Fate/Kaleid Schmetterling   作:ひでぶ

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十七話です。

タイトルは、ベニモンアゲハと読みます。紅紋は当て字兼コードネーム、鳳蝶はアゲハ蝶の意味を持ちます。




第十七話 紅紋鳳蝶

 二日前、凛と士郎は、もはやお馴染みとなりつつある図書館に向かい、いつも通り姿を現した五郎丸柊子に作戦に参加する旨を伝えた。そして現在。その際、手渡された手紙に指定されてあった通りに、彼女と士郎は既に深夜に差し掛かる時間帯に某市駅前のコンビニに入店した。

 

 「さて、場所はここであってるはずだけど」

 

 小さくつぶやき、凛は店内を見回す。

 時間帯も時間帯なため人気は少ない。閑散としている、と言ってもいいだろう。店員が緊張感のないあくびをしているのを視界の縁に収めながら、凛は店内で一際異彩を放っている人物に目を止める。

 

 ここは屋内で、外は雲一つない星空が広がっている。であるにも拘わらず、その人物は黄色いフードのついた絶縁性の雨合羽を着込んで雨靴を履き、用途のつかめない長い筒状の袋を背負っていた。

 雑誌コーナーで立ち読みしているらしきその人物は、合羽のせいで体格が小柄である、と言う程度の事しかわからない。が、狭い肩幅や、やや長めの茶色懸ったセミロングの黒髪からして女性だろう。

 

 この奇抜な風体をした人物の特徴が、手紙にあった物とまるきりしっかり合致することに何故か残念な気持ちになりながらも凛は士郎を伴って歩み寄っていく。

 あと数歩進んだら声を掛けよう、と言うところまで凛が進んだところで、後ろを向いたままその人物が声を上げる。

 

 「やあ、待っていたよー」

 

 縫いとめられたかのように立ち止まった凛たちに振り返ったその人物は、彼女が予想していたよりもだいぶ若い、十代半ばくらいの少女だった。雨合羽に雨靴、口に棒付き飴を咥える、という珍妙な風体をしていなければ、かわいらしいといえる顔立ちをしていた。その顔を緩く笑みの形に崩した少女は、気の抜けた調子で続ける。

 

 「それで、用件は何かな?」

 「……それじゃあ、一つ」

 

 そこまで口にして、凛は一度間を空ける。

 土師圭吾が手紙に記したことは本当に僅かな事だけだった。日取りと、実行時間。そして、囮の戦闘予定地点に指定人物と落ち合う場所。細かい指示という物はなく、ただ黄色い雨合羽に長い棒を背負った少女に記したとおりの質問しろ、というだけの物だったのである。

 

 その質問内容も、抽象的すぎて謎かけのようになっていたので、本当にこれで通じるのか不安ではあった。とはいえど、あの男がそんなポカをするとも思えないので、結局凛は土師圭吾が手紙に記していたことをそのまま口にすることにした。

 

 「――仲間外れがどこにいるか、わかります?」

 

 凛の言葉に、少女は愉しげに喉を鳴らす。

 

 「そういう事か。いや、あの人らしいかな、これは」

 

 肩を揺らしながら少女は口走った。

 どうやら通じたらしい。しかしどうやらこの様子だと、この少女もまた詳しい指示までは受けていなかったのだろう。どういう意図かはわかりかねるが、土師圭吾は随分用心深くこの邂逅の場を整えているようだ。

 少女は笑いを収めたものの、まだ口端を吊り上げたまま言葉を紡ぐ。

 

 「いや、すまないねー。少し、昔を思い出してしまったのだよ。……で、質問の答えだが、知っているよ」

 「どこにいるんだ?」

 

 やや勢い込んだ士郎が半ば詰め寄るように問いただす。

 しかし、飄然とした態度を崩さないままに少女は僅かに瞑目すると薄く目を開いた。そこから覗く瞳は、その緩みきった雰囲気からは想像できない程に、研ぎ澄まされた刃のごとき煌めきを放っていたのを凛は見逃さなかった。

 

 「そうだねー、ここからそう遠くはない。位置的には北西八百メートル程度。高いところにあるから建物の屋上かな? あの辺りにはそんなに背の高い建物はなかったから簡単に見つかると思うよー」

 

 知っていた、という風ではなく、今ここからどこにいるかを察知したかのような少女の口ぶりに凛は思考を巡らせる。これではまるで“虫”を感知できるような力を持っているのかのようである。虫憑きには、“虫”を感知することが出来る能力を持つ者がいるというが、彼女がそうなのだろうか。いや、少女の雰囲気からして十中八九そうであろう。あの眼は、一中一夜で身に付くようなモノではない。

 

 土師が自身の駒として投入できる局員は“かっこう”だけである。と、言っていたことから、凛はこの少女は虫憑きではなく情報屋のような存在だろうと推測していた。が、どうやらそれははずれらしい。

 

