Fate/Kaleid Schmetterling 作:ひでぶ
その日の学校を滞りなく終えた凛と士郎は、早速西中央支部に向かう事にした。
特環との接触を図ろうとしていたのであろう“遠坂凛”。士郎の今の凛に対する対応からして彼女と“凛”の人物像にはそこまで致命的なズレがないという事が分かっている。それ故に、特環内部に不穏な動きがあるという事は大体予測ができていた。
火のないところに煙は立たない。“凛”は煙を見て不審に思い、その大本の火を確認するために特環との接触を望んだ。そう考えるのが妥当なのだ。だからこそ、早い段階で不穏な動きの事実確認を行っておくべきだろうと判断したのである。
そして、日も既に傾き始めた頃合い、閑散とした広い敷地の奥に、いつか見たようなこじんまりした建物の前に凛と士郎は立っていた。
「にしてもこの格好、何とかならないのかしらね」
長いコートの裾をつまみあげながら凛はこぼした。
今の凛と士郎は先日受け取った特環の装備一式を着込んだ状態である。一応、特環支部に入所するにあたって必要な行為であり、いわば制服のようなモノである。
ただ、そのビジュアル面に関してはお世辞にもいいとは言えない。ひざ下までを完全に覆い隠す長いコートに、顔半分を隠してしまうごついゴーグル。手足には黒いグローブに編み上げブーツと来ている。しかも、コートには太くて分厚いベルトがいくつも取り付けてあり、巻きついているのだ。それの様子はさながら拘束服のようである。いや、実際そうなのかもしれないが。
ともかく、そんなものを着込んでいれば好奇の視線を浴びることは免れまい。まあ、この格好をして一般人の前に出ることはないとは思う。それでも、気になる物は気になる。
すると、士郎は彼女をなだめかすように口を開いた。
「これに関してはしかたないだろ。普通の恰好じゃ逆に目立つだろうし。それにこれ、あいつも言ってたけどかなり丈夫なんだぞ。並みの魔術じゃ“中身”はともかく、このコート自体に傷一つ付けることもできない筈だ」
「へえ……。それはかなり拾い物かもね」
物を見る目に関しては卓抜した能力を発揮する士郎のいう事である。その言葉に間違いはないだろう。しかし、と凛は士郎を上から下まで視線を走らせた。
「にしてもあんた、そのかっこう似合わないわね」
「……ほっとけ」
いじけたように士郎は口をとがらせた。軽くからかっただけのつもりだったのだが、士郎は真に受けてしまったようだ。
それの姿に凛は微笑ましくなって、からからと笑いながら彼の顔を覗き込んだ。
「冗談よ。で、西中央支部の入口ってここであってる?」
「……多分ここであってるはずだ」
相変わらずへそを曲げた様子で士郎は言った。
「やっぱり、こういうカモフラージュ用の建物を用意するのは日陰者の組織の常套手段よね」
そう言って透明な扉に手を掛けながら、“時計塔”、魔術協会も某大英博物館の地下にあることを思い出す。もちろんこれに限った話でもないが、表向きはありふれた様を装うという事は立派な処世術である。凛もまた、学校では猫をかぶっているのだし。
扉を押し開いて、二人は足を踏み入れた。そこには、“かっこう”に中央本部に連行された時にみた時と同じような無人のフロアが広がっている。右手に受付らしき窓口、左手にエレベーターがある。
凛は、エレベーターの真横の壁にはめ込まれた認証パネルと思わしき黒い画面を発見して、そこに歩み寄った。
「認証の受付ってこれかしらね」
なんとなしに、凛が画面に指先で触れてみると、唐突に機械音声じみた声がパネルの下のスピーカーから放たれた。
『局員番号を暗唱してください』
「MT15847」
“さくら”から受け取った書類に記してあったモノを凛はそのまま声に出した。
『音声照合……一致。光彩認証、一致。局員番号、確認。“紅紋”認識しました』
音声が途切れると当時に、エレベーターの扉が開く。
「当然だろうけど随分厳重だな」
同じように認証を終えた士郎が、パネルを凝視して感心したようにつぶやいている。既にエレベーターに乗り込んでいた凛は、そんな士郎に焦れたように声をかけた。
「ほら、ぼけっとしてないで行くわよ」
「ああ」
パネルから視線を切った士郎がエレベーターに乗り込んだのを確認して、凛は開閉ボタンを押した。
