Fate/Kaleid Schmetterling 作:ひでぶ
桜架市の大型ショッピングモール。周辺地域の中でも最大級の規模を誇り、連日客足のとだえることのない人気スポットである。連休の後押しを一身に受けて賑わうそこは、デートスポットとしても割合優れたポイントであるらしい。
彼女、遠坂凛が衛宮士郎と落ち合う場所に指定したのは、そのショッピングモールの入口に作られた時計台の広場である。茶色いレンガが敷き詰められた円形の広場の中央には、これまた円形の噴水があり、その中央の水上に突き出た台形の台座の上には銀色をした球状の時計が坐していた。このショッピングモールにおいて、待ち合わせる目印としてこれ以上分かりやすい場もないだろう。
その証左に、時計台の付近は恋人と待ち合わせる若者たちばかりであった。
そう、十分ほど前までは、だが。恋人たちの待合場所であったはずのそこは現在、良くわからない軍団に占拠されていた。その為、物好きにこの場に残っているのは空気の読めないごく少数のバカップルか、待ち人がいまだ来ない凛位のモノである。その凛は、広場の一角で繰り広げられる奇怪な光景に頭を悩ませていた。
ではどうしてこのような状況に陥っているのか、というと。
もともと、凛は自身の協力者たる衛宮士郎と、ある程度の生活品や服を揃える事と軽い息抜きもかねてショッピングモールに買い物へ行く約束をしていた。しかし午前中は、凛に所要があったため午後からの現地集合を通達し、早朝から洋館を出立したのである。
しかしその肝心の午前の用事。それが予想以上に早く片付いたために一時間近く早めに集合場所についてしまったのだ。
私用の内容はそう特別な事でもない。先日、凛はこの地域を担当する協会の監視者が拠点にした場の位置情報をバゼットから聞き出していた。早いうちに状況確認を済ませた方がいいと考えた彼女は、その根城を視察しに行ってきたのである。
バゼット曰く、その魔術師はとんだ変人であるようなので凛は割りと神経を尖らせてその地に向かった。結果として、多少使い魔が出入りしている程度で特に異常は見られなかったという他なく、かなり拍子抜けしてしまった。まあその点は御の字ではある。あるのだが、早々に切り上げることになり、こうして時間を持て余すことになったのだ。
凛が此処に到着した当初。広場はさながら蜂蜜のように粘っこく甘ったるい雰囲気を醸し出す恋人たちによって、彼らのランデブーの場へと作り変えてしまっていた。それを敬遠した彼女は、立ち去って時間を潰してこようかとも考えた。しかし、今この場から一人でショッピングモール内に向かうのは何やら屈辱な気がして、意地になって耐える事二十分余り。そうこうしているうちに、なにやら面白おかしい事態が時計台の広場の片隅で開始され、噴水の周りに置かれたベンチに座ってその光景を眺めているうちに今に至る、という訳である。
その珍事とは何のこともない。燃え盛るような赤い短髪を暴れさせ、顔の周りを包帯やマジックテープでぐるぐる巻きにした異様な風体の男が一心不乱にガチャポンを回しているのである。遠目から見ても明らかに体格がよく、見上げるくらいには上背があるように見えるその男は、周囲に群がる子供達を余所に小銭を投入してはつまみを捻っていた。そんな男が時たま奇声を上げたりしている物だから、大抵の人間は後ろ指を指しながら立ち去っていくのである。
その男と子供たちの会話が風に流れて凛の耳に届いてくる。
「ねえねえ、そろそろ変わってよー」
「馬鹿言うな、俺はまだこのSレアってやつをとってねー。ここでお前と変わって、そこでこのSレアが出たらどうする」
「そんなの僕がとったんだから僕のだよ」
「ほら、そういう事だ。俺はそれがいやなんだよ。こいつをとるまで回すって決めたからな。それ獲るまでおとなしく待ってろ」
湧き上がる一斉ブーイング。
