Fate/Kaleid Schmetterling   作:ひでぶ

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第九話 獅子と悪魔

 士郎が怪我から復帰してからの訓練は、“兜”と“みんみん”も加わったことによって内容にも厚みが増した。間違えたら訓練メニュー増量の座学や、それぞれが相手を入れ替えての組手。訓練生全員で“あさぎ”に挑んでチームプレイの取り方を学ぶといったことまで実に様々である。“あさぎ”が暇をしている“かっこう”を強引に引っ張ってきて訓練に参加させることすらあった。その度に死ぬ思いをして切り抜けた覚えがある。

 

 一度そのことで揉めた、“あさぎ”と“かっこう”が訓練室を半壊させかけるほどの乱闘をやらかしたことも記憶に新しい。その時の士郎たちは巻き添えを食わぬように部屋の隅から見守る事が精いっぱいであり、二度と見たくもないということがその場にいた全員の共通見解である。

 

 事の始まりは些細だった。毎度の如く軽薄な笑みを浮かべた“あさぎ”が、いつもの五割増しでふてくされた様子をしたその人物を訓練室に連れ込んできた時のことである。

 

「なんだって俺がこいつらの訓練なんぞに付き合わなきゃならないんだ」

 

 “あさぎ”に連れだって訓練室に足を踏み入れてきたその人物は全身から不満を噴出させ、低い声で吐き捨てた。逆立った黒髪。全身を特環の装備である黒衣で覆い、顔の半分以上をごついゴーグルで隠した少年だ。間違えようもなく、特別環境保全事務局が誇る一号指定の虫憑き、“かっこう”その人である。

 

 訓練室で待機していた士郎たちの正面で立ち止まる二人を見て、“みんみん”がこれみよがしに口端をひきつらせた。

 

「うわー、マジすか。ちょっとワンコ教官。今回ばかりはないとは思いたいけどまさか、」

「そのまさか。ボクをワンコ呼ばわりできるくらいだ。もう流石に慣れたろう? 今日もこの“かっこう”にキミたちの相手を努めてもらう」

 

 意地の悪い笑みを深め、“あさぎ”は凛の言葉の後を引き取った。狼狽した様子の“みんみん”の顔から血の気が引いている。“あさぎ”はワンコと呼ばれるのがあまり好きではないらしい。だというのに、“かっこう”が“あさぎ”の事をワンコと呼んでおり、どうにもそれが妙にハマっているため訓練生にもその呼び名が定着してしまっている。以前、“兜”が発しかけた言葉がコレである。今回はそれが仇となったか。

 しかし、訓練の相手を任された当の“かっこう”はさらに表情を険しくするだけだ。

 

「この馬鹿ワンコ、いつ俺が承諾したと言った。こいつらの相手をしている程暇じゃないと毎度毎度、何度言わせるんだよ、お前……!」

「なにを言ってるんだか。監視班に移ってからはてんで暇だろう、キミ。キミしか真っ当に相手にできない“レイディー・バード”が出張ってこないかぎりはやることもないんだから」

「監視班には監視班の仕事があるんだよ。それくらいお前だって分かってるだろうが」

「その割には今日も暇そうにロビーでコーヒーを飲んでいたじゃないか。鈍られても困るんだ、身体を動かしたまえー」

 

 “かっこう”の言い分にまるで取り合おうともせず、“あさぎ”はぼやいてる。

 そのやり取りは互いに遠慮がない。十年来の旧友同士のくだらない軽口のように思える。あの“かっこう”相手にあそこまで軽々しく絡んでいける虫憑きも珍しい。

 

 士郎は“あさぎ”の経歴を詳しく知っている訳ではない。が、時折見せる戦闘者としての彼女の顔からして、ただ教官ばかりを務めている訳でもあるまい。高位局員同士、大規模な作戦でそれなりに顔を合わせる機会が多かったのだろうか。

 

 “かっこう”がくだらないとばかりに鼻を鳴らす。

 

「鈍ってるのはどっちだってんだ。そいつらのお守りなんて、お前一人でおつりがくるだろ。俺に任せる意味がない。……それとも、もう俺には敵わないから代わりにやってくれ、ということか?」

 

 “かっこう”にとっては軽い意趣返し程度のつもりだったのだろう。だがその発言一つで、それまでのどうにも締まらない雰囲気が一瞬にして凍りついた。肌が泡立つように痺れていく。冷や汗が噴き出した。空気がセメントのように重くまとわりつき、身動きが取れない。息が詰まる。普段は広大な訓練室が、圧迫感を覚える程に狭苦しく感じられた。言葉一つ発せない。発したその瞬間には、首が飛んでいるのではと思わせる程の強烈な戦意が“あさぎ”には漲っていた。

