我が師への畏敬を胸に 作:岩窟鸚
何かと大きな戦いの場になる駒王学園。
前回はレプリカではあるがレーティングゲームの会場にもなった。
そして今回。この地では、聖剣の統合が行われる事となる。
敵戦力は、コカビエル、フリード・セルゼン、そして聖剣計画の責任者でもあったバルパー・ガリレイ。
対するは、グレモリー眷属並びに、シトリー眷属である匙元士郎、そしてゼノヴィア。
数の上で勝れども、コカビエルは聖書にも記された堕天使幹部。その力は生半可な上級悪魔の実力を凌駕しており、何より悪魔と堕天使の戦いは前者にとって分が悪い。
堕天使は元々天使であり、光の力を扱う。その上、天使とは違い欲に忠実、正直なところ弱点らしい弱点が無い。
配下であるケルベロスすらも強敵そのもの。辛くも退治すれども、先で待つフリードもまた強敵。
そして、コカビエルだ。
赤龍帝の籠手、祐斗のイレギュラーな禁手、滅びの魔力、ローランの振るった破壊力に優れた聖剣デュランダル。
それぞれがそれぞれ、歴史に名を刻むような優れた力たち。だがそれも、担い手が居てこそという話だった。
「この程度か?所詮は、子供という訳だ」
落胆したような、それでいてどこか猫がネズミを甚振る時の様な嗜虐性を覗かせつつ、コカビエルは駒王学園のグラウンドに転がった者たちを見下ろしていた。
仮に、彼らが魔王級の、そうでなくとも最上級悪魔クラスの力を有していたならばこの場に骸を晒すのはコカビエルとなっていた事だろう。
だが、現実問題特記戦力の四人をもってしても全く歯が立たない。
「まあ、良いだろう。これから、始まる戦争に望みを向けるさ。その為の引き金となって死ぬがいい、魔王の妹よ」
「ッ、貴方は本当にそればかりね……!お兄様に勝てると本気で思っているの……?」
「勝つ、か……
「そんな、事……?」
「オレは戦えるのならば、それで良い。血沸き、肉躍る殺し合い。殺戮だけが全てじゃあ、ない。血を流し、血を流させ、命の削り合いに興じる。一瞬の刹那、ほんの僅かの間で決する勝敗。戦いとはその全てが集約され、その積み重ねが戦争だ」
それは、問うたリアスですらも言葉を失う、狂人の理であった。
戦争狂であり、戦闘狂。勝敗よりも何よりも、戦いそのものを至上とするそんな存在。
コカビエルにとって、全てが些事でしかないのだ。ただ戦えれば、それで良い。
絶句するリアスたち。明らかに、言葉でわかり合うだとか、そんな段階を逸脱した相手など人生経験上彼らは相対した事が無かった。
浮かぶのは言いようのない、恐怖心にも似た何か。人は、理解の範疇の及ばないものを本能的に恐れるのだ。
戦力的にも、そして精神的にもこの場は既にコカビエルへと傾いた。
覆すには、相応の衝撃というものが必要という訳で、
「――――馬鹿みてぇな理論ひけらかしてんじゃねぇよ!」
「ぶっ……!?」
横槍、見参。
止めを刺そうとその手に光の槍を出現させていたコカビエルは、気付けばその顔面に鈍い痛みを覚え、同時にその体は後方へと飛んでいた。
何が起きたのか。それは臥せっていた彼らが目撃した。
「お、沖草君……?」
「よお、オカ研部長。遅くなった」
代表してリアスが問えば、軽い口調で冥利は片手をあげる。
一人間の登場。それは、本来ならば堕天使幹部のような強敵を相手にする場合プラスになるどころか守る対象が増えてマイナスになりかねない。
なのに、何故だろうか。彼の登場に、リアスたちは安堵していた。
ボロボロの彼らから視線を外し、冥利は立ち上がったコカビエルへと向き直る。
堕天使幹部の顔面は赤くなっていた。心なしか、鼻も潰れている。
「貴様……!」
「よお、さっきぶりだな堕天使さんよぉ?」
「……ふんっ、何をしに来た人間。むざむざ殺されに来る意味が分からんな」
「ふはっ!顔面
余裕を見せようとするコカビエルだったが、冥利の馬鹿にしたような笑みが途切れることは無い。逆に、その凶悪な面構えの蟀谷に青筋を浮かべる始末。
何が起きたか。何のことは無い、冥利が瞬間移動したかのように現れたと同時に、その顔面へと膝蹴りを叩き込んだ。ただそれだけの事だった。
驚くべきは、コカビエル自身も蹴られる瞬間まで冥利を視認できていなかったこと。
「チッ……ラッキーパンチで調子に乗るなよ、小僧……!」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。戦いにラッキーもクソもあるか。そいつは負け犬の常套句って奴だぜ?