あんまりな会話内容に凛は口元が引きつるのを感じた。なんという大人げなさ。あの男、図体と恰好の異様さの割に中身はてんで子供そのものである。
「ちっ、またケモノブルーかよ。そら、こいつはもういらねーからやるよ」
「やったぁ! ありがとう!」
今度は歓声が響いてくる。
どうやらあの男、ダブったガチャポンはギャラリーたる子供たちにあげているようだ。あれだけ好き放題ガチャポンを回しているのに周囲から子供たちが離れないのはそのせいか。根から腐った人物でもないようである。つまみを回す度に子供たちと一喜一憂するその様は、まるで邪気が無い。
「む、有り金がもうねえ。回しきるつもりで札を両替してきたってのに、このガチャポン底が見えねぇ。どうなってやがる」
解せぬ、というように唸る男。
根を上げ始めたと思ったのか、子供たちが冷やかしにかかる。
「えーっ!? あきらめちゃうのぉ?」
「やーい、一文無し~!」
「ハルキヨのばかー! あほー!」
実に微笑ましい、罵詈雑言。あの男はハルキヨ、というのか。残念がる子供もいれば、馬鹿にする子供もいる。頭をぺしぺしと叩いては逃げる子供もいれば、男、ハルキヨが持つガチャポンのカプセルを虎視眈々と狙う子供もいた。
にぎやかで邪気のないそれらは、親猫に構ってとせがむ子猫の群れのようだ。どこからエネルギーが沸いてくるのか、ここ数十分以上ずっと騒ぎ通しである。
それを、
「がああ、やかましい!」
一喝し、ハルキヨは子供たちを黙らせた。
水を打ったように静まり返る子供たちをハルキヨは見渡し、一人の男の子に目を向けた。何をするのかと思いきや、
「おい、お前。金貸してくれ」
なんて、思わず凛が耳を疑うようなことをのたまった。
瞬間、風に吹かれた木の葉がざわめくように、一斉に子供達から非難の声が上がる。
「やだよー! ハルキヨは貧乏人だから、お金返ってこないじゃないか」
「うわー! 恐喝だ、恐喝ー!」
「大人が子供にお金を借りるのは変だぞぉ!」
「ばっか! お前、この俺に貸しを作れるチャンスなんてめったにねーんだぞ? 百倍にして返してやっから」
中腰になって手を合わせ、嘆願するその姿は何とも情けない。
いや、強引に巻き上げようとしないだけマシなのかもしれないが。最も、強硬手段をとるようなら凛も余計なおせっかいをすることになるだろう。
しかし、どうやらハルキヨの要求は却下されたようだ。
万策尽きた、と言うようにハルキヨは頭を抱えると、負け惜しみのように子供たちを睨み呻いた。
「ぐっ。いいか、これから両替してくるからな。お前ら、俺が戻ってくるまでガチャガチャ回すんじゃねーぞ」
いいな、と子供たちに念を押すと、肩を怒らせたハルキヨはガチャポンコーナーから真っ直ぐこちらに向かってくる。
ところが三歩進むたびに後ろを振り返っては、ガチャポンに手を付けようとする子供たちを威嚇するため実に歩みが遅い。
その様子を凛が胡乱気に観察し続けていると、こちらに向かってくるハルキヨとばっちり視線がかち合ってしまった。
「げっ」
凛の口元が引きつる。
しかし、それも仕方のない事。凛をその目に捕えた瞬間、ハルキヨはこれ以上もないほど弛緩しきった笑みを浮かべていたからだ。突然、顔を包帯とマジックテープでがんじがらめにした男に笑いかけられて、にこやかに対応できるような女性はそうはおるまい。
げんなりとため息をつく凛に、先ほどとは打って変わって上機嫌になったハルキヨがずんずんと歩み寄ってきた。もはや接触はさけられない。面倒だが、いつもどおりあしらえばいいだろう、と凛は優等生の皮をかぶる。
「さっきからやけに熱い視線を感じると思ったら、お前か。いや、罪なもんだぜ。こんなもんを巻いてても女が寄ってくるなんてな」
頭上から声に見上げると、ハルキヨがにやにやとした顔で品定めするように凛に視線を走らせていた。欲望丸出し、怒るより呆れるしかない口ぶりである。
