Fate/Kaleid Schmetterling   作:ひでぶ

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六話です。
今回は”かっこう”視点となっています。


第六話 土師圭吾

 ある地方都市、桜架市。すでに太陽も中空にまで昇ったその街中、人通りもまばらな交差点の角に設置された電話ボックス。その透明な壁に囲まれた狭い空間の中に、低い声がこだまする。

 

 「……土師か。俺だ」

 

 声の主は、その声色に反して小柄でやや幼さを垣間見させる容姿をした少年だった。年不相応に鋭い目つきをした、どこかの高校の制服を纏ったその少年の声は、手に持った緑色の受話器に向けられている。

 

 『急にかけてきたかと思えば、突然なんだい? “かっこう”』

 

 受話器から返ってきた声は、若さを感じさせる男性の物であった。ただ、その声色もまた、その若さを裏切るような落ち着きと人を食ったような印象を抱かせる声だった。

 その声に対して少年、“かっこう”もまた落ち着き払った調子で返す。

 

 「訊きたいことがある。今時間あるか。あるなら少し顔を貸せ」

 『……まったく。こっちも暇ではないんだけれどね。いいだろう。“いつもの場所”でかまわないかい』

 

 言葉の内容とは裏腹にどこか楽しそうに喉を鳴らす男。

 

 「ああ」

 

 その男の対応にも慣れた様子で“かっこう”は相槌をうつ。

 

 『それじゃあ、今から出よう。先に行って待っていてくれ』

 「ああ」

 

 頷き、受話器をおいた“かっこう”は、透明な扉を押し開け電話ボックスを後にした。

 

 

 

 「さて、まったかな」

 

 気の抜けた調子で放たれたその声は、さびれた空気が包む小さな公園の木製ベンチに腰かけた一人の少年に向けられていた。

 空は呆れるほどに快晴で、公園の外縁沿いに生えた灌木や樹木が禿げ上がっていなければ春と勘違いしかねない陽気である。

 

 「今来たところ、とでも言ってほしいのか? 土師」

 

 ベンチに座った少年、“かっこう”は、つまらなそうに返すと、声の放たれて来た方向に視線を上げた。そんな彼の前に、漆黒のダークスーツに身を包んだ青年の姿があった。縁なしの眼鏡をかけたその顔立ちは整っているもののどこか影があり、蝋人形のような趣をしていた。その目は強い意志の力に満ちているが、意志が強すぎるのかかえって濁って見える。そんな男の口元が皮肉気に歪んだ。

 

 「まさか。ボクたちに今さらそんなセリフなんて必要ないだろう」

 「その台詞、変な誤解を招きそうだからやめろ」

 

 不快そうに目を細め、“かっこう”はその男、土師圭吾の言葉を一蹴する。あまり信じたくない事だが、この軽薄な男こそ”かっこう”の所属する東中央支部の支部長、すなわち彼のボスである。この男の皮肉に取り合っていては日が暮れてしまう。だからこそ彼は手早く要件を告げることにした。そのついでに、手持無沙汰に買っていた缶コーヒーを彼は土師に投げ渡す。

 

 「……まあいい。お前、今日俺が就いていた任務の捕獲対象、遠坂凛について何か知っているか?」

 

 土師は缶コーヒーを掴み取り、プルタブを開ける。人気のない公園の中に、空気の抜ける音がやけに大きく響いた。

 

 「ああ、知っているよ。その遠坂凛という“個人”についてはそこまで詳しくしらないけれど、関連する情報ならね。キミを貸し出す交換条件に聞き出した」

 

 「なんだと? 知っているなら、なぜ俺が出る前に教えなかったんだ、お前」

 

 何のこともない、といった様子でコーヒーをあおる土師に対し、“かっこう”は憤りに目を吊り上げた。それにも土師はまるで笑みを崩さない。

 

 「何、簡単なことさ。あまりにもオカルトチックなことを前提にした話なんでね。正直、説明しづらいのさ。第一、通信じゃあ傍受される可能性が高いだろ? 今回の話はそれなりに機密性が高くてね。あまり表立っては話せない。キミもそれを考慮したから、こうしてボクを呼び出したんだろう?」