 

「――――ほう。随分と、面白い事を言うじゃないかー」

 

 紫電が弾けた。

 “あさぎ”の表情は、黄色い雨カッパのフードで翳って窺えない。声は静かだった。口調は平時と何ら変わりはない。気の抜けた炭酸のような緩さを保ったままだ。だというのに、それがどこまでも空恐ろしい響きを纏っている。面白おかしい筈の道化師が、血に染まった刃を手にしているかのような、そんなイメージ。

 平坦な調子のまま、彼女は言葉を紡いでいく。

 

「今日の訓練は内容変更だ。キミたちには上位号指定同士の戦いというモノを教授してあげよう。下がっていたまえー」

 

 フードの影の下に、猛々しい眼光が閃いた。その中に、闇の中荒々しく獲物へ向かい疾走する獅子の如き高揚、歓喜、諧謔、恐怖が移り過ぎていく。口元は獰猛に裂けて、三日月のような薄笑い。冷徹かつ酷薄でありながら熱のこもった、狂的な魔性を感じさせる相貌だった。

 

 士郎たちはただ頷くしかない。金縛りが解けたようにそそくさと彼らが壁際に退避していく最中も、“かっこう”は涼しげに“あさぎ”の威圧を受け止めていた。それどころか、口端を吊り上げて挑発するように嘯いてみせる。

 

「いい機会だ。鈍りを叩きなおしてやる。それにそろそろお前とはどっちが上か、白黒はっきりつけたかったんだよ」

「ボクに格闘訓練で一度たりとも勝った事がないキミがよく言った。その思い上がり、ボクが正してあげよう」

 

 “かっこう”がホルスターから拳銃を抜き放ち、“あさぎ”が背負ったホッケースティックを頭上で旋回させ、中段に構えた。“かっこう”の拳銃の上に小さな“虫”が降り立ち、“あさぎ”の周囲を紫電が切り裂く。

 

 静寂が満ちる。空間が軋んでいくような緊張感が張りつめていく。傍観しているだけの士郎ですら、動悸が激しくなるのを感じた。“かっこう”が身をこわばらせ、“あさぎ”がじり、と僅かに間合いを縮める。

 その刹那、拳銃の上の“かっこう”の“虫”が弾け、“あさぎ”の紫電が訓練室を蹂躙した。

 

「―――――――――――ッ!?」

 

 全身を打ちのめしていく電流の嵐に、士郎たちは顔をしかめた。

 今のは“あさぎ”の領域展開の影響だろう。一瞬にして広大な訓練室を支配下に置くその能力展開速度は圧倒的という他ない。彼女の手によっていまこの場は、巨大な電磁場の檻に等しい状態と化した。それだけでなく、物理的にも現実に影響を及ぼす程の歪みが生じている。領域の強度自体も途方も無い筈だ。並みの特殊型の虫憑きではこの領域内で能力を使うことすらままならないだろう。しかし味方相手にこれほどの領域を構築してかかるとは、彼女も完全にキレている。

 

 そうして“あさぎ”がその領域を展開するほんの瞬きの間に、士郎は両者の姿を見失っていた。

 視線を巡らせようとしたその時には、地鳴りのような凄まじい激突音が轟いている。その場に士郎が目を移しても、既に影も形もない。次いで響いた遥か遠方からの衝撃音でようやく視界にとらえることが出来たが、確認できたのは目を疑うような速度で訓練室の壁沿いを、弧を描くように走る“かっこう”のみだった。

 

 その戦闘の内容自体は凄まじいモノがあった。それは始終、縦横無尽に目まぐるしく飛び回って攻勢を保つ“あさぎ”と、その攻撃に揉まれながらも的確にカウンターを合わせる“かっこう”という形で展開された。

 

 決して“かっこう”が遅いという訳ではない。彼の身体能力は人の枠を逸脱した、紛うことなき怪物のソレである。その“かっこう”を容易に上回る“あさぎ”の速力こそが異常なのだ。彼女の移動速度は残像のように残る紫電の蝶々を追う程度にしかその足跡をたどる術がないほどの速さである。範囲攻撃の手段を持たない者が真っ当な手法で捕えることなどまず不可能といえる領域だ。

 