しかし、間近で見ると本当に異様な風体をしている。長身でがっちりした体躯は、服の上からでも引き締まった体をしている事が分かる。包帯とマジックテープで隠されたその顔も、輪郭や目鼻立ちの感覚からして割合整っているのではなかろうか。
なんだってこんな奇抜な恰好をしているのか。もしや、巷の若者の間ではこういったファッションが流行っているのだろうか。ビジュアル系バンドのメンバー、と聞けば少しは納得できるかもしれない。
「ええ、随分とお子様と仲がよろしいようで。微笑ましく見させていただきました」
「ん? ああ、あのガキどもか。あれは勝手によってきただけだぜ。やっぱりオーラってもんが違うんだろ」
胸を張り、気風よく笑うハルキヨ。
間違いない、馬鹿である。恰好と言い、中身と言い。己の欲に忠実なのだろう、邪なモノがない分、知恵もない。本当に子どものようである。直接喋ることで凛はそれが一際強く理解できた。遠くから眺める分には楽しいが、真っ当に相手をしていては気疲れするタイプだ。適当におだてておかえり願うべきだろう。
「そうね、貴方みたいに子供に好かれている殿方は、久しくお目にかかっていないわ。子供たちも貴方が楽しい人だってわかるんでしょうね」
「だろ? 話が分かるじゃねーか。ったく最近の奴らはノリってもんを分かってねー。大人になったふりして、楽しいことを我慢すんのがかっこいいと思ってやがる」
理解できない、と言うようにハルキヨは首を竦める。
まあ、その点は凛も同意できる部分もある。彼女も基本的には快楽主義なので、物事は愉しい方がいいに決まっているという考えだ。しかし、ここまで行くと行き過ぎな感覚が否めないが。
と言ってもその内心をわざわざ口にすることもない。嘘をついていない範囲で凛は応対する。
「私もその意見には同感ですわ。人生はやっぱり楽しくないといけないと思いますし」
「いいね、波長が合うじゃねーか」
気分をよくしたのか、ハルキヨの声は弾んでいる。
本当に分かりやすい男である。感情がストレートに現れる彼の人格は、凛も決して気分が悪いものではない。とはいえ、これが世間一般でいうナンパというモノである事には間違いなく。現状の凛は、そういった手合いの相手をする程暇でもない、ということが問題である。
幸い、会話で時間は稼いだ。その間に、先ほどまでハルキヨが執心していたガチャポンには、今や子供たちがしっかりと取り付いている。それを教えてやれば、踵を返して怒鳴り込みに行くか、金を降ろしに行くだろう。
そう考え、凛がガチャポンコーナーを指さそうとした瞬間、
「そんなわけでよ、俺と少し話さねぇか? 東中央の新人局員さんよ」
肌が、灼かれた。焦り、と大気が焦げる音がする。
視界が赤い。眼球が乾いて罅割れる。喉が詰まる。違う。喉も、気管も焼け爛れて、息が出来ないだけ。アルミホイルに巻かれて、オーブンに放り込まれた魚の如く。内側から弾けそうだ。
外気はとてつもなく熱い反面、体内は末端に至るまで凍りついたように冷え固まっていく。外が熱いから、自身が冷たく感じるのか。自身が冷たいから、外が熱く感じるのか。それすらも分からない。
ただ、このまま放っておけば人間大のグリル焼きが完成するだろうな、なんてやけに冷え切った頭が分かり切った結論を告げていた。
「おい、返事してくんねぇとわかんねぇぞ」
焦れたように催促する声。
それと同時に、凛の身体を舐め回していた灼熱の舌先が遠ざかっていく。目の熱さも、喉の痛みも、蜃気楼の如く溶けていった。視界が戻り、肺がその役割を思い出したかのように活動を再開する。
「っぁ、! がふっ、く、ぁぁう……!」
吸い込んだ空気の冷たさに凛は咽こんだ。肺が内側から針の筵で串刺しにされたかのようだ。だというのに、彼女の肌に焼け爛れているような痕跡はない。
