Fate/Kaleid Schmetterling   作:ひでぶ

22 / 35
第十九話です。

残すところはあと一話。
話をまとめにかかっています。


第十九話 黎明

 「これは……。すごいわね、土木機械で暴れまわってもここまでにはならないんじゃない?」

 

 手紙に記してあった自然公園に足を踏み入れ、数分ほど歩いた地点。半径十数メートルにわたって木々がなぎ倒され、寒々しい夜空が覗く更地と化した空間を前に凛は重苦しくつぶやいた。

 道中にも、小型の台風でも通ったのかと思えるような破壊痕がいくつか見られたがここは極め付けである。公園を特環が封鎖していなければ深夜であろうと野次馬だらけになっていたに違いない。

 

 「多分、ここで一号指定同士が激突したんだろう。囮に使われた“レイディー・バード”と“かっこう”が」

 

 この光景には士郎も圧倒されたようで、答えながらもあたりを見回していた。

 その様子から察すると、士郎も一号指定同士の戦闘というモノを見たことはなかったようだ。それにしても、以前彼との会話で一号指定はサーヴァントに匹敵するのではないか、と話していたがそれは間違いではと思える。

 

 この惨状は、とてもではないが個人戦力同士がぶつかり合った程度で出来上がるようなモノではない。戦争だ。たった二人の虫憑きが争っただけで、この場で戦争でも起こっていたかのようなありさまだった。

 その荒れ果てた公園の地に足を踏み入れながら、凛は知らず口走る。

 

 「一号指定、か。で、ここをこんなにした奴らを相手に桜は戦っていたっていうの?」

 「まあ、俺たちが近くで戦っていたにも拘わらず、全く気が付かずに桜はなにか能力行使をしていたからな。しかも、目覚めた時にはかなり消耗していたようだからそれ以外に考えられないと思うぞ」

 

 返ってきた律儀な現実的返答に凛は苦笑する。

 士郎はそんな彼女を見て、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

 「すまない、気が利かなかった。多分そういうことを言ってほしかったんじゃないんだろうな」

 「いいえ、そういう訳じゃないのよ。ただ、気にかかることがあって」

 「気にかかる事?」

 

 問いかけてきた士郎に、凛は小さく頷く。

 一応、凛も士郎の言っている事は予めから理解していた。ただ、真っ当に戦ったというよりは、両者傷ついたところに漁夫の利を狙って行動していたと見た方がいいだろうが。それでも、いくら手負いとはいえ、こんな怪物たちと渡り合える時点でかなりの異常であることは間違いない。

 だからこそ、凛はあるひっかかりを感じていてならなかった。

 

 「そうよ。ちょっと訊くけど、士郎は前に桜の能力を見たことがあるんでしょう? その時の桜がこれに参加していたとしたらどうなっていたと思う?」

 「……どうだろうな。ただ、俺達でも対抗できたぐらいの力だったから、一号指定の相手は難しいだろう」

 「ってなると、やっぱり能力は強まっているのか。多分、他の“虫”を取り込むことで。このことに、本当に代償がないと思う?」

 

 それこそ、凛の抱いていた疑念の正体。以前から考えていたことではあったが、桜の“自身は間桐臓硯には縛られていない”という言葉を聞いてさらにそれは強くなった。あの桜の“虫”の異能は“間桐の小聖杯”の機能と酷似している。中に収めるものが、“虫”であるかサーヴァントであるかの違いはあれど、取り込み奪うという性質はそのものと言っていい。なら、その問題点も同様に持っていてもおかしくはないのではないか。というのが凛の考えだ。

 よくのみこめなかったのか、士郎はもどかしそうな表情で問い返してくる。

 

 「それは、一体どういう」

 「そうね、士郎。イリヤがどういった存在だったかは覚えてる? これは人として、とかそういう意味じゃないわよ」

 

 凛が付け足した言葉に一瞬彼は口ごもったものの、一拍置いて答えた。

 

 「どういうって……。その、小聖杯だろ。アインツベルンの」

 「その通り。じゃあ、小聖杯がどういう物だったかは覚えてる?」

 「それは……」

 

 眉間にしわを寄せ、戸惑った様子を見せながらも再び口を開いた。

 

 「脱落したサーヴァントを中に溜めておいて、それが一斉に座に還るときの莫大な力を利用して願いをかなえるための魔道具、であってるか」

 「そうね、おおよそは」

 

