Fate/Kaleid Schmetterling   作:ひでぶ

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第三話 魔術と虫憑き

 “あさぎ”との訓練を終えたその日の晩。夕食をとった際に話がある、と告げた凛の言に従って、訓練の疲れを風呂でさっぱりと洗い流した士郎は彼女の部屋を訪れていた。

 西棟の二階の突き当りにある部屋で、十畳ほどの洋間である。流石に越してきたばかりなので、余り部屋の中の物は多くはない。それでも、備え付けのクローゼットがあり、大きめの天蓋付きベッドや小洒落たナイトテーブル。化粧台や木製の丸いセンターテーブルまで置かれている。センターテーブルの下にはどこから持ってきたのか上品な赤色のカーペットが敷かれていた。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

 衛宮邸の凛の自室にあるモノとよく似た木製の椅子をベッドの側にあるナイトテーブルから引き出して腰を下ろすと、士郎はベッドの縁に座った部屋の主と向かい合う。彼女は士郎の視線を受け止め、ゆっくりと口火を切った。

 

「まあ、そうたいしたことでもないんだけどね。訓練も始まった事だし、虫憑きについておさらいしようと思って」

「おさらい?」

「そ。一般的な虫憑きの知識はある程度そろってきたけど、魔術的な方面の知識はまだ手薄でしょう? 私たちは魔術師としての視点を持てるんだから、そっちも活かさないと損ってもんよ」

 

 確かに、凛の言い分は一理あると言えるだろう。

 一応、これからの“あさぎ”との訓練で様々な虫憑きとの相対仕方を学ぶことにはなるはずだ。とはいえ、あくまでそれは一般的、戦闘者的価値観における知識と経験である。

 

 しかし本来、彼らの本分はそこにはない。士郎はともかくとして、卓抜とした魔術師である凛に関しては魔術師的観点から虫憑きを分析することは何か対抗策を練りだせる可能性があるのだ。訓練でいくらか実力は伸びるだろうが、“かっこう”や“あさぎ”のような強者と渡り合える程になるのは難しいだろう。だからこそ、あるモノは全て有効利用した方がいい。

 

「でも、その知識を一体どうやっておさらいするっていうんだ? 俺たちは“虫”に関する魔術的な知識なんてそうないっていうのに」

「士郎、アンタね。私と貴方に限ればそうかもしれないけど、“私”。つまりこの世界の“遠坂凛”はそうじゃなかったでしょ」

「あ、そういえばそうか……」

 

 目じりを下げて呆れた風に言う凛に、士郎はばつが悪くなって頬を描く。

 士郎の知る“遠坂凛”は少なくとも彼と出会う前から既に虫憑きだった。その彼女自身が年月をかけて自らの“虫”を研究し、その本質の一端を見極めていたことを失念していた。凛が並行世界の人間だと明かされたあの日。あれだけ衝撃的な内容を聞いたにもかかわらず“虫”に関する魔術的な知識を得る手段がないと考えてしまうとは失態である。

 

 というよりも、今回に限っては“凛”のことが頭から抜けていたのか。士郎は決して凛と“凛”を同一視はしていない。いないのだが、それでも常日頃からほとんど同一人物である凛と接していると感覚がくるってしまう。こんなことを“凛”に知られたらいろいろと恐ろしいことになりそうなので口が裂けても言えないが。

 

「そんなわけで、今日は“遠坂凛”に特別講師をしてもらうって訳。長時間の世界間交信は精神を大きく削るから時期が合わなかったけど、今日は“私”も都合が会うみたいだから」

 

 そう告げる凛の傍らに、幻想的な紅色の輝きを放つ蝶々が現出する。

 この“虫”も本来凛のモノではない。並行世界に飛んだ“凛”に置き去りにされた、彼女の半身だ。本来の宿主の肉体を守護するためか、現在は凛の指示にもある程度従っている。そしてその半身たる特性を活かし、世界間を越える念話を可能とするための電波受信機の役割を果たす重要な存在でもあった。

 

 “虫”が現れてから一拍置いて、士郎の頭の中に聞きなれた声が流れこんでくる。

 

