ロドス劇場寄稿if:ペガサスの目を持つ女性たちとともに源石のない世界の日本に行ったとある狼トレーナーさん 作:東京<アズマ キョウ>
それが
「【カジミエーシュ】での反応はこんなものか……予想通りだな」
《『耀騎士』『ウィスラッシュ』、共に極東でバカンス状態!力量の衰えは必至!》
《【ニアール】、日本の競バ界で振るわず?現地の貴族に首を垂れて指導を受けている模様》
《【トレセン学園】で走る3姫騎士、スピードに磨きがかかる》
《日本の競バに退いた【ニアール家】は今後どうなる?》
《『狼頭騎士』未だ消息不明。既に国外か?》
鞘を固く締めた剣と騎士の籠手が掛かったラック、学園に提出する書類が並んだ木製の仕事机、世界中の競バ資料を集めた壁一面の本棚、【メジロ家】に比べれば小ぶりながら遜色しない程に手入れされた庭の見える窓。
【ニアール家】が【トレセン学園】に留学する際に調達した日本での邸宅の一室で、ムリナールはヤマトの両親や彼の師匠であるクラウス夫妻、【カジミエーシュ】に残った分家筋やムリナールの友人から宛てられた【カジミエーシュ】におけるマリア達の評判を見て、ムリナールは自身の目論見が予想通りに進んでいることを確認した。
一見すれば大凡【ニアール家】を毀損する風潮が強く、マリア達への逆境に繋がる環境であるがムリナールはそのことを敬遠も忌避もしていなかった。
「マーガレット、マリア、ゾフィアにとって日本で過ごす時間は値千金。【カジミエーシュ】が軽視するスピードとライバルを最小限の労力で抜き去る技術の研鑽が進み、何より『ライバルからの妨害がない』。祖国での評価如何では対策を講じねばと思っていたが、暫くは現状維持でよさそうだな」
ムリナールは椅子に深くもたれかかって一息ついた。
【カジミエーシュ】の競バで起こった騒動の渦中にいた【ニアール】は国内での活動自粛と熱りを醒ますことを目的に【カジミエーシュ】から離れることにした。
折しも【トレセン学園】では外国人選手枠の設立を進めるべく理事長の秋川やよいが国外の競バ界に声をかけていたことからそれに合わせてムリナールはマリア達を連れて【カジミエーシュ】から出国した。
しかし【カジミエーシュ】では日本含め外国の競バを『運動会の徒競走』と見下すほどに軽んじていたため【ニアール】の出国は都落ちと笑われ、マーガレットやマリア、彼女達に付き従ったゾフィアを直に見たことがない者からは『【ニアール家】は弱体化した』と言われたり、今も【カジミエーシュ】に残り現役の選手団を抱えるゾフィアの分家のほうが騎士に相応しいとすら侮る『悪評』が出たりもした。
【カジミエーシュ】において競バにまつわる『悪評』は全選手の最も恐れるレッテルである。
例え賞を獲れる程の実力がある選手であろうとも、その者に周囲から軽んじられるような『悪評』がついてしまえば、選手に与えられた競バのレートは極端に変化し、そのレートを基準に選手の価値を判断するパトロン企業はあからさまに選手の待遇を落とすことも少なくない。
弱小貴族や平民出の選手であればそれだけで生活に支障をきたす。
故に多くの選手が『悪評』がつかないように堅実な競争よりも派手なパフォーマンスを伴うハイリスクハイリターンな競争をするのだが、『悪評』を実際に【ニアール家】が受けてもムリナールが平気でいられるのは、
・生活基盤があり分家との仲が良い
・日本競バ界からの招聘という一種の身元保証がある
・多少の『悪評』程度、他人からの評価程度で【ニアール家】の実力が曇ることはない
・『悪評』によって過小評価されてもスポンサー企業を求めていない【ニアール家】には致命的とならない
という、ある意味【ニアール家】だからこそ出来た芸当であった。
むしろムリナールは【カジミエーシュ】の現代競バを嫌悪していることもあって向こうの評価を鐚一文とてありがたく思っていないというのもあった。
にも拘わらず、彼がカジミエーシュ競バから完全に手を引いていないのは偏にマリア達がカジミエーシュ競バを見限っていないからだ。
カジミエーシュ競バの覇者になろうというわけではない。
しかしマリア達は現代カジミエーシュ競バの暴力性を危惧していた。
確かに医療技術の向上で、レース中に負傷した選手の復帰は過去と比べて遥かに容易となった。
しかし同時に武装の質の向上で殺傷力が上がり、選手を引退に追い込むほどの怪我の発生頻度も増えてきた。