 「まあな。で、そのオカルトチックな情報とやらはなんだ」

 「そうだな。“かっこう”、魔術って言葉くらい知ってるだろう? そういう超常の力を操る存在がいるとしたらどう思う」

 

 突拍子もなく飛び出したその単語に、“かっこう”は胡散臭そうに土師を見やる。

 

 「魔術、だと? どんな話かと思ったら、まさか本当にオカルトの話をするとはな。で、それは俺を馬鹿にしてるのか?」

 「馬鹿にしてなんかいないさ。至って大真面目だ。それに“かっこう”。そもそもオカルトがあり得ない、などというの言葉は自己否定になりかねないな。世間から見れば、君達虫憑きも十二分にオカルトな存在だろう」

 「……確かに、虫憑きなんかがはびこっている世の中で今さらオカルトも何もないか。まあいい。それで、その魔術がなんだって?」

 「この世界にはキミたち虫憑きとはまた違った異能をもつ者達が実際に存在している、という事さ。もうわかっただろうけど、それが魔術を行使する者、魔術師と呼ばれる存在だ。今日捕獲された遠坂凛という虫憑きも、魔術師であるらしい」

 

 その言葉に、彼は件の人物、遠坂凛について思い返す。勝ち気でどこか一本芯の通った少女。その言動や拘束してからの経緯から、彼にとっては二重の意味で苦手なタイプの人間ではあることは既に思い知っている。

 だが、と彼は思う。

 

 「魔術師、か。奴がそこまで脅威であるようにも見えなかったけどな。きな臭いのはまちがいないが」

 「まあ、特環が警戒しているのは魔術師一個人なんかではないよ。魔術師にも特環のような組織があるのさ。特環が警戒しているのはそちらだ。もともと、特環の支部長以上の階級の人間は魔術師については聞かされてはいたんだよ。身辺警護を付けることを怠らないようにとね。ここからもわかる通り、魔術師側と特環の関係は決して穏やかなんかじゃあない」

 

 煩わしい、というように土師が肩ごしに振り返り、公園の入り口付近を顎で示す。そこには、高級そうな黒い車が垣間見えた。車窓から助手席側にだれかが乗っていることがわかる。おそらくは護衛としてついてきた特環の局員だろう。無論、土師の事だから自身の息のかかった局員だろうが。

 そこから視線を戻した“かっこう”は、胡乱気に土師を仰ぎ見る。

 

 「お前、もとから魔術師なんてやつらがいるって知っていたのか? でもさっき交換条件で聞き出した、とか言っていなかったか」

 「それは、遠坂凛の簡略的な情報だよ。彼女が冬木市を“管理”している魔術師だということをね。管理ということも額面通りの意味ではないよ。あくまでも魔術師的な意味での“管理”だ」

 「……魅車は奴が地主だといったが、そういう意味か。何にしても少しは俺を“使った”訳が見えてきたな。戦力的に脅威だったからとかじゃなく、政治的に利用するために確実に捕獲させたかったってとこか」

 

 だが、土師は彼の意見に同意することなく、おもむろに缶コーヒーに口を付ける。そして、それから口を離すと同時に静かに言葉を紡いだ。

 

 「……どうだろうね。魔術師がボクたちのように一般的な価値観を持っていれば政治的な利用もできるだろうけれど。そうでない場合は特に意味はなさないな。第一、たかが一土地の管理者程度ではそもそも大した政治的価値もないだろう。一般的な地位におきかえれば、やっぱり地主程度だからね」

 「それじゃあ、一体何のために捕獲したってんだ? 利用価値があるようには思えないが」

 「まあ、魔術師に対するスパイにでもしようってところだろうね。遠坂凛が大した力を持っているとキミには思えなくても、彼女の魔術師でありながら虫憑きである、という立場は大いに利用できるだろう」

 

 どこか他人事のように土師は語る。その視線は“かっこう”に向いていながら、どこか遠くを見据えているような錯覚を彼に覚えさせた。

 

