我が師への畏敬を胸に   作:岩窟鸚

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 コカビエルの一件から数日。夏の日差しは日に日に強さを増しており、セミの鳴き声が大合唱を奏でている。

 だが、ここ暫く冥利はセミとは別の騒音に頭を悩ませていた。

 

 

「是非とも、私を弟子にしてくれ!」

 

「お断りだっての。というか、しつけぇ」

 

 

 青い髪に緑のメッシュが入った彼女、ゼノヴィア。彼女こそ、ここ暫くの彼の頭痛の種であり、眉間を揉む要因であった。

 

 

「剣の特訓がしたいのなら、木場に頼めよ。第一、俺は西洋剣に関しちゃ、専門外なんだ。弟子も何もないだろ?」

 

「確かに、祐斗ならば剣術を鍛錬する分には問題ないかもしれない。だが、私と彼とでは戦闘スタイルに差がありすぎる」

 

「差、ねぇ」

 

「そこで、お前だ。あのコカビエルを一方的に叩きのめした技の破壊力。更に剣も使うのだろう?イッセーたちに聞いたぞ」

 

「あのバカ弟子共め……とにかく!弟子はとらねぇんだっての!」

 

「とりあえず、今日の放課後から頼んだぞ」

 

「人の話を聞きなさい?」

 

「勿論、聞いているとも。お前にもメリットがある」

 

「お聞かせ願おうか」

 

「私の事を好きにしてもらって良い。抱かれるのなら、強い男が良いからな」

 

 

 そう言ってしなを作るゼノヴィアは、前かがみに蠱惑的な笑みを浮かべた。

 彼女は中身こそ残念ではあるが、美少女である。鍛えているからか、プロポーションも整っており男子高校生にとっては垂涎ものだろう。

 だがしかし、生憎と冥利は一般男子高校生ではない。

 無言で右手刀を軽くゼノヴィアの頭に落とす。

 

 

「あたっ!」

 

「馬鹿たれ。自分を安売りするような事してんじゃねぇよ。悪魔になったからって振り切れ過ぎじゃねぇの?」

 

「む、別段誰彼構わずやっている訳ではないぞ?私とて、相手は選ぶ」

 

「そういう問題じゃねぇだろ」

 

 

 眉間を揉む冥利は、ため息を吐く。

 元々教会の戦士であったゼノヴィアだが、今はリアスの眷属としての転生悪魔となっていた。それもこれも、コカビエルが落とした爆弾発言のせい。

 結果的に異端認定を受けて教会へと戻る事も出来ず、であるならば新しい生を謳歌しようと悪魔になった。

 その際に、イリナと喧嘩別れする事にもなってしまったのだが、致し方無い。悪魔になってしまった理由を話せば、彼女も異端認定をくらう事になってしまうから。

 そして現在、ゼノヴィアは冥利に対して弟子入りをせがんでいるところ。今の所、全戦全敗であったが。

 

 

「とにかく、他の奴に頼め」

 

「何故だ?イッセーたちには指導したんだろう?」

 

「あの時は、報酬があった。十日間ぶっ通しでも十分すぎる報酬がな。ぶっちゃけ、俺がお前を鍛える利点が無い」

 

「……同性愛者か?」

 

「その頭蓋、握り砕くぞ……はぁ、俺にそっちの気はねぇよ」

 

「むぅ……やはり、姫島先輩の様に胸が大きくなければいけないか?」

 

「……何でそこで、姫島が出てくるんだよ」

 

「うん?ミョーリは、姫島先輩が好きなんだろう?」

 

「何がどう転んで着地したらそんな発想になるんだ?」

 

「部長が言っていたぞ?」

 

「オカ研部長め……好みって言うか、奇抜な髪色が苦手なだけだ。ほら、オカ研ってお前含めて髪色奇抜だろ?で、好みが黒髪ってだけだ。姫島じゃねぇよ」

 

「そうだったのか……因みに、理由を聞いても良いだろうか?」

 

「……まあ、昔の経験だな」

 

 

 遠い目をする冥利。思い出すのは、前々世。

 派手な髪色に真っ赤な血を被ったような頭の宗教家。奇抜な髪色を見るたびにその頭を思い出してしまうから、冥利は派手な頭が苦手であった。

 とはいえ、

 

 

「別に、髪色で差別はしねぇよ。好みじゃねぇだけで。だから、その墨汁を置け。どこから出したんだソレ」

 

「しかし、黒髪ならば指導してくれるんだろう?」

 

「髪色で差別しねぇって言ったよな?人の話聞いてる?」

 

「こうなったら体を――――」

 