『―――あー、もしもし? 聞こえてる?』

「ええ、好調よ。すまないわね、訓練で“虫”の力も借りてるってのにこの上わざわざ呼びつけて」

 

 僅かに目を伏せた凛の声に歯がゆそうな色が滲む。

 本来、“虫”の力を行使するには代償が伴う。自身の精神、夢を食われるという対価が必要なのだ。だが、凛に関しては例外だった。彼女が使役する“虫”は元々“凛”のモノである。その縁は元来の宿主であった“凛”と結ばれており、それは世界を隔てていても変わらない。

 

 例えるならクレジットカードのようなもので、“凛”が契約したカードを凛が借用して使用しているような状態だ。クレジットカードと言う物の使用料は“契約者の預金から引き落とされる”制度となっている。つまり、いくら凛がカードを使っても、支払いの請求が行くのは契約者である“凛”の方ということになる訳だ。まあ、だからこそ現実問題カードを紛失したら悪用を防ぐ為にすぐさまカードの使用を差し止める必要があるのだが。

 

 といっても、“虫”にそんな便利な機能はない上に、“虫”の使役自体には“凛”もある程度同意を示しているらしい。そうでないと、こちら側が立ち行かないと分かっているのだろう。それでも、凛の世界で彼女の代わりを務めている“凛”にさらに負担を強いるのは彼女も本意ではないようだ。

 

『かまわないわよ。アンタにはしっかり私の代わりをやってもらわなきゃならないんだから。私に遠慮してヘマされたら困るもの』

「それもそうだけど、こういうのは理屈じゃないでしょ。まあこれ以上は不毛だろうし、ありがたくお言葉に甘えるけどね」

 

 返答の内容自体は予想していたのか、凛ははにかんでいる。

 一応、ほとんど同一人物である以上思考の感覚をつかみやすくはあるのだろうが。それでも初めに断わりを入れる姿勢はなんだかんだ律儀な凛らしい。

 

 “虫”が紅玉石の身体を輝かせ、“凛”の思念が切り出した。

 

『じゃ、本題に入りましょうか。虫憑きの魔術的な概要についてでいいのよね?』

「ええ、お願い」

 

 凛が相打ちを受けて、彼女は続ける。

 

『ま、種別を問わない“虫”の在り方はこの前話した通りよ。宿主の夢と言う名の心象風景の具現のようなもの。それ単体が固有結界ともいえる存在ね。そして、今日の本命はここからになるかな。各型の特徴について話す事にするわ。分からない点があったらその都度質問してね』

 

 滑らかに流れる言葉。理知的なその響きから、“凛”恒例の伊達メガネをかけた家庭教師スタイルを容易に思い浮かべられる。同年代なのだが、どうにも年上のような感覚を覚えさせる喋り方である。

 それに凛と士郎が頷いたことで、“凛”は語を継いだ。

 

『オーケー、ならまずは分離型から。“大喰い”によって夢を食われた者に発現し取り憑く"虫"で、最もポピュラーなタイプの虫憑きよ。私もこのタイプになるわ。見ての通り、分離型の"虫"はその呼び名のままに宿主から離れて顕在化するの。その最大の特徴は、"虫"が血肉を持った存在として実体化するという点にあるってコト。これおかげで物理的な干渉力が強いのよ。頑強さや巨重を生かした直接的な攻撃手段を持てるからね。

 魔術的な観点で見れば、半分程受肉した霊体の様なモノ。宿主とのパスさえあれば現世に肉を持って干渉出来るってワケ。心象風景の具現としての側面をとれば、"虫"の中でも特に外界と内界との境が強固でね。これは外界を遮断する障壁たる外殻が、確たる肉を持っているからなのよ。この性質があるから世界からの修正を受けづらい。"虫"を顕現させられる持続力は非常に優れていると言っていいでしょうね』

 

 前回の解説の時もそうだが、“虫”と言うモノはつくづくとんでもない代物のように思える。世界は異物を嫌う。自らの内側に現実に存在しないモノ、本来そこにあってはならないモノが生じた場合、己の秩序を犯す存在を押しつぶしにかかるのだ。当然、世界などと言う巨重にのしかかられて耐えられるものなどそうそうありはしない。

