Fate/Kaleid Schmetterling   作:ひでぶ

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第十一話 ”むしばね”

 とあるホテルの一室。軽く見積もって二十畳以上はあるそのラウンジには、高級そうな絨毯が敷かれ、クラシック調の黒いテレビスタンドの上に巨大なテレビが据え置かれて部屋の中央奥に陣取っている。

 

 その左右にはこれまた高級そうなスピーカーが置かれ、それらの正面には革張りの横長なソファーが鎮座している。VIPルームと言っても差支えのない豪奢な造りのその部屋の中央。そこに据えられた透明な円卓を囲んで、おかれたソファに数人の少年、少女が腰を下ろしていた。

 

 さながら企業の重役会議のような重苦しい雰囲気が垂れ込めるその場に似つかわしくない彼らだが、その実、ある組織の重要なポストにある人物であるのだ。

 

 近年、世間で噂されている虫憑きという物がある。それは夢を持つ少年少女に取り憑く“虫”と呼ばれる怪物に憑かれた者達の事を指し示す。それは自身の夢という精神を食わせる代わりに、“虫”という超常の力を操るようになるという荒唐無稽なものだ。

 

 だが、この噂はただの噂ではなかった。虫憑きは実在する。彼らは“虫”に心を食われ、人々に恐怖され、忌避されながらも確かに今を生きていた。そして、ここにいる彼らもまた、生き場を追われた虫憑き達なのである。

 

 特別環境保全事務局。各地に出現する超常の物たちを取り締まる、政府機関。彼らは同じ虫憑きを用いて虫憑きを捕獲、もしくは“処理”する。昨日まで普通に生活していた者、そして平穏な生活を壊される事を望んでいないような者達でも、虫憑きであるというなら一切の手心なく彼らは職務を全うする。そのように世間に疎んじられ、捕獲されるか排除される立場。よしんば生き残っても、“虫”によって心を食われて死んでいく。これが超常の力を持つ、虫憑きの実態である。

 

 自分たちはそんなに罪深いのか。ただ、ほのかな夢を描いただけですべてを奪われてしまうようなことをしたのか。彼らは自問する。その結果として彼らは悲憤をあらわにした。自分たちが生きていてもいい場所を求めた。そうして、同じ志を持つ者たちは一つの旗のもとに立ち上がる。

 

 それが、“むしばね”と呼ばれる虫憑きによるレジスタンス組織の成り立ちだった。そして、今ここに集まっている少年少女は“むしばね”の幹部。東西南北に分かれた組織の指揮系統、その頂点たるリーダーたちだ。彼らは今、組織が直面しているある問題について話あっていた。

 

 「“影法師”のやつ。今月だけでもう13人だぞ! いい加減何らかの手は打つべきだと思うがな」

 

 円卓の西側に位置する場所に座った金髪の少年が語気も荒く言い放つ。抑えきれない怒りをたたえたその声に賛同するように、円卓北側の位置に坐した少女が、手にした携帯端末を弄りながらゆったりとした口調で言葉を紡ぐ。

 

 「そうですねー。最近はかなり手馴れてきていますし。私達だけならまだしも、なんの罪もない虫憑きを襲う虫憑きだなんて私達“むしばね”的には見過ごせませんよねー」

 「なに言ってんだ“ルシフェラ”。俺たちが標的にされたことがある時点で奴ははっきりと敵だろ」

 

 西側の少年が業を煮やしたように“ルシフェラ”と呼ばれた北側の少女の言葉にかみついた。この少年はどうにもこらえ性という物がない。

 すると、今まで押し黙っていた南側の席についている、端正な容姿をした思慮深そうな少年が思案するようにつぶやく。

 

 「……特環に“影法師”が噂程度にしか流れていないことも気になる。やはり何らかのつながりがあるとみていいんじゃないか?」

 「それは確実でしょうねー。“影法師”も意図的に特環の局員は狙っていないみたいですしー。そこのところどうなんですか? ――“みんみん”」

 

 北側の少女、“ルシフェラ”に話しかけられたことによって、部屋の壁にもたれかかって傍観者に徹していた“みんみん”と呼ばれる少女に、円卓についてた者たちの視線が集まる。

 長い黒髪を頭の両側で結び、黒いコートに身を包んだその少女は、軽薄そうな笑みを浮かべて対応していた。

 