 凛は静かに首肯する。

 小聖杯。聖杯戦争において脱落したサーヴァントを内に収め、来たる時までとどめておく機能を持った魔道具。六騎または七騎を溜めこんだ時点でその内に満ちた魔力はいかなる願望をも達成し得るほどの物となる。本来の機能としては七騎の英霊を捧げる事で大聖杯を起動し、英霊が座に還るときに生まれる“穴”を固定し第三法に到達させるための物だったらしい。だがあくまでも表向きは願望機として扱われていた。それはさておき問題はここからで、

 

 「でも問題はかつてあった小聖杯の欠点にあってね。人型に作ったのはいいけど、サーヴァントなんて規格外を取り込んだモノが生物としての機能を保てると思う?」

 「難しいだろうな」

 

 どこか苦虫をかみつぶしたような表情で士郎はつぶやいた。

 そう、人型の小聖杯はその内側を満たしていけばいくほどにヒトとしての機能に支障をきたしてくるモノだった。内側を巨大なものに圧迫され、元からあった機能が余計なモノとして外に押し出されてしまうためだ。まあ一応、凛たちが参加した第五次聖杯戦争の際、つまりイリヤスフィールの時にはかなりその部分が改善されてはいたのだが。

 

 しかし、“虫”を取り込むという桜のソレはどうなのだろうか。千年の歴史をもつアインツベルン製の小聖杯と異なり、虫憑きは単なる異能である。異物を内に取り込むという特性が同一で、異能としての器に差が出る以上、何らかの障害を及ぼしてきていてもおかしくはなかった。

 そこに士郎も思い至ったのか、まさかと言うように顔色を変える。

 

 「ってことは、桜は能力を使えば使う程……」

 「私が言いたいのはそういうことよ」

 

 といっても、これはあくまでもこれは憶測にすぎない。

 もっと確たる証拠が欲しくはある。だが、あの時見せた間桐臓硯の余裕の態度が脳裏をよぎるのだ。アレは、己を害し得る可能性を持つ桜を律する術すら講じずに手をこまねいているような男では断じてない。かつてとは違った手段で、桜を制御する術を持っていると見て良いはずだ。そしてもし、そのようなモノがあるとするならば。“虫”を取り込むたびに身体を満足に動かせないような状態になってくという、小聖杯の機能障害を当てはめるのがもっともそれらしい仕掛けだと思えるのである。

 とはいえ、思考を煮詰めるのは後でいいだろう、と視線の先に人影をとらえた凛は嘆息する。

 

 「ま、この話は後にしましょうか。向こうもお待ちかねのようだし」

 

 士郎も人影に気付いたようで、口元を引き締めると凛より少し前に進み出た。

 近づくと、その人影の姿が鮮明になる。

 

 一人は凛も知っている人物、“かっこう”だ。襤褸切れのようになった外套に、添え木までして固定されている右腕。半身のみを起こし、地にだらりと足を延ばしたその姿はまさに満身創痍と言ったところで、傷ついていない個所が珍しいくらいの按配になっている。その姿だけで、ここで繰り広げられた戦いがいかに熾烈を極めたかが理解できた。それでも、こちらに放たれる威圧感は身震いするほどであり、そこはさすがに最強の一号指定といったところか。やせ我慢なのか、それとも本当にまだやれるのかは定かではないが、下手に刺激するのはよろしくないだろう。

 

 そして、もう一人。長身で眼鏡をかけ、ダークスーツを身にまとった男。整った容姿をしてはいるものの、病的に白い肌や口元に浮かべられた薄ら笑いが寒々しい印象を与えてくる。だが、その風貌と対照的に目は全く笑っていない。強烈な意志に染まりすぎてむしろ重く淀み濁っているようにすら見えるその目に、めんどくさそうな奴、と内心凛は嘆息する。

 

 恐らくこの男が土師圭吾。手紙の内容にたがわぬ狸ぶりを見た目からにおわせている。そんなことを考えられていると知ってか知らずか、男は前に一歩進み出ると大仰な動作で頭を下げてきた。

 

 「さて、初めましてになるのかな? ボクが特別環境保全事務局、東中央支部支部長の土師圭吾だ。よろしく頼むよ、遠坂凛。そして衛宮士郎」

 「初めまして、土師圭吾。自己紹介の必要はないみたいね」

 

 凛がにべにもなくそう返すと、頭を上げた土師は愉しげに口端を吊り上げて見せた。

 

 「予想した通り、気の強そうな子で結構だ」

 「貴方も思った通り笑顔が素敵な方でなによりだわ」

 

 構っていたら長引きそうだと察した凛は、にこやかに皮肉で返す。

 すると、脇からその様子を眺めていた“かっこう”が声を上げる。

 