 土師圭吾ともそれなりに交流のありそうな様子からして、協力関係にある在野の虫憑きもしくは別管轄の特環局員だろうか。いずれにしても、この回りくどい引き合わせ方はこの少女を協力者として利用するための理由づけの一環なのだろう。まあ、今は時間が惜しい。考えるのは後にするべきだ。

 思考を切った凛は、少女に礼を述べるべく口を開いた。

 

 「そう。情報提供、ありがとう。じゃあ私たちはいくわ」

 「ふむ。大したことではないよ。急いでいるようだが気を付けたまえー。相手は、中々大物のようだ」

 「ご忠告どうも。せいぜい気を付けるわ」

 

 軽い調子で言い残し、凛は少女に背を向ける。士郎が少女に軽く頭をさげ、後に続いた。

 そうして歩み去っていく最中、

 

 「――ボクも現役なら、あの人がここまでする相手と一戦交えてみたかったものだね……」

 

 そんな、どこか郷愁と諦観の混ざったような複雑な声を凛は聞いたような気がした。

 

 

 暗く、冷えたリノリウムの床を蹴って二つの人影が階段を一足飛ばしに駆け上がっていた。電気のついていない、暗い棟内にけたたましい足音が響き渡る。その二つの人影は、いくつもの太いベルトが巻き付いた拘束服のようなロングコートに、顔の半分を覆い隠す程に大きいゴーグルを身につけていた。その人影の内の一つ、遠坂凛はひたすらに上を仰ぎながら、足を動かし続ける。

 

 結果から言って、カッパの少女に示された方角に向かって進んだ先には、彼女の言うように、周囲の建物よりも頭一つ以上高いビルの姿があった。当然施錠されていたため、凛と士郎は魔術でそれを破って非常口から突入した。そして、エレベーターを使わずに認識阻害と身体強化、視力強化の魔術を用いて階段を上ることを決意し、今にいたる。

 

 鼓動が速くなる。肩が上下し、息が荒くなる。だがそれも仕様のない事。数十階もある高層ビルの屋上まで、一気に駆け上がろうというのだ。魔力で強化していようと、疲れない方がおかしい。だが、それでも歩調を緩めることはなかった。

 

 あの少女の言葉が正しいなら、桜はここの屋上にいるという事になる。高いところから眼下を俯瞰するには絶好のポジショニングだろう。姉妹そろって上から戦場を見渡したがるとは、変なところで似る物だ、と凛は苦笑いを浮かべた。

 

 その凛の後ろを走る士郎の顔は、いつも以上にこわばっている。余裕がない、と言い換えた方がいいか。眉間に寄せられた皺は深く、先を見据えるその目は、遠くを見据えすぎて足元が見えていない。やはり、この少年が見ない足元の障害を除けてやるのが自身の役目なのだろう。部外者でありながら当事者である凛であるからこそ、冷静にこなせる役割でもある。もちろん、凛とて桜を救いたい。平行世界であれそれは変わらない。ただ、過去の経験が一層凛を冷静にさせていた。

 

 桜は、凛の世界の桜の時と違って取り返しがつく位置にいる。虫憑きは確かに異能者ではある。だが、存在そのものを否定されるようなモノではない。ひっぱたいて連れ戻す。それが可能な場所にいるはずだ。間桐臓硯によってそれが手遅れになる前に、この少年と自身でそれを成す。その為に、ただ進む。

 

 そうして、二人はついに屋上へと抜ける扉の前にたどり着いた。

 この先におそらく桜がいる。いや、最悪の事態に備えて臓硯もここにいると考えた方がいいだろう。とはいえ、臓硯自身が本当に出張ってくるほどに桜を重要視しているならば、彼女を悠長に説得してはいられなくなるだろうが。士郎には事前に十分気を付けろとは言い含めてきたが、この様子ではあまり自制は期待できない。である以上、ここから先は自身が人一倍の注意を払って進むべきだろう。そう、凛が気を引き締めようとした時、

 

 「この先に、っ!」

 

 逸る気持ちを抑えられないのか、息すら整えないままに士郎が扉に取り付くと、止める間もなく取っ手を掴んで一気に押し開けていた。

 身を切るような鋭い冷風が、棟内に吹き込んでくる。髪を巻かれ、素肌を晒した頬に風が突き刺さったが、その先に佇む人物に。いや、その異様さに目を奪われ、見えない何かに心を鷲掴みにされたかのように凛は動けなくなる。

 

 見渡す限りに夜空しかない、その屋上の端。フェンスに背を向け、寄り掛かるようにして立っている人物の姿。あれは間違いなく、間桐桜その人だ。ただ彼女の身体には黒い影がまとわりついており、それが蛹のようなモノを形作ってフェンスに身体を縛り付けて固定化していた。

 

 影に包まれることなく、様子がうかがえる胸から上の少女の身体は微動だにしていない。瞳をと閉ざし、血の気が薄く、顔を蝋人形のように蒼白にしたその彼女の周りにはおびただしい数の蝶々の影絵が舞踊っている。