 

 ありていに言えば、世界は規格外の巨大なキャンバスだ。しかもこのキャンバスにはあらかじめから“現実”と言う名の濃い絵の具が生乾きのまま塗りたくられている状態といえる。それにとどまらず、時の変遷という形で常に新しい色が補充され、上塗りされて表情を変えているのだ。そんなモノに、蟻のように矮小な人間が“空想”などという薄い色彩で小さく落書きをした程度ではまるで用をなさない。容易く元ある濃色に呑まれ、上書きされるだけだ。結果としてあり得ない幻想は形を得ることもないままに立ち消えるしかない。

 

 それは、夢などという不確かなものが形になった“虫”という存在にも当てはまる。本来それは世界そのものに揉み消されて消滅する定めのモノだ。だというのに、“虫”は確として存在し、その形を保ち続けている。“凛”が“虫”を固有結界のような存在と評するのは、その性質のみならず世界を侵食する異物そのものの在り方にあるのだろう。固有結界と呼ばれる魔術、もしくは異能は、世界(キャンバス)を自分の空想と言う絵具でもって書き殴り、塗りつぶす。これがどれほどの荒業であるかは語るまでもない。なればこそ、これは魔術師の中でも奥義、禁呪とされ、魔術の一つの到達点とすら呼ばれているのだから。

 

 そんなものと類似性を見せているだけでも絶句モノの存在なのだが、更に分離型は肉を持って現世に干渉しているという。こんなモノがどうしてこの世界に生まれたのか、益々疑問は深まるばかりだ。

 

 士郎が思考重ねる間も“凛”の声は止まらない。その思念は滔々と頭の内に注がれてくる。

 

『それでも、いいことばかりでもないわ。実体を持っているから神秘の有無に関係なく相手側からの物理干渉を直に受けることになるわ。なまじ肉がある分傷の再生も遅いし。当然、並大抵のモノじゃあ堅牢な甲殻に覆われた"虫"に致命傷を与えることは難しいけどね。

 それとは別の問題もあって、宿主と"虫"があくまでも別個体として現れるのもウィークポイントと言えるわ。いくら"虫"が強力でも、宿主自体はほとんど普通の人間だから不意打ちとかで宿主を狙われると対処が難しい。といっても、宿主も完全に恩恵を受けていないという訳じゃないけどね。"虫"という超常の半身を持つ以上、宿主の霊的な格は"虫"と同格なのよ。だからこそ、生半可な神秘ではたとえ肉体的に脆い宿主であっても傷つけられることはないワケ』

「……概要は解ったわ。細かいところは置いといて、分離型って奴は戦闘面で見るなら要はマスターとサーヴァントの関係に似たようなモノって事でしょ。なにも真っ向から“虫”とやり合う必要はないタイプよね」

 

 その凛の考え方は士郎にとってもある程度分かりやすいたとえだ。かつて士郎と凛が参加した聖杯戦争というバトルロイヤル。かの儀式では英霊(サーヴァント)という埒外の存在を、それぞれ七人の魔術師が使役して闘うという形をとっていた。このサーヴァントは人間の手に負える存在ではないが、それを現世に留めているのは魔術師にすぎなかった。故に、サーヴァントが難敵であってもその使役者を殺せば結果としてサーヴァントも消滅するというアキレス腱が存在したのだ。

 

 その定義は脆弱な宿主と強力な“虫”が個として分かたれる分離型の虫憑きにも当てはめることが出来るだろう。いくら“虫”が強かろうが、足枷である宿主を叩ければいいという図式の完成である。ところがその一見正論に見える理論に、“凛”はどこか嗜めるように言葉を紡いだ。

 

『考え方としては間違ってないわね。まあ、だからと言って強力な分離型に真っ向から挑んで勝てると思わない方がいいわ。こんなのはあくまで不意打ちが通じやすい、くらいに取っておくのが吉ってもんよ。墓穴を掘りたくないなら油断しないで。それにね、分離型でも私みたいに特殊能力を持っている奴もいるし、中には"虫"そのものが武装の形を取るようなタイプまで存在するらしいから』

 