 「ちょっと待て、まさか別働隊に用意していた奴はこいつらだったってのか?」

 「そうだ。以前に言っただろう、遠坂凛についても手を回しておこう、とね。ま、調査の過程で彼女たちも“影法師”の関係者だと分かったから二つまとめて策を講じたまでさ」

 

 “かっこう”を流し見た土師が、軽い語調で答える。

 それに、“かっこう”は釈然としないといった様子で口元をへの字に曲げていた。この様子だと、“かっこう”は凛たちが協力者であるということを知らなかったようだ。とはいえ、土師の協力者らしき少女すら作戦の概要を知っている様子ではなかったので、“かっこう”もまたそうであると考えても不思議はなかったが。

 不満げな“かっこう”を余所に凛と士郎に視線を戻した土師は、幾分かその軽薄さを収め、続けた。

 

 「しかし、その様子だとあまり芳しい結果ではなかったようだね」

 「そうね。これだけお膳立てされてたのに申し訳ないけれど、少し邪魔が入って」

 「邪魔?」

 

 ピクリ、と土師の眉が動く。それは驚きや、疑問と言うよりは純粋に興味を惹かれたような様子だった。

 凛の感覚では、この男はすべてが自身の掌の上にないと気に食わないようなタイプである、と思っていた。しかし、どうやらそうではないらしい。それどころか、この男は自身の策が破られたことに愉悦を感じているようにすら見える。今まで負けなしだった将棋やチェスで、やっと対等の相手と差し合えていることを喜んでいるかのように。

 やはり、並みの精神性ではない。凛は半ば以上に呆れながらも頷いて見せた。

 

 「そ。桜、“影法師”のお付きの人間よ。あの子の能力を利用しようとしているんでしょうね。多分、魅車と繋がっているんじゃないかしら」

 「なるほど。そういうことか。ボクの見立てでは、魅車副本部長は“影法師”それそのものには大して興味が無いと思っていたのだが。感覚としては一つの事例として観察するといった程度のモノしか感じ取れなかったといったところだよ。本当に“影法師”が重要なら、彼女が自身の組織に取り込まずに放置している訳がないからね。それに、彼女の身内であるキミたちを引き込んだということもおかしかった。だからこそ、今回の件には増援を送りつけるほど入れ込んではいないと踏んでいたんだ。だが、そうか。協力者がいたのか」

 

 喜悦をにじませた様子で、捲し立てるように述べ立てる土師圭吾。

 腕を組み、物憂げに。しかし、口角を緩く持ち上げて、彼は更に続けた。

 

 「いや、違うな。魅車副本部長が、その人物に協力している、といった方が正しいだろうね。今までの彼女にしては杜撰だったやり方も、一協力者としての枠を出ない行動としてみるなら妥当なところだろう」

 「じゃあ、何か? 魅車は桜のことはどうでもよくて、単に臓硯……。協力者に頼まれたから手を貸しているだけだってのか?」

 

 不信をあらわに噛みついた士郎に、土師は喉を鳴らしながら頷いた。

 

 「その通り。結果、ボクは見事に読み間違えたワケだ。いや、もう少し考えれば協力者の存在には気づけたろうに、詰めが甘かったかな。というよりも、彼女がだれかに協力するという考えがあまり浮かばなかったボクの落ち度か。初めから想定する対局者を間違えていては、予測も当たらない」

 

 いやいや参った、と土師は薄笑いを浮かべている。

 だが、ソレに納得がいっていないのか“かっこう”は不機嫌そうに唸る。

 

 「おい、散々人をこき使っといて結局失敗かよ。勘弁してくれ」

 「いや、すまないとは思っているよ。ただ、今回は少しばかり大目に見てほしい」

 「……今度飯おごれ。それでチャラにしてやる」

 「安いものさ」

 

 二つ返事で了承し、土師はにやりと口角を上げる。

 しかし、その表情とは対照的にその目は鋭く遠くを見据えているかのようである。その姿は既に、此度の失敗など眼中にないとばかりに、前を、前を見通しているように凛は感じた。

 だからこそ、彼女は試すように言葉を紡いだ。

 

 「ねえ。対局者を見誤らなかったら、次は予測を当てられるのかしら?」

 