より正確に言えば死者数こそ増えていないものの、以前ならば選手たちは『武装や技の威力不足で負傷止まり』だったのが技術の進歩で『充分な威力』を得てしまい必殺レベルの攻撃が可能となってしまったがために生きるか死ぬかの環境がより顕著になりつつあった。
生き延びさえすれば、そして傷が治療可能であれば金次第で無傷の状態にまで回復できるようになったことも相俟って、カジミエーシュ競バはオールオアナッシングの様相が強くなっているのだ。
明確になってきた『立つか倒れるか』の戦いに観客は興奮し、企業はバ券と最近装備で狂奮する観客と生き延びたい選手から更に金を巻き上げようとする。
だからマリア達はその流れに真っ向から異なるアプローチで勝利しようと考えていた。
即ち他の攻撃を寄せ付けず隙も許さない圧倒的スピードと、武器破壊や一時的な失神などで非殺傷的に無力化するテクニックだ。
それらの知見を得るに日本は最適の条件だった。
日本以外にも【トレセン学園】のような競バ関係の教育機関はあったものの、ムリナールが日本を選んだのは『カジミエーシュからの妨害が入り難い』からだ。
【カジミエーシュ】では過熱する選手の戦いがレース外に波及しないように規則を定めているが、一方で『規則に触れなければ何でもよい』と見做す連中が蠢動するのを運営委員会は率先して咎めようとはしなかった。
これは【カジミエーシュ】では『騎士たるもの常在戦場であれ』という美徳観が存在するのだが、同時に『妨害を受けてもはね退けられないなら騎士として劣る』という意識も暗に存在していた。
無論、積極的に他の選手にレース外で妨害を行った者は卑怯者として『悪評』がつくが、それでもライバルを排除できるならより優位に立てる以上策謀は尽きない。
ムリナールはその矛先がマリア達に向くのを防ぎたかった。
その点日本ならばカジミエーシュ人の風貌は目立つ他、『騎士だから』と武装でもすれば警戒され警察に通報されるため【ニアール家】周辺や【トレセン学園】に近づくのは難しい。事前に許可をとるにせよ持ち込める武装にもかなりの制限が入るため、日本の公安の目を盗んで妨害してきたとしても【ニアール家】を制圧するには火力が足りないだろう。
懸念としては【カジミエーシュ】のクランタ人やウマ娘が日本のウマ娘に紛れて妨害をかけてくることだが、ムリナールが集めた母国における【ニアール家】の風評を見る限りではまだ動きはないものと予測できた。
母国の直接的に脅威となる選手を放置して『都落ち』して日本に行った者をわざわざ狙うほど、選手達には余裕はないのだ。
「【商業連合会】が裏の者を使う、という可能性がないわけじゃないが、だとしてもまだ猶予はある。向こうはオフシーズンの今、いかにレースで用いる『新製品』の開発費や広告塔を得るかしか頭にないからな」
旧き善き騎士道の亡骸を揺り籠にして産まれた、暴力性と拝金主義の落とし子が現代カジミエーシュ競バであり、故にムリナールはそれから獲られる栄光を欲するに値せずと考えていた。
「せめて、日本にいる間はあの強欲共から3人を守らねばなるまい。その点ヤマトが私やあの子達の側に居てくれるのはとても有難い」
ムリナールは【ニアール】と共に来日したヤマトのことを考えた。
昔から【ニアール】との交流がある彼は幼少のころはおよそ大人しい少年であったが師匠と慕うクラウスやマーレット、ゾフィア、そしてマリアと触れ合うにつれ徐々に強くなった。肉体的だけでなく精神的にもだ。引っ込み思案な所があったヤマトがクラウスの負傷を契機に鍛錬を始め、それが実を結んで非公式ながらも分家の抱える一般選手相手には引けを取らなくなった時は【ニアール】家系以外の見込ある存在ができそうだとムリナールは考えていたが、その予想はマリアのデビュー戦で大きく覆された。
「狼は狼でも天狼になるとはな。さすがに腐敗騎士と凋零騎士を相手取った時は肝を潰したが、それだけの実力を彼女達のために積み上げてくれたのは感謝しかない。付け加えるなら、ヤマトが
乱入戦後にムリナールがヤマトに狼頭の兜を備えた理由を尋ねると、ヤマトの出立準備中に騎士を引退しながらもレースに関する知見に衰えのないマーティンにこう諭されたという。
「君がただ独りきりの栄誉を求めるつもりがないなら顔は隠しておきなさい。君に力があると他の人が判れば、君を欲する人や君を害する人が出てきて【カジミエーシュ】に……いや、君のご両親やマリア達の側には居られなくなってしまうからね」
栄誉など要らずとも一秒でも早くマリア達の許に駆け付けたかったヤマトはマーティンの言葉を聞いて冷静さを取り戻し、後に『狼頭騎士』と渾名される装備を身に着け、レース会場に駆け付けて彼女達を救援した。
