ】競バ界における『名誉』の一つであり、同時に『終着点』の一つである。

【殿堂入り】を果たした選手は原則として()()()()()()()()()()()()()()()以外の出場を制限されるものの、スポンサー企業のレースではシード権などの優遇措置が得られるほか企業からの各種支援金が与えられる。そのためスポンサー企業を持った後に【殿堂入り】することは選手達の栄達の夢でもあった。

ただし、スポンサー企業を持たないまま【殿堂入り】となれば、出場レースに制限が入るのは変わらない一方でスポンサー企業がいないため支援金を得ることができない。
そのシステムを利用して有力だがフリーの選手を企業の紐付きにするか、有力でフリーだが扱いに難しい選手を干すために【殿堂入り】を決める場合がある。
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