 その言葉に、土師は虚を突かれたように目を丸くした。

 そして、一拍置くとこらえきれないとばかりに肩を揺すって笑い出す。ここに来てようやく凛はこの男の本当の笑みというモノを見た気がした。彼女たちと顔を合わせてから今にいたるまで常に軽薄な笑みを湛えていた土師だが、それは仮面のような笑みだった。本音を見透かされないために作り上げた精神的仮面、ペルソナといったところか。臆面もなく笑い声を上げる土師に、“かっこう”もまた、凛が見たことのないほど間の抜けた表情を晒していた。

 

 「くっくっくっ。いや、すまないな。久方ぶりに笑ったよ」

 

 口では謝りながらも、いまだに土師は愉快気に笑みを浮かべていた。

 そこには仮面を引きはがされたことに対する屈辱や恥といったものは微塵もない。どこか大人の余裕というモノを感じた凛は、そのことに僅かばかりに感じていた優越感がくだらなく思えて、そっけなく土師を促す。

 

 「で、どうなのよ」

 「ご期待には応えよう。それで、魅車副本部長の協力者はキミたちの関係者なのかい? ああ、彼には魔術師のことはすでに話してあるから安心すると良い」

 

 そう言いながら土師は目で“かっこう”を指し示す。それを受けた彼は、先ほどの表情を誤魔化すためか、取り繕うかのようにどこかふてくされた様子で鼻を鳴らした。

 

 「こちらとしては勝手に魔術について人に広められるのは困るんだけどね」

 

 そう言って、凛は小さく肩をすくめた。

 魔術とは秘匿されるべきものだ。神秘は人に知られていないからこそ神秘足りえる。そして、神秘であればあるほど、大本である根源に近づくことが出来るのだ。だからこそ、自身の魔術がより神秘となるために、大衆に漏らさぬよう魔術は内へ内へとこもっていく。

 

 それを安易に広められては、魔術の秘匿を第一に掲げる魔術協会の面目が丸つぶれであろう。そこのところを弁えてほしいところである。そうでなければ、“虫”など関係なしに協会が特環に喧嘩を吹っかけかねない。

 それは土師も理解しているのか、苦々しそうに口元を歪ませた。

 

 「言われなくても無闇に口になんかしないさ。ボクとしても、外部組織の介入は嫌だからね」

 「分かっているなら構わないけれど。……で、質問の答えだけど、イエスよ」

 「やはりか。副本部長が組むような相手だ。マトモなはずもない」

 

 凛の言葉にも、土師はさして驚いた様子もなくしたり顔で同意を示す。

 しかし、先ほどから凄まじいまでの魅車への警戒心だな、と凛は思う。凛もあの女は危険であるとは睨んでいたが、この男のソレは彼女の非ではないようだ。少しばかり興味がわいたので、魅車について聞いてみようか、と凛は考えた。

 だがそれを彼女が口にする前に土師が語を継いだ。

 

 「で、その人物の目的を知っているなら、後学のために教えてほしいところだな」

 

 真っ直ぐな視線が凛を射抜く。

 凛は僅かに逡巡する。とりあえず、土師圭吾に話すのは問題ないだろう。というよりも、今後協力する上でこの情報を与えないのは逆に自分たちに不利益が帰ってくることになる。だが、この場で士郎にも聞かせて良いものか。彼女としては最悪はなすとしても、“凛”と再接触した後に話したい所だった。

 迷った挙句、凛が出した結論は、

 

 「そうね。言ってみれば、二百年かけて万能の願望機を求めてきて、それをまだ手に入れる機会があるのに、ほっぽり出して今は“虫”にかまけているような奴。こう言えば予想は立てられるでしょう」

 

 “ひとまずは”、かつて臓硯が何を求めていたか、と言うことを明かす事だった。聖杯戦争の始祖の御三家にして、サーヴァントを縛る令呪のシステムを構築した大魔術師、間桐臓硯。彼が聖杯を求めていたかなど、かの戦争に関わり、過去を調べたことがあるのならば大抵知っている事だ。別段話したところで問題のないところである。その甲斐もあって、士郎から不審がられている様子はない。一方の土師に関しても狙い通り考察に入ったようだった。

 

 「そうだな。しかし、万能の願望機とはね。魔術関連だろうが、後が怖い。好奇心猫を殺すというしね、余計な詮索はやめておこう。それで、キミの主観では、その人物は“影法師”がその願望機足り得ると考えている、という風に捉えているかい?」

 「そうね。私はそう思うわ。でないと、長年求め続けてきた妄執を断ち切れるとはおもえないし」

 「ボクもそうだと思うよ。とはいえ、これはボクの主観だが、“虫”が万能の願望機の代わりになる、なんてことはあり得ないかな」

 

