我が師への畏敬を胸に   作:岩窟鸚

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 空気が変わった。ここ数日、出歩く度に冥利はそんな感想を覚えていた。

 去年と同じように、ほとんどサボった球技大会は少し前に終わった。人外にも勝る身体能力の彼にしてみればお遊び同然であり、同時に手を抜かなければ怪我をさせてしまう為にあまり好きではない行事だ。

 話を戻そう。どうにも、町が緊張状態にあるような、そんな気配が冥利の感覚に引っかかっている。

 引っかかると言えば、もう一つ。

 

 

「……また、討伐済みか?」

 

 

 仕事先での事。駒王町内とその周辺地域におけるはぐれ悪魔の無断討伐。

 数としてはそれほど多くは無いのだが、冥利が出向いた先で既に討伐が終わり()()()()()()残骸だけが残っていたことがあった。

 仕事の横やり。だが、冥利の見立てでは同業者ではない。

 というのも、依頼者に報告すれば彼らはいずれも報酬を払っていないらしい。無論、相手が嘘をついている場合もあるのだが、生憎と冥利には()()()()()。嘘を吐けば自分の首を絞める事になるだろう。

 報酬を受け取らないのならば、流れ者。誰かしらが、通り魔的にはぐれ悪魔を襲い、その上で斬殺している事になる。少なくとも、冥利はそう考えていた。

 ただ、解決のための行動を移すのかと問われれば否だ。

 理由は二つ。一つは、相手が単なる通り魔であるのなら、早晩ぶつかる可能性がありその時に潰せばいいと考えるから。

 もう一つは、ただの通り魔ではなく何かしらの計画が絡んでいた場合。

 夜道を進みながら、冥利は考える。後者である場合、いったいどんな意図、そして意味があるのか。

 

 

「オカ研部長に手を出すのか?魔王の妹に?」

 

 

 今生の冥利の経験として、サーゼクスはマジ者の化物であった。

 実力者という点ではグレイフィアも挙げられるかもしれないが、サーゼクスは別格。少なくとも冥利から好き好んで事を構える気は起きないレベル。

 そんな相手の逆鱗の上でタップダンスするような命知らずの物好きが果たして居るのか。

 

 

「面倒は嫌だな……つってもなぁ、見捨てるのも後味悪いし……」

 

 

 頭を掻き、ため息を一つ。

 冥利の性根は善性だ。正義に燃えるようなタイプではなくとも、それでも虐げられる誰かが居れば無視はできない、そんな人間性を持っている。

 リアス含めて、この町に居る悪魔と彼は友好的な関係を築けている。友人といっても差し支えないだろう。

 そんな彼らへのボランティア。悪くないと思えるあたり、彼自身の根っこ部分が垣間見えるというもの。

 ただし、冥利に()()()()など言ってはならない。

 それは、彼の数少ない地雷であると同時に、彼に殺してくれと言っているようなものであるから。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 冥利が独自行動をとり始めた頃、オカルト研究部の空気は最悪を更新し続けていた。

 原因は、眷属内でも温和で穏やかなタイプの祐斗。彼の雰囲気が、文字通り修羅のような状態となっており一誠たちにも棘のある反応ばかりを返しているから。

 人は誰しも触れられたくない場所というものがある。

 それは過去に対する悔恨であったり、怒りであったり、恥辱であったり。

 様々な理由あれども、共通するのは彼らにとってそれらが不可侵領域である点。

 

 頬を濡らす雨の中、祐斗は一人突き進んでいた。

 彼の心は荒れている。時化の様に荒浪が立っている。

 理由は、とある一枚の写真に端を発する。それを見た時より、心の中は荒れ模様。

 曇る視界と荒んだ心。それらは一瞬の内に、彼を傷を負った獣へと変えて行ってしまった。同時に、自分を心配する声が煩わしく感じてしまう。

 だからこそ、彼は一人町を行く。手当たり次第に、辻斬りの様に仇を追う。

 

 

(聖剣……)

 

 

 思い返すだけでもどうしようもない怒りと、それからその下に隠れた無力感が顔を出す。

 止まれない。それが祐斗の生きてきた意味であったから。少なくとも、彼自身はそう思い込んでいる。

 そんな修羅へと堕ちようとする彼の足は、唐突に止まる。

 雨の中だ。それも夜間に出歩くものなどまず居ない。にもかかわらず、祐斗の道を塞ぐのは一人の男だった。

 

 

「そんな、濡れ鼠でどこに行くんだ、木場?」

 

「……君には関係ないよ、沖草君」

 

 

 濡れて垂れた前髪の隙間より睨む祐斗の前に立つのは、蝙蝠傘を差した冥利。その顔には、いつもと変わらない軽薄そうな笑みが張り付いている。

 

 

「まるで、この世の全てが敵みたいな面だな」

 

「……」

 

「分かるぜ?お前に何が分かる、そう言いたいんだろ?でもよ、それは無理って話だ」

 

「君には関係ないよ。いや、君だけじゃない。これは僕だけの問題だ」

 

「で、復讐か?そりゃ、目も曇るもんだな」

 

「ッ!君に何が分かる!僕は、この為に、聖剣に復讐するために生きてきたんだ!」

 

 

