Fate/Kaleid Schmetterling 作:ひでぶ
プロローグ 境界跳躍
日本のとある地方都市、冬木市は西日本の日本海に面した地域にある。冬を冠する地名であるにもかかわらず、周囲を海と山に囲まれたこの都市の冬は比較的温暖だ。しかし、冬も最盛期といえる1月も半ばを超え、珍しくも肌を刺すような冷気が街中を覆っていた。
その冬木市の西部に位置する深山町、ノスタルジックな雰囲気を持った洋風の家屋が立ち並ぶ坂の頂上に、一際大きな洋館がある。悠然と高みに座して、町並みを見下ろす古風な洋館。そこには猫一匹近寄ろうせず、近所の住民は気味悪がった。さながらそれは、坂の上の魔女屋敷、そう形容するのにふさわしい威容を持っている。
その洋館の一室、薄明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がったその室内は、異様な様相を呈していた。その部屋は南北にやや長い八畳程度の大きさをしており、緩やかな弧を描く天井を持ったそれはさながらひと塊のかまぼこのような形をしている。
四方の壁、天井、床は無機質なコンクリートで固められている。出入口らしき扉は、南側のかまぼこの断面に一つしかなく、窓もない。代わりに、天井付近の壁に通気孔らしき穴が認められた。これらは、ここが地下室であるためだ。しかし、異様な点はそこではない。
扉がある南側の壁には、古めかしい柱時計がかけられていた。コチコチと行儀のいいリズムを刻んでいるそれは、もう間もなく二時を指し示そうとしている。その対面、北側の壁にそって、工作室にあるような大きい木造の机が配置されていた。それの上には、一般的な金銭感覚の持ち主が見たならば目玉が吹っ飛んで帰ってこないであろう程に高価な宝石が、種類別に整頓されて箱に入れられている。
それとは対照的に部屋の片隅に掃き寄せられた公園の落ち葉のように、エクササイズの道具が乱雑に寄せ固められていた。
また、東西の壁の両方にそって、大きな本棚が一本ずつおかれている。それぞれの棚には、古今東西ありとあらゆる言語、なかには暗号文や古代文字、挙句の果てにはもはや文字と認識されるか定かではない模様が背表紙に記された本が並んでいた。加えて、そのどれもが広辞苑のように分厚い。
その、世俗的なのか浮世離れしているのか判然としない混沌とした部屋の中央の床には、円の中に三角形を組み合わせたかのような幾何学的な文様が刻まれていた。薄暗い地下室の中で海月のように青く発光するそれは、薄ぼんやりとした輪郭を浮かび上がらせている。部屋を薄く照らしていた光源の正体はこの文様だ。他に光源もない中で自ら発光しているその幾何学模様はただの落書きではない。それは、魔法陣と呼ばれる類のものだった。
魔術師と呼ばれる者達がいる。根源の渦、アカシックレコードとも呼ばれるそれを追い求めるために、神秘を学び、魔力によって奇跡を行使する者達をこう呼びあらわす。
根源の渦はすべての事象の発端であるとされる。分かりやすく表現するならば、木の根のように様々な形で枝分かれし張り巡らされた事象、そしてそれによって構築されている世界、その大本が根源の渦である。
その大本を知ることができたのならば、そこから始まったすべての事象の道筋をたどることも可能となる。要するに、すべての事象が、なぜ、どのようにして起きたかを知ることが出来るのだ。根源の渦は、言い換えるならば究極の知識と定義できるのである。そして、魔術師とはその究極の知識を探求し続ける学者に他ならない。
そして、その学者がここに一人。魔法陣の中心に立ち、淡い燐光の中に浸るその人物は、艶やかな黒髪をツーサイドアップにした少女だった。スレンダーな体に、赤いロングTシャツ、黒いミニスカートとニーソックスという出で立ちをしている。少女の瞳は日本では見られない鮮やかな青色をしていた。その理知的な色合いとは対照的に、その眼は新しい獲物を見つけた猫のように爛々と輝いている。
その視線の先には正面に突き出された右手があり、細長い楕円体の筒の一端に対して垂直に短い握りをとり付けた、果物ナイフほどの大きさをした棍棒のようなものが握られている。床と平行になるように構えられたそれは、持ち手から先端まで悉く宝石でできていた。彼女は宝石を使い奇跡を行使する類の魔術師である。
「―――
部屋に凛とした声が響く。それと同時に、右手に握られた宝石がオーロラのような淡く幻想的な輝きを放ち始めた。その声は、硬いコンクリートの室内に反響し、勝手に重奏を奏でる。しかし、いくら硬質材質でできた部屋とはいえ、声の大きさに対して反響が大きい。
「
続けて紡がれる声に、空気が僅かに揺れる。
言霊。声には霊的な力が宿り、それを言葉として発すると事象に影響をもたらすとされる。
そして少女の声は、確かに現実に影響を及ぼしていた。彼女の手に握られた棒状の宝石が輝きを増し、ぼんやりとしていた足元の文様が明瞭に浮かび上がる。
「
少女の頬に一筋の汗が流れ落ちる。朗々と響き渡る声はしかし、揺らぐことなく言葉を紡ぐ。声によって震える空気に合わせ勢いを増した宝石の輝きが、脈打つように部屋を虹色に染め上げる。さらに足元の文様は、中心に立つ彼女を軸としてゆっくりと回転を始めた。
「
少女の語気が強まる。反響する声は、もはやそれ自体にエコーがかかっているかのようだった。ゆるりと回転する文様、虹色に波打ち、グラデーションするかのごとく照らしあげられる室内で少女は口角を吊り上げ満面の笑みを浮かべた。突き出した拳の先の空間に歪みが生じ、それがサッカ-ボールくらいの球体を作り上げる。それの中に不明瞭な映像が映し出された瞬間、
「――え?」
弾けた。映像を映している球体ではなく、少女の手の中にあった棒状の宝石が、である。その瞬間、歪みでできた球体が蛇口を全開にした水道につないだ水風船のように急速に膨れ上がり、破裂した。少女はとっさに両手で顔を覆ったものの、その程度で難を逃れられるはずもなく、津波のように押し寄せる歪みの波に呑まれていった。
凛の詠唱はドイツ語ですが、翻訳サイトを使用しているのでかなり出鱈目です。雰囲気で流し見ていただけると幸いです。
追記:内容が短いので一話からプロローグに題名を変更しました。