我が師への畏敬を胸に   作:岩窟鸚

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 奪われた聖剣の奪還。それが、ゼノヴィア、並びに紫藤イリナに命じられた任務であった。

 若くして教会の戦士を務め、更に聖剣使いとしての因子を有している彼女らは優秀だ。この点に関しては否定のしようが無い。

 だが、今回の任務に関しては話は別。力不足と言わざるを得ないだろう。

 何故なら相手は、教会の一般戦士程度が相対してどうにかなるような相手ではなかったのだから。

 

 一時的な共同戦線を張る事になったグレモリー眷属と教会の戦士たち。

 雰囲気としては宜しくない。だが、ソレはソレ。一時的とはいえ組んだ彼らは、深夜徘徊という名の見回りを敢行していた。

 そこで相対するは、奪われた聖剣を携えた裏切者。

 応戦したのはイリナだ。しかし、彼女も聖剣使いといえども相手は三振り、こちらは一振り。

 通常の剣術戦闘であるならばそうではないが、聖剣は持っているだけでも所有者に対してバフを与える効果を有していた。

 天閃、夢幻、透明。いずれも、ある意味ではシンプルな能力揃い。だからこそ、組み合わせる事でより強力な力を発揮していた。

 

 

「ヒャハハハハッ!もっともぉおおおっと刻んでやるよぉ!」

 

「ッ!痛ッ、こっのお!」

 

 

 狂った笑いを携えて切りかかってくる裏切者フリード・セルゼンを前に、イリナの体には切り傷が増え続けていく一方だった。

 彼女が振るうのは、擬態のエクスカリバー。その能力は、形状を自由自在に変化させるというもの。所有者の技量がダイレクトに反映されるタイプの能力であり、通常の剣術よりもガリアンソードやウルミ、鞭に近い戦闘スタイルとなる。

 一方でフリードが振るうのは、天閃、夢幻、透明。

 それぞれが名前の通りの能力であり、天閃は所有者のスピードを、夢幻は幻を創り出し、透明はそのまま所有者を透明にしてしまう。

 幻影に紛れ、高速機動で迫り、不可視の斬撃で相手を斬る。それに加えて、フリード自身の戦闘力も合わされば最早イリナは獅子に弄ばれるウサギに等しかった。

 増援は、見込めない。そもそも連絡をしようにも、端末は既に破壊されてしまい気付いてくれるのを待つばかりなのだから。

 

 だがしかし、ここでフリードも、そしてイリナにとっても想定外な事が起きた。

 というのもある人物がこの状況を首を長くして待っていたのだから。

 

 

「――――そいつが、聖剣だな?」

 

 

 夜陰に紛れて現れるのは、黒い羽織纏った退治屋さん。

 右手に折りたたんだ三節棍を握り、左手で指さした彼、冥利はここ数日間待った甲斐があったと内心で満足げに頷いていた。

 

 

「どちら様でぇ?というか、お呼びじゃないんですけどぉ?」

 

「うるせぇ野郎だな。さっさとその三本渡してくれるってんなら、手足へし折る程度で済ませてやるぞ?」

 

「はっはー、吹くじゃねぇのよ!」

 

 

 狂人でもあるフリードにしてみれば、冥利などそこらの石ころ同然。そんな相手からの挑発を受けて我慢など出来るはずも無かった。

 常人には影も追えないような速度をもって、彼は標的を変えて冥利へと切りかかっていく。

 高速。それこそ、機動力に優れる祐斗以上の速度だ。

 だが、フリードはミスを犯した。エクスカリバーで用いた能力を天閃のみにしてしまった事が油断であり、同時に致命的なミスとなる。

 

 

「――――ぶっ!?」

 

「一直線に突っ込んで見切れねぇ訳ねぇだろうが」

 

 