 「残念、東中央は“影法師”の存在を最近まで知らなかったのよね。アタシたちの管轄内で不審な欠落者が多発したなんてことはなかったし」

 「はっ! “みんみん”、てめえそれは本当か?それが本当ならむしろてめえが信用できなくなってきたぜ。てめえ、やっぱり“影法師”の情報を知るためにここに送り込まれた特環の狗なんじゃねえか? 相変わらず特環に居座ってやがるしよぉ」

 

 どこか嘲るように、いら立ちを隠そうともせずに西側の少年は言い募る。猜疑心のこもった視線を刃物のようにぎらつかせ、“みんみん”を睨んでいた。

 それに呼応して、“ルシフェラ”も疑念の声を上げる。その手元は相変わらず携帯を弄ったままだ。

 

 「正直、信用はできませんねー。タイミングが良すぎるというか。あの男ならスパイのために高位虫憑きを手放すぐらいはやりそうですからねー。戦闘力が高いという理由だけでここにいるというのも納得できませんしー」

 「同感だな、お前は信用できねえ」

 

 西側の少年と同様に敵意をむき出しにした視線を“みんみん”に向け、東側の位置に付く少年が剣呑な様相で唸る。

 

 ツインテールの少女、“みんみん”は大体一週間ほど前から特別環境保全事務局から寝返って“むしばね”に所属することになった火種五号指定の虫憑きだ。

 数多く犇く虫憑きの中でも号指定されるほどの強力な虫憑きは限られており、元はと言えば寄せ集め集団である“むしばね”には号指定された虫憑きが少なかった。加えて、五号指定という彼女の階級の高さは現状の“むしばね”の中でも二番手に位置するものである。それ故に彼女は鳴り物入りで迎え入れられ、今現在、新参者であるにもかかわらず警護の名目をもってこの会議に参加している。

 

 そんな彼女に対して、快く思わない者、猜疑心を抱くものが現れるのは当然の帰結であると言える。それは次々と挙げられる疑念と敵意の声が証明しているといえるだろう。そんな中、唯一穏やかな声色のままに南側の少年が彼らをなだめにかかっていた。

 

 「でも、利菜が信用したんだろう? なら、僕たちも彼女を信じよう」

 「てめえは黙ってろ、エフェメラ。お飾りは口だすんじゃねえ。どーせてめえは今回も何もしやしねえんだからよ」

 

 彼らにとって絶対の存在を出されたが故に感情論に訴えるしかなくなったのか、西側の少年が気色ばんだ様子でがなり立てた。敵意と苛立ち満たされた室内の空気が張りつめていく。

 その最悪の空気を打破できるのは、この室内の人物ではなく、

 

 「ビィ・ホークモス。そこまでにしてやれ」

 

 突如室内に響いたその声に、彼らは一斉にその方向に視線を飛ばす。その先にある部屋の入口に一人の少年が立っていた。

 彼に“ビィ・ホークモス”と呼ばれた西側の少年が泡を食ったように叫んだ。

 

 「センティピード!? お前どうして……。レイディーはどうした!?」

 「私ならここにいるわよ」

 

 彼の叫びに答えるように、よく通る、凛々しくも可憐な声が室内に響き渡る。それと同時に“センティピード”と呼ばれた少年の背後から一人の少女が姿を現した。すらりとした体型に、紺色のダッフルコートを纏い、胸元にリボンを結んだ白いブラウスを合わせ、紅いミニスカートに黒タイツを穿いて、足元はローファーでカバーしている。黒髪を肩口程度にまでに伸ばしており、小さな顔は卵形。小ぶりな唇に整った鼻筋、やや吊り上った大きな目が特徴の美しい少女だった。

 

 彼女が姿を現した瞬間に、さざ波が立つように室内に動揺が広がっていく。

 彼らがうろたえるのも無理からぬことであろう。今、彼らの視線を一身に浴びているその少女こそ、“むしばね”のリーダー、“レイディー・バード”その人なのだから。彼女の存在によって、数瞬前まで張りつめていた険悪な雰囲気が瞬時に霧散していた。

 

 「レイディー!?」

 「一体、どうして……」

 

 西と南の少年が驚愕と疑問の声を上げる。“むしばね”のリーダーである彼女は現在、前線の指揮を彼らに預け、組織の改革を行っている最中のはずなのだ。それ故に、こうして彼らのみで方針を話し合っていたのである。だというのに、執務に追われて忙殺されているはずの彼女がこの場に現れてしまっては役割を分担していた意味がない。

