Fate/Kaleid Schmetterling   作:ひでぶ

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九話になります。
今回は士郎視点で展開していく話となります。



第九話 ”さくら”

 薄暗い開発室の中を、士郎はせわしなく視線を泳がせながら歩いていた。あちこちで様々な色をした計器のランプが明滅し、夜景や遊園地のイルミネーションを彷彿とさせる。全体の広さは体育館くらいあるというのに作業スペースは機材の関係で教室程度にまで狭まっている。

 

 そうして機材に沿って歩いていると、随所に設けられたそれぞれ個性的な個人用の作業スペースから次々と声を投げかけられる。

 

 「なんだ、俺の完璧なエネルギー経路計算を学びに来たか? 素晴らしい心がけだな」

 「ごめんな。アタシの作業を見てても面白くないよな。ごめんな」

 「ウゼェ……。おい、ちょろちょろしてんな。そこにいな。俺のとっておきを見せてやるぜ」

 「やめたげてよぉ。そんなエコロジーじゃないモノ見ても仕方ないよぉ? だからこっちおいでよぉ」

 

 あちこちから呼び止められて右往左往するこちらに見かねたのか、はたまた単純に煩わしかったのか、“さくら”が声を荒げて一喝した。

 

 「貴様ら、少しは黙って作業が出来んのかっ」

 

 

 

 「……で、結局ここにきたのか」

 

 鋼でできた膝程まである分厚く長い台座の前に中腰になっている“さくら”は、後方に立つ士郎には視線もくれずに、どこか諦観のこもった声で嘆息する。

 

 彼女の脇の床に置かれた大きな工具箱の中に几帳面に整頓された無骨な鉄工具や油さし、 彼女の前にある台座の上に長い布地や、台座の側に置かれた製図板などが目に留まる。金物屋、といったところだろうか。

 

 「ああ、すまない。迷惑なら外すぞ」

 

 その姿にどこか申し訳なくなり、士郎はそう断った。

 あの職人たちは士郎が歩き回っているとこっちにこいと商店街の客引きのように騒ぎはじめてしまう。それならば、一定の場所にいればみんな作業に集中するのでは、と彼が誰かの作業スペースに留まって見学していてもたちまち別の人が誘いをかけてくるのだから、結局作業を滞らせてしまっているように感じてしまう。見学の条件は作業の邪魔をしないという事だったので、本人たちは自慢の作品や技術を見せびらかしたくてノリノリであったとしてもこれは不味いと士郎は考えた。

 

 その結果、この職人たちが唯一粛々と指示に従うそぶりを見せた“さくら”の元に来ることにしたのである。その成果はあったようで、あれだけやかましかった勧誘の声が今はない。とはいえ、“さくら”が嫌がるようなら用件だけ告げて引き上げようかとも考えていたのだが。

 

 「まあいい。あっちでやかましくされるよりはましだ」

 

 そっけなく“さくら”はそう告げると、そこからは士郎など初めからいなかったかのように目の前の台座に置かれた布地に見入っている。見学の許可を受け、その場に留まった士郎はその姿に一種の感銘を覚えた。

 

 “入っている”。

 自己への埋没、一意専心。

 

 余分を一切廃したその集中は、まるで“さくら”が周囲の機材の一部と化してしまったかのような印象を抱かせる。ある行為をなすためだけに使用されるシステムとして自身を組み上げているのだろう。

 

 すると、“さくら”はおもむろに自身の頭につけていた髪飾りに手をやり、キューブ状になっている金属類のそれを一つ外した。そしてそれを布地の上に置くと、ホルダーからハンドハンマーを引き抜いた。ついで振りかざしたその黒い鉄塊の上に、小さい桜色の“虫”が現れる。大穴の空いた床を修理した際に目にしたあの虫である。その虫をハンマーの上に留まらせたまま、“さくら”は風を断つ勢いでそれをキューブに向けて振り下ろした。瞬間、小さい鉄の立方体は花を散らすように桜色の輝きを放ちながら布地にしみ込んでいく。

 