全身から汗が吹き出してくるのが分かる。今のは殺気、などという生易しいものでは断じてない。魔力こそ全く感じさせなかったが、間違いなく異能によるモノだ。そして、先ほどの言葉から考えて結論は一つしかない。
「アンタ……! 虫憑き、ね……!」
それも、極上。
身を灼く感覚こそ今はないものの、凛が対峙しているモノは間違いなく化け物だ。“あさぎ”に鍛えられた今の彼女だからこそ理解できる。
先ほど感じた灼熱は、おそらく特殊型の虫憑きが作り出す力場、“領域”というモノだろう。それは特段特別なモノでもない。ただ、自己の能力を展開できる場を作りだすというだけの物である。魔術師でいう結界のようなモノであり、それ単体で攻性を持つようなモノは少ないという。
それはハルキヨが放ったものもおそらく同様。凛の身体に外的変化が見られないのがその証拠だろう。にも拘らず、凛は完全に呑まれていた。能力を行使する前段階、挨拶程度に放たれただけだろうそれに触れただけであの有り様だったのである。彼が全力で能力を解放したときにどのようなことになるのか、想像もつかない。
「おいおい、何当たり前の事聞いてんだ。っつーかなんだ? ひょっとして今の程度でブルッちまったか?」
息も絶え絶えの凛を前に、拍子抜けだとばかりにハルキヨがせせら笑う。
口調こそ冗談めかして言っているものの、それに反して酷薄な色を浮かべた目が凛を絡め取る。その瞳が何よりも雄弁に、失望させるな、と語っていた。
それだけで断言できる。この男は、凛が自身の興味を引ける対象ではないと判断した瞬間、虫を潰すように殺すのだろう。ここに人目が多かろうと関係ない。言っていたではないか、楽しい事をするためなら我慢しない、と。アレは警告のようなものだ。自身の目に適わないなら、殺すと告げていたのである。
ハルキヨが何者であり、何を目的にして凛に接触してきたかはわからない。だが、彼が凛を試しているという事だけは漠然と感じ取れた。その思惑に乗るのは気に入らないが、彼女としてはこれ以上舐められるのがそれ以上に気に食わなかった。
荒い呼吸を噛み殺し、挑みかかるように凛はハルキヨを睨み上げる。
「そんなわけないでしょ。アンタが何者で、何が目的でここに来たかは知らないけどね。やるってんなら受けて立つわよ」
嘯きつつ、凛は左手を密かにポケットの中に手を忍ばせ、宝石を掴み取る。
先の一幕で彼我の間に絶対的な差があるというコトは既に感じ取れてはいる。傍から見れば凛の発言は虚勢そのものだろう。とはいえど、戦いが避けられないというのならば負けてやるつもりもない。そう、勝つことは出来ないだろうが、負けないことくらいは出来るはずだ。
ハルキヨは戦意をみなぎらせる凛がお気に召したのか、子供のように歯を見せて笑う。
「ハッ! 良い目だ、やっぱ美人はこうじゃねーとな。口先だけならどうしようかとも思ったが、こりゃ本物だぜ。さっきのは猫被りか、怖えー女だ」
「アンタみたいな面倒くさそうな男をあしらうには役に立つからね。といっても、嘘はいったつもりはないけど」
「ってーと何か? このハルキヨ様の魅力にメロメロだってのはマジだったのか。いや嬉しいぜ、えーと」
「凛よ、遠坂凛。ハルキヨって言ったわね。アンタ、潰しに来た局員の名前くらい調べておきなさいよ。それと、私はアンタにメロメロになったなんて言った覚えもないけど」
呆れ交じりにため息をつきながら凛はハルキヨの戯言をすっぱりと切り捨てる。
が、てんで堪えた様子もなくハルキヨは豪快に一笑した。
「照れんなって。ったく、素直じゃねーのも考え物だぜ。しかし凛か、確かにそんな名前だったな。よし、凛。照れるのはよせ、素直にいこうぜ」
「だれが照れてるってんのよっ! ……で、アンタの目的はなに? その様子じゃただ私を殺しに来たって訳でもないんでしょ?」
ハルキヨが凛を試している、ということはなんとなく理解できたが、その意図が分からない。