 だが、“レイディー”はそんな彼らに対して茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

 

 「ごめんなさい。少し驚かせたくて。でも仕事には一区切りついたから」

 「一区切り……?」

 

 問い返す“ルシフェラ”に、“レイディー”は頷く。

 

 「そ。組織の改革は大体終わったわ。一応、組織としての体系が整ってきたのはあなた達だってわかるでしょう? あくまで一応だけどね。それに、こればかりにかかずらってはいられない事態が起こってるみたいだし。影法師、だっけ?だいぶ厄介な相手みたいじゃない」

 「……はい。接触して生き残った仲間の証言では、“影法師”それ自体も宿主が遠隔で操っている能力の一端のようで攻撃してもあまり効果が見られなかったようですー。ですが、一番の問題は攻撃能力ですねー。相手が“虫”であるならたとえ掠っただけでも虫を消してしまう力。生身の人間にはその力が働かない事が確認されてはいますが、間違いなくこれは脅威ですー。低く見積もっても三号。下手をすれば……」

 

 その先の“ルシフェラ”の言葉をさえぎるように、“ビィ・ホークモス”が声を低くして威圧する。

 

 「おい、めったなこと言うんじゃねえよ“ルシフェラ”。あんなのがレイディーと同格なわけねえだろ」

 「ホークモス……」

 「う、わーったよセンティピード」

 

 見かねたようにたしなめにかかる“センティピード”の声に、“ビィ・ホークモス”は気まずそうに視線を逸らし口ごもった。

 彼らによって反れた話題を修正するべく、“レイディー”は静かに言葉を紡ぐ。

 

 「ともかく、そんな奴が虫憑きを襲ってる。しかも特環とつながりがあるみたいな動きをしているのよね?」

 「はい」

 

 首肯する“ルシフェラ”に、“レイディー”は強い意志を湛えた目を向けて告げる。

 

 「なら、やることは一つでしょ。“影法師”は倒す。特環なんて初めから当てになんてしてないし。あたしたちがやるしかないでしょ」

 「そうですねー。このままじゃ被害者は増えていく一方ですし」

 「そういう訳で、私もそろそろ前線に戻ろうと思う。さっきも言ったけど、組織もそれなりにまとまってきたしね」

 

 “レイディー”から告げられたその言葉に、“むしばね”のメンバーは息をのむ。さながら神託を授かった敬虔なる信徒のように彼らは歓喜に震える。彼らにとってそれは万軍を得たに等しい宣言だったのだから。

 

 「本当か!?」

 

 もはや抑えきれんとばかりに“ビィ・ホークモス”が円卓に身を乗り出した。“レイディー”は固唾を呑んで返答を待つメンバーを見回すと、力強く頷き、高らかに宣誓する。

 

 「ええ、随分待たせちゃったけど“レイディー・バード”戦線復帰よ!」

 

 瞬間、室内に歓声が溢れた。

 

 「はっ! レイディーがいれば“影法師”何ぞ屁でもねーや!」

 「“むしばね”もここからが本格始動だな!」

 「これで“影法師”は何とかなりそうだね」

 「……そうですねー」

 

 それぞれ表現の仕方は違えど、彼らはその喜びを爆発させている。つい数瞬前まで自己主張し合い、いがみ合っていたはずの彼らを、たった一人で、これだけのやり取りで“レイディー”は纏め上げている。

 

 その絶対性。これだけでも彼らがいかに“レイディー・バード”に心酔しているかがよくわかる。傍から見れば、彼女がいなければ彼らはまとまることなどないだろう、と思えるほどに。これは五人しかいない一号指定、その一角たる彼女がもつ風格がなせる業か。

 いずれにしても、ここまでリーダー不在であった“むしばね”がようやくその真価を見せるべく胎動を始める。

 

 

 

 「―――以上が“むしばね”内での活動報告でーす」

 

 そんな、緊張感のない声色でツインテールの少女、“みんみん”は締めくくっていた。その彼女の向かい側、高級そうな執務机を挟んだ位置にある椅子に腰かけた青年は軽薄な笑みを浮かべたまま大儀そうに労いの言葉を述べる。

 