 士郎はまるで案山子か何かにでもなった気分で突っ立ってその様子を眺めていた。彼も“さくら”と同じく“作る者”である。それ故に、この目の前の光景に既視感と共感を覚えずにはいられなかった。ただ、彼が作り出す物は剣やそれに類似する武具に限定されるのだが。

 

 「できたか。まあこんなものだろうな」

 

 ハンドハンマーを収め、それまではなっていた見る者を呑むような張りつめた空気を霧散させた“さくら”はグローブを外し、布地をじかに手に取って手触りを確認している。

 その背中に、士郎は問いを投げかけた。

 

 「それ、何だ?」

 

 士郎が視線を注ぐ先にある物は、“さくら”の髪飾りに付いた金属質のキューブである。学校で顔を合わせた時には気づかなかったが、今しっかりと“視て”みると明らかに既存の物質とは構成材質が異なる。全く新しい金属だった。おそらくこの開発部で作り出された物なのだろうが、通常の金属とは比較にならない強度を持つその金属に、士郎は以前から強い関心を持っていた。

 

 士郎がここを訪ねたいと思った理由の半分はこの金属にあるといえる。そして、おそらくあの布地は彼女の“虫”の力によってこの金属と同化したのだろう。今のあれは、彼が着ている特環局員のコートとほとんど同じ強度、構成材質を持っているのが分かる。その構成材質の現物が目の前にある以上、それがなんであるか尋ねるのは必然であった。

 

 「……珠鋼だ」

 

 “さくら”は振り返らず、短く答えた。

 

 「珠鋼……?」

 「それを、出来うる限りのことをして裂いてみろ」

 

 訝る士郎の鼻先に、“さくら”はやおら振り返って手に持っていた布地を突きつけた。ややたじろぎながらもそれを受け取った士郎は、言われた通り渾身の力を込めて布地を引っ張ってみる。

 

 「っ……! 繊維の柔軟性は損なっていないのに……!」

 

 分かっていたことだが、まるで破れる気配がない。ある程度までは布地が伸びるのだが、そこから先は重機に綱引きさせたとしても切れないのではないかと思う程に硬い。やはり、この布地が特環の装備のもとになっているのだろう。

 

 「どうだ?」

 

 こちらも破れないことは初めからわかり切っていたのだろう、平坦な口調で“さくら”は尋ねてくる。

 士郎は布地に力を入れるのをやめて、肩をすくめた。

 

 「無理だな。俺の力じゃ糸の一本切れないぞ、これ」

 「それと同じ素材で、特環局員の装備が出来ている。この珠鋼を織り込んだものだ」

 「随分、軽いな。金属が織り込んであるとは思えない」

 

 一見しただけではただの布にしか見えない。この羽毛のような軽さから手に取ってみても同様だろう。よって、先ほどのように強引に破いてみようとしないかぎりはこれの並外れた強度を実感できる機会などないだろう。

 士郎は“さくら”に布地を差し出しながら尋ねる。

 

 「その珠鋼、ここで造られたのか?」

 「……そうだ。というよりも、私が造った」

 「それは、なんていうか。……すごいな」

 

 大して気負う様子もなく答えた“さくら”に士郎は感嘆を示す。とはいえど、先ほどの虫の力の行使を見た時からこんな物質を造り出せるのはおそらく彼女だけだろう、と半ば確信した上での問いだったために内心の驚きはそれほどでもない。

 

 床の修復と物質の同化、その二つの能力行使の様子からして彼女の虫の能力は、物質の組成を自在に弄れるような能力ではないか、と彼は睨んでいた。もしその推測通りの能力ならば凄まじい硬度と軽さを兼ね備えた全く新しい金属の精製を行えたとしても全く違和感は感じない。いや、それ以外でこんなものを造り出すことなど不可能だろう。

 

 「……そうだな。だが、絶対に壊れない物には程遠い。第一、これくらいのことは相応の知識をもち、能力で組成をいじるなどという裏技を使えば誰でもできる」

 