扉が閉まると、その瞬間、異様に甲高い音を立ててエレベーターは下降を始めた。腹の内から冷たい何かがこみあげてくる感覚がする。俗にいう浮遊感というやつだ。
「ちょっ、冗談でしょ!?」
その速度たるや、一瞬鋼線が切れて落下しているのではないのか、と勘違いするほどだ。加えて、直方体の鉄の箱が狭い空洞を猛烈な勢いで下っているため、空気を抉っていくすさまじい音が周囲にステレオでも配置しているか如く反響していく。危機を感じた二人が脱出のために最終手段をとろうか、と目配せをした。
その時、急激に減速したエレベーターはしかし、しっかりと停止する。どうやら杞憂だったようである。だがその際、当然すさまじい負荷を体が受けるのは明らかであり、二人そろってすっ転がりそうになった。
そして、そんな過激さを毛ほども感じない間抜けな到着の音を告げ、エレベーターの扉が開く。この間物の数秒である。
「……なによこれ、下手なアトラクションよりよっぽど恐怖だったわよ」
僅かに狼狽した様子で、凛は今しがた降りたばかりのエレベーターの扉を睨む。鉄の棺桶に入れられたままバンジージャンプをしたかのような気分を味わった。安全性とか、そういうのは大丈夫なのだろうか。
「い、一応問題はないと思うぞ…。多分」
そうでなければ精神衛生上よくない、とでも言わんばかりに士郎は口元を震わせている。
その後、気を取り直した二人は、とりあえず特環内に広がる影法師の情報を集めることにした。
「といってもどこに行けばいいのやら」
左右、前方に延びる無機質な通路を見渡してその長さに凛は辟易する。等間隔にラインのような黒い溝が引かれ、細長い照明が灯っている金属質な廊下はやはり、不健康なまでに白色をしている。ゴーグルをしているから大して問題はないが、裸眼では目に悪いだろう、と凛は思う。
そんな彼女をなだめるように士郎は言った。
「こんだけでかい施設なんだ。データベース端末くらいあるはずだ。まずはそこを目指したらいいかもな。いや、俺たちが入れるかどうかは別だけど」
「やっぱり機械か。めんどくさいわね……」
心底嫌だとばかりに凛は呻く。何故に機能も散々苦しめられたというのに今日も関わらなければならないのか。
「そうか、お前機械音痴だったな」
「失礼ね。手順さえ踏めば扱えるわよ、私でも」
今付けているゴーグルも一応は軽くは扱えるようになったのだ。コンピュータだって扱おうと思えば扱えるはずだ。そう、凛は思いたい。
「……お。標識があるぞ」
「ちょっと、そこ!スルーしない!」
あからさまに話題を変えようとした士郎に、凛は噛みついた。すると彼はばつが悪そうに頬を描く。
「……わるい。ええと、情報管制室はこっちか。行くだけいってみるか?」
「全く。ええ、行くわよ」
つんと鼻を怒らせて、士郎が指さした方角へと凛は足早に歩を進めた。士郎が慌ててついてくる音が硬質な廊下の中に響き渡る。
『この先は機密区画となります。入室には情報班所属証明、または支部長補佐以上の権限が必要となります』
情報管制室の前にまでたどり着いたものの、無感情な音声のみで追い返されてしまった。金属製の自動扉は重く口を閉ざし、何の情報ももたらすことはない。
「やっぱ無理、か」
分かっていたことだが、そんな簡単に情報が集まるわけもない。だが期待がなかったわけでもないので、軽く嘆息する。
ただ、ここでいつまでも手をこまねいている訳にもいくまい。すると、士郎が元来た道を振り仰いでつぶやいた。
「となると聞き込みで情報を集めるしかないのか」
「そうなってくるわね」
ここに来るまでにそれなりの人数の局員らしき人物とはすれ違っている。彼らに、以前の“凛”の行動指針にのっとって虫憑きとしての桜の足跡。すなわち“影法師”の噂について聞いて回ってみるのが得策だろう。噂についてどう思うか、程度の簡単な質問を会話に織り交ぜればさして不信感は持たれまい。
結果として二人は散開して聞き込みを行う事にした。
しかし、
「だめね。大した情報はなし」
「こっちもだ。あるにはあるけどあくまでも噂に留まってるな」