 「いや、ご苦労だったね“みんみん”。これからもよろしく頼むよ」

 「任せてください! アタシ、きっともっと役に立ちますから!」

 

 彼の言葉に頬を染め、どこか有頂天な様子で“みんみん”は決意を表す。実に健気なことだ。恋する乙女そのものな彼女の態度に、彼は内心苦笑しつつ頷いた。

 

 「ああ、期待しているよ。ボクは少しばかり書類を整理するから、もう下がってかまわない」

 「それじゃあ、用があったらいつでも呼んでくださいね。アタシは貴方のためなら……」

 

 顔を上気させたまま瞳を潤ませてこちらを仰いでくるその姿は、彼女が贔屓目なしで見て美少女である以上、男の心を打つモノであるに違いない。

 

 だが、彼の心はその姿にいかほどの揺れをも見せていなかった。確かに、この少女の献身はありがたいし、信用できる。だが、それ以上でもそれ以下でもなかった。彼女も、自身の目的を遂げるためのカードの一枚に過ぎない。

 

 頭を下げて、退室してく“みんみん”の姿を見送った青年、土師圭吾はほくそ笑む。実にうまく事が運んだ、と。“むしばね”にスパイとして送り込んだ“みんみん”は見事その成果を持ち帰ってきた。

 

 “むしばね”のリーダー、“レイディー・バード”は情の厚い少女だ。救いを求める者の手を拒むという事を知らない。たとえそれが敵側に属していた者であったとしても、だ。それ故に、“みんみん”にはそこに付け込ませて取り入らせた。時期が時期なために、他のメンバーに怪しまれる可能性は十二分にあった。事実そうなったと聞き及んでいる。だが、それでも彼はこの任務が成功することを確信していた。

 

 “むしばね”のメンバーにとって“レイディー”は替えの利かない精神的拠り所である。その心棒の捧げ方はもはや信仰の域に達していると言っていい。彼に言わせれば、“むしばね”のメンバーなど自身に都合にいい偶像を求め欲し、その結果それにもっとも近い、かの少女を崇め奉っている愚者に過ぎない。いわば、祈り捧げ、その結果与えられることしか考えていない人種の集まりだ。誰一人として自身の足で立っていない。“レイディー”という巨大な柱によってたかって寄りかかり、しがみついているだけだ。金魚の糞、コバンザメと言い換えてもいい。

 

 そんな彼らが、神に等しい“レイディー”の決定した事柄に背くことが出来るはずもない。特に、彼女に近い幹部のメンバーはその信仰の強さも人一倍だろう。どれだけ危ういと感じても、結局自身の信ずる彼女の決定には逆らえない。それこそが至上の決定であるかのように錯覚する。だからこそ、“レイディー”に取り入ることに成功した“みんみん”が排斥されるはずもない、と踏んだのである。

 そしてそれは見事に功を奏した。彼の予想は間違っていなかった。その結果として重要な情報を掴むことにも成功した。

 

 「……さて、“影法師”の能力も大体読めてきたな。しかしそうだとすると“彼女”の目的はやはり……」

 

 報告の際に手渡された資料に目を通しつつ、彼は考える。自身の目的を達成するためにはいかなる布石を打つのが正解かを見極め、打つ為に。そして一手に必要であるならば、たとえ己に慕情している少女の献身であっても利用する。いや、彼にとっては己すら目的を達成するための道具に過ぎない。

 すべては、虫憑きのいない世界のために。

 

 「とはいえど、使える駒が足らないな。まあいい。当てはある」

 

 土師は愉しげに目を細め、喉を鳴らす。手は決まった。それを実行する札も回ってくる予測が出来ている。ならば自身はそれがうまくいくように立ち回るのみ。

 

 「さて、もう一仕事だ」

 

 そう一人ごちた彼は、ノートパソコンに指を走らせる。広い室内には、その無機質な音だけが響いていた。

 




 話の背後で土師圭吾が悪巧み。
 ”むしばね”のリーダー、”レイディー・バード”は非常に高潔で、人を惹きつける存在です。しかし、強く在りすぎるが故に頼られ過ぎ、それを一人で背負うことが出来てしまう能力もあるせいで周囲に甘えを招き堕落させてしまう。多くの仲間を抱えていながら、その実孤独な存在。完璧であり過ぎたが故に、人の心が分からない、とされ滅びたセイバーとよく似ていますね。
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