十中八九、彼は在野の虫憑きだ。ならば特環の局員は目障りで仕方がないはずの存在だろう。加えて、彼は凛のことを以前から知っていたように見える。現状がその情報を元にし、事前に周到な策を巡らせた上で彼女を排除しに来たというのなら理解できた。だが、自身の存在を知らしめてまで会話を試み、特環の局員を試そうとするなどハルキヨは一体何を考えているというのか。
猜疑心も露わに警戒する凛に、ハルキヨはぶっきらぼうに答える。
「あん? 別に俺はお前を殺しに来たわけでもなんでもねーよ。ただ、どんな奴かとツラを拝みに来ただけだ」
「はい?」
思わず目を白黒させて凛は問い返した。
すると、ハルキヨはものぐさに頬を描きながら言葉を紡ぐ。
「だからよ、東中央に新入りが入ったってんで、どんな奴かが来たか見に来たってだけだ。気に食わなくても“今回は”“手は出すつもりはなかったんだぜ。一応、筋は通すからな」
つまり、この男は凛を排除しに来たわけでも、ましてや試しに来たわけでもないというのか。もしかしたら、在野の組織に所属しておりそこから引き抜きに来たのでは、という考えもあったのだがそれすらも外れ。まさか、ただ顔を拝みに来た、などというふざけた理由で特環局員の前に姿を現すような虫憑きがいるとは凛は考えもしなかった。
「じゃあ何? アンタ、私がどんな奴かを確かめるためにのこのこ出てきたって訳?」
「おうよ。この顔に巻いている奴がありゃ、俺が誰かなんてわからねーだろ。なんつってな」
にっと快活に笑うハルキヨ。
その姿に、どうにも毒気を抜かれる。やはり凛が初めに感じた印象は間違いではないように思える。彼は自分の感情にとてつもなく真っ直ぐなのだろう。筋は通す、という言葉の通り、己のやりたいこと、決めたことをやり通す芯を持っているのだ。子供のような笑みを見せるこのハルキヨも、先ほどまでの強烈な圧迫感を放つハルキヨも、両方彼が己に真っ直ぐ従った上で表に表れる側面に違いない。その在り方自体は、凛は嫌いではなかった。
しかし、あのマジックテープやらは顔を隠すためにつけているつもりなのか。どうみても特徴を増やしているだけで逆効果にしか見えないが。いや、そこを本人も理解しているあたり性質が悪い。
おそらくは自信があるのだろう。たとえ特環の前に姿を晒そうと、それらから逃げ切る。いや、それは違うか。返り討ちにする自信があるに違いない。そして、それは過信でもなんでもないはずだ。間違いなく、この男は凛が見てきた虫憑きたちの中でも極めつけの怪物である。並みの局員では相手になるまい。
いずれにせよ、ハルキヨが此処に現れたことにさして深い意味もなさそうである。身構えていた自身が馬鹿らしくなり、凛は肩から力が抜ける思いがした。
「ま、いいわ。で、アンタの目的は果たせた訳?」
「一応はな。もう一人にも会って行こうかとも思ったが、ありゃダメだ。面と向かったら抑えが利かなくなりそうだ」
ハルキヨは思い出すのも忌々しい、とばかりに顔をしかめる。
彼が何に憤っているかはわからないが、誰にその感情を向けているのかはすぐに理解できた。再び神経が緊張していくのが分かる。表情がこわばりそうになるのを抑え、凛は威嚇するように低い声で問いただす。
「もう一人って、アンタ士郎をどうする気よ」
「別にどうもしねーよ。言っただろ、今回は様子見だって。そう決めたからには手を出すのはマナー違反になる。だから会うのはやめて、見るだけに留めたんだぜ」
「じゃあなに、アンタ。会ってもいないのに士郎のことが気に食わない訳?」
不可解だ、と凛は眉根を寄せた。確かに、衛宮士郎と言う人間は確かに突き抜けた歪さをもってはいる。その歪さに触れてしまえば拒否反応を起こしてしまう者もいるだろう。
ただ、その歪みは一目で見抜けるようなモノでは到底ありえない。士郎と日常的に接していた人物ですら、仏頂面をしている割にはお人よしな人物、と言う程度のことしか理解できていなかった筈である。あの異常性を実感できるのは、士郎が人命の絡むような事態に直面した時に一緒に居合わせた人物位のモノだ。