「……殺す!」
元来、気の長い方ではないコカビエル。加えて、自身の見下す人間からの挑発にプライドを刺激されればそれは最早我慢ならない。
放たれる光によって構成された槍は、真っすぐに冥利の顔面目掛けて飛んでいき、
「――――南無阿弥陀仏」
振り下ろされた
霧散する光。三節棍は槍を消し飛ばしたところで止まらず、その先端が強かにグラウンドを叩いて大きな土煙を上げる。
「目晦ましなどに意味はないぞ!」
槍が打ち消された事など知った事かとコカビエルは、何発も土煙の中へと光の槍を投擲していく。並大抵の相手ならば穴あきチーズは愚か、最早肉片一つ残れば御の字の連続攻撃。
しかし、それも攻撃対象が居たならばの話。
土煙に紛れる様にして、ソレは空に居た。
得物の右端を遊ばせて、中間と左端を握り高速の側転を見せながら降ってくる。
風を切る音に気付いて空を見たコカビエルは、そして目を見開いた。
――――岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き
落下の勢いと回転の遠心力を乗せた三節棍が、コカビエルの脳天めがけて振り落とされる。
咄嗟に光の剣を交差させて受け止めようとするコカビエル。だが、そんな心構えも何もない紙屑の様な防御で止められるほど、この一撃は温くない。
「ぐぅおああああッ!?」
拮抗は一瞬。堪える事が出来ず、コカビエルはグラウンドへと沈められる。
再び舞い上がった粉塵。冥利はそれ以上の追撃をする事なく土煙から飛び出して着地、すぐさま右手に三節棍を纏めて掴んだ。
突き出される左手と引き絞られる右腕。特に、弓を引くような格好となった右腕は血管が浮かび上がるほどに力が込められていた。
この間にも、土煙は突然の突風により吹き飛ばされ、中から血走った目のコカビエルが現れる。
「殺す……!殺してやるぞ、小ぞ――――」
――――岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩・
コカビエルの言葉を遮る様に、突き出される冥利の右腕。
踏み込みと同時に捻りが加えられ伸びる三節棍は、容易に空気の壁を突破。宛らライフル弾の様に真っすぐにコカビエルの腹部へと突き刺さり、その体を衝撃が一気に貫通していく。
「カッ、アッ……!」
横隔膜が強く押され、肺の中の空気を1㏄残らず吐き出したコカビエルは白目を剥いて四つ足をついて項垂れた。
しかし冥利は攻め手を緩めない。
突き出した三節棍を手繰り寄せながら前へと駆け出し、コカビエルの目の前まで来たところで右足に覇気を纏うと、項垂れたその顔面を容赦なくサッカーボールキック。
哀れ、血を噴き出す顔面に釣られるようにして跳ね上がって立ち上がるその体。その目の前で冥利は力を溜める。
三節棍の両端をそれぞれ右手左手で掴み背中を斜めに通すようにして背負い右手を顔の左側、左手を右わき腹に添えるようにして構え固定する。
――――岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩・
要はデコピンの要領。右手が放されると同時に力の込められた左手が発進し、音速を超えた破壊の一撃が右から左への横薙ぎの軌道となってコカビエルの左脇腹へとめり込んでいた。
振り抜かれる三節棍。吹き飛ぶコカビエル。
冥利の扱う岩の呼吸は、足さばきや体さばき以上に腕力によるごり押しが必須。
そしてここで必要となるのが、反復動作。一定の言葉や動作などをトリガーとして肉体のパフォーマンスを一気にトップギアまで持ち上げるというもので、冥利の場合は師匠や弟弟子の様な念仏を唱える事。