 「局員にして利用するってことか。なんにしてもかなり厄介な状況だな。魔術師の組織ってやつはどれくらいの規模なんだ?」

 「さてね。少なくとも世界規模であることは間違いないだろうさ。国直々から連中を刺激しないでくれと言われたらしいからね。真っ向からやっても勝ち目は薄いだろう」

 

 沈着冷静に意見を述べる土師の言葉に、“かっこう”は思わず毒づいた。

 

 「……くそっ。そんな奴らが狙ってきてるってのに、俺たちはまだ虫憑き同士で争ってやがるのか」

 

 虫憑きは決して一つにまとまっている訳ではない。特環に所属する虫憑きのほかに、在野でフリーに活動する者もいれば、徒党を組んで活動する者達もいる。虫憑きの集団として代表的な勢力は特環を除けば主に二つ。

 

 一つは“むしばね”。火種一号指定、“レイディー・バード”が率いるレジスタンス組織である。特環に並んで活動が活発な組織だ。活動内容はおもに路頭に迷っている虫憑きを特環に捕獲もしくは討たれる前に手を差し伸べ、保護するということだ。その方針から、在野はおろか特環内にも“レイディー”を支持する者が現れる始末である。だた、他者に救い上げられなければ生きていけなかったような虫憑きばかりで構成されるため、実質“レイディー”のワンマンチームであるともいえる。

 

 もう一つは“ハルキヨ一派”。異種一号指定、“ハルキヨ”を中心とした少数精鋭、実力主義、個人主義の虫憑きの集まりだ。この一派の虫憑きは特環の追っ手を独力で逃れて集まった者しかおらず、総じて強力な虫憑きばかりである。彼らの間柄は明確な仲間というよりは協力関係を結んでいる虫憑きのコミュニティといった様子のようだ。活動内容は謎に包まれており、神出鬼没でつかみどころがない。

 

 これらの存在に加えて特環自体、一枚岩ではない。各支部がお互いに手柄と確固たる戦力確保のために牽制し合い、縄張り争いをするようなありさまだ。特に土師率いる東中央と、魅車が統率する中央本部の溝は深く、実質冷戦状態のようなモノである。もっとも、これは単に魅車の方針と土師の方針がかみ合わないからというだけなのだが。

 脳内を飛び交う考えに苛立つ“かっこう”をなだめるように、土師は静かに彼を見据えた。

 

 「まあ、でもよほどのことがない限り、彼らが大々的に動くことはないと思うよ。なんでも教会。ああ、“浸父”は関係ないよ。カトリックとかプロテスタントとかの教会さ。ここにも異能者がいて魔術師とどちらが虫憑きを狩るかでにらみ合っているようだからね。まあ、一番の抑止力となっているのはキミ。いや、キミたち“一号指定”の存在だと思うけど」

 「なに?」

 

 “かっこう”は思わず問い返す。そんな彼に、土師は薄笑いを浮かべた。

 

 「魔術師たちも、キミたち一号指定の強さには度肝を抜かれているのさ。虫憑きの存在が魔術師に露見したのもここ数年の間だしね。突然降ってわいたように現れた異能者集団が異様に強かったら、いくらそれが少数であっても様子を見たくなるだろう? なにせ、見つけたばかりで何もわからないのだからね。無知というのは何よりも大きいハンデだよ。まあ、それはこちらも同様だがね」

 

 おどけるように肩をすくめると、土師は一気にコーヒーをあおった。そして、空になったのであろうそれを、ベンチのわきに置かれていたゴミ箱に無造作に投げ放つ。それが無事におさまったのを見届けると、彼は続ける。

 

 「とにもかくにも、こちらは物量では劣っているようだが、少なくとも質では五分以上ではあるようだ。そうでなければ、とっくに刺客を送ってきていてもおかしくはないだろう。目につかない少数精鋭で虫憑きを捕獲できるなら、彼らにとってはそっちの方がいいはずだ。彼らは神秘の秘匿を第一とする。すなわち魔術を人に見られることを極端に嫌うらしいからね」

 「なるほどな。まあ、当然か。オカルト側にいる俺たち虫憑きすら存在を知らなかったんだからな。でも逆にそれが救いになってるってわけだ」

 

