我が師への畏敬を胸に   作:岩窟鸚

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 沖草冥利(おきぐさみょうり)は転生者である。

 彼の前世は、それこそ特筆するような事のない平々凡々。山も無ければ、谷も無く。挫折もしないが大成もしない。

 だから、あっさりと死ぬときは死んだ。

 事故だ。乗っていた旅客機が落ちた。多くの死傷者と同じくリストの中に紛れるような存在だった。

 

 そして、彼は転生する。

 一つは、時代を遡った。時は大正。人の身でありながら、()()()()()()()()存在“鬼”を夜な夜な狩り東奔西走する組織の一員となった。

 獲物は特殊で、先端部に刃をつけた三節棍。特殊な呼吸を用い、盲目の最強の下で修業に励み、その最後には鬼の始祖を討つ戦いにおいて奮闘し、二十五歳でこの世を去った。

 

 そして命は輪廻する。

 彼が次に生まれ落ちたのは、五つの海に分けられた世界。海賊を取り締まる海軍として、様々な海を渡り前世で獲得した呼吸も併せて多くの強敵を打倒して捕縛していった。

 最後は、大艦隊を相手に一人で大立ち回り。島一つを崩壊させて全員を道連れにした。

 

 再び回る魂。

 孤児の一人として、気付けば児童養護施設に厄介となっていた。

 両親の記憶はない。代わりにあるのは、前世と前々世の記憶。思い出したのならば、やるべきことは一つだ。

 

 鍛える事。ただそれだけ。それだけが、過去と今の彼をつなぐ唯一のものであると考えるから。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「――――二十七……まあ、こんな所だろ」

 

 

 己の得物である三節棍を首に掛けるようにして担ぎ、冥利は疲れたため息を一つ。

 夜陰の中、月光が差す岩場に立つ彼の周りには頭を砕かれて絶命した異形たちの骸が幾つも転がっていた。

 孤児である彼だが、生活していくにはやはり金銭が必要になるのは当然の事。

 どちらかといえば、荒事の方が得意な彼がこうして後ろ暗い仕事に手を染めるのもまた、流れとしては当然の帰結であったのかもしれない。

 若干血の付いた三節棍を振るって血払いをし、節で折って纏めた冥利は羽織っていた黒い羽織の内側に設けられた収納へとソレをねじ込んでいた。

 仕事は終わり。少なくとも、彼の探知できる範囲に仕留めそこないは居ないことだけは確か。

 

 沖草冥利、年齢十六歳。この血腥い仕事を始めて数年といったところだが、その経験年数は現状年齢の数倍以上に及び、その全てが濃密すぎるものだった。

 純粋な力量で、現状負ける事は殆どない。相手がよほどの手練れか、或いは常識の埒外のような存在ならば話は別かもしれないが。

 

 

「あ~あ……金が欲しい。悲鳴嶼さん(師匠)に聞かれたらどやされるかな」

 

 

 羽織の裾を翻して帰路に就いた冥利が思い出すのは、前世の前世において師匠であり、同時に先達として自分を導いてくれた恩師の事だった。

 組織における最強の男。人並み外れた体格と筋力、身体能力を有しており、あらゆる面において高レベルに纏まった存在。

 因みに、冥利の名前はその男より一文字貰い良い恩恵を知らずのうちに受けられるように、と願われてつけられたもの。

 

 前世においても師匠と呼べるような存在は、何人かいた。

 拳骨で山を砕く人。本来は大らかな性格であるのにその責任感から明王の様に厳しい人。後進の育成に尽力し、しかし最後には己の正義を見失ってしまった人。

 戦闘力は屈指。人間性に問題のある者も居たが、それでも冥利にとっては尊敬するに値する。

 

 そんな彼らの教えもあって、今の冥利は存在していた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 私立駒王学園。駒王町に存在するマンモス校であり、女生徒の方が多い。ついでにその顔面偏差値は周辺の男たちの噂になるほどであり、受験生は後を絶たない。

 そんな学園だが、裏の顔を持っている。

 悪魔の学園。これは、比喩ではなく種族的なもの。この世界には、悪魔のみならず、神や天使、堕天使に妖怪など神話やお伽噺の存在とされる存在が確かに存在していた。

 