 加えて、それに乗せて振るわれるホッケースティックの威力は強化素材の壁に断裂を残す程である。つまり、正攻法では”あさぎ”に攻撃を当てる事すら敵わず、その癖彼女の攻撃はその機動力に任せた全方位からの一撃必殺の威力を誇ると来ている訳だ。正に反則。この時点で大抵の者は詰んでいる。

 

 間断なく空を走る白い軌道。“かっこう”の頭上から、側面から、時に正面から。一気呵成な乱打の嵐。逆巻く棍風が気流を乱し、部屋全体を掻き混ぜる。取り残された幾重もの残光と紫電が、蜘蛛の巣のような牢獄を作り上げている。絡め取られれば、瞬く間に手足をもがれて挽肉にされるだろう。

 

 驚異的なのは、“かっこう”がその獄中にあっても尚、カウンターという形であるにせよ対応して見せたという事。ホッケースティックと拳、銃弾がぶつかる毎に訓練室の大空間を揺るがす程の衝撃が暴れまわり、支部が崩壊するのではと危惧させるありさまだ。“かっこう”が壁を背負って戦う事を選択したのは、背後という死角を潰すためだろう。“あさぎ”の速度に対応するためには出来うる限りカウンターを合わせやすい状況に持っていく必要がある。

 

 それでも既に、“かっこう”は何発か、あの稲妻そのものと言っていい“あさぎ”の攻撃を貰っていた。時に壁に亀裂が走るほどの勢いで叩きつけられ、時にゴム毬のように地を跳ね転がっていく様は体のいいサンドバッグだ。大体にして、“あさぎ”の攻撃は普通の人間なら一発で花火みたいに赤い身体の中身を弾けさせること必至の威力だ。ソレを受けて、平然と立ち上がる姿は常軌を逸している。

 

「しつこいな、キミは……! 丁度黒いしゴキブリのようだー。いい加減沈みたまえー」

「お前こそ、ちょろちょろと鬱陶しいな。ハエ叩きでもしてる気分だぜ……!」

 

 口汚く悪態をぶつけ合いながら“かっこう”と“あさぎ”が鍔競り合う。

 その会話とは裏腹に、二人はとても楽しそうに口元を歪めていた。どちらの血で濡れているのかわからないその顔で。獰猛に、貪欲に、より壮絶に。戦いの凄絶さに反して、その表情は姉弟喧嘩に興じているかのようだった。隣で観戦していた凛が心底辟易した様子で呆れた、と呻く。

 

 しかし分かりきっていたことだが、やはり高位号指定というモノはとんでもない。まさしく次元が違うと言ってもいいだろう。かの聖杯戦争で人の領域を逸脱した戦闘を幾度も体験してきたが、これはそれに劣らない。今の士郎があの中に割って入ったとして、どれだけ持ちこたえられるだろうか。一つ言えるのは、飛んで火に入る夏の虫となる、ということだけだ。

 

 彼の拳が強く握りこまれる。奥歯を強くかみしめた。なんと不甲斐ないのか。訓練を重ねては来ているがあの戦いはまだ遠い。届かない。頭では理解しているのだ。衛宮士郎に才能はない。あそこに立ち入る程の力を得るには、愚直に修練を積んでいくしか道はないと解っている。だが、それでは遅いのだ。“始まりの三匹”の打倒、そして一号指定の吸収を狙う桜の目を覚まさせる。これらを成し遂げるには最低限、あの二人との戦闘に耐えうる実力が求められる。

 

 このままでは、力をつける前に手遅れになってしまう。そんな焦燥感が胸を焦がす。どうにかして、差を埋めなければならない。なんでもいい、今使えるモノをすべて使ってあの領域にまで上がれるなら、

 

「……またどうせバカな事考えてるでしょ」

 

 見透かすような、そんなつぶやきが耳に滑り込んできた。

 ぎょっとして肩が跳ねる。思わず目を見開いて、右隣に立つ声の主たる凛の顔を覗った。“かっこう”と“あさぎ”の戦いから目を逸らさないまま、凛はきっと眦を上げていた。

 

「いい? 何回も言わせないで。アンタには私がいるんだから、頼りなさい」

 

 半ばいじけたような声で口走り、凛は顔を背けた。

 その言葉で、楽になった。そう、何も全て一人で解決しようとすることもない。士郎には凛がいる。足りないモノは、互いに補って行けばいい。衛宮士郎という人間は、どうにもそういった事を忘れがちになる。ただ、それすら察してくれるいい相棒に恵まれた。これは彼にとって、何にも変えられない、得難い存在だろう。