 

 その様はさながら、艶やかな花の蜜を奪い合っているかのようだ。花の蜜の代わりに血を啜る蝶がいるというが、アレはまさしくその類のモノに見える。月夜に照らされた祭壇にささげられた贄にたかり、生気を奪っていく優美で美しい蝶々たち。奉られたその生命の、最後の一滴すら残すまいといわんばかりの貪欲な捕食行為。食物連鎖を明確に示したその光景は、美しくもありながら同時に吐き気を催す程におぞましい。

 

 自身の妹が影の化け物に取り殺されていくかのような姿は、凛にとって二度と視たくないモノであった。ここにきて、凛は自身が虫憑きというモノに対する認識が甘かったことを自認する。思えば、凛は虫憑きのことをどの程度知っていたというのか。

 

 士郎に簡易的に説明を受け、“虫”をしっかりと従えているように見えた“かっこう”や“さくら”を見たという程度だ。“遠坂凛”が虫憑きでありながら自身とそこまで大差のない様子であることが覗えた、という点もあっただろう。とはいえ、たったこれだけのことで“虫”を操る、という事の負担の本質を理解できるわけもなかったのだ。力を行使する代償に自身の精神を“虫”に食らわせる、その現場をいま凛は初めて目の当たりにしているのである。

 

 愚かしい。凛は自身を罵倒する。確かに、“虫”の宿主自体は存在を否定されるようなモノではない。言ってみれば被害者なのだから。だが、宿主をも食いつぶす異形の“虫”。これは別物だ。取り返しのつく位置にいるのは宿主のみであって、“虫”はそうではないのだ。アレは人間が飼いならせるようなモノではない。そんなことも満足に分かっていなかった己が恨めしい。

 

 「桜っ!」

 

 切羽詰った声を上げて、士郎が駆け寄っていく。

 一拍遅れて、凛もそれに続いた。“虫”の本質、それを侮っていたことは確かだ。だが、今は。目の前にいる桜を連れ戻す事に全力を尽くすべきだろう。

 

 「――――投影、開始(トレース オン)っ!」

 

 前を行く士郎の両の手に一対の中華剣が握られる。干将・莫耶。迷いもなく宝具を具現化したその姿勢に、彼の決意が現れている。魔を払う夫婦剣で、影絵の蝶々を叩き落としながら士郎はさらに加速した。後れを取るわけにはいかない。懐から三つの宝石を掴み出し、指の間に挟んで構える。

 

 「――――Anfang(セット)

 

 凛が紡いだものは自己暗示の呪文。心臓にナイフを突き立てるイメージ。魔術を起動させるための歯車に自己を変貌させるための言霊だ。

 

 魔術回路が励起し、全身を魔力が巡っていく。清流が四肢を洗い清めていく。身体の重りを押し流し、消し飛ばす。身体が羽毛のように軽くなっていく感覚と比例して、疼くような痛みもまた全身を巡る。左腕の魔術刻印が焼けつくような熱さを、脈打っているかのように送ってくる。魔術を使用するための通過儀礼。恒例のそれを噛み殺し、凛はさらに呪文を唱える。

 

 「Körper, Stärkung(身体強化)っ!」

 

 発動する身体強化の魔術。既に常人をはるかに上回っていた凛の身体能力が、更に跳ね上がる。床を蹴る音が高くなり、前を走っていた士郎に瞬時に追いつき、並走した。

 前を見据えたまま、凛は声を張り上げる。

 

 「目を覚まさせてあげるわ、桜!」

 「まってろ!」

 

 士郎もまた叫び、駆ける。目を見開き、口元を噛み締め、影を蹴散らしながら進んでいく。だが、

 

 「ふむ、何か仕掛けては来るだろうとはおもったがのう」

 「!?」

 

 身を這い回るような悪寒に身を任せて、凛と士郎はお互いに弾かれるように横に飛ぶ。

 その選択は正しかった。身をかわした凛たちが目にしたのは、タイルを敷き詰めた床の溝からしみ出すようにしておぞましい蟲の群れが吹き上がる姿であった。正に間一髪、彼女たちがそのまま進んでいればあの蟲の群れに呑みこまれていたことだろう。

 

 「これはっ……!」

 

 急制動を掛けたせいでこみあげる異物感を抑えながらも凛は分析する。あれは“虫”ではない。周囲に立ち込める腐臭や、身の毛もよだつほどのおぞましさ、醜悪さに関しては“虫”を上回っていると思えるが、それだけだ。あれは魔術によって人間に使役されているモノ。コールタールのように淀み、広がっていく蟲から放たれる濃密な魔力がそれを証明している。つまり、魔術師の手足たる使い魔に過ぎない。

 