合流した凛と士郎は、お互いの言葉に顔を見合わせる。どうやら二人そろって丸坊主な結果のようである。といっても周囲の目を警戒して、挨拶ついでに雑談を兼ねて行った程度の聞き込みであるため、そこまで踏み込んだ内容を聞けたわけでもなかった。
だが、このお互いに丸坊主である、という事実自体が特環内部の不審な動きを如実に表してるといえる。なぜなら、
「一応、噂の目撃証言周辺で不審な欠落者が何人も確認されているんでしょ? なのにこのありさま。箝口令でも敷かれているのかしらね。それにしては対応があくまでも雑談の範疇に収まるようなモノばかりだったし、露骨に隠そうとするような態度もみられない。おかしいわ」
「そうだな。というよりも、そもそもその事件と“影法師”の噂が結びついていなさそうだ。状況的に見て関係性を調査していてもおかしくはないとおもうんだけど動いている様子もない」
怪訝そうに眉をひそめて士郎は口走った。
特別環境保全事務局は虫憑きを秘密裡に捕獲、管理する組織のはずだ。そして、欠落者は虫憑きが虫を殺された際になる、心神喪失状態を指し示す。
そんな、明らかに特環が扱うべき状態の人間が立て続けに発見され、その現場近辺には奇妙な噂がついて回っているという状況。士郎の言う通り、関連性が調査されていてもおかしくはない。ところが、特環内部で“影法師”は単なる噂程度にとどまっている。これはおかしい。これではまるで、特環が“影法師”の存在を匿っているかのようではないか。
「こりゃ、ビンゴか。まあ、いたずらにあの子に対して警戒を強められていても困るけれど、それにしたってこれは異常なのよね」
「やっぱり特環がこの件に一枚かんでるんだろうな。でも、平の局員には知られていないというだけなのかもしれない。高位の局員ならなにか知っているかもしれない」
そんな士郎の言葉に、凛は眉間を人差し指と中指で押さえて思いを巡らす。確かに、その可能性はないでもない。特環内部にも階級は存在することは確かであり、一般局員にまで情報がいきわたっていないだけなのかもしれないからだ。ただ、桜の存在が上位局員のみに知らされる機密として扱われているというのなら、本格的に聞き出しようもなくなってくるのが問題だが。
ただ、聞くだけ聞いてみるのはありかもしれない。深く追求さえしなければ、軽い雑談のつもりだったのだろうとでも考えるはずだ。まあ、あの女の目まではごまかせないだろうが、特環に入ることになってしまった以上、情報を収集しなければ入った意味がない。そこで、彼女はふと思い出す。
「高位、ねえ。“さくら”っていったっけ。あの子、高位局員っぽい発言してたわよね」
「そういや、高位戦闘員って言ってたな。開発室に顔を出してみるか」
「よかったじゃない。顔出す理由ができて」
まあ、もともと開発室には尋ねるつもりだったのだが、士郎の目が期待に揺れるのを見て凛はそれを思わず揶揄する。
すると、士郎は鼻白んだように視線を逸らした。
「む。別にいいだろ。用件もあるんだし」
「まあ、そうなんだけどね」
「ならいちいち言う必要はなかったんじゃないか……」
釈然としない、とばかりに士郎が深く息をつく。凛は彼の肩を叩いて、鈴を転がすような声で笑った。
「気にしない、気にしない。ほら、行くわよ」
標識を頼りにたどりようやく着いた場所は、さまざまな、何の用途で使うともしれない機材が溢れかえった通路のその先にあった。二車線分はあろうかという広い通路を、狭い路地程度にまで狭めてしまっているその物品の数々はまさしくゲテモノだった。あまりの奇想天外ぶりに凛が肝をつぶしそうになったほどである。いや、これは凛が機械に弱いせいもあるのだが。
例として挙げるなら、こちらに危機感を抱かせるほどに明らかに危うい機械音を立てながら振動し、いなないて跳ねまわっているロデオマシーンがあれば、アトラクションのコーヒーカップの中に便器が入っているという意味不明な代物も置いてあった。四足歩行している炬燵や、意味不明なポエムを書き綴るっている機械、中にはゴミを寄せ集めてできたようなロボットも置いてあるという始末である。
おそらく、支部入口の落下型エレベーターもこれらを作った者達が手を加えたに違いない。