 それは要するに、固定観念に捕らわれるなと言いたいのか。

 確かに表層だけ見て決めつけてかかるはご法度だ。特に地力が伴っていない現状で相手のことをなめてかかるなど許されることではない。

 

「む……。そうね、確かに浅慮だったかも。特殊なタイプはともかくとして、単純に強い奴が相手だと向かい合った時点で詰んでることもあるし。バーサーカーを前にしてイリヤを狙ってる余裕なんてなかったのとおんなじか」

 

 自戒するように口走り、凛は思案するように腕を組んだ。

 かつての聖杯戦争の折、狂戦士のサーヴァントが他を寄せ付けぬ強さで己が主たる少女を守護した様が脳裏に浮かぶ。彼女の言葉の通り、圧倒的な力の差を前にしては小細工など意味を成さない。小細工、捨て身が通用するのはある程度実力が近いモノのみに限られる。津波を土嚢程度で防げるわけもない。岩山をシャベル一つで掘り崩せるはずもない。方法は間違っていないかもしれないが、それ対して道具の性能(じつりょく)が圧倒的に不足している。

 

 結局のところ、小細工が通じるようになるまで地力を伸ばしていくことが最大の対抗策なのだろう。凛の様子に満足したのか、“凛”は説明を再開した。

 

『さて、お次は特殊型。"浸父"によって夢を食われた者に発現し、取り憑く"虫"ね。数が少なくて、珍しいタイプの虫憑きよ。特殊型の"虫"は分離型と同じで宿主とは別個のモノとして具現化するわ。そのなかでも特殊って言われてる最大の要因は、この"虫"が実体を持たないことにあるんでしょうね。桜や“あさぎ”との対戦で理解してるかもしれないけど、炎とか電気とか磁力を媒介に身体を形成してるわ』

 

 “凛”の言う通り、士郎と凛は特殊型の虫憑きの特異さを既に身を持って体感している。影を使役する桜と、磁力を操る“あさぎ”。その両者ともに、単純な能力出力に囚われない柔軟性を持っていた。“あさぎ”の場合は、物体に宿せる磁力の強さはもとより、それの反発や引力を利用した高速移動や、速度に乗せた物理攻撃の圧倒的破壊力を産み出す応用性の高さには目を見張るものがある。桜に至っては、自身の転移や“虫”の遠隔操作、果ては同胞の吸収能力まで備えていた。特殊型と銘打たれたのも納得の異質さである。

 

「まって。桜の場合は自分の影を媒体にできるからまだわかるけど、“あさぎ”ってどこから媒体を持ってきてるのよアレ」

 

 怪訝そうに眉根を寄せ、凛が問う。

 なるほど、最もな疑問だ。あの時訓練に使われた部屋は磁力を持っていない特殊素材の壁で四方を覆われていただけでなく、“あさぎ”本人も絶縁性のカッパを纏っていた。ホッケースティックが磁性体であったわけでもないという事は直接見た士郎が確認している。つまりあの場で自ら磁力を纏っているようなモノは見当たらなかったのだ。だというのに、彼女は何ら苦も無く能力を行使していた。それは媒介が無ければ身体を形成できない特殊型の論理に反している。

 

 その疑問に“凛”はどこか意外そうな声を上げた。

 

『へえ、よく気づいたわね。まあ、それにはちゃんと理由があるのよ。媒介となるものは、領域と呼ばれる"虫"が生み出した力場の中である程度自由に生成することが出来るってだけ。領域っていうのは魔術師で言う結界のようなモノね。実体のない分、自身の身体を広げて周囲に展開できるみたいなのよ。身体の内側に入ったモノを法則の支配下に置いてから、媒介を生成し本体を形成するってワケ。領域の範囲と展開の強度は個体差があるけど、総じて内側では突出した力を発揮するわ。これは、領域内全てが特殊型の間合いと言えるから。その点、分離型ほどの宿主の隙は見出しづらいかな』

「なんだそれ、随分と出鱈目だな」

 

