Fate/Kaleid Schmetterling   作:ひでぶ

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幕間 暗躍

 そこは、暗かった。単純に明かりが少ないというのもあるが、周囲の色彩が暗色系である、ということもあるだろう。低い機械の動作音が響くその場所の全貌は知れない。鋼色の床、天井。それと同色の排気ダクトや、パイプ。それらが、赤や緑のランプが明滅する計器や、壁に埋め込まれた大きなモニターコンソールの明かりでかろうじて見てとれる程度だ。

 

 そこはさながらB級映画等でよく見る廃棄された古い地下研究所のようだった。そして、部屋を照らす最も大きな光源、大型モニターの前でキーボードに指を走らせる人影が一つあった。肩口程度に伸ばされた髪に、ダークスーツにタイトスカートを纏ったその女性は、特別環境保全事務局、副本部長の魅車八重子その人だった。

 

 副本部長という地位にある彼女がこのような場所にいるには理由がある。あるモノと対談を行うためだ。ソレがあまりにも光を嫌うが故に、地下深くにある旧情報管理室を使用しているのだった。情報管理室を選択したのは、魅車にも執務があるからであり、仕事を並行して行うためだ。

 

 「ふむ、相も変わらず多忙なようじゃの。魅車」

 

 まるで蛆が腐肉を啜るような、しわがれ、濁り淀んだ声が背後から魅車に投げかけられた。

 おそらく、振り返ったところで姿は見えまい。機械光とはいえ、光は光だ。それの及ばぬところに潜んでいるだろう。

 彼女はキーボードを叩く手を止めずに、事務的な口調で返答した。

 

 「そうですね。無礼と思うかもしれませんが、大目に見てください」

 「別段、咎めておるわけではない。感心しておるのだ」

 

 愉快そうにソレは喉を鳴らす。さながら、腐った泥沼が泡立つようなその音は、常人ならば不快感に顔をしかめるほど醜い。ところが、魅車はそれを受けてもさして嫌悪の感情を表さない。それどころか、妖艶に笑んですら見せた。

 

 「それは光栄ですね。五百年を生きる魔術師に褒めてもらえるは思いませんでした、間桐臓硯」

 「呵々っ。なに、愚鈍な孫どもばかりを見てきたものでな。お主のような優秀な若人にはあまり縁があらなんだ」

 

 間桐臓硯と呼ばれたソレはしゃがれた声で笑う。

 五百年を超えて生きる魔導の徒。名門、間桐家、その当主。それこそ、魅車の背後の闇に潜むモノの正体である。魅車とソレが出会ったのは二年ほど前の事になる。降って沸いたかのように現れたソレに、魔導の知識を授けよう、代わりに虫憑きの知識を与えよ、と迫られたことが始まりだ。

 その時魅車は微笑んでその提案を受け入れた。ああ、なんてかわいそうな化け物なんだ、と。

 そして、今もその時と同様に、彼女は目を細めて薄く笑う。

 

 「ですが、貴方にはそのお孫さんが必要なのでしょう?」

 「そうじゃの。不出来な孫じゃが、それでも内に秘めた物は有用じゃ。祖父として、それを有効に使えるよう導いてやらねばな」

 「それで、今日は一体どのような用件で呼びつけたのです?」

 

 本題に入るべく、魅車が切りだした。

 会話に興じることも嫌いではないが、彼女にもスケジュールという物がある。雑談ばかりしていて、肝心の事が話されなければ無駄足になってしまう。

 

 「いやなに、その不出来な孫、桜のことよ」

 

 そう囁くように臓硯は言った。

 まあ、どのような用件かは魅車も予め予測できてはいた。この老人が彼女の許を訪れる理由は虫憑きの研究についてのことか、“影法師”たる間桐桜についての事に絞られる。そして、最近桜の精神状態が不安定であることも既に把握していた。

 

 だが、端的に言うなら、魅車は間桐桜にさほど執着していない。確かに彼女の能力は希少であり、研究価値も高い。この先、相応の代物になるだろう。それこそ一つの完成形を見るかもしれない。だが、余分な要素の入ったモノである桜の行く末は、一例として記録する価値はあれどもそれ以上でもそれ以下でもないと考えていた。

 

 桜についての研究はあくまで臓硯の物だ。個人的感傷と、データがあって損はないため協力はしているが、その成否にはそうこだわりがない。桜を局員にしていない理由はここにある。

 しかし、そんなことは露程も感じさせずに魅車は嘯く。

 