なればこそ、一体士郎の何に、ハルキヨが苛立っているのかが分からない。
鼻を鳴らしたハルキヨは、燃えるような敵意を宿した瞳で彼方を睨む。視界が揺らぐ。再度、肌が焦げていくかのような感覚が凛を襲った。陽炎のように彼の周囲で揺らぐ熱波が、“オオエンマハンミョウ”と呼ばれる虫によく似た姿に見えた。
「――気に食わねえ? そりゃもう気にくわねーさ。一目見た時にそう感じただけだ。こんなもんはただの勘だがよ。アイツは俺の同類で、全くの別物だ。互いに壊れる方向性が違ったみてーだが、だからこそ相容れねえ」
「同類? アンタ一体……」
しかし零れる疑念は最後まで形にされることなく、ハルキヨによって遮られた。
「とにかくだ、アイツと顔を合わせたら有無を言わさず灼いちまいそうだったからな。会わなかったのはそういうことだ」
「……その様子だと、次会った時は殺すつもりねアンタ」
「そりゃあな。お前はともかく、アイツを見逃すのは今回だけだ。俺はそこまで我慢強くねー。つってもまあ、わざわざ潰しに来るほど俺も暇じゃねーからな。次に会っちまった時は運がなかったってだけだろうよ」
気色ばむ凛を前にしてもどこ吹く風と言った様子で、ぬけぬけと言い放つハルキヨ。
悪びれもなくにやりと笑むその姿勢は、いっそすがすがしいほどである。今の発言で、ハルキヨは明確に自身の敵であると理解できたはずなのだが、どうにも完全に憎み切れない。こんなことは完全に心の贅肉だろうが、そう思ってしまうのだから仕様がない。
とはいえそれはそれ、これはこれである。矛盾した自身に内心頭を痛めつつ、凛は告げる。
「分かったわよ。でもその時は簡単に殺せないわよ。アイツは“私”のモノなんだから、奪うつもりならそれなりの覚悟を決めてきなさい」
「こりゃまいったぜ。こんないい女をモノにしてるとあっちゃ、ますますやる気が出てくるもんだが、中々におっかねーな。せいぜい気を付けるとするぜ」
憎たらしく軽口を叩き、ハルキヨは小さく肩をすくめた。
自然と目じりが引きつるのが分かる。本当に口の減らない男である。しかしまあ、話も大筋はまとまったようなので、そろそろいいだろう。
「ところで、ガチャポン。子供たちが大騒ぎしてるようだけど、いいのかしら?」
瞬間、ハルキヨのにやけ顔が凍りついた。
錆びた機械が関節を動かすようなぎこちない動作でハルキヨは背後を振り返り、彼が夢中になっていたガチャポンに取り付いている子供たちを視界にとらえた。
「うぉい! てめーら! 俺が戻るまで待てって言っただろうが!」
怒鳴り散らしながらハルキヨはガチャポンコーナーに猛然と突っ込んでいく。子供たちが楽しげに悲鳴を上げながら散っていく中、途中で自身が一文無しである事に気が付いたのか彼は凄まじい勢いで切り返して駆け戻ってきた。
「おい、金貸してくれ」
身を乗り出し、鼻息も荒く要求するハルキヨ。
そのあまりに必死な形相に凛は噴き出しそうになるのをこらえながら応じた。
「あら、それは構わないけどいつ返してくれるのかしら。私、大半衛宮君と一緒にいるのだけれど、貴方次に彼と会ったら殺してしまうんでしょ? そんな人に貸すと思う?」
「ぐっ」
とたじろぎ、ハルキヨは口ごもる。
実に愉快である。この場では手を出さない、と決めている以上は強硬手段もとれないのだろう。なまじ筋は通す性分であるだけに、彼には強要する術がないのだから面白い。大いに溜飲を下げた凛は、意地の悪い微笑を浮かべる。
「そういう訳で、さっさとATMに行ってきなさい。早くしないとSレアとられちゃうわよ?」
凛の言葉にハルキヨは目が無いことを理解したのか、口惜しそうに身体を戦慄かせると、
「ど畜生、この性悪め! 覚えてやがれー!」
などと子供丸出しの捨て台詞を喚きながらショッピングモールの中へ消えて行った。