 雨に紛れる事のない怒声が響く。

 今の祐斗には一切の余裕が無かった。それこそ、表面張力で辛うじて保っているコップの様なもの。少しの刺激で中身を零してしまう事になるだろう。

 斬られかねない様な殺気に、しかし冥利はどこ吹く風。

 一応、笑みは消しているがその目には一切の怖気も何も感じ取れない。

 

 

「……ま、俺だって温い事は言わねぇさ。そもそも、俺は復讐を止められるような立場じゃない。それは生者の特権だからな」

 

 

 肩をすくめて静かに返す彼が思い出すのは、昔の事。

 冥利と、それからもう一人。

 片や最強の男の下で修業に明け暮れた。片や毒を食み、己の体そのものを最終手段へと仕立て上げた。

 どちらも、その原動力は復讐心。

 その果てにあったのは、達成感――――ではない。邁進したツケを彼らはその身をもって支払う事となった。

 後悔はしていない。していないが、だからといってその選択が最善であったかと問われれば彼らは首を振るだろう。

 言うなれば、我儘。

 

 

「全部捨てて、それでお前は生きていけんのかよ」

 

「命を懸ける覚悟位あるさ」

 

 

 問いに返ってきたその言葉。

 それが本当に覚悟の言葉であったのなら、冥利の眉間に皺が寄る事も無かっただろう。

 今の祐斗は周りが見えていない。捨て鉢と言っても良い。故に常日頃ならば口に出さないようなことまでも飛び出してしまっていた。

 

 

「――――軽々しくその言葉を使うなよ」

 

「ッ!?」

 

 

 それは地の底から響くような重い声。

 

 

「命を懸ける、なんざ言葉にしてる時点で()()。死ぬのを怖がる時点で、命懸け何て言葉口にするもんじゃないぞ?」

 

 

 淡々と低い声色で紡がれたその言葉に、祐斗はまるで冷や水でも浴びせかけられたかのような心地を味わっていた。

 命を捨てても届かないような戦場を駆け抜けてきた男の言葉だ。持ち合わせた重みと、積み重ねてきた年月が違い過ぎる。

 何より、冥利は今の祐斗の言葉が本心のようであって、本心ではない事を感じ取っていた。

 決死の覚悟を決めた者のその言葉には、独特の熱と重み、それから何者にも止める事を許さない意志というものを感じさせるから。

 

 

「良いか、木場。命、何て言葉はやけっぱちで言って良いようなものじゃない。特に俺やお前みたいな、一瞬の隙が生死を分けるような場所で生きる奴は特にな」

 

「……」

 

「命懸けで復讐を果たそうとすることを止める訳じゃない。俺は、その果ての奴を知ってるからな。でも、()()()()()()引き返せ。ソレ(復讐)は半端物が出来る程、温い道じゃない」

 

「……じゃあ、どうすればいいんだ……」

 

 

 血を吐くように、祐斗は呻く。

 復讐心は今だってある。だが、目の前の男の目を見ていると自分の抱えるソレが子供の癇癪にしか思えなくなってしまった。

 決してそんな事は無い。そもそも、復讐の軽重は無い。総じて重いものであるから。

 それでも迷いが生まれてしまうのは、木場祐斗という存在の背に迷わせるだけのものが背負わされていたから。

 

 

「仲間を頼れ、友人を頼れ、先輩を頼れ、後輩を頼れ。()()()()()()周りに手を伸ばせ。少なくとも、お前の周りの人間は伸ばされた手を振り払うようなことはしねぇだろうさ」

 

 

 冥利の言葉は、祐斗を通して過去の自分にも向けられていた。

 前々世。復讐に凝り固まった彼は、結局周りに手を伸ばすことは無かった。同じ目的であった彼女と傷のなめ合いでもしていれば、少しは変わったかもしれないが最早後の祭り。

 止める気はないと言いながらも、冥利は祐斗が復讐の果てに修羅になってしまう事を望まない。

 覚束ない足取りで離れていく背中を眺めながら、冥利はため息を一つ吐き出し頭を掻く。

 

 

「あーらしくねぇや……背中が痒くなっちまう」

 

 

 苦笑いする冥利の口の中には、どうしようもない苦みが走っていた。

 先の言葉は、全て過去の自分に向けられるべきものだと自覚している。しているからこそ、心のどこからかお前が言うのか?という問いが流れてくる気さえしていた。

 それでも、言わなければならない。そう思った。

 復讐の哀れな末路を知っているから。もっと別の道を採れたはずなのに、採らなかった結果どうなったのかを知っているから。

 

 

(聖剣、ね……となると、教会関連か)

 

 

 若気の至りによる後悔を抱えながらも、冥利の思考は止まらない。

 聖遺物というのは、軒並み教会の管轄だ。ものとしては、聖槍、聖釘、聖杯、聖骸布、聖十字など。

 何れも天使以外の異形に対しては毒であり、最上級の代物ともなれば容易くその存在を消滅させることも出来るだろう。

 聖剣もその一つ。

 大きな組織ほど、後ろ暗い事もまた増えていく。聖剣もまた、教会の負の遺産の一つであると言えた。

 無論、組織内情などを知らない冥利がそこまで知りえている事は無い。無いが、察する事は出来る。

 前世においても、前々世においてもその手の輩は普通に居た。違いとすれば、見過ごされているか、見逃されているか、或いは見落とされているか。

 事が本格的に荒れ始めるのは、もう間もなくの事だった。





















因みに前々世においての生き残りは原作生存組に加えての蛇と恋の二人だけです
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