 

「ありがとう、遠坂」

 

 頬を緩めて、士郎は小さくつぶやいた。

 

 “かっこう”と“あさぎ”の戦いは激化する。

 彼らは離れてはぶつかり、そしてまた離れ、再び激突する。

 白いホッケースティックが空気を断ち割りながら振るわれ、それを黒い拳が鉄槌の如く迎え撃つ。爆薬でも炸裂したのではと錯覚させる衝突の後、離脱する“あさぎ”に向かって“かっこう”の拳銃が腹の底に響くような咆哮を上げた。それを“あさぎ”はホッケースティックで叩き落とし、身をかわしながら再度“かっこう”の懐へもぐりこんでいく。

 

 それは終わりのない輪舞のようだった。主演の二人は互いに何かを確かめ合うように、何度も何度も拳とスティックを交えている。無邪気に笑みをこぼしながら、より壮絶に鎬を削り合う。士郎にはなぜだか、それが戦いである以前に一種のコミュニケーションの手段なのではと思わせる程、二人は通じ合っているように見えた。

 

 こんなものではない。もっと先に行ける。お前はその程度か。いいや、違うはずだ。と、互いを叱咤し合い、鼓舞するように火花を散らす。それだけで、“あさぎ”が苦悶の表情を歓喜と嗜虐の笑みで上塗りして奮い立つ。そんな彼女を、“かっこう”が満足げに迎え撃つ。

 

 結局その戦いは、見かねたように現れた土師圭吾の仲裁によって痛み分けに終わった。血塗れで獲物を突きつけあって肩で息をする両者は、もし間に入る者がいなければどちらかは確実に命を落としていたように思える。むしろよく止まってくれたものだ。特に“あさぎ”に関しては、見境なしに暴れていても可笑しくないくらいにハイになっていたのだが。

 

 とはいえ高位号指定の虫憑き同士の戦いと言う物を強く意識させられるものでもあった。だからこそそこで終わっていればまだ訓練の足しになってはいたのだろう。が、“あさぎ”と“かっこう”は土師に小言を食らった後も、攻撃を入れた回数が上だから自分の勝ちだ。いや、重い一撃を食らわせたからこっちの勝ちだ、などと子供のように張り合っていた。“あさぎ”に至っては大の字に転がり、立ち上がることもできない程疲労困憊した様子であったにも拘わらず、だ。

 

 その挙句士郎たちにまで意見を求めてくるのだから始末に負えない。付き合いきれない、と判断した士郎たちは早々に訓練室を去ることになった。ところが、翌日には平然とした様子で訓練が再開されたことに全員が呆れを隠せていなかったのである。その日の訓練が終り、解散したのちにやけに機嫌がよかった“あさぎ”に対して凛が問うた。

 

「ところで、前から思ってたんだけど。貴女と“かっこう”って結構前から知り合いみたいだけど、アイツっていつから特環にいるの?」

「アイツ? ああ、“かっこう”か」

 

 僅かに考え込むように腕を組んだ“あさぎ”だったが、間を置いた後やおら口火を切った。

 

「そうだな、彼は今残っている虫憑きの中でも最古参の部類だからねー。彼が特環に入ったのは大体四年くらい前だったと思うよ」

「四年か。その時からあんなんだったのかしらね、アイツ」

「あんなん、とはどんな事かは知らないが、性格だというなら少なくとも三年以上前から“あんなん”だよ、彼は」

 

 どこか懐かしむように頬を緩ませた“あさぎ”はそうこぼした。

 しかし彼女の口ぶりでは三年以上も“かっこう”と付き合いがあるようだ。それなりに長い付き合いだろうとは思っていたが、“かっこう”が特環に入って間もないころからの腐れ縁とは。そうなると“あさぎ”も現状の特環の中ではかなりの古株という事になる。どうにも過去を話たがらない節がある“あさぎ”にしてはめずらしい語りだった。

 

 それを好機とおもったのか。凛が実にそれとない調子で口走る。

 

「ふーん。ってことは途中でひねくれたとかそういう訳でもないのか」

「それはどうだかね。なにせ彼の初陣の相手はあの”ふゆほたる“だったんだ。特環を半壊させた一号指定。新兵じゃ到底味わえない。いや事実生きて帰ってこれなかった刺激的な獲物だよ」

 