 苦虫をかみつぶしたかのような表情で“かっこう”は吐き捨てた。

 

 「その通り。彼らは自身で定められた戒律に縛られて大々的に動くことはできない。そのうえ少数精鋭でいこうにも、強力な虫憑き相手では返り討ちに遭う可能性が高いわけだ。流石にそれはリスクが高すぎるだろう?」

 「だが、逆に言えば俺たち一号指定がいなくなれば…」

 「少数精鋭で攻めてくるだろうね。二号、三号も強いけれどキミたちは別格だ。それに、彼らの戒律にもある程度限界があってね。あまりにも目に余る神秘の漏えいが観測された場合では、その限りではなくなるらしいよ」

 「どういう事だ?」

 

 “かっこう”は怪訝そうに問いかけた。すると、土師は顔の隣に指を一本立てる。

 

 「まあ例えるなら、他国にも虫憑きの存在が認知されるような事態になったら、と言ったところか。これは極端な例だけどね。それなりの規模でないと動かないのは確かだろう。ただ、あまり彼らの戒律をあてにもできないな」

 「当然だ。他国に虫憑きの存在が知れ渡った時点で、生物兵器だのなんだのと一般の軍事介入が始まるだろう。もともとその時点で俺たちは“終わりだ”。それじゃ手遅れだろ。もし本当に魔術師の連中が神秘の漏えいってやつを防ぎたいならそれよりも小さい規模で動いてくるはずだ。それが地方規模なのか、県規模なのか、街規模なのかはわからないがな」

 

 “かっこう”の言葉に、土師は同意を示す。

 

 「まあ、そうだろうね。何にせよ、すくなくとも今この国がどれだけ危うい均衡の上に成り立っているかは理解できてもらえたとは思うけど」

 「ああ、ったく。最悪の気分だぜ。ふざけやがって」

 

 誰に向けてでもなく“かっこう”は罵った。知らずベンチにのけぞって空を仰ぐ。

 

 「ボクもこの部外者の介入は許しがたくてね。なにせ奴らは虫憑きを殲滅させるのではなく捕獲することが目的だと来ている。加えて始まりの三匹も捕獲するか、最悪野放しだろう。そうして虫憑きは生まれ続けるのさ。彼らの研究のためにね。千莉の事もある。なんとしても魔術師の介入を防がないといけない」

 

 それは、土師の普段の軽薄さ、皮肉さを微塵も感じさせない強い思いのこもった声だった。その響きに身体を起こした“かっこう”は、同じく強い決意と共に言い放った。

 

 「ああ、やるしかない。始まりの三匹を倒して、このふざけた世界を元に戻す……!」

 「当然だ。何にしても、魔術師の協力者というモノを作れるとしたら良いカードにはなりそうだな。遠坂凛については少し手を回してみよう」

 

 そう腕を組んで思案する土師は、既にいつもの軽薄さを取り戻している。すると、彼は腕を解いて口元を歪めた。

 

 「……さて、悪いが今度はこっちの話を聞いてもらおう」

 「こっちの話だと?」

 

 思わず眉根を寄せて“かっこう”は聞き返す。

 

 「言っただろう。ボクは忙しいんだ。用もないのに来るわけもないだろう」

 

 そう言って土師は嘆息すると、“かっこう”の隣に腰を下ろした。その態度に少しばかり釈然としないものを感じつつ、彼は先を促した。

 

 「そうかよ。まあいい。で、その話ってのはなんだ」

 「“かっこう”、キミは“影法師”という噂を聞いたことがあるかい?」

 「“影法師”? ああ、最近聞いたな。深夜帯になると現れるっていう、黒い外套を頭からすっぽりかぶってる幽霊だったか。こんな噂がなんだってんだ?」

 「そう、その“影法師”だけどね。実在するんだよ」

 「なに?」

 

 その土師の言葉に“かっこう”は、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。すると、土師は愉快気に喉を鳴らす。

 