 駒王学園生徒会室。ここもまた、悪魔の巣窟。何故なら、生徒会長その人自体が悪魔の貴族の一人であるから。

 彼女、支取蒼那はペンを走らせていた。

 上級悪魔として、眷族を率いる彼女だがだからと言って生徒会長としての仕事を疎かにしていい訳ではない。

 悪魔としての仕事と、生徒会長としての仕事。それに加えて、学生生活における勉学の両立。彼女の頭の出来が、少しでもお粗末であったのならば、まず間違いなくオーバーワークで崩れ落ちていた事だろう。

 ペンの走る音だけが響いていた生徒会室。不意にノックの音が響く。

 

 

「……どうぞ」

 

「おーっす、生徒会長。書類持ってきたぜぇ」

 

「お疲れ様です、沖草君。そこに置いておいてもらえます?」

 

「あいあい」

 

 

 入ってきたのは制服の上から、黒い羽織を羽織った黒髪の男子生徒。

 軽薄な態度に、猫背と眠たげな眼が不真面目さを演出するが、蒼那はその見た目が完全なブラフであることを知っていた。

 人間であることは、間違いない。だが、その強さは英雄と呼ばれるような存在に近いというのが彼女の見立てであった。少なくとも、戦うとなれば入念な準備を行い、搦手で嵌め倒す程度しなければ勝てないと思わせる下地があった。

 そんな彼、沖草冥利が持ってきたのは蒼那が斡旋したはぐれ悪魔の討伐に関する報告書。

 

 

「……相変わらず、仕事が早いですね沖草君。おかげで、助かってますよ」

 

「まあ、こっちも生活掛かってるからなぁ」

 

 

 冗談めかして肩をすくめた冥利。だが、事は彼の態度程軽いものではなかった。

 沖草冥利は孤児だ。今でこそ一人暮らしをして、金銭を己で稼いでいるが彼の暮らしていた場所はお世辞にも裕福とは言えない場所だったのだ。

 貧乏暮らし。どこに行こうとも、背中には金の問題が付いてくる。口癖である金が欲しいというのも、この境遇から来ていた。

 蒼那としても仕事の助け以上に、そんな彼を憐れんでしまったからこそ仕事を回している節がある。

 

 受け取った書類、もとい報告書に目を通し、不備が無い事を確認して蒼那は一つ頷いた。

 

 

「確かに。Aランク相当のはぐれ悪魔も居たはずですけど、怪我もないみたいですね」

 

「そりゃあ、そうさ。こちとら、体が資本。その辺はキッチリしてるっての」

 

「そう言いながら、はぐれ悪魔に挑むのはどうなんでしょうか。仕事を斡旋している私が言うのもアレですけど」

 

「だって、割りが良いからな。三十分もかからずに、数十万、数百万単位。生きていくにはここまでボロイ収入はねぇしさ」

 

 

 ケケケ、と笑いながら生徒会室に設えられたソファの一つに腰掛ける冥利は慣れた手つきでお茶を注ぐと呷っていた。

 手慣れたその様子から、彼がどれだけこの部屋に入り浸っているのか分かるというもの。蒼那も咎める気配が無い。

 

 

「……そういえば、最近妙な連中が入ってきてないか?」

 

「妙な連中?それは、この町にという事ですか?」

 

「まあ、学園には来てないな。多分、堕天使だろ」

 

「堕天使……こちらから手を出すには、デリケートな案件ですね」

 

「というか、オカ研がどうにかするんじゃねぇの」

 

「私が、貴方に言われるまで気付かなかったんですよ?感知の苦手なリアスが気付くはずないでしょう?」

 

「……めっちゃ、辛辣」

 

「とにかく、こちらからは手を出しませんよ。貴方も気を付けてください」

 

「ブッキングしたら、その限りじゃねぇだろ?」

 

「自分の身を守るのは、当然でしょう?」

 

 

 アッサリと言い切った蒼那だが、彼女も悪魔だ。身内には甘くとも、それ以外にはその限りではない。

 少なくとも、冥利は彼女にとっては手駒の一つであると同時に、身内判定を与えてもいいそんな存在の一人となりつつある。

 惜しむべくは、

 

 

「……貴方が、私の眷属になれば良いんですけど」

 

「そりゃ、前に言っただろ。俺は人として生まれたんだから、人として死ぬってさ」

 

 

 ソレは、彼の信念でもある。

 人間として、生を受けた。であるならば、その最後は人間であらねばならない。

 人として生まれ、人として死ぬ。それが冥利にとっての、前世含めた心の形であるのだから。

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