 静かに、しかしどこか確信を持った調子で土師はつぶやいた。

 相変わらず軽薄な笑みを張り付けた顔のままだが、内にこもった鬱屈とした感情が染み出るように伝わってくるのを凛は感じた。それはかすかでも確かな、“虫”という物に向けられた負の感情だった。

 それを笑みの仮面に抑え込んだままに土師は続ける。

 

 「だから、すべての願いを叶える力を“虫”が持っているというよりは、その人物が叶えたいモノを実現する力を“虫”。いや、この場合だと“影法師”が持っていると考えた方がいい」

 

 土師の言葉は、確かな説得力を持って凛の胸にすとんとおちた。なるほど、確かに万能の願望機の代替品というより、臓硯の望みをかなえるのに都合のいい力を持っているに過ぎない“虫”という形の異能と考えた方が現実性はある。

 だが、そうなると“虫”というものが持つ本質は、

 

 「ひょっとすると、その人物の望み。それは“不死”であるかもしれないね」

 

 その言葉に、凛は胸を打ち抜かれたかのような衝撃を覚えた。

 “不死”。それこそまさに、間桐臓硯が求めていた望みだったのだから。だが、この男はまるで“虫”の持っている特質から、臓硯の望みを割り出したかのような口ぶりだった。一体、“虫”の何を土師圭吾は知っているというのか。

 だが、それを問いただしたのは凛ではなく“かっこう”だった。

 

 「土師。お前の言い方だとまるで“虫”ってものが“不死”の力を持っていると言っているように聞こえるぞ」

 「ああ、そうか。“かっこう”、キミにはいった事がなかったかな。キミは何をもってして一号指定が選ばれていると思う?」

 「な、に……?」

 

 唐突な質問に、“かっこう”は表情をこわばらせる。

 当然、“かっこう”が分からない問題に凛たちが着いて行けるはずもない。士郎が怪訝そうな声を上げる。

 

 「一号の基準っていったって、確か能力の危険度で決まるんじゃなかったのか?」

 「危険度、か。そうだな、それは必要条件であって十分条件じゃあないんだよ。単に強いとか危険なだけなら、二号指定にだって一号に匹敵するレベルの者が何人かいる」

 「それじゃあ、一体」

 

 表情を険しくした士郎が、目を眇めて土師を見やる。

 土師はもったいぶった様子で間を空けると、ゆっくりと告げた。

 

 「さっきも言ったけどね、“不死”性だよ」

 「そんなことが!」

 

 突然に激高した“かっこう”が凄まじい剣幕で土師に食ってかかる。その気迫に面喰った凛は、のど元まで来ていた疑問を飲み込んだ。

 ぼろ屑のような身体を強引に立ち上がらせ、足を引きずりながら彼は土師に詰め寄る。

 

 「“ふゆほたる”はどうなんだ! アイツはとっくに欠落者なんだぞ!」

 「ボクに聞かれても分からないさ。これは副本部長たちの考えだからね。だけど、あの人ならこういうんじゃないか。周囲全てを破壊しつくす事で、自身に害をなす者をすべて消し去る。だからこそ“不死”だった、と」

 「そんな、屁理屈のような理屈で……!」

 

 忌々しいとばかりに舌打ちした“かっこう”は、堰を切らせたように言葉を続けていく。

 

 「亜梨子は、アイツもいなくなった……! 俺だって、何度も死にかけてる。今日もそうだ!」

 「彼女は眠っているだけだろう。そしてキミは、それでもこうして生きている」

 「だからなんだってんだ。本物の“不死”なんて、そんな都合のいいモノ、あるものか……」

 

 憤りを抑えるように唇を噛み締める“かっこう”。

 その内に、彼が何を抱え考えているかを推し量ることは凛にはできなかった。

 ただ、先ほどの会話の中で登場した“ふゆほたる”という名称。それはたしか、“かっこう”が打倒したという一号指定の虫憑きだったと彼女は記憶している。その他に挙げられた人物も一号指定の虫憑きなのだろう。彼とその人物たちの間に何があったかなど凛は知らない。だが、最強の虫憑きと評され、味方にすら畏怖される“かっこう”がその人物達に対して相応の感傷を抱いている事だけは読み取れた。

 それを察しているのかいないのか、土師は自嘲するような笑みを浮かべた。

 

 「ボクだってそう思うさ。だから、キミたち一号指定はあくまでも“不死”候補なんだろう。素質を持っているとでもいいかえていいんじゃないかな」

 「素質? 候補だと? どこまでも俺たち虫憑きをなめ腐りやがって。一体奴らは何を考えてやがる」

 「さて、実験でもしているんだろうさ。この日本を箱庭に見立ててね」

 