 カウンターの左拳が、フリードの顔面へと吸い込まれ叩きつけられていた。

 冥利にしてみれば、光速であろうとも()()()()()。高々、高速止まりの相手を追う事など訳ない話だ。

 肉と骨の軋む音と共に、フリードの体は後方へと吹き飛び背中より強かに近くの木の幹へと叩きつけられる。

 この光景に目を剥いたのは失血して意識がもうろうとしているイリナ。

 彼女にしてみれば、敵か味方かも分からない少年の乱入に加えて、自身を圧倒していた敵を拳一つで黙らせた形であるのだから当然と言えば当然だろう。

 イリナの驚愕、しかし冥利は興味がない。

 彼は聖剣を扱うための因子を持ち合わせていない為、仮に聖剣を手にしたとしてもただの切れ味のいい剣止まりとなるだろう。

 冥利の目的は聖剣の奪取。そこからの教会陣営への顔繫ぎをしようと考えていた。

 悪魔とは、魔王の一人と顔を合わせた。力は見せれていないが顔は覚えてもらっただろう。堕天使に関しては、考え中ではあるが繋がなくても良いだろうというのが彼の考え。

 そして、教会。ひいては天界陣営への顔繫ぎ。

 必要なのかと問われれば、後ろ盾は多くて困らないというのが彼の持論であった。

 ゆっくりと歩を進める冥利。一方で吹っ飛ばされたフリードは、口内に溜まった血とそれからへし折れた奥歯を吐き出してどうにかこうにか、立ち上がっている所。

 彼の戦士としての才覚は、天才レベルと言って良い。狂っていようとも、その現実は変わる事のない事実。

 フリードの頭は冴えていた。血が抜けたおかげか視野が広がり、同時に狂人の持ち合わせた一種の冷めた面が顔を覗かせる事でこの場の状況を正確に、客観的に把握する。

 

 

(タネは分からねぇけど、俺ちゃんの動き見切ってんのは確かぁ……んじゃ、後二つで攪乱してさよならバイバイって感じにしちまう?……いやぁ)

 

 

 思考が途切れた理由は空にあり。

 夜空の下、現れるのは現状この町においてもトップクラスといっても良い存在。

 十の黒い翼をその背に負って、傲岸不遜でありながらもその身に纏った力は確かな強者の物。

 

 

「何を遊んでいる、フリード。貴様の玩具の為に、聖剣を与えた訳ではないんだぞ?」

 

「うへー、んな事言わないでくださいよコカビエルの旦那ァ」

 

 

 肩をすくめるフリード。だが、そこには確かな余裕が生まれていた。

 この場に居るのは、人間三人と聖書にも記された堕天使幹部。神器も持たない人間が戦う事は愚か、抗う事すらも出来ないような相手だ。

 フリードから見て、冥利は確かに強い。だが、高々人間を数メートル殴り飛ばせる程度の力では到底堕天使幹部など相手する事など不可能。加えて、コカビエルは武闘派だ。

 しかし、そんな彼の心算など知ったことではない冥利は空を見上げ目を細める。

 

 

「今回の黒幕登場ってか」

 

「ふんっ、人間風情が見上げるな。不愉快だ」

 

「人間風情、ね……」

 

 

 纏めた三節棍で肩を叩きながら、冥利の目は鋭くなる。

 彼にとって人外連中の人間に対する軽視の目は、ハッキリ言って不快であった。それが、悪魔でも天使でも堕天使でも神であったとしても。

 

 

「だったら、試してみるか?俺が人間風情かどうか」

 

「試す?試す必要がどこにある。貴様の様な雑魚にかかずらっている暇はない。行くぞ、フリード」

 

「へいへーい。んじゃ、アデュー。次はぶっ殺してやるから楽しみにしててねん」

 

 

 それだけを言い残し、フリードとコカビエルの姿は転移術式によって消えてしまう。

 見送る形となった冥利は舌打ちを一つ零し、踵を返してそろそろ意識が混濁し始めているイリナの元へと向かった。

 

 

「無事、じゃなさそうだな。しっかりしろ」

 

「あ、なたは……?」

 

「まあ、味方だ。ほれ、こいつは沁みるけどもよく効く軟膏でな」

 

 

 羽織の内側へと三節棍を収め入れ替わる様にして掌に乗る程度の円形の容器を取り出した冥利は、その中身をイリナの傷へと塗り込んでいく。

 ピリリとした刺激が走るが、疲れ切った体は動かない。イリナは為されるがまま。

 彼の取り出した軟膏は、前々世の知識により作られたモノ。製作者は、彼と同じ復讐者であった少女だ。

 いくつかの薬草を練り合わせたもので。単純な擦り傷や切り傷、布に塗り込んで巻いておけば腫れや骨折、捻挫にも効くという優れもの。

 更に重宝する理由が、傷痕を残さないという点だ。更に、傷の治りも早くなる。

 

 

「ニオイはちとキツイか。まあ、後でアルジェントにでも治してもらおう」

 

「うっ……」

 

「あっ、気絶した」

 

 

 ダメージが限界だったのか、倒れ込むイリナ。その顔が地面にぶつかる前に、冥利が受け止めたおかげで事なきを得たが困ったことには変わりない。

 彼としては早急にコカビエル達を追いたいのだが、だからといって目の前で気絶した少女一人を置いてこの場を離れる選択肢が取れる程人でなしでもない。

 結局、彼はイリナを抱え上げて安全な場所へと運ぶことになる。

 この一件が、後々小さな厄介を彼に運んでくることになるのだが、それはまた別の話だ。

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