 一瞬、“あさぎ”の瞳の中に獰猛で好戦的な光が燻った。それは嫉妬か羨望か。いずれにせよ彼女が強烈に“ふゆほたる”という強者に焦がれている事が覗えた。

 しかし驚くべきはその“ふゆほたる”を初陣の“かっこう”が破ったという事実。“かっこう”が特環を半壊させた虫憑きを倒したという事実は士郎とて知ってはいたが、まさかそれが初戦であったとは。そして、その“ふゆほたる”に対して“かっこう”がいまでも何らかの感情を抱いていることが明らかである以上、そこで大きな影響を受けた可能性が高い。

 

「ああ、それだけじゃなかったな。“ふゆほたる”現出と共に決行された特環内のクーデター。それを食い止めたのも“かっこう”だったはずだ。数ある虫憑きの中でもこれほどの鮮烈なデビュー戦を飾ったのは彼だけだろう。当時小学生だった“かっこう”が初の実戦でこれだけの戦果を挙げたんだ。多くの虫憑き(どうほう)を手にかけて、一体何を感じたんだろうね」

 

 皮肉気に口元を歪め、“あさぎ”はつぶやく。

 その内容に士郎は言葉が出なかった。クーデターのことは彼も初耳だったのだ。反逆したとはいえ、元仲間をその手に掛ける。初陣の、ましてや子供にそれが出来る者がどれだけいるだろう。加えてそれがクーデターである以上、綺麗なお題目を掲げているだけではあるまい。政治と権力。大人たちの醜い争いをまざまざと見せつけられたのかもしれない。未成熟な少年の心に、それは過酷に過ぎたはずだ。戦果の代償に、彼は一体何を捧げたのだろうか。

 

 続けて、“あさぎ”はつらつらと言葉を紡ぐ。

 

「ま、それでも“ふゆほたる”が彼に最も影響を与えた要因であることは間違いない。いや、縛られていると言った方がいいかもしれないけどね。あんまり喋ると彼が怒るからこれくらいにしておくけど」

「縛られてる、か。あのひねくれ具合からして自分で縛ってるって言った方がただしいかもね」

「ちがいない」

 

 にこやかに破顔した“あさぎ”が、凛に同意を示す。

 その姿はどこまでも年相応の少女のそれである。考えてみれば、彼女もまた“かっこう”と同年代。高校生程度の年齢の筈だ。普段はしごかれてばかりで忘れてしまう事ではあるが、むしろ彼女の年齢を考えればそれこそが本来おかしい事態であろう。それをふまえると、人生において最も多感な三年間を特環という環境の中で過ごした彼女もまた、“かっこう”同様に歪ではあるように思える。

 

 戦いに対する異常なまでの執着と、茫洋な性格に似つかぬ達観した価値観。それらは日々を安穏と過ごしていた人物に身に付くようなモノでもない筈だ。明らかに常日頃から非日常的環境に触れてきた結果だろう。かといって、それ自体に士郎は含むところはない。彼女の指導技術は素晴らしいモノである上に、人格も好ましい部類である。故に今さら彼女の事情にどうこう口を出すつもりも毛頭ないのだ。ないのだが、虫憑きと特環と言う組織が生む歪みを認識させられたというだけである。

 

「でも、ちょっと余計なことまでしゃべらせたかしら」

「気にすることでもないさ。彼のことをそういう風に捉えてくれる人間は少ないからね。士郎にしても、ボクたち虫憑きと変わりなく接してくれる。なんというか、ボクとしても少し興が乗っただけさ」

 

 目じりを下げる凛に対して、シニカルな笑み浮かべた“あさぎ”が言った。士郎としては、どこか面はゆい気持ちになる。しかし、あれほどの大乱闘をやらかしたにもかかわらず、彼女は“かっこう”に対して好意的なままのようだ。

 凛もそれで納得したのか、簡潔な言葉で謝意を伝える。

 

「そ、じゃあありがとうとだけ言っておくわ」

「構わないよ。ま、そろそろ遅い。今日はこれでお開きにしよう。明日も遅れないようにしたまえー」

 

 いつも通りの間延びした声でそう言い残し、“あさぎ”は訓練室の出口に向かって踵を返した。その背中が小さくなっていくのを見送りながら、士郎と凛は休憩所で一本だけジュースを飲んでから帰ることを決めた。

 




”かっこう”はある事情で一線から退いた戌子が前線に戻ってくる事を望んでいます。
彼としては発破をかけたつもりなのでしょう。まあ、戌子も結局楽しんでますが。

ちなみに土師は割りと慌てて止めに来ています。
戌子の今後に支障をきたしかねないので……汗

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