 刹那、土師の眼光が鋭くぎらついたのを凛は見とがめる。

 その言葉に、一体どれほどの意味が内包されていたのか、凛にはまるで理解できない。それは虫憑き方面に多少明るい士郎も同じだろう。てんで置いてけぼりである。だが、思わせぶりなその口ぶりにしびれを切らしてきていたのは“かっこう”も同様のようだった。

 

 「土師、お前は一体どこまで知っている」

 「どこまで、か。そうたいしたことは知っていないさ。分かっているのは今まで話したことでほとんどだよ。あとは憶測に過ぎない。あまり買いかぶらないでほしいな」

 

 曖昧な調子でお茶を濁して土師は苦笑する。

 当然そんなことで“かっこう”が納得をするわけもなく、いらだたしげに食い下がる。

 

 「またお前は……!」

 

 だが、“かっこう”が二の句を継ぐより早く、土師は落ち着き払った様子でそれをさえぎった。

 

 「確信が持てたら話す。それでいいだろう? 第一、だ。一応、“今はまだ”部外者がいるからね」

 「っ……! わかった。すまなかったな、取り乱して」

 「かまわないよ。むしろキミは普段からそれくらい本音でぶつかっていくと良いくらいだと思うけどね」

 

 愉しげに喉を鳴らして揶揄する土師に、再び瓦礫に身を預けて腰を下ろしていた“かっこう”は舌打ちしてそっぽを向いた。

 一端の収集が見えた両者の様子をみて、凛は切り出す。

 

 「話は終わった?」

 「ああ。身内のごたごたを持ち込んですまないね。謝罪しよう」

 

 相も変わらず薄く歪められたその表情のままに土師は謝意を述べる。

 底の読めない男である。凛はものぐさに目を半眼にして答えた。

 

 「構わないわ。それなりに興味深くはあったし」

 「それは重畳。まあ、とりあえずそういうことだ。“虫”と“不死”の関係と言うモノは今のことである程度理解してもらえたかとは思うが」

 「一応はね」

 

 凛とて、今の会話を完全に理解できたわけではない。ただ、虫憑きの評価基準の中で最高位の存在である一号指定に適合するための条件が、“不死”の素養を持つということが理解できただけでも大きい。いずれ“不死“にいたる異能。ああ、それなら確かに、あの妖怪が目を付けるに足る力だろう。そして、その観点で行くのならば、一つの推論が生まれることになる。

 

 「つまり、桜は“不死”の素養を吸収して回っているワケだ。本人がそれを知っているかどうかは別にしてもね」

 「そうなるな。ま、十中八九利用されていると思っていいだろう。もっとも、キミらの言う人物が本当に“不死”を求めているなら、だが。そのところ、どうなんだい?」

 

 見透かすかのような土師の視線に中てられて、凛は背筋が泡立つような感覚を覚えた。

 この男は、凛が臓硯の目的を知っていたことに感づいているのだろうか。考えてみれば、彼の言う臓硯の目的はあくまで憶測の域を出ていない。土師はあくまでも逆算的に回答を導き出したにすぎず、確証自体はどこにもないのだ。だが、それを聞いた時の凛の反応はどうだっただろうか。ポーカーフェイスを貫けていた自身はない。この男なら微妙な感情の変化をとらえていたとしてもおかしくなかった。

 だとしても、ここは白を切ったほうがいいだろう。

 

 「……魔術師的な見解を述べれば“虫”が聖杯に匹敵し得る異能だなんてことはないと私も思うわよ。確率的に“不死”狙いと見ておいていいんじゃない?」

 「ふむ。魔術的観点でみても“虫”は万能の願望機には不足、か。自身の“虫”を研究できる立場のキミの言葉だ。それはただしいのだろうな」

 

 納得しているのかいないのか。人を食ったような笑みをたたえる土師。

 しかし、一応この話題に区切りはついたと考えたのか、追及をやめて話題を切り替えてきた。

 

 「さて、ある程度情報は整理してきたし、そろそろ本題に入ろうか。キミたちはこれからどうするつもりだい?」

 「そうね。まずは、そちらの意見を聞きたいところだけれど」

 

 凛と士郎の意見はまとまっている。

 今後、活動をしていくにあたって土師圭吾。ひいては東中央支部という組織の後ろ盾を得ることが出来るに越したことはない。答えが決まっている以上は、まず向こう側の方針、ひいては希望を聞いておいた方がいいだろう。今後の彼らの方針の如何によっては、考えを改める必要もでてくる。なにより、藪から棒に手を組もう、と切り出すのはスマートではない。