そして、今。凛と士郎の目の前には白い金属質の分厚い扉が立ちはだかっていた。扉の上のプレートには開発室という文字が書いてある。ここまで来てなんだが、凛はここに立ち入ることにあまり気乗りがしなくなっていた。とはいえど、せっかく労力を割いてあの道を乗り越えてきたのである。収穫の一つや二つくらいは欲しい。
凛は意を決して扉の側にあるインターフォンを押した。間抜けな呼び出し音が響く。そうして待つこと数秒の後、低い機械音と共に扉が開き始めた。まず上下に。次に現れた扉が左右に割れていく。すると、それまで聞こえなかった金属音や機械音が中から漏れ出してくる。
扉が完全に開き切ったのを確認して、凛たちはそこを潜り抜けた。その先、入り口にある狭い踊り場からやや下ったあたりから、学校の体育館くらいなら軽々収まってしまいそうなほどに広大な空間が広がっていた。ただ、壁や天井、中空のあちこちに金属製のパイプが行き交い、入口からして所狭しと岩山のように巨大な工作機や計測器が並べられているため、作業スペースは中央あたりの教室程度に空いた空間位しかなさそうである。
それらを一望した凛の口からは思わず感嘆の言葉が漏れる。
「へえ……。広い上に、随分本格的なのねえ」
好奇の目で周囲を見渡す凛と士郎に、声が投げかけられた。
「こんにちは。普通の局員の人がここに来るなんて随分珍しいけど、お客さん?」
凛がその方向に視線をやると、入口の踊り場から短い階段を下ってすぐにある、機械に挟まれてできた通路に一人の小柄な少年が立っていた。年のころは14、5だろうか。短く刈り上げられた黒髪に、つぶらな瞳が特徴的な少年だった。彼はまるで空飛ぶ鶏でも見るかのように物珍しげな視線をこちらに向けてくる。
「お客かどうかは分からないけど、用があるのは確かね」
やわらかい笑みを浮かべて返した凛に、少年は益々目を皿のようにする。
「それじゃあ、装備の作成の依頼ではないんですか。そういう用事以外でここに人が来るなんてさらに珍しいなあ。ああ、自己紹介がまだでしたね。僕は特殊班所属の“空架”っていいます」
「そ。私は遠坂凛。コードネームは“紅紋”よ。本日付で監視班に配属されたわ。よろしく。こっちも同じく、衛宮士郎よ」
凛に紹介された士郎が軽く会釈をする。
「よろしくな、“空架”」
「へえ、新人さんかあ。道理で見ない顔だとおもった。それで、ご用件は?」
首をかしげて尋ねてくる“空架”に、士郎が答える。
「“さくら”って人を探してるんだけどここにいるか?」
「ああ、チカちゃんだね。ええと、確か…。ああ、いたいた。チカちゃぁん!」
背後を振り返って叫んだ“空架”のその声は、想像よりもかなり大きく、唸る機械音すら押しのけて広い室内でこだまする。
すると、
「貴様、人を妙なあだ名で呼ぶなと何度言ったらわかるっ!」
どすの利いた唸り声と共に、どこからか黒い棒状の物がブーメランのように飛来して、“空架”の頭上から降ってきた。それを彼は紙一重で飛び退いて躱す。標的を逃したそれが床面の鉄板に突き刺さり、銅鑼を打ったかのような音を立てた。床に半分近くめり込んだその棒状の物は、どうやらハンドハンマーのようだった。しかし、あたったら確実に死ぬだろう、と思わせるような威力である。
当然“空架”は悲鳴に近い非難の声を上げる。
「うわあ! あぶないなあ。別にいいじゃない、かわいらしい呼び方でしょ?」
「誰がかわいらしく呼んでほしいなどと頼んだ。眉間に金槌をぶち込まれたくなかったらだまっていろ」
心底辟易した調子で紡がれたその言葉と共に、先ほどまで“空架”が立っていた通路の奥から背の高い人影が姿を現した。穂群原学園で凛と士郎に接触してきた女性局員の“さくら”である。ただし、その姿は学園の時と異なりツナギのような服装に黒いゴーグルといういかにもなモノだった。
彼女はどこかものぐさな表情をして屈みこみ、床に突き刺さったハンドハンマーに手を掛けた。
「……随分脆い床だな。いや、私も軽はずみだったか」
そう”さくら”がぼやくと、鉄がひしゃげるすさまじい音と同時にそれが引き抜かれる。ついで、引き抜いたそれをその破損した場所に打ち付けた。すると、花が咲いたように裂けて広がっていた鉄板が、瞬きする間に傷一つない真っ平らな姿に戻っていた。その際、”サクラコガネ”に似た虫がハンドハンマーの上に止まっていたのを凛は目の端にとらえた。おそらく、あれが“さくら”の虫なのだろう。物質に干渉する力なのだろうか。ただ、単に物を修復する力ではなさそうである。