他にも武具の鍛冶に優れながらも過去の因縁から騎士の武具に携わることを辞めたコーヴァルが
「
と自身の誓いを無視して秘密裏に狼頭の兜を作成していたり、長らく最前線で戦い続けた経験豊富な騎士フォーゲルヴァイデが
「一番得意な得物は使うでない。ヤマトの技術を知る者は少ないが念のためだ。おぬしならどの武器もある程度慣れておるじゃろう?数打ちもんでも数回
と、乱入者がヤマトであると特定できるような要素を打ち消すように忠告をかけたりもしていた。
マーティン達の言う通り、もしもヤマトが身分を隠さないままレースに乱入していれば、彼の名は瞬く間に【カジミエーシュ】国内に広がり彼を巡る策謀が繰り広げられていたことだろう。
そうなればヤマトは両親や【ニアール】を巻き込まないために独り出奔していた可能性があり、ある意味では暴力沙汰が理由で【カジミエーシュ】を脱出したヤマトは日本には来れなかったか、或いは自らマリア達に近づかないために日本に来ようとしなかったかもしれなかった。
その場合のマリア達の心境は想像に難くない。
「ヤマトがフォローする甲斐あって、あの子達の状態は外国に居るにも拘わらず特に問題がない。私としてはあの子達がこのままカジミエーシュ競バから手を引いてくれれば言うことはないのだがな」
ムリナールにとってカジミエーシュ競バはマリア達にとって百害あって一利なしの代物だ。
それでも彼女達は競バで身を立てようと努めているが、マリア達が【カジミエーシュ】ではなく日本や他国の競バで立身することを選んでくれればとムリナールは考えていた。
【ニアール家】の当主を与る今の彼ならば公の立場にて
『カジミエーシュ競バには関わらない』
と宣言することは可能ではあったが、彼はそうした手段はあくまで最悪の事態にならない限りは行使しない腹積もりだった。
「いや、【ニアール家】の当主はいずれマーガレットかマリアが継ぐ。家の行く末は当主が定めるもの。私は、あの子達が決断できる立場にいたるまでの間、あの子達を守るだけだ……」
ムリナールはヤマトの件で縁を持ち、マリア達が新しく得た異邦の友人達からの贈られた緑茶を一口飲んだ。
母国に居ながら張り詰めた弓の如く、常在戦場で在った男は、遥か極東の地で一時の安寧を味わっていた。
筈だった。
ムリナールの聴覚が、窓の外から縄状の物が軋む音を捉えた。
この邸宅は三階建てである。一階は客室や応接室、食堂などがあり、ムリナールは二階の書斎に、三階にはマリア、マーガレット、ゾフィアが暮らしている。
マーガレットは生徒会への助力として今日はシンボリルドルフの所に外出していた。
「……」
ムリナールはラックに掛けていた篭手を腕に着け、静かに窓際に近寄ると、素早く窓を開けてそこにいるじゃじゃウマ娘を掴み上げた。
「きゃっ!」
「ちょっマリア?!」
ムリナールの手元と頭上からそれぞれ驚きの声があがった。
「……ゾフィア、降りて私の部屋まで来なさい。マリア、お前には先に学園の宿題を済ませるように言いつけたはずたが?」
【ニアール家】の未来はムリナールの手の上、正しくは彼が掴みあげた白地のワンピースの中にあった。
メジロパーマーから教わったであろう日本式のナチュラルメイクを施し、端に狼の刺繍が入ったスカーフで髪を纏め衣服を軽く縛り、動きやすい格好になって屋敷からの逃走を計った姪は窓際に戻ろうとわたわたしながらムリナールに弁明した。
「許して、叔父さん!今行かないとこう、ヤマトお兄ちゃんが女の子と一日中遊びに行くような約束をしちゃいそうなの!宿題は帰ったらちゃんと今日中に済ますから!」
「……外出なら宿題を終えた後で明日好きにしたらいいと言ったじゃないか」
「叔父さん、明日って今さ!」
レース中にはなかなか見せなどしない焦りの色を浮かべてマリアは懇願した。
「……(化粧、衣装、共に勉強の片手間では出来ない程整っている。マリアめ、いや、ゾフィアと2人して屋敷から抜け出す気だったな)」
ムリナールは目を閉じて天を見上げた。
【ニアール家】の未来を担う娘達は程度に差はあれどいずれもヤマトを好意的に見ていた。
ヤマトが【カジミエーシュ】において清廉な少年であったこと、娘達にとって対等に見てくれる存在であったこと、他人の為に己の労苦を厭わないこと、そして【カジミエーシュ】の競バレース中に起こったあの忌々しい『騒動』の際に危険を顧みずにレースへ乱入して娘達を援護したことが決め手となって娘達、特にマリアはヤマトに特別な感情を抱きつつあった。