 「最近、不自然な欠落者と虫憑きが捕獲される事案があったんだけどね。ちょっとそこで面白い事が分かったらしい」

 「……らしい、か。お前が直接体験したわけじゃあないんだな。で、それと“影法師”に一体何の関係がある?」

 「まあ、あくまでも個人的な調査の結果さ。関係性については今からはなす。少し長くなるよ」

 

 曖昧な言葉で茶を濁すと、土師は一拍置いてから語を繋いだ。

 

 「さて、事の発端だが、中央本部の感知タイプの虫憑きが、管轄内で四つの虫憑きの反応を捕えたことが始まりでね。検知された現場に最も近い場所にいた、戦闘班に所属している局員を急行させたそうだ。そして、現場についたその局員は、既に欠落者となっている一人の虫憑きの姿と、それをおびえた様子で眺めていたもう一人の虫憑きが発見したそうだ」

 「感知された数より二人少ないな。発見された方の二人の虫憑きと戦闘して、離脱したってところか。小規模な虫憑きのグループ同士の小競り合いじゃねーのか」

 

 単純に考えれば、ある虫憑きグループAの二人とグループBの二人が戦い、どちらか一方が敗れ、その仲間の一人が欠落者に。勝った方は特環の接近を察知して逃走。傷ついていたからか、逃げ遅れた側のグループが捕獲されたとみてよさそうだが。

 しかし、土師は思わせぶりな笑みを崩さない。

 

 「まあ、普通に考えたらそうだろうね。さて、話を続けるよ。まず、局員の姿を見た無事な方の虫憑きは逃走を図ったそうだ。まあ、それもむなしく捕まったようだけど。その捕獲された虫憑きの証言がこれだ。『影の化け物に襲われた』。ちなみに、この虫憑きは仲間が一瞬でやられたことに恐怖して一度現場から逃げ出したそうだ。そして、恐る恐るようすを見に戻ってきたところを捕獲されたらしい」

 「影の化け物、か。それが“影法師”だってのか?」

 

 土師は自信ありげに頷く。

 

 「間違いないさ。火のないところに煙は立たないよ。最近、不審な欠落者の発見が相次いでいることをキミは知っているかい? 今回の件もそうだけど、影法師の目撃証言があった場所付近で欠落者が見つかっている事案が多いのさ。いずれにせよ、今回の件でこの両者の関連は確定的になったといっていい。まあ、一番の問題は、この“影法師”がただの化け物ではなくて虫憑きの反応を有していたというところさ」

 「……!」

 

 そう言われて、“かっこう”は口を閉ざす。“影法師”がただの噂ではなく虫憑きの仕業であるというなら、特環としてはかなり問題になってくる。加えて、それが不審な欠落者の発見が相次いでいるという件に関わっているとなればなおさらだ。だが、おかしいのはそんな事案が発生している事自体、彼は知らなかったということである。

 

 一号指定である彼は、特環の中で支部長補佐に次ぐ権限を持つと言っていい。その彼がそんないかにもな事案が発生しているという事に気づかないはずもないのだが。

 当然、彼が考えるようなことは土師もとっくに気が付いていた様で、

 

 「にしても、この件は不審な点が多い。そもそも、不自然な欠落者が相次いで発見されること自体、既に調査対象になっていてもおかしくないというのに、中央はまるで頓着しない。この特環の対応は全く持って杜撰すぎる。それに不審な点はここだけじゃあなくてね。東中央支部付近では、この不審な欠落者は全くと言っていいほど発見されていない。それに、特環の局員の中で欠落者になったものもいないんだ。ボクがこの件に気付くことに遅れた理由がこれさ」

 「どうにも臭うな、それは。“影法師”と特環には何らかのつながりがあるとしか思えない」

 

 厳しい表情で虚空を睨み、“かっこう”は吐き捨てるように言った。土師もまた、気に食わない、というように鼻を鳴らす。

 

 「まあ、つながっているだろうね。特環の局員のみ襲われていないという事実に、ボクたちを避けるような“影法師”の動き。前者は特環に目を付けられないための動き、と考えられなくもないけれど、後者は明らかにおかしい。いくらキミが東中央にいるとはいえ、総合的に考えれば明らかに中央本部の方が危険だろう。東中央(ボクたち)を警戒する、なんてことをするのは特環内部の人間だけさ。そんな奴らと同様な行動をとっているこの“影法師”は間違いなく特環内部の手引きを受けているだろう」