 士郎も特殊型の内訳を聞いたのは初めてだが、反則だろうと思わず毒づきたくなる。

 とはいえど、その実態は魔術的な“虫”の性質に則ってはいると言えた。なぜなら、固有結界に近い性質を持つ“虫”は現実を侵食する幻想だ。それはすなわち、実際にはありえない筈の絵空事を実世界に持ち出す事の出来る存在に他ならない。だからこそ、自身の支配下に置いた空間内に本来ありえない存在(媒介)を生成する事も可能なのだろう。

 

 凛の顔つきも険しい。彼女とて虫憑きの在り方はある程度理解できている筈だ。だが、士郎以上に魔術師足らんとする凛にとってはやるせない心境があるに違いない。“凛”は二人の様子に苦笑するような気配を見せた。

 

『一応、欠点はあるからそんな重くなることもないでしょう。まず、領域。これは媒介を必須とする特殊型の虫憑きが能力を行使するに当たって必要不可欠な要素といえるワケ。だから対象に領域の外側に出られると媒介を生成出来なくなりまともに能力が振るえなくなるでしょうね。

 それに、自身よりも領域の支配力が上の虫憑きと戦った際に、領域を侵食されて媒介を生成出来なくなると言った事態に陥る可能性もあるかもね。魔術的にも実体を持たない特殊型の"虫"はその特性上、世界からの修正を最も受けやすいタイプだから結果として持続力に乏いと見て良いはずだし。長期戦は不得手の筈よ』

 

 あとは、実体を持ってないから物理的な干渉力は基本的に低いってことぐらいかな、と付け加える“凛”。

 この辺りは分離型と好対照と言えるところだろうか。しかし、欠点があるとはいえやはり分離型程のウィークポイントはないように思える。それでも彼女の言う通りに“虫”の領域同士で凌ぎ合いが発生するというのなら。もしかしたら魔術的な結界でも同じようなことが出来るかもしれない。だとすると、魔術師である凛や士郎にもある程度の目が見えてくるだろう。

 

 “凛”は僅かに間を置いて、思念を走らせた。

 

『最後は同化型。"三匹目"によって夢を喰われた者に憑く"虫"よ。数多くの虫憑きの中にあって最も希少なタイプでもあるわ。この型の虫憑きの最大の特徴はその名の通り、自身の"虫"と一体化する事ね。現実に肉を持って現れる訳でも、実体の無い媒介を元に形成される訳でもない。元々確たる肉を持った人間と同化するワケ。

 もう一つの特徴として、この"虫"はそれぞれの宿主が持つ特定の武器や道具にも同化して変形するってのもあるわ。“かっこう”を例にとれば、拳銃の出力を大幅に上昇させてるアレね』

 

 武装強化。これは、銃口を禍々しい“虫”の口腔に変貌させた“かっこう”の拳銃のことだろう。

 “かっこう”は特環最強との呼び名も高い同化型の虫憑きだ。ホテルで彼と対峙した際に、士郎は嫌と言う程にその強さを思い知っている。急造で造ったとはいえ宝具である干将・莫耶を素手で容易く打ち砕かれ、反応すら許されずに彼は膝を折ることになった。まともに刃を交える事すら叶わなかった苦い経験である。

 

 そう、“虫”と一体化した“かっこう”は外面こそ人の形を保ってはいるが、中身はまるで違う。降霊術、と言うものがあるがそれに近いのか。前世の存在や、英雄といった物の力の一端をその身に降ろして変貌する術のように、人を人の身のままに怪物に変貌させる。同化型とはそういうモノだ。

 

『この虫憑きの利点は、本来いくら"虫"が強くても宿主は普通の人間だっていう弱点を払拭出来るって事かしら。宿主と"虫"が一心同体になるこの虫憑きに、宿主を狙うなんて安直な対処法は効果ないわ。加えて、現実に確とした肉を持つ宿主と一体化する性質上、体内に固有結界を展開しているに等しい状態だから世界からの修正をまぬがれている。結果として高い持続力があるのよ。ガス欠を狙うのも現実的じゃないでしょうね。挙句の果てに、強力な神秘と一体化しているから並大抵の魔術では傷一つ負うことがないくらい高い対魔力があるし』

「固有結界を体内に展開、ね。そんな技法があるっていうのは確かに聞いたことあるけど、真っ当な術者じゃその負担に耐えられなさそうだっていうのに。本当インチキみたいな力ね」