ゾフィアやマーガレットも同様ではあるが程度でいえばマリア>ゾフィア>マーガレットの順であろうか。
尤もまだ中等部程度の歳であるマリアはその感情が何なのかまでは明確になっていないようだが、彼女の類い希なる感覚が【メジロ家】に出掛けているヤマトの何かを感じ取ったようだ。
「……」
口にはしないが、ムリナールもヤマトについては好意的に捉えている。
今はまだマリア達がカジミエーシュ競バを見据えていることとヤマトがマリア達をサポートするスタンスを望んでいることから不干渉でいるが、もしもマリア達がカジミエーシュ競バではない道を選ぶかヤマトがカジミエーシュ競バ以外で望む道を定めてマリア達をその道へ誘うならば交際しても構わないと考えていた。
その場合は母国の金のみならず貴族の地位すら貪欲に狙う莫迦共が貴き者としてどうのと騒ぎ立てるだろうが、そうなったらいっそ最終手段として財産を整理して分家に家督を継がせてしまおうかとも考えている。
もしマリア達の意志が変わらなければヤマトを巻き込んで競バに邁進する可能性があるのと、ヤマトに他の意中の人物が出来る可能性があるので現状は特にどうするつもりもない。
尤もヤマトの両親がヤマトに送ってくる手紙にて『仲の良い女の子(意味深)』のことを尋ね、返信で『仲良しな女の子(素直)』のことを答えるため、直に何らかの煽動を起こすかもしれなかった。
家族との愛を守るため【カジミエーシュ】へと移住したあの2人は殊恋愛については積極的だった。
「ムリナールさん、その……私もちゃんと課題は終わらせますから、今日は……」
ムリナールに呼びつけられて降りてきたゾフィアが書斎入り口で申し訳なさそうに話してきた。
ゾフィアやマーガレットは【トレセン学園】の高等部に在籍している。単純な学力という点では大学生にも遜色しない彼女達であったが、日本と【カジミエーシュ】ではカリキュラムの違いや競バ技術の大きな隔たりがあったため、正規の手順として日本の教育を受けて学び直そうと決めたのだ。この週末ではマーガレットは既に課題を終えて生徒会へのボランティアに出掛けているが、ゾフィアは週末に用事があって課題が終わっておらず、ムリナールは彼女の課題消化に合わせてマリアの課題を手伝うように指示をしていた。
ゾフィアも自身の翻意は自覚しているようで、耳や尻尾は力無く項垂れていた。
尤も態度こそ今もなおじたばたしているマリアに比べて落ち着いて殊勝ではあるが、マリアとは異なり暗い翠色タイトスカートに白と緑を基調としたチェック柄のブルゾンを羽織ったゾフィアがムリナールに向ける瞳には、『何が何でも外出してやる』という炎のような意志がありありと映っていた。
「……」
【ニアール】の娘達を心から支えようと走るヤマトが時に【ニアール】の娘達を無意識に狂走させることは、彼に一廉の信を置くムリナールにとって日本で新たに生まれた悩みの種であった。
だがヤマト当人は【ニアール】のために努力を惜しまず、その私心の無さやひたむきな姿勢から彼は【トレセン学園】において着実に信用を得ていることを知るムリナールとしても、こいも悪意もないヤマトを叱責するのは忍びなかった。
大きく溜め息を吐いた。
今にも窓から飛び立とうとするマリアと要求が通らない限り梃子でも動きそうにないゾフィアをみやりながら、ムリナールは後でどのようにしてくれようかと考えた。
◆その後、ムリナールは新参者の外国人と軽んじる悪質先輩トレーナー達と鎬を削ったり、秋川理事長の思い付きに振り回されたり、
ゴルシキックまで、あと●●●日。
◆この話の初期タイトル:ムリナールはいかに胃痛の種を1つ得たか
◆『ロドス劇場』寄稿文:【メジロ家】編は以上となります。これまでのご清読ありがとうございました。
元ネタの利用を許可して頂きましたゆっくり妹紅さんには改めて感謝申し上げます。
◆元々が私がゆっくり妹紅さんへの感想欄にウマ娘ネタをふっかけた所にお言葉を頂きまして、こうして書かせて頂くことになりました。未だに『ロドス劇場』の主人公ヤマトの特徴を出せているのかが気掛かりではありますが、ゆっくり妹紅さんからも暖かいお声を貰いましてここまで書ききることができました。
◆まぁまさか本家の【カジミエーシュ】√NG集でヤマトがスーパーループス人になるとは思ってもみませんでした。かくいう私のほうは勝手にヤマトを疑似女装させましたのでおあいこですね(?)
◆この場をお借りして、重ね重ね、ゆっくり妹紅さんと当文を読んで頂きました方々には深い感謝を申し上げます。ご清読、ありがとうございました。