 「まったく、どこまで腐ってやがる、この組織は……!」

 

 自身の所属する組織の内情のあまりのまとまりのなさに、“かっこう”は憤りを抑えきれずに罵った。だが、土師は鼻につくほど冷静な声色のままに答える。

 

 「それは今さらだろう? 分かり切っていたことだよ。問題は、特環の思惑が見えない点だな。捕獲して従わせるのではなく、一協力者であるかのように扱う意図が分からない」

 「捕獲できない理由でもあるってのか?」

 「さてね。今は情報が少なすぎる。“影法師”そのものの情報がね。分かっているのは、影が接触した虫を跡形もなく消したってことと、痕跡すら残さずに現場から消えたってことぐらいさ」

 「虫を、消しただと?」

 

 その言葉に、“かっこう”は眉をひそめて土師を見る。すると、彼は所在なさげに肩をすくめた。

 

 「捕獲された虫憑きの証言だよ。影が伸ばした触手のようなものが虫に触れた瞬間、虫が黒く染まって消えたそうだ」

 「分解したのか、気化させたのか。分からないが厄介な力だな」

 「ああ。それに二つあった虫憑きの自体も痕跡すら残さずに消えたと来てる。感知していた局員が、突然反応が消失したと言っていてね。虫憑きが全力で能力を行使したとなれば戦闘後に虫を抑えても多少は気配がでるものさ。追跡には十分な程度の気配がね。だが今回はそれがなかったらしい。その場に溶けて消えたようだった、と言っていたよ」

 

 まるで凄腕の打ち手とボードゲームに興じているかのように楽しげな表情で土師は語る。そんな土師の姿に彼は内心呆れる。しかし、土師に手ごたえを感じさせるくらいには一筋縄ではいかなそうな相手であるようだ。

 

 「瞬間移動か、遠隔操作でもできるみたいな虫憑きだな」

 「おそらく、そのどちらか。あるいは両方だろうね。さて、それを考えるためにここで少し詳しく現場の状況を整理しようじゃないか。まず、事件現場に確認された反応は四つ。ここに一つ付け加えると、反応の内一つは戦闘が起こった現場から少し離れた場所にあったらしい。まあ、当事者の証言も一貫して影の化け物に襲われた、という事だけだったしね。それ以外の襲撃者は挙げられていない。それじゃあ、離れていた反応はこの一件と関係がないのか、というと疑問が残る。視認もされずに遠距離からの感知に引っかかるという事はそれなりに虫の力を行使していないとおかしいからだよ。これが意味するところは、現場から離れた方の反応は虫の力を行使しながら直接戦闘には関わっていないという事だ。なら、何らかの補助系の能力か。いや、それも考えづらい」

 「なぜだ?少し離れた、という表現からして干渉不可になるほど離れているわけでもないんだろ? “コノハ”みたいな能力なら多少遠距離からの干渉、援護も十分可能なはずだ」

 

 虫憑きの能力は多岐にわたる。“かっこう”のような火種指定の虫憑きには大抵、大した特殊能力はない。だが、異種や秘種ともなれば話は変わってくる。精神に干渉する力や、虫を感知する力。傷を癒す力、遠くを見渡す力。挙句の果てには、隔離空間と称される異界を創り出すような者すら存在する。戦闘区域から離れた場所から仲間を支援する力を持つ虫憑きがいたとしてもおかしくはない。

 土師はそんな“かっこう”の意見にあっさりと頷いた。

 

 「ああ、確かにそうだ」

 

 しかし、彼の言葉はそこでは止まることはなかった。

 