 

 憤然と鼻を鳴らす凛。

 固有結界の体内展開と言うモノは、聞く限りかなり高等な技術であるようだ。まあ、自分の内側に一つの異界を作り上げるというのだから当然か。それは人を殻に見立てた卵のようなモノだ。一度でも中身の制御を誤れば、成長した世界に内側から食い破られる可能性すらある。

 とはいえ、

 

「聞いてる限りじゃ弱点無いな。やっぱり特環最強の虫憑きがこのタイプなだけはあるのか」

『一応、弱点がない訳じゃないわ。霊的な存在に近い"虫"でも肉を持った宿主と一体化してしまうから神秘の無い物理的な攻撃を受け付けるはずよ。ただし宿主という足手まといがいる上に、巨体であることが多い分離型の"虫"と比べると、人型のままに身体能力が向上する同化型は的が絞りづらいけどね。それに貴方達はよくわかってるだろうけど、思考力も人間のそれを保っているから単調な攻撃はすぐさま見切られるわ。だからこそ同化型の虫憑きは総じて強力な者が多いって危険視されているんだけどね』

 

 気だるげな口調で”凛”は語る。

 

 淡泊に、何の感慨もなく任務をこなしていく”かっこう”の姿がよみがえる。そこから見て、確かに同化型の虫憑きは”虫”に精神が引きずられて粗暴になると言ったことはない。なるほど危険視される理由も分かる。

 

 理性を保ち、人と同様に冷静に思考する怪物。これほど恐ろしい存在は他にないだろう。人間は生物としてみれば恐ろしく脆弱だ。体格も、身体能力も自然動物に比べれば劣等にも程がある。それでも人間は、その知恵でもって霊長の長足りえる存在となった。だがその思考力すら追いつかれてしまったのならどうしようもない。

 

 しかし欠点の話をしていた筈だというのに、真っ当にそれらしいモノが見つからないのは問題ではないだろうか。聞いただけでは同化型を相手にするには地力で拮抗する他にないように思える。他の虫憑きにしても安易に弱点を突けるほど甘くはないだろう。今日の収穫と言えば、結局のところ士郎たち自身がより強くなることの方が効果的な対抗法だと分かった事なのかもしれない。

 

『ま、私が言えるのはこんなところかな。正直分離型以外は自分のタイプじゃないから憶測交じりになってるし考察が不十分なこともあるだろうけど我慢して』

「いいえ、十分に参考になったわ。いろいろ考えたいこともできたし」

『そ? ならいいけど。まあ、アンタたちにはしっかりしてもらわないとこっちが困るし、これから先行き詰ったらまた相談に乗るわ。代わりにこっちの愚痴も聞いてもらうけどね』

「愚痴?」

 

 凛がそう問い返したが運のつきであった。

 次の瞬間には思念伝いにすら鼻息の荒さを感じさせるほどの勢いで、堰を切ったように“凛”がまくしたて始めたのだ。

 

 どうやら彼女は魔術協会の総本山、ロンドンの時計塔に留学したはいいが、そこでとんでもない同類。もといライバルに出会ったらしい。

 その人物の名前はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトといい、同年代の魔術師のようだ。なんでもフィンランドの魔術の名門出身の少女で、それを鼻にかけているだの、成金趣味がなんだの、そもそもあの金髪ドリルが気に食わないだの“凛”の罵詈雑言の嵐である。ところが凛はそれに共感してしまったのか、一緒になって怒り、憤り、時に頷くと百面相の様相を呈している。

 

 その中でも、見解の相違から講義中に乱闘をやらかし、講堂を一つお釈迦にしたと言われた時には士郎も目を点にした。随分とやりたい放題やっているようだ。それに巻き込まれた罪もない鉱石学科の学生たちに対する同情が士郎の胸にこみあげてくる。凛に至っては、講堂の修繕費がルヴィアと折半になったと告げられ、その額を聞いた際に生ける屍と化していた。

 