「止めなさい?いや、フリじゃねぇから。悪魔になって振り切れすぎだろお前」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 慌ただしい昼が過ぎ、日が暮れてもまだまだ夜の時間。

 その日冥利は、珍しくも仕事に出る事なく自宅でもあるマンションの一室で得物の整備を行っていた。

 

 

「ちっと、無茶させ過ぎたか?」

 

 

 凡そ七十センチほどの短い棍を鎖で繋いだ三節棍は、使い慣れれば威力が出るが、同時に強度面においても若干の不安が残る。

 一応、冥利の用いる覇気“武装色の覇気”によって強度問題にはある程度の対処ができる。出来るが、根本的な解決には程遠い。

 

 

「また、何処かしらから頂戴してくるか。最悪、棍でも問題は無いけども……携行性がなぁ」

 

 

 前世、前々世共に得物の確保には事欠かなかった。前者ならば、世界自体に武器が溢れており、後者は専属の刀鍛冶が居たから。

 ハッキリ言って今使っている三節棍は、過去に使っていた物に比べれば凡骨そのもの。覇気で強化しようにも限界があった。

 冥利としても困った限りだが、この世界に腕のいい鍛冶師など居ない。そして、技術者に対する伝手もない。

 何より、この世界には神器がある。

 通常の神器ならばともかく、神滅具クラスの武具ともなれば生半可な武器では逆に砕かれるのが落ちだろう。

 相対するならば、聖剣や魔剣、はたまた神造兵器とも呼ばれる代物が必要となる。

 どうしたものかと悩み、しかし答えは見つからない。そもそも選択肢が狭められているのだから、答えようがない。

 冥利は思考を打ち切り、再び得物の整備へと意識を落としていく。

 表面を磨き、鎖の傷などを確認。大きければ一応の修復としてハンダで金属を宛がい応急処置。

 鍛冶師ではない冥利では、メンテナンスも一苦労。応急処置でも、気が付けば時計の針は頂点で重なり、窓の向こうは夜の帳にとっぷり浸かっていた。

 集中が途切れれば、それまで気にならなかったちょっとした空腹感が気になった。

 驚くほどに鍛えられ、凝縮されている冥利の体はハッキリ言って燃費が悪い。某捌倍娘や某炎柱に負けず劣らずの食欲をしており、食べる量も見た目不相応。

 ぶっちゃけ、夜中に何か、それこそラーメンなどの高カロリーの塊を食べようとも脂肪が付く事は殆どないのだ。

 流石に時間的に調理するのは、周りへの音も考えて憚られる。

 であるならば、コンビニか。そう考え、寝間着であるジャージの上にいつもの黒い羽織を羽織ってその中に整備を終えたばかりの三節棍を収め立ち上がった。

 だがここで、彼の出鼻を挫く事態が起きてしまう。

 鳴り響くのは、チャイムの音。

 一応、インターホンの音が部屋の外にまで漏れることは無いのだが、冥利は眉根を寄せた。

 時間が時間だ。そして、こんな時間に誰かが訪ねてくる予定など彼にはない。

 室内では得物が振り回せない。冥利は右手を握ると、人差し指だけを緩く立てて身構えた。

 果たして、扉一枚を挟んだ玄関が開く音が聞こえる。

 そして、

 

 

「うおっ!?な、なん――――」

 

「動くな」

 

 

 扉を開けて入ってきた誰かに肉薄した冥利は、立てた右の人差し指を侵入者の首に突きつけていた。

 

 

「俺の指は、密着状態でも鋼板に穴を開けられる。生き物の肉程度なら簡単に貫ける。お前が、人間じゃない事は分かってる。何の目的で来た?」

 

 

 畳みかけるように事実と質問を叩きつけていく。

 嘘を吐こうとも、冥利には分かる。この質問にはあまり意味がないのだが、ソレはソレ。形式上でも自身の優位性を示す事は場を有利に動かすことに繋がる。

 一方で侵入者もまた、想定以上にヤバい輩で見極めに苦労していた。

 まず、身体能力がおかしい。少なくとも、人間のソレを逸脱していると言われてもおかしくない。そして、その身体強化に魔力などの要素が絡んでいない事もまた、気付く。

 気になる事は多々あるが、今はまず、

 

 

「あー、俺はアザゼル。堕天使総督をしてる。お前さんがついこの前ボコボコにしたコカビエル居るだろ?アイツの上役って奴だ」

 

「……で?その総督様が何の用だ?仇討ちか?」

 

「いや、違う。そもそも、アレはアイツの独断専行だ。俺としちゃ、他勢力と事を構える気はねぇんだわ。戦争なんて御免なんでね」

 

「……」

 

 

 間をおいて、冥利はアザゼルの首