 「彼女がどうかしたのですか」

 「お主が遠坂の小娘と衛宮の小倅を引き入れてからやかましくての」

 「それについては貴方も合意したと思いますが」

 

 遠坂凛と衛宮士郎は、間桐桜にとってのアキレス腱だ。

 魔術師であり、虫憑きという立場が有用である。魅車にとってはその程度の認識であったが、この老人には怪物の制御スイッチか何かのように見えるようだ。

 

 ぶつけて変化を楽しむか、脅して変化を愉しむか。それらによって“虫”がどのように変化するのかを見たくて仕方がないというように。桜が執着している物を握ったことで、まるで鬼の首でも取ったかのようである。

 

 「確かにそうではあるがな。どうにも堪え性がない。そこに最近面白い話を聞いたのでな」

 「面白い話とは?」

 

 問い返した魅車に、臓硯は舌なめずりする獣のような気配を放つ。

 

 「東で虫憑きを管轄外に取り逃がしたという噂が流れておる。一号指定、“レイディー・バード”が救出に動くと聞いたぞ」

 「……今の彼女では、一号は破れないと思いますが」

 「無論、分かっておるわ。じゃがな、そろそろ一度アレらとぶつけておく頃合いじゃろう」

 

 背後の闇が蠕動する気配がした。笑いをこらえているのだろう。

 だが、ソレは分かっているのだろうか。東中央支部には“かっこう”と土師圭吾がいる。彼らがいながら、もぐりの虫憑き一人捕えられないなどという事がありえるだろか。

 

 どうにもきな臭い。管轄外に逃がした以上あまり強権を使うこともできないだろうが、侮りは禁物だ。まあ、これが仮に罠だったとしても、“レイディー・バード”をおびき寄せるためのもの、という結論に至るのが自然ではある。土師圭吾は“影法師”とそもそも接触すらしていない筈なのだから。

 

 しかし、あの男はそんな常識などで量れない。既に“影法師”について調べ上げたうえで、二重の囮を出しているという事も考えられる。

 

 「私は貴方の方針に文句をつける気はありません。ただ、管轄外だからと言って土師圭吾と“かっこう”を侮ることはお勧めしませんよ」

 「侮ってなどおらん。彼奴らが小賢しいは百も承知じゃ。罠なら罠でかまわんわい。今回は儂もでるのでな」

 

 その言葉に、今まで途切れなくキーボードを叩いていた魅車の手が一瞬止まる。驚きを感じた、という事に自分自身驚きながらも、すぐに作業を再開させて彼女は尋ねた。

 

 「貴方自ら、彼女に同行するのですか?」

 「呵々っ! 儂も一度、一号指定というモノをこの目でみておきたくての」

 

 楽しみでならない、といった調子で臓硯は答えた。

 どうやら、桜をサポートするという事よりも自身の欲望のためであるらしい。だが、なるほど。この老妖怪が外に踏み出すという時点で他者のため、などと言いう事はあり得ない。

 

 臓硯は己の妄念にとりつかれた哀れな化け物なのだから。ただ一つの思いが生み出す怪物。その点において、“虫”と臓硯は似ているのかもしれない。

 

 しかし、そんなどうしようもない貴方でも、私だけは愛してあげます。

 

 慈しむように、心の内で魅車はそう囁く。そもそも、魅車が臓硯に協力したのは、彼が彼女の父と似ていたからかもしれない。哀れな怪物が妄念を追う。それを手助けしよう。そんな程度の感覚で申し出を受け入れたのだ。

 魅車は微笑む。花が綻ぶように、腐肉が爛れ落ちるように。

 

 「そうですか。貴方がそういうのなら、何も言いません。よい報告があることを祈っておきましょう」

 「そうじゃの、せいぜい老体に鞭うつとしよう。ともすれば、“不死”が生まれるやもしれんぞ?」

 

 臓硯はそう大仰に嘯くと、腐泥が泡立つかのような喉を鳴す音をと共に去って行った。

 一人残された魅車は、一人口端を吊り上げる。

 室内には、キーボードを叩く無機質な音のみが響いていた。

 




 魅車の真意、そして臓硯のたくらみ。めんどくさい人間ばかりですね笑。
 魅車さんは、ムシウタ本編においてもだいぶ精神がいっちゃってます。突き抜けているといった方が正しいか。彼女の思考回路は、自分なりの他者の救済を考えた結果極端な方向に走るという型月系ラスボスそのものなので。その異常な精神性を鑑みて、本作では彼女は精神干渉に耐性があることになっております。臓硯が操るのではなく協力体制をとっているのはそのためです。

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