加えて、冥利の場合は遠心力などを技に組み込み己のものとしていた。
前々世に編み上げ、前世において新たな要素を組み込んだ上で磨き上げた現在。
正しく人類の極致の一つの形。それが沖草冥利という個人であった。
自分たちの敵わなかった相手を一方的にボコボコにしていくその姿に、ゼノヴィアは目を剥いていた。
「彼は、いったい……?」
「沖草君は、僕らの師匠みたいな人だよ。一時的とはいえ、鍛えてもらったんだ」
「……あそこまで強いとは知りませんでしたけどね」
今も、ほとんど死に体であるコカビエルを三節棍で滅多打ちにする冥利を眺めながら、祐斗と小猫は半ば引いていた。
強い事は知っている。それは十日間の修業期間で嫌というほど味わった。だが、まさか自分たちの敵わない相手をボロ雑巾の様に転がす程とは思わない。
この間にも、コカビエルは吹っ飛ばされる。
彼とて歴戦の戦士だ。反撃せんと光を集めるのだが、その前の出鼻を悉く潰されており、全く攻撃に移れていなかった。
まるで、全ての行動を先読みされているようなそんな感覚。宛ら、釈迦の掌の孫悟空か。
一際強く、顔面を弾かれてコカビエルは地面を転がる。
血反吐を吐き、腫れあがった顔面や全身からは鈍い痛みと鋭い痛みの二重奏が奏でられている。それでも死んでいないのは、偏に堕天使幹部としての生命力故だろう。寧ろ、そのせいで苦しみが続いていると言っても良いのだが。
首の後ろを通すようにして三節棍を握る冥利。息一つ切れる事なく、それどころか汗の一つ、傷の一つも受けてはいなかった。
彼の常套手段だ。一度握った主導権を相手に渡す事なく、一方的に相手を滅多打ちにする。
冥利にしてみれば、攻められるところで攻め手を緩める事が理解できない。彼は、変身シーンでも容赦なく攻撃するタイプだった。
「ごほっ!げほっ!……はぁ……はぁ……!」
「呆れるぐらい、頑丈だな。もう少し、強めにぶん殴っても良いか?」
「……ぐぅぅ……なめ、るn――――!?」
乾坤一擲。反撃しようと光弾を放ったコカビエル。
完全な不意打ちだった。そして、槍よりも光弾は更に速く少なくとも並大抵の反射神経、動体視力では躱す事も見切る事も不可能。
だが、冥利には意味が無かった。
光弾を放った瞬間、コカビエルの顔面が蹴り飛ばされ歯が数本飛び、その体は大の字に地面に転がったのだから。
相手が攻撃をしようと考え行動を開始した時には、既に冥利の行動は先回りして始まっている。
種はある。もっともそれを、敵に晒すような愚を冥利は犯す気はなかったが。
「さあて、どうする?このまま死なない程度に殴られ続けるか、それとも即死の一発を受けるか。特別に選んでくれていいぜ?」
「ヒュー……ヒュー……何なんだ、貴様は……」
「あ?そりゃ、アレだ。アンタが言ってただろ。単なる人間風情様さ」
「ふざ、けるな……神器も聖剣も魔剣も持たない人間が、このオレを打倒できるはずがない……!」
「はっはー、負けた言い訳か?種族なんてものを鼻に掛けてるから、そうなるのさ」
血塗れの顔で転がるコカビエルは、霞む視界で自身を見下ろしてくる少年を見た。
口調は軽いが、その瞳は冷めている。
本気で見下す目だった。人間だとか、堕天使だとか、天使だとか、悪魔だとか。種族による優越感やらを一切合切否定するような、そんな目だ。
これは彼の過去に起因する性根の問題。それも、根が深くまず間違いなく除去できないものであるのだから猶の事質が悪い。