直した個所を手で叩いて確認したのち、腰につけたホルダーにハンマーを収めて“さくら”は“空架”に歩み寄る。そして彼の目の前で立ち止まった瞬間、強烈なデコピンを食らわせた。
「いったぁ!」
「当然だ。痛くしたからな」
額を押さえて蹲る“空架”に“さくら”は平然と言い放つ。しかし、こうしてみると姉弟のようである。先ほどの殺人級のハンマー投げのやり取りさえなければ、だが。
「あー、漫才しているところ悪いけど、こっちの話も聞いてくれない?」
「ん? 何だ。お前たち、もう来たのか」
呼びかけられてから気づいた、とばかりに“さくら”がゆったりと凛たちに顔を向けた。その調子にやや憮然としつつ凛は言った。
「なんだとは何よ。まあ、すこし話したいことがあったから来たんだけれどね」
「話したいこと? 手短に頼むぞ。私も暇じゃないからな」
めんどくさそうに返した“さくら”は、胸の下で腕を組んだ。
この様子では、どうやらのんびり雑談しつつその合間に情報を聞き出す、という方法は使えなさそうだ。だがこれは案外、単刀直入に聞いたら隠すのもめんどくさい、とあっさり教えてくれるかもしれない。そう考えた凛はさっさと用件を述べることにした。
「そ。じゃあ訊くけど、貴女“影法師”って知ってる?」
「興味はないが、最近流れている噂にそんなようなものがあったな」
本当にどうでもいい、というようにそっけなく“さくら”は言った。それがなんだ、とでも言わんばかりである。
「その言い分だと、あまり詳しくはないのか?」
士郎が推し量るような声を“さくら”に投げかける。しかし、それに対して彼女は理解できないというように怪訝そうに眉を顰めて告げた。
「生憎、人の間で流れる不安定な情報に興味などないのでな。耳に入る分には覚えているが、自らそれを詮索しようとは思わない」
「そう。騒がせて悪かったわね」
凛はその言葉にあっさりと引き下がった。これ以上訊いても不振がられる上に、何よりも今のやり取りの内に、この“さくら”は本当に事情を知らない。ひいては興味がないという事が感じ取れてしまったからである。
あまりに引き際が良すぎた為か、“空架”が拍子抜けしたような声を上げる。
「え? これだけ? 他に用件はないんですか?」
「まあ、私はね」
凛は頷いて軽く髪を掻き上げた。この様子では“空架”もあまり詳しく知らなそうだ。いずれにせよ、これで一応は南中央支部内において“影法師”の情報はほとんど出回っていないという確認はとれた。桜に関する情報は得られなかったものの、情報が出回っていない、という状況からも考えられることがある以上、十分に収穫はあったといえる。つまりこれで、凛の目的は達成されたわけである。
「では私は持ち場に戻るぞ?」
「あ、少しまってくれないか」
踵を返そうとした“さくら”を、士郎が呼び止める。すると、胡乱気な表情で“さくら”
は肩ごしに振り返った。
「なんだ?」
「ここ、少し見ていっていいか?」
「……邪魔はするなよ」
僅かに考える仕草を見せた後、“さくら”は許可をだした。それに、士郎は生真面目に頷く。
「分かってる」
「ま、私はここで座って待ってるわ」
士郎と“さくら”のやりとりを見ていた凛はそう言って、入口の扉の側まで戻るとそこの段差に腰掛けた。凛の言葉を受けて開発室の奥に踏み込んでいった二人とは違い、その場に残っていた“空架”は凛の近くに腰を下ろして不思議そうに小首をかしげている。
「珍しい人ですね。監視班なのにここを見学したいだなんて」
「まあ、あいつはもともと機械いじるの好きみたいだから」
「へえ、じゃあここの人たちとは気があうかもしれないですね。…少し変な人が多いけど」
変な人、という部分に関しては、来る道中にみた奇妙奇天烈な物品の数々を見た凛も散々考えていたことなので、かねがね同意を示した。
西中央支部、私の中ではこんな感じで奇天烈なことをやってる人たちと言うイメージがあります。冬木市の管轄が西中央支部の理由は、冬木市のモデルが神戸だからです。士郎のために”さくら”を出したかったので丁度良くはありましたが。
追記:少し修正しました。