 

 「意見、か。ボクの意見は前に手紙を出した時から変わっていないよ。魔術師にして虫憑きの遠坂凛。中央本部は、キミたちに単に立ち位置のみを与えただけであとは放置。放し飼いにされた犬も同然だよ。首輪を付けられただけさ。今後、動くにあたって不自由もないだろうが、それだけだ。第一、キミたちと中央本部の方針は致命的に食い違っている。こんなこと、キミたちだってとうに理解しているだろう?」

 「そうね。その通りよ」

 「なら、ここから先は敵の敵は味方の理屈さ。中央本部の方針はボクたちも気に入らなくてね。それに今回の作戦が失敗したことで、“影法師”に対する対策をまた講じる必要も出てきた。魔術師の協力者が欲しかったこともあるし、ボクたちは仲良くできるとおもうけどね」

 

 どうやら、訊くまでもなく土師圭吾はこちらとの協力関係を望んでいたようだ。

 だがそれは“かっこう”には寝耳に水だったようで、引きつった表情を浮かべた。

 

 「おい、お前。まさかこいつらを」

 「その通りさ。彼女たちを東中央支部にスカウトする」

 「単に協力者としてこれからも連絡をとる、とかじゃなくてか?」

 

 土師の言葉に、頭痛をこらえるように額に手を当てた“かっこう”が呻く。

 とはいえ、それは士郎も同じだったようで、眉を顰めて口を開いた。

 

 「俺たちが東中央に所属するのか? “かっこう”の言う通り、情報を交換し合うくらいでも十分な気がするけどな」

 「ふむ、順を追って説明する必要があるか。まず、今回の件で、中央にボクたちとキミたちのつながりは完全に露見したと考えていいだろうさ。今までも知っていて放置していた線も考えられるが、それでもキミたち単体のままだと、これから上から直接の圧力がかかってくる可能性が高い。だが、ボクたちの傘下に入ればある程度は治外法権になる。それに、情報の交換の方法が面倒だ。どこに監視、盗聴の目があるかもわからない上に、柊子君は四月からは使えない。大学を卒業したら、彼女も関係者になってしまうからね。スカウトする理由は、こんなところだよ」

 

 なるほど。理屈は通っている。

 まず、土師たちとのつながりの露見の件。先の戦闘の折、何かあるとは思ったが、お主たちが来るとは思わなかった。と、臓硯が語っていたことから、知っていて放置していた線は薄い。これは土師の迅速な作戦行動と周到な準備が功を奏したといったところだろう。不審に思われてはいたが、内容までは漏れていなかったといえる。

 

 だが、一度裏をかかれた以上、枷を外したまま放置はすまい。それは土師の言葉の通り、ここから凛たちの行動に制限がかかる可能性を示唆している。

 

 そして、連絡手段の問題だ。柊子が関係者になる、という土師の言からして彼女は特環に入るのだろう。つまり、彼女に対する監視の目が厳しくなることを指している。これでは確かに伝言役としては使いづらい。これらから見て、東中央に所属するメリットは十分にあるだろう。

 士郎も得心がいったのか、難しげに顔をしかめて黙り込んだ。だが、凛はそこで一歩踏み込んでみることにする。

 

 「了解、わかったわ。でも、それだけじゃないんじゃない?」

 

 東中央支部とて“影法師”のみを追っている訳ではない。特環である以上ほかの虫憑きに関する業務とてあるはずだ。端的に言えば、組織力を貸す対価に任務を手伝わせるという魂胆があるのではないか、と凛は睨んでいた。

 図星だったのか、それとも狙い通りだったのか。わざとらしくもろ手を上げ、土師は肩をすくめて見せる。

 

 「鋭いな。確かに、ウチに所属してもらった後は多少の雑務を任せようかと考えていた。なにせ中央より規模の小さいウチでは、何もしていない者は目立ってしまう。とはいえ、本当の意味で組織の力を利用したいのなら、ある程度周囲となじんでいた方が正解だと思うがね。それに、キミたちとしてもそのまま手をこまねいているわけにはいかない筈だ」

 「雑務、ね。いいわ、そのくらい。今回、任務に失敗したのには私達にも責任があるし、労働力にはなるわよ。第一、元々こっちに選択肢はないし」

 

 ただ、それを理解した上で、厚かましくそれを押し付けてくる態度は気に食わないが。

 土師は凛の返答が気に入ったのか、土師は笑みを深くする。

 