 どこか遠くを見るように目を細め、“さくら”はこぼす。だが、この言葉からして彼の推測は当たっていたようだ。しかし、どうにも彼女はあまり現状に満足していないようにみえる。士郎から見れば、他の局員の作業場も一通り目を通しその技術の高さを垣間見てきた中でも、彼女の技術は頭抜けているように感じるのだが。いずれにせよ、彼女は今の状況に胡坐をかくつもりはないようだ。

 その様子を見て、士郎はここに訪れたもう半分の理由を口にすることにする。

 

 「……なあ。おまえ剣は鍛てるのか?」

 

 その言葉に、“さくら”は僅かに目を見開き、次いで思案するように腕を組んだ。そして、僅かに言いよどんだのち口を開く。

 

 「必要とあれば鍛えよう。今のところ剣を鍛造するという依頼は受けたことはないがな」

 「なら、できるんだな?」

 「引き受けるからにはそれなりに仕上げる。私にも道具屋の誇りがあるからな」

 

 そう力強く言い放った“さくら”に、我が意を得たりとばかりに士郎は語を紡ぐ。

 

 「頼みがある」

 「剣が必要なのか?」

 「ああ」

 

 その言葉に、士郎は首肯する。今日ここに来た理由の一つは珠鋼を造り出した錬鉄の技師に会う事だ。そして二つ目は、叶うならばだが、その人物剣を鍛えてもらう事だった。

 

 その理由としては、自身の魔術に依らずに虫憑きと対等に戦う武装を得るため、という物である。彼の魔術はその特殊性故にみだりに使用するな、と師である凛から言い聞かせられている。だが、生半可な武装では虫憑きには歯が立たないため、魔術を封印してしまうとまるでお話にならないのだ。

 

 だが、珠鋼。これを使用して鍛造された剣ならば、虫憑きを打倒し得る牙足りえる。いや、僅かばかり、珠鋼を産み出す程の技師が生み出す剣を目にしたい、という欲がないわけでもない。それでも、今後を考えればそういう武器があるに越したことはないだろう。

 

 「それで、引き受けてくれるのか?」

 「別にかまわん。私も剣を鍛造することには少なからず興味があった。合間を縫って作ってみよう」

 

 存外、あっさりと受け入れられたことに肩透かしを食らい、士郎は首をかしげた。

 

 「随分簡単に引き受けるんだな。でも誰が使うかとか聞かないのか?」

 「私は道具屋だ。注文される品は持てる力を使って最高の物を作ろう。だが、それを誰が使うか、などという事は私の与り知るところではない」

 

 何気なく無責任なことを言っている様にも感じるが、これが道具屋のプライドというやつなのだろう。ともあれ、承諾を得られたこと自体はありがたい事なので、士郎は頭を下げる。

 

 「そうか。ありがとう」

 「礼はいらん。言っただろう、私自身が興味を持っているからやるんだ。報酬もいらん。で、なにか要望はあるか?」

 

 そう“さくら”に尋ねられ、士郎は頭を上げる。報酬もいらない、というのはなんというか非常にこちらが心苦しくなるのだが、話がこじれそうなので今は黙っておくことにした。その上で、彼は考える。考えるとは言っても頼む剣のモデル自体は既に決まっている。だからこそ、その剣のディティールを読み込むために自己に埋没したのである。

 そうして大方の詳細を頭に叩き込んだのちに、それをそのまま口にしていく。

 

 「…刃渡り56.2センチ。柄の長さ15.4センチ。幅7センチ。反り1.6センチ。重量1083.4グラムの柳葉刀。……まあ、これは大体あってればいい。これを二振り頼む」

 「随分具体的だな。しかも中華剣とは。まあいい、引き受けよう。きっかり注文通りの物を渡してやる。重量は本当にそれでいいんだな?硬度を保ったまま軽くすることも可能だが」

 

 なるほど、珠鋼は鋼鉄をも凌ぐ硬度を誇りながらも、恐ろしいほどの軽量化に成功した逸品だ。それを使用するのであろう剣も当然軽量化を行う事が出来るのだろう。だからこその、重量に関する念押しをされたようだ。だが、たとえ軽量化が可能であったとしても士郎の心は変わらない。

 