 そして、先ほどの声。しわがれ、執念にまみれた老獪さを隠そうともしないその声の主こそ、この蟲の主だろう。桜と共にあり、蟲を使役する老魔術師ともなれば一人しかいない。凛たちの視線の先で蠢き、甲高い耳障りな声で合唱していた蟲が寄り集まり、一つの人型を形成していく。枯れ切って、既に土に還ろうとしているモノが強引に形を保とうとしているかのようなその姿。禿げ上がった頭部に、深く寄った皺で襞のできた顔、落ち窪んだ眼窩、古風な着物に身を包み、木製の杖をついた小柄な老人が現れる。間違いない。この人物は、

 

 「―――間桐、臓硯……!」

 

 絞り出すように、怨嗟を込めて士郎に名を呼ばれた臓硯は肩を震わせてそれに答えた。

 

 「呵々、よもやお主らが此処に現れようとはな」

 

 濁り切った声色で冷えた大気を震わせながら、臓硯はまた笑う。

 実に不愉快だ。並行世界であろうと寸分の互いもない醜悪な姿と声に、凛は顔をしかめる。だが、これで凛は依然行っていた自身の予想がほとんどあたりだったことを確信する。虫憑きとしての桜の勝手な行動を容認するばかりか、その桜を守護するように現れたことがその証拠だろう。ただ、こちらと違いむこうは凛たちが現れることを予想していなかったようだが。土師圭吾の隠蔽工作が功を奏したのだろう。

 凛は冷ややかに臓硯を端倪し、嘯いて見せる。

 

 「まさか、貴方が表舞台に上がってくるとは思わなかったわ。どういう風の吹き回しかしら」

 「なに、儂にもいろいろ訳があっての。不肖の孫の尻拭いをしにな」

「尻拭い? 冗談でしょう。貴方がそんな理由で動くとは思えないけど」

 

 舞台裏から手を回す事を好むこの男が、自ら行動する程の事態。そんなことがあるとすれば、それはあくまでも己の目的に合致している時のみの筈だ。すなわち、現状が彼の目的と密接に関係しているということに他ならない。

 真面な返答など期待できないが、一度問いただしておく必要があるだろう、と凛は再び口を開く。

 

 「アンタ、虫憑きを……。いいえ、桜の能力を使って何をしようとしている訳?」

 「随分とさかしいな、遠坂の小娘。じゃが、見ての通り今の桜は化け物での。儂にも手に負えん。それ故、ある程度勝手を許しておるというだけよ」

 「なにを、白々しい……!」

 

 思わず音が鳴るほどに歯ぎしりをして、凛は臓硯に唸る。

 この妖怪が桜の手綱を握り損なうことなどあるものか。こちらが何も知らないと思って煙に巻こうとするその姿勢に、凛は唾を吐きかけたくなる。

 それをぐっとこらえて彼女は続けた。

 

 「冬木から出て、聖杯なんてまるで関係もない虫憑きとしての桜の行動を自ら支援するなんて随分お優しいお爺様ね。聖杯にはもう興味が無くなったのかしら。それとも、聖杯に代わるモノでも見つけたのかしら?」

 「……何をいっておるか儂には判りかねるがな。変貌した孫を救おうと祖父が動いている、これはそれだけのことじゃて。魔術師が身内に甘いということぐらいはお主とて知っていよう」

 

 まるで自身の行動が本当に孫想いであるが故、とでも言うように臓硯はのたまった。だが凛の言葉を聞いたとき、臓硯が僅かに目を見開いたのを彼女は見過ごさなかった。

 

 「身内、ねえ……。ま、そんなことはこの際いいわ。桜は返してもらうわよ」

 「返す? これは異なことをいうのう。桜は間桐の跡取りよ。逆に言おう、よそ者は下がっておってもらえんか」

 「別にアンタの意見なんて訊いていないわよ。それに、これ以上問答をするつもりもない」

 

 ただ、淡々と凛は告げる。しらばっくれるというのなら、それでいい。今は桜が最優先だ。それには士郎も同意見だったようで、彼は眦を上げて咆えたてた。

 

 「そういうことだ、下がってろ臓硯! 桜は俺たちが連れて帰る!」

 「ほう。つれかえるとな? して、そこからどうするのだ。お主たちに、桜を救えると?」

 「問答無用だ―――!」

 

 そう鋭く吐き捨て、振りかぶられた士郎の両の手から空を切り裂いて短刀が投擲される。

 弧を描いて左右から襲い掛かる黒白のそれは、確かに相応の鋭さと絶妙なタイミングで投じられてはいた。だが、対応すること自体はさほど難しくはなかっただろう。おそらく士郎も臓硯が何らかのアクションを起こす事を前提で放ったに違いない。

 

 ところが、臓硯は何をするでもなく棒立ちのまま、飛来する短刀に容易く両断された。力なく地に崩れ落ち、体液をぶちまけるあまりにあっなけないその姿に、士郎の動きが僅かに止まる。

 その瞬間、

 