「さて、チェックだ。態々生かしてんだ、目的の一つや二つ話してくれても良いんじゃねぇの?」
「……ふんっ、貴様はこの世界の真実を知って尚、そんな態度がとれるか?」
「真実?」
「ああ、そうだ……この世界のバランスは、過去の大戦の折に既に崩壊している。そこの、聖魔剣などという代物が禁手として発現した事もその証明だ」
「……で?」
「既にこの世に神など居ないという事だ。大戦の折に、な。初代魔王と共に聖書の神もまたこの世から消えた。だからこそ、聖魔剣の様なバグがこの世界に現れる」
コカビエルより齎された情報は少なからずの衝撃を与える事になる。特に、顕著だったのだが信者であるゼノヴィア、並びにアーシアの二人。
彼女らの衝撃は大きく。そして、周りの面々も少なからずの動揺が見て取れた。
一人を除いて。
「――――で、それが何だよ」
冥利の態度は変わらない。
彼は呆れたような態度で、頭を掻いた。
「あのなぁ。信者には悪いが、俺は宗教を信じてない。神の恩恵何てこれっぽちも願った事なんていないし、興味もない。ぶっちゃけ、どうでもいい。聖書の神?ってのが居ても居なくても、今日これまで支障の一つも無かったからな」
言い切った彼は、間違いなく異端者なのだろう。因みに、彼が宗教関連に対していい思い出が無いのは、偏に前々世における宗教のトップによるところが大きかったりする。
その男と、鬼の首領に関しては冥利は今生においても許す事は出来ない。寧ろ、相対した時点で殺意百パーセントで殺しにかかるだろう。
宗教を信じない、興味が無いからこそ彼にこの情報は意味をなさない。
「……ふっ…………異常者め」
「お前に言われたくねぇよ。で?神様死んでます発言が、アンタのとっておきか?ならもう、潰しても良いよな?」
「――――それは少し、待ってもらおうか」
冥利の凶行。止めたのは、第三者の声だった。
降り立つのは、白銀の鎧。光の粒子を放つ機械翼を背負った誰か。
「何だ、今更出てくるのか?」
「俺の存在に気付いたうえで、コカビエルを嬲っていたか。底を見せる気はないのか」
「手札は俺にとって生命線だからな。それで?ここでやり合うか?」
「魅力的な質問だが……遠慮させてもらおう。俺の目的は、そこに転がっているものの回収だからな」
言って、白銀の鎧はコカビエルを肩に担ぎ上げる。
「近々、会おう。その時には全力を見せてくれると俺としては喜ばしいな」
「ケッ、言ってろ」
軽口だ。少なくとも、傍から見るならば。
だが、両者の間には微妙な緊張状態が横たわっていた。
冥利は覚る。目の前の相手は、コカビエルを遥かに超える。戦うと面倒なタイプであると。事を構えるのは得策ではない、そんな相手。
一方で鎧の彼もまた興味がそそられていた。
強者こそ、求めるもの。コカビエルに負けず劣らずの戦闘狂。ついでに情緒も育っていなければ質が悪い事この上ない。
『無視か、白いの』
『起きていたのか、赤いの』
『ふっ、相変わらずのようだな。随分と恵まれた宿主だ』
『そういう貴様は、随分とハズレを引いた。少なくとも、そこの人間であるならばもっとマシであったろうに』
「知り合いか、アルビオン」
『あの茶髪の下級悪魔が、今代の赤龍帝だ』
「ほお……?」
鎧の彼の目が一誠へと向けられる。
「……」
仮面越しでその表情は分からない。だが、直ぐに外され冥利へと戻される当たりその心情は推し量れるか。
隠して白銀の彼は去った。それは同時に、今回の一件に一応の終止符が打たれたという事。
しかして次の波乱はやって来る。まだまだ穏やかな日常は程遠かった。