 「責任感が強くて結構。商談成立だな」

 「本気なんだな?」

 

 大きく息を吐いたのち、短く確認をとる“かっこう”。

 倒木に深く身を預けたまま気だるげに顔を上げているその様子からして、あくまで確認で強く止める気は無いようだ。

 その“かっこう”に対して土師は憮然とした様子で腕を組んだ。

 

 「ウソを言ってどうするんだい。ただでさえ引き抜きで戦力不足になるんだ。多少の補充は構わないだろう」

 「……判断は任せるさ」

 「というわけだ。とはいえ、ウチに所属する以上毎回冬木市と桜架市を往復することになるが、それはさすがに不便だろう。良ければ、住居等は此方で手配するが」

 

 再び、“かっこう”から凛たちに視線を戻した土師が尋ねてくる。

 拠点の移動に関しては既にこちらの準備は整っている。その為にバゼットと交渉したのだから。故に、住居を手配してくれるのならばそれに越したことはなかった。

 

 「じゃあ、お願いするわ。ただ、」

 「ふむ、他になにか要望があるのかい?」

 「そちらに移籍する日取りよ。三月頭までは仮に席を置くだけにしておいてほしい」

 「そうか、キミたちは三月で高校卒業だったね。かまわないよ、移動の件のみ先に上に伝えておこう」

 

 別にそこまで急いている訳でもない、と土師は口元を緩めた。

 だが、その様子に逆に不審を煽られた凛は、その疑念を口にする。

 

 「随分寛容なのね。学生の都合位は無視してくると思ったけど」

 「キミたちが通常の局員ならそうかもしれないが、ボクたちの関係の本質は協力者にすぎないからね。強引に我を通しすぎれば瓦解する関係だ。互いに尊重すべきだということは弁えているさ」

 「調子のいい話だ事」

 

 癪に障った凛は、これみがよしに低い声で吐き捨てた。

 とはいえ、これで一応は話がまとまった、といったところだろうか。互いに憔悴しきっていることもある。今回はここでお開きにした方がいいだろう。

 それを察したのか、土師がわざとらしく手を打ち合わせて告げた。

 

 「よし、それじゃあ今日はここで解散しよう。所在地や転居先の通知に関してだが、今回は正規の手順を踏む。手紙ではなくそのゴーグルに転送するので安心してくれ」

 「わかったわ」

 「では、ボクたちはこれで失礼させてもらうよ。また会えるのをたのしみにしている」

 

 軽く会釈して踵を返した土師は、瓦礫に持たれた“かっこう”に歩みよって片手を差し出す。意図を察したのだろう“かっこう”が気だるげに手を伸ばすと、それを掴んで一気に引っ張り起こしていた。

 それが体に響いたのか、顔をしかめて“かっこう”は土師を睨んだ。

 

 「怪我人なんだぜ? もう少しゆっくり起こせよ」

 「それは失礼した。肩を貸そうか?」

 「やめろ、気持ち悪い。一人で行けるさ」

 

 悪態をついた“かっこう”は、一度だけこちらに視線を向け、何か言うのかと構えた凛たちを余所に無言で背を向ける。一応、ここから先同僚となる相手なわけなのだが、随分とぞんざいな扱いである。まあ、あの少年にそんな丁寧な対応を望んでも仕方がないのだろうが。

 

 足を引きずりながら去って行く“かっこう”を眺めて、土師は愉快気に喉を鳴らすと、ゆったりとした歩調でその後に続いていった。そのやり取りだけみれば反発する反抗期の少年と、それを微笑ましく受け流す保護者のそれだ。あの二人は特環の上司と部下という役職の括りさえなければ、年の離れた兄弟のような関係なのかもしれない。

 

 凛と士郎はその小さくなっていく二人の背中を見送ると、それとは反対の方向に無言で連れ立って歩き出した。

 既に白み始めた空の下。夜の暗幕が光によって押し上げられ、荒れ果てた公園の影が晴れていく。それは次の舞台の幕開けのように凛には感じられた。

 




 一号指定の定義が”不死”である、ということを読んだ時から臓硯と虫憑きを絡ませてみたいと考えていました。理想に溺れ、擦り切れて、もはや自身が何を目指していたかすら覚えてない臓硯が、理想や夢と言った物で”不死”に近づく彼らに何を思うのか。結果は研究する、という魔術師らしい思考に落ち着いていますが。

さて、次話でついに一部は最終話です。平行世界移動の種明かしの話ですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。