 「ああ。それぐらいが丁度いいからな」

 「了解した。完成したらあそこの馬鹿者に持っていかせよう。あれでも配達人だ」

 「馬鹿者って……」

 

 一瞬誰のことを言われているのか理解できなかったが、“さくら”の視線が入口の踊り場で凛と談笑している“空架”に向けられていることに気づいた。

 

 「……ああ、“空架”の事か」

 「では私は作業に戻るぞ」

 

 話は終わったとばかりにすげなく告げて、“さくら”は自身の作業場へと踵を返す。その背中に、士郎は声をかけた。

 

 「ああ。また来る」

 

 そうして、彼もまたその場から離れようとしたのだが、ふと思い出したかのように振り返って告げる。

 

 「本当にありがとな」

 

 その言葉にも“さくら”は振り返ることはなかったが、代わりに不機嫌そうに鼻を鳴らす音が作業場の空気に溶けて消えた。

 

 

 士郎が入口の踊り場に向かう階段を上り切ると、何やら話し込んでいた様子の二人がそろって彼に目を向けて出迎えた。

 その内の片方、髪をツーサイドアップに結い上げた少女、遠坂凛はどこかけだるげに膝に頬杖をついて切り出した。

 

 「気は済んだ?何か収穫はあったの?」

 「ああ。剣を鍛えてもらうことにした」

 「剣……?ああ、なるほどね」

 

 凛は得心がいったという様子で目を細めた。今のやり取りだけで士郎のここまでの目的を理解するのはさすがの思考の速さだろう。

 士郎は確信のこもった声色で告げる。

 

 「あいつ、いい腕してるぜ。多分すごいのができる」

 「まあ、チカちゃんは開発班のエースですから。虫の力もおあつらえ向きのモノだし。期待して間違いはないですよ」

 

 なぜか“空架”が誇らしげに胸を張った。事実、彼女は素晴らしい技師であるのは間違いないのだろうが。能力にしても、高位局員の凄味を改めて感じるいい機会にもなった。

 そんな“空架”の様子に、凛が感心したように口走る。

 

 「へえ、職人気質の性格は飾りじゃないみたいね」

 「それじゃあ、そろそろいくか。悪いな、邪魔して」

 

 これ以上長居しても邪魔になるだけだろう、と凛を促して士郎は謝意を述べる。すると“空架”はどこか嬉しそうに顔をほころばせた。

 

 「いいえ。また来てください。みんなも喜びますよ」

 

 そう彼が言い終えた瞬間、どうやって聞きつけたのか、開発室の奥からいくつもの声が響いてくる。

 

 「ウゼェ……。おい“空架”。ひとの気持ちを勝手に代弁してるんじゃねぇぞ。……まあまたこいや。目玉飛び出る発明を見せてやるぜ」

 「ふんっ。こいつより、おれの完璧な設計をみたいならまた来い。歓迎するぜ」

 「ダメだよぉ。みんなの流行の分かってない設計じゃあ…。次回は私のエコロジー技術の結晶を見せてあげるよぉ」

 「ごめんな。私がいちゃ来たくないだろうな。でも、また来てくれるとうれしいな」

 「だから、黙って作業をしろ」

 

 最後に“さくら”のどこか諦観したような声が響いてきた。彼女も苦労人気質のようである。その様子に、士郎はどこかシンパシーを感じつつも凛と連れ立って開発室を出た。そして、分厚い金属扉が閉まっていく背後を振り返って、彼は片手を挙げる。

 

 「じゃあ、また来るよ」

 「はい、ありがとうごさいました」

 

 頭を下げる“空架”を尻目に、凛と士郎はその場を後にした。

 




 士郎の目に見えない形での魔術行使、すなわち強化を用いて扱える強力な武器が欲しいと考え、このような形に。アリスのロッドを作ったのも”さくら”ですし、彼女の祖父は鍛冶屋だったそうなので適任でした。
 干将、莫耶の刃渡り等は想像です。長身のアーチャーが持っているため短刀にみえますが、実際はそこそこ長いのではないか、と思いこれくらいに。
 なにはともあれ、お読みいただきありがとうございました。
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