 とはいえ、一応名門出なだけあってルヴィアという少女も真っ向から“凛”と張り合えるだけの実力は持っているようだ。彼女に喧嘩を売っていまだに叩き潰されておらず、むしろ悔しがらせているという事実がそれを如実に表している。なにより、それらを語っている“凛”が活き活きしているように感じた。なんだかんだ言って自身と肩を並べ、競い合える相手がいるという事実が彼女に活力を与えているらしい。

 

 次の講義では、比較的破壊効果を持たない代わりに、精神に負荷を掛ける呪法の宝石で潰す事を考えているらしい。そんな悪辣な反撃法を語る彼女の声色は、背筋に怖気が走るほどの黒い笑いを連想させるに容易かった。だが、聞いた限りではルヴィアという少女も“凛”の同類なので、間違いなく同じような反撃に出てくることは明らかなように思えた。

 

 そうして壮絶なクロスカウンターを顎に受けたように共倒れになる両者の姿が鮮明に目に浮かぶ。

 

 しかし、散々と吐き散らして満足したのか、それとも世界間交信に疲れたのか。“凛”の愚痴も終わりが近づいているようだ。今は声高に啖呵を切っている。

 

『みてなさいよ、あの金髪ドリル……! この私に喧嘩を売ったことを後悔させてやるんだから』

「……まあ、アイツをハングアップさせる点には私も同意するけどね」

「あ、遠坂が生き返った」

 

 肩を沈め、すっかり幽鬼のような様相と化した凛が、ゆらりと視線を上げる。次いで、かっとその目が見開かれたかと思うと、切迫した顔で彼女は身を乗り出し、“虫”に詰め寄った。

 

「でも、お金! お金どうすんのよ! アンタにはさっさと宝石剣作ってもらわないといけないってのに小競り合いでお金ぶっとばしてちゃ埒があかないっての!」

『それは申し訳ないと思ってるわよっ! でもあそこで引き下がるのは私のポリシーに反するの! 仕方ないでしょ!』

「ああもうっ! その考え方に共感できてしまう自分が腹立たしいわ!」

 

 勢いに押されたように喉を詰まらせ、唸る凛。

 なまじ並行世界の、と頭に付くとはいえ同一人物なだけあって思考のパターンはほとんど同じなのだからしかたない。それに、“凛”の話に一喜一憂するほど同調していた以上、そう強く非難も出来ないのだろう。結果として、彼女は“凛”を止めるのではなく嗜めるという結論に至ったようだ。

 

「だからといってそれとこれは別よ。もう少し自重して。結局自分の首絞めてるだけなんだから」

『……分かってるわ。だから次は破壊効果を抑える手段を考えたんだし』

「喧嘩をやめるって選択肢はないんだな……」

 

 思わず零す士郎。

 が、それを“凛”は憤懣やるかたないと言った調子で撥ね付けた。

 

『ある訳ないわ。そんなアイツに白旗を掲げるような事、絶対にしたくない』

「まったく……。とりあえず時間も時間だしそろそろお開きかしら。アンタも疲れたでしょ」

 

 半ば諦観気味の顔で凛が尋ねる。それに対して晴れやかな思念が返った。

 

『まあね。久々に士郎の声も聞けたし、満足かな』

「“遠坂”、お前な……」

 

 どうにもすわりが悪くなり、士郎は頬を描いた。

 臆面もなくこういう事を言ってしまえるのが“凛”と凛の大きな違いだろう。聞いていられないとばかりに、凛が辟易した声を上げる。

 

「あーはいはい。ごちそうさま。ともかく、今日はありがとうね。愚痴はともかくとして、知識面でのサポートはやっぱりありがたかったわ」

『ま、役に立てて何よりよ。じゃあそろそろ切るけど、士郎を頼むわよ? なるべく目を離さないで。一人で突っ走られるとホント危なっかしいから手綱はしっかり持っててよね』

「衛宮君が危なっかしいのは十分わかってるわよ。言われなくても暴走しないように首根っこ捕まえとくから安心しなさい」

 

 随分な言われ様である。まるで犬か猫のような扱いだ。

 士郎としては抗議したい所だったが、したところで言い負かされるのは目に見えていたので視線で不満を訴えるだけにとどまった。泣けるほど小さな抵抗だ。肩身の狭い男の宿命、女流社会恐るべしと言うべきか。