 「でも“かっこう”、証言を思い返してほしい。影の化け物に襲われた、だよ。影を操る虫憑きに襲われた、じゃない。彼は影の虫に襲われただけであって宿主を見てはいないのさ。なら宿主はどこか。単純だよ、いるじゃないか。少し離れた場所に能力を行使していながらも戦闘には直接干渉していないと思われる虫憑きが。それに加えて面白い事に、目撃者の証言を戦闘が終わった後に現場にあった方の虫憑きの反応が消失して、次いで離れた場所にいた虫憑きの反応が消えたらしい。二つの気配が時間差で“消失”だよ。恐ろしく珍しいといえる“空間を跳ぶ”能力か、索敵範囲外から遠隔操作を行える程の虫憑きが二人も同時にあの場にいたと考えるか。それとも、その二つを兼ね備えた一人がいたと考えるか。さて“かっこう”、これをキミはどう見る?」

 

 自身の持論をとうとうと述べ立てた彼は、口端を吊り上げて“かっこう”を覗き込む。彼はそのすがたにうんざりとしながらも返答した。

 

 「……ほとんど誘導されているみたいで気に食わないが、一人だろうな。そもそも、中央が俺たちにその存在を隠したがるようなモノだ。希少な能力を併せ持っていてもおかしくない。むしろ、それくらいでないと拍子抜けするぜ」

 

 その意見に、土師は満足げに頷いた。

 

 「ま、ボクはこの事案は四つの反応が確認されたものの、その実、三人の虫憑きが起こしたモノであると考えているよ。なんにせよ、厄介なことこの上ないね。転移、遠隔操作だけならまだしも、虫を“消した”力もある。三号指定以上は確実だろう。下手をすると……」

 

 その先を土師が口にする前に、“かっこう”は舌打ちでそれをさえぎった。

 

 「ちっ。次から次へと厄介なことだな。こいつ、影を操っていることからして特殊型か?」

 「まあ、そうだろう。分離型、同化型も特殊能力を持つことはあるが、今回のケースは特殊すぎる。これで特殊型じゃなかったら詐欺ってやつだね」

 「……それで、この話を俺にして何をしてほしいんだ」

 

 そう静かに言って、“かっこう”は土師を流し見る。結局のところ、今までの会話よりも何よりも、彼にはそれが一番重要な事だった。情報を得ることも重要ではあるが、頭脳労働は彼の役目ではない。彼の役割は土師圭吾の命を受け、それを正しく実行することにある。細かいことはこの男に任せておけばいい。故に、彼は土師圭吾の指示を待つ。

 だが、土師がどこか意味深に口角を吊り上げて告げた指示は、

 

 「今はまだ、動かなくていいさ。ただ、そういう事が起こっているとだけ知っていてほしかっただけだからね。まあ、この件については僕の方でもう少し調べてみよう。必要になれば呼ぶさ」

 「そうか。あまり目立ちすぎるなよ? おまえ、ただでさえ警戒されてるんだからな」

 

 やれやれと軽く息をついた“かっこう”はしかし、特にその指示の訳を求めなかった。“かっこう”は土師圭吾が考えて出した指示ならば、時が来るまでは必ずうまくやるだろうという、ある種絶対の信頼を彼に置いている。彼は必要とされるその時まで、自身をうまく動かせるようにしておくだけだ。そうやって昔からやってきた。今では彼らも特環の中では最古参の部類といえるコンビだ。

 

 「分かっているさ。ただ、既に警戒されている以上、失うモノは何もないと思うけどね」

 

 皮肉気な笑みで土師は返すと、ベンチから立ち上がった。“かっこう”は座ったまま、呆れたような声を彼に投げかける。

 

 「黙って人の警告ぐらいは聞けよ。……まあいい。お前、忙しいんだろ。行けよ」

 「そうさせてもらおうかな。それじゃあまた会おう、“かっこう”」

 

 そう告げて、遠ざかっていく黒い背中を見つめながら、彼はすっかり冷めてしまった自分の分の缶コーヒーのプルタブを開けた。

 




 私としては、土師は書くのが楽しいキャラですが、それと同時につらいキャラでもあります。頭脳チートのキャラは、頭がよくないと書けない。正にその通りで、私の頭では中々どうして文章が浮かんでこない。一度浮かぶと楽しいのですが、それでも土師がそれらしく書けているか不安なところではあります。

追記:抜けていた表現を追加しました。
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