 「青いのぉ……。衛宮の小倅」

 

 響く、くぐもった嘲笑と共に突然、それは士郎の眼前に何事もなかったかのように現れる。

 身体、思考共に僅かであるとはいえ停止させてしまっていた彼にとってそれは致命のタイミングであっただろう。目を見開く士郎に表情を歪ませた臓硯は、蟲の群れと化した腕で今にも士郎を食い貫かんとしていた。

 

 「がっ!?」

 

 身を貫く衝撃に身体を痙攣させ、苦しげな息を吐いて胸を掻き抱く。だがそれは、士郎ではなく臓硯の方であった。

 

 「残念、読めてたのよね。その動きは」

 

 背中の中央に拳大の穴を開け、白煙を立ち上らせた臓硯の背に指先を突きつけたままの姿勢で、凛は冷めた調子で告げる。

 

 なぜ彼女が瞬時に臓硯に対して行動を起こせたかと言うと、何のこともない。平行世界の経験から、凛は知っていただけなのだ。間桐臓硯という魔術師はあの程度では死なないということを。妄執に取り付かれ、魔術的延命措置を重ね続け、生きながらえてきたあの翁の肉体は既にヒトと呼べる体を成していないのだ。腐り果てたその肉体の大半を蟲で補っている怪物が、その身を二つに分けられた程度で朽ち果てるはずもない。

 

 そして、凛が臓硯に放った魔術はガンド。凛のそれは人体に大穴を開けるほどの物理的な破壊力の方に目をとられがちだ。だからといって、それで本質の呪いの部分を損なっている訳ではない。元をただせば物理的破壊力の方は福次効果に過ぎないのだ。そして今回は、物理的威力ではなく呪術的側面による効果狙いで凛はこの魔術を放っていた。魔術師である臓硯にはそこまで強い効果は期待できないが、狙い通り一応動きを止める事には成功したようだ。

 

 「士郎、どきなさい」

 

 凛の声に、我に返った様子の士郎が慌ててその場から飛び退く。それを確認した彼女は、

 

 「アンタには聞きたいこともあるけれど、とりあえず今はご退場願おうかしらっ!」

 

 鋭く言い切ると同時に、凛は手に持っていた宝石の内一つを臓硯目掛けて投げ放った。それと同時に素早く言霊が紡ぎだされる。

 

 「Wind laufen! Streicheln, Reißen(走れ疾風 撫で裂け)!」

 

 翠緑の石が弾け飛び、秘められた暴威が吹き荒ぶ。それは瞬く間に小柄な老人と、彼を取り巻く蟲もろとも細切れにして余りある大気の凶刃。当然だ。凛が行使したのはランクAに匹敵するであろう大魔術である。屋敷一つ吹き飛ばす威力を誇る魔術を受けて無事で済む人間など存在しない。それを証明するかのように、臓硯は大気の濁流に押し流されていく。

 

 嵐が吹き去ったのちには、臓硯がいた場所には肉片一つ残っていなかった。すべて吹き払わられてしまったのだろう。士郎が唖然とした様子でつぶやく。

 

 「お、おい遠坂……。これ、もう話なんて聞けないんじゃ」

 「構いやしないわ。馬鹿みたいにしぶといはずだから無問題よ」

 

 鼻を鳴らして凛は答えた。この程度で倒せるなら凛たちは苦労などしなかった。間桐臓硯という魔術師は既に人間と呼べるような存在ではない。今潰した蟲も末端の使い魔でしかないのだ。本体は別の場所にいる。本当に忌々しい。

 

 苛立ちに唇を噛んで、凛は視線を桜に移した。とにもかくにもまずは桜を確保することが優先だ。間桐臓硯が自ら出張ってくるという予想が当たってしまった以上、あの妖怪にとって桜は相応以上の利用価値を持っていることの証明となっている。あの妖怪に利用されてしまっては、桜は真っ当な状態ではいられなくなるだろう。説得は二の次だ。臓硯を殺しきることが不可能なことを鑑みて、まずは桜をあの妖怪から、いや、奴の企てる計画から遠ざける必要がある。あれの思う通りにさせて、桜を元の世界の二の舞にするわけにはいかない。

 

 「とにかく、さっさと桜を確保するわよ。見たところ本当に能力行使をしていてこっちに気が回っていないみたいだから」

 

 士郎を促すと、以前目を覚ます様子を見せない桜に向かって凛は歩を進めた。

 自身の後を追ってくる士郎の足音を聞きながらも、凛は桜をフェンスに縛り付けている影の“虫”に狙いをつけ始める。力加減を誤るわけにはいかない。“虫”と宿主は一蓮托生らしいので、間違って殺してしまえば桜は心のない抜け殻、欠落者と化してしまう。必要最低限の箇所のみガンドで打ち抜いて桜を解放することが求められるだろう。というよりも、狙いの甘い自身よりは士郎の方が適任かもしれない、と凛は首だけ巡らせて後ろを振り返り、