 

『聞いての通りよ、士郎。言っても無駄だろうけど、あんまり無茶しないで』

「……善処する」

『よろしい。じゃ、必要になったらまた連絡しなさい』

 

 じゃあねー、と言い残して“凛”は念話を切った。

 パスが切れた影響か、蝶々の“虫”がその身体を縮めていき、ゆらゆらと頼りない様子で凛の元に戻っていく。“虫”が髪の中に収まると、彼女はベッドから腰を上げて、大きく伸びあがった。

 

「よーし、私もお風呂入ろっと。明日も訓練なんだし、アンタも早く寝なさいよ」

 

 士郎の脇を通り過ぎ、部屋の出入口の扉に手を掛けた凛が肩ごしに振り返って告げる。

 

「そうだな。そうするよ」

 

 頷いた士郎もまた、長い間椅子に押し付けていたせいで硬くなっていた尻を持ち上げて、戸口に向かう。

 

 部屋を出た後凛と別れ、士郎は自室に向かった。彼の部屋は西棟一階の最奥、凛の部屋の直下にある。彼的には和室が望ましかったのだが、生憎とこの生粋の洋館の中にはそんなものは存在していなかったので洋式の部屋である。当然ながら物は少ない。クローゼットとベッド、ナイトテーブルに小さめのデスクがある程度だ。とはいえ、こんな備え付けの家具だけで衛宮邸の自室よりも物が多いという点が士郎にわびしい気分を抱かせた。

 

 ベッドの上に胡坐をかき、瞑目する。

 今日、“凛”から得た情報を無駄にするわけにはいかない。翌日からの訓練に活かして、より効率よくスキルアップしていく必要がある。虫憑きには多少の弱点こそ有りこそすれ、結局は幅広く対応するために地力を伸ばしていかねばならないことは明白だ。

 

 第一、当面の目的である桜に対する対処法を講じる必要もあるだろう。とはいえ、今日の鼎談で特殊型の虫憑きに対してなら事を有利に運ぶ糸口は見えた。言葉のように上手くはいかないだろうが、幸いにしてそれを実現し得る手段は持ち合わせているかもしれないのだ。

 

 故に、彼は彼自身の修練を怠るわけにはいかない。

 

「―――同調開始(トレース オン)

 

 自己に埋没する。己の裡深く、心の在り処に目を凝らす。焼け付いたように赤い空、赤土の荒野、地平には幾多の剣が墓標のように突き立っている。それ以外には、何もない。ひたすらに無謬。ただ、剣を鍛つ為だけに在るその空間。それこそが、彼の本質にほかならない。一度完膚なきまでに燃やし尽くされ、真っ新になったのちに借り物の(りそう)で再生した彼の心そのものだ。

 

 その只中に、赤い背中を幻視した。

 聖杯戦争でまみえた赤い外套の騎士。その背はまだ、遥か彼方に。目標であり、いつかは超えるべき絶対の(てき)としてそこに在る。彼はその理想(おのれ)に追いすがり、追い抜くと決めていた。なぜなら、衛宮士郎は自分(りそう)には屈さない。屈してはならないからだ。

 

 なればこそ、“虫”が宿主の心の在り方の具現であるというのなら、彼もまた同様に己の在り方をぶつけるのみ。あとはどちらが(おのれ)を貫けるかの鬩ぎあいになるだろう。我の張り合いで、負けるつもりは毛頭ない。何よりも彼が、“衛宮”士郎であるために。

 




現時点でまだまだ未熟な士郎たちは今後を考えて、”あさぎ”による虫憑きの実戦的知識の植え付けに平行して、魔術的知識も持っておかないと厳しい。

なので”凛”による虫憑きの魔術的座学をしてもらいました。虫憑きの型それぞれの魔術的特徴を要約すると、

分離型は形を持って現れる固有結界、もしくは肉を持った霊体。例、ナーサリーライム、ベオ。
特殊型は通常の固有結界に最も近しい存在。例、無限の剣製、枯渇庭園。
同化型は固有結界の体内展開に近い。例、獣王の巣、固有時制御。

多少差異もありますが、このように解釈していただければ。
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