 

 「っ士郎!」

 「遠さ、うわっ!」

 

 咄嗟だった。気づけば、こちらに歩み寄ってくる士郎の腰に飛びついていた。

 潰れた蛙のような声を上げる士郎と共に、もんどりうって地面に転がった凛の頭上をおびただしい数の何かが猛然がと飛び去って行くのを感じ取った。

 それらが去ったのを感じ取ると、すぐさま身を起こした凛は懐から宝石を掴み出して立ち上がる。

 

 「なんだってんだ、遠坂……。ってこれは……!」

 

 遅れて立ち上がった士郎が周囲に視線を巡らせ、眉を吊り上げる。

 背中合わせになった凛と士郎の周囲を数える事すら馬鹿馬鹿しくなるほどの蟲の大群が地、宙問わず埋め尽くしていたのである。大きさはドライヤーのヘッドくらいか。凶悪な羽音の大合唱に、頭を揺さぶられているかのような感覚に陥る。地を這っているモノ、薄羽根を震わせて宙を舞っているモノ、硬い口角を持ったモノ。実に多種多様な姿をもったそれらが、醜い口器を蠢かせ、赤い複眼を爛々と輝かせていた。

 瞬時に両の手に双剣を現出させた士郎が短く問いかけてくる。

 

 「……遠坂、こいつらは」

 「臓硯でしょうね。でも信じられないわ」

 

 末端とはいえ、身体の構成体をほとんど消し飛ばしたのだ。臓硯とて不死身ではない。凛の知っている臓硯ならば、しばらくは身体の再構成に手間取り、身動きが取れなくなっているはずなのだ。にもかかわらず、この現状。いや、それどころか周囲を囲んでいる蟲は凛の知る臓硯の使い魔よりも一段強力になっていそうな程だった。

 

 「呵々! よくかわしたのう、遠坂の小娘」

 

 蟲の羽音に紛れて背後からしわがれた声が響いてくる。凛は即座に振り向いて、声が来た方角に視線を飛ばす。すると、ちょうど彼女たちと桜の間に入る形で、先ほど見た時と寸分たがわぬ姿の老人が口元を歪めて立っていた。

 やはり、臓硯で間違いはないようだ。それを理解することと同時に湧き上がる嫌疑の念を凛はそのまま口に出す。

 

 「……臓硯、貴方一体どんな手を使った訳? 使い魔で身体を構成しているとはいえ、すぐに元通りになれるほど手を抜いた覚えはないけど」

 「どんな手、とは異なことを。お主、儂が虫憑きなどというモノに関わっていながら研究を怠っておるとでもおもったのか?」

 「まさか……」

 「そのまさかよ。見ての通り儂の魔術と“虫”というものはそれなりに相性が良くての。理論を組み上げてみれば意外とうまくいったわい」

 

 愉快気に告げられたその言葉に、凛は喉を詰まらせる。

 まさか、魔術に“虫”の力を反映させることが出来るなどとは思いもしなかった。魔力を発しない“虫”は魔術とは全く別系統の異能であるのだろうと認識していたのだが、どうやらそれは誤りだったようだ。とはいえ、魔術に理論化して組み込むためにはそのものに対する深い理解と知識が必要不可欠なはずだ。まさかこの男は“虫”がいかなる存在であるか、ということも既に知っているとでもいうのだろうか。

 うろたえる凛の内心を余所に、肩を震わせながら続けて臓硯は居丈高に述べ立てた。

 

 「お主のような小娘とは年季が違うということじゃて。そもそも、儂が何年“虫”について研究してきたと思っておる。桜が虫憑きになったころから、などと思っておるのだとしたら浅はかであるとしか思えぬな」

 「桜が、虫憑きになるよりも前だと……?」

 

 静かに声を戦慄かせながら士郎が問い返した。

 そして凛もまた臓硯の言葉の意味するところ、隠喩されているモノを感じとり、戦慄する。彼女の認識では、虫憑きは臓硯にとって降って沸いた計画への障害であり、たまたま桜の発現した能力が目的に合致したから利用しているにすぎない筈だった。

 

 だが臓硯の言い分からして、かなり前から虫憑きに目をつけて研究を行っていたことは明白だ。その上で、あの用意周到な妖怪が、“偶然”にも自身の目的に合致する虫憑きを身内から発見するなどということがあり得るだろうか。今の桜は、本当に自然に“始まりの三匹”に目を付けられたのか。この男は一体どこから関わっている。急速に膨れていく疑念を抱えて凛は臓硯を睥睨する。

 しかし、臓硯はふいに先ほどまでの饒舌ぶりを収め、威圧するように答えた。

 

 「然り。言ったじゃろう、年季が違うとな。ともあれ、これ以上お主たちに構っている程儂も暇ではない。桜には悪いが、手足の一、二本は貰い受けようかの。その後は、いかようにも料理できよう」

 「くっ……!」

 

 息をのみ、身構える士郎。同じく、宝石を握りこんだまま凛は周囲を覗う。

 じりじりと蟲たちが包囲網を狭めてきており、凛たちの立ち位置は満ち潮に取り囲まれた孤島の有り様である。地をいくものは口器を打ち鳴らし、関節をキシキシときしませながら獲物に飛びかかる機会を今か今かと待ち構え、空を猛烈な勢いで旋回するものはさながら小型の戦闘機か何かのような凶暴な羽音を響かせる。蟻の子一匹逃すまいとするかのようなその陣形は、空間そのものが狭まってきているかのような強烈な圧迫感を覚えさせる。

 

 とはいえ、突破できない程でもない。手持ちの三つの宝石を駆使すれば包囲を抜けること自体は可能だろう。だが、問題はそこで打ち止めとなってしまうことだ。現状、こちらは弾数に限りがある以上、手数が違いすぎる。残り三つを使い切ってしまえばそれまでだ。これは、臓硯の底が見えていないということが大きい。アレの飛躍的に高まっている再生力を考慮するなら最低でも視界に入る蟲と本体すべてを潰す位の用意が欲しいところだが、宝石三つでは減らせて半数だろう。

 

 士郎の戦力も把握はしているが、こうも接近、密着している状況では自爆前提の行動になる。彼の切り札を切ることは出来ないはずだ。ここから考えれば今、下手に打って出れば返り討ちに遭う可能性が高いということが分かる。要するに、とてもではないが桜を気にかけていられるような状況ではない。突破してそのまま退却することが賢い選択だろう。

 

 「遠坂、俺が道を開くから、桜を……!」

 「馬鹿言わないで。アンタも私も、生きて帰るのよ」

 

 先走ろうとする士郎を叱咤し、凛は思考を回す。確かにどちらかが犠牲になれば桜の奪還はかなうかもしれない。だが、それでは意味がない。かつてあった幸福を取り戻したのならば、誰が犠牲になるなどという囮作戦などもっての他だ。とはいえ、ここを逃せば桜と次にいつ接触できるか分かった物ではないのも確かではある。それでも、桜は死んでいる訳ではない。なら、可能性はゼロではない筈だ。生きていれば、いつかは。そんなことを凛が考え、士郎にそれを伝えようとした。その時だった。

 

 『やっと見つけたわ』

 「!?」

 

 突然頭に響いた声に、思考が凍りつく。いや、もしこの声が自身と“全く同じ声”をしていなければそうはならなかったかもしれない。しかし、そんなイフのことを考えていても仕方がないだろう。これは完全に致命のタイミングだった。そして、完全に硬直してしまった凛の隙を臓硯が見逃すはずもない。

 

 「行けい!」

 

 主人の許しを受けた蟲たちが猛り狂い殺到してくる。瑞々しい血肉にありつくために、我先にとほかの蟲を撥ね退け、膵液を撒き散らしながら。

 

 「遠坂!」

 

 せめて凛を守ろうとしたのだろうか。士郎がかばうように彼女を抱き寄せる。その、思ったよりもたくましい腕の中に、凛は状況も忘れて安堵を覚えた。それと同時に、苦笑する。衛宮士郎は、最後の最後まで自分というモノを顧みない人間だった。それに、自身の肝心な時に失敗する悪癖も治らなかったな、とも自嘲しながら目を閉じる。

 

 しかし、襲いくるはずだった蟲の波濤はついぞ訪れることはなかった。絶えず激しい羽音と、甲高い蟲の鳴き声は響いてくるもののそれだけである。

 

 「これは……!」

 「むう……!?」

 

 士郎、そして臓硯の驚愕する声が響いてくる。

 薄く目を開けた凛が目にしたのは、眩いばかりの七色に輝く蝶々の姿であった。ベニモンアゲハと呼ばれる昆虫によく似たその“虫”が、凛と士郎の周囲に透明な半球状の障壁を展開して蟲の進行を押しとどめているようだ。テレビのスズメバチ退治の番組でよくみる、カメラに激突し、張り付いてくる蜂のように蟲が障壁に群がっている。

 

 『何勝手に覚悟決めちゃってくれてんのよ。そういうことは自分の身体でやってくれない?』

 

 再度響く、“凛と全く同質の声”。

 

 にも拘らず、凛とは異なる意識が発しているその思念。突如現れた“虫”の姿から推測できる相手は一人しかいない。

 

 『この世界の、遠坂凛……!』

 『ご名答。ま、詳しい話は後よ。力を貸すから、さっさと片付けましょう』

 

 蝶々の身体の一部が欠け、零れ落ちた欠片が凛の足もとに転がってくる。それは、大粒の紅玉石だった。だが、問題はその大きさだけではない。内包している魔力の量が、見た目にも明らかなほど頭抜けている。宝石魔術を修めた者ならば、それがいかに凄まじい代物であるかを一目で看破しただろう。かつて、凛が聖杯戦争で使用した切り札の宝石群にも匹敵するだろうそれを、彼女は拾い上げた。

 

 「これなら―――!」

 

 正面に展開する蟲から臓硯本体まで焼き尽くして余りある。

 いや、こんな降って沸いた好機を逃すわけにはいかない。残る宝石も使って四方すべての蟲を殲滅する。

 

 『行きなさい!』

 

 力強く、“遠坂凛”が激励を送る。

 瞬間、周囲を覆っていた障壁が消滅し、蟲がなだれ込んでくる。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことか。口角を吊り上げ、凛は四方に一粒ずつ宝石を投げ放ち、

 

 「大盤振る舞いよ! Es spielt überlappen!BeschiesenErscieSsung(重奏 敵影、一片、一塵も残さず)――――!!」

 

 その統べての魔力を解放した。

 目を焼くほどの閃光と共に、凛と士郎を中心にして破壊の渦が巻き起こる。

 爆炎と轟風によって形成された、天に昇る火龍のごとき巨大な竜巻。猛り狂う咆哮の如き風音を放つそれは、臓硯と使い魔である蟲たちを飲み込み、塵紙のように巻き上げながら、瞬きの内に炭化させた。

 

 術の制御に抜かりはない。周辺被害や影の繭にくるまれた桜の状態も考慮して、効果範囲を絞って放っている。その分術の密度が向上したために直撃した物には相応以上の威力を叩き込まれることになるが。

 

 とはいえ、内包していた魔力が魔力だけに中々に凄絶な魔術となった。効果範囲を絞っていなかったらどれほどのものとなったのか予想もつかない。しかし、今度は周囲の使い魔もろともに本体も焼き尽くしたのだ。如何な臓硯といえ、早々復帰することは出来ない筈である。

 竜巻が天に呑まれるように消滅していくのを見送った凛は、一つ大きく息を吐いた。その横で、士郎が狐につままれたような顔で空を見上げていた。

 

 「……遠坂、お前。“虫”が出せなくなったんじゃなかったのか?」

 

 一拍置いて、我に返った様子の士郎は怪訝そうに目を眇めて凛を流し見てくる。

 まあ、その疑問は当然だろう。士郎からすれば、凛が出し惜しみをしていた、というようにとられてもおかしくない場面である。が、彼女としても頭の痛い事であるので、突っ込むのは勘弁してほしかったが、やはりそれは無理なようだ。

 

 未だに凛の周囲を、重さを感じさせない動きで浮遊している“虫”に目をやるが、“遠坂凛”からの思念は来ない。自分で誤魔化せということだろうか。嘆息したくなる気持ちをこらえ、凛は口を開いた。

 

 「ごめんなさい。私もよくわからないのよ。とりあえずこの話は後にしましょう。桜が先だわ」

 「……それも、そうだな。行こう」

 

 促す士郎に凛は頷き返し、二人はフェンスに括られた桜に向かって歩き出す。しかし、その歩みは三歩にも達さないところで止められた。

 

 「よもや、ここまでやるとはの。桜から話は聞いておったが、予想以上じゃわい」

 

 まさか、と凛は瞠目し、“凛”もまた動揺した思念を飛ばしてくる。

 

 『……驚いたわね。ここまで生き汚くなっているとは思わなかった』

 

 桜のすぐ間近に、先ほどまで確かになかったはずの人影が存在していた。小柄な老人の姿をとったその妖怪は、落ち窪んだ眼窩でもってこちらを静かに見据えている。まるでたちの悪い冗談である。いくら五百年の時を経た怪老とはいえ、吸血鬼化もせずにこの不死性。“虫”の力とはここまでの力を与えるというのか。

 

 「信じられない……。貴方、本当に“人間”をやめていないわよね?」

 「だから青いというのだ。…とはいえ、さすがに二度も殺されては身体はともかく精神が持たんな。老骨故にこればかりは仕様のない事だがの」

 

 疎ましげに眼を細めると、臓硯は凛たちに関心を失ったかのように背を向けた。つまりそれは、桜と臓硯が向き合うことを意味する。

 

 「――臓硯っ!」

 

 臓硯が何をするのか察したのだろう、士郎が駆ける。だが、間に合わない。間桐桜にとっての畏怖と力ある大人の象徴、絶対に等しい存在から命が下る。

 

 「―――起きよ、桜」

 

 短く、重苦しい調子で放たれたその声は、決して大きいものではなかった。にも拘わらずひどく響いたように感じられる。おそらく、ただの命令ではないだろう。直接精神に干渉する類の魔術か。それとも桜の体内に忍ばせた物を呼び起こしたと見て良い。

 

 それを示すかのように、これまで激しい戦闘行為を間近で行われていながらも微動だにしなかった桜の瞼が億劫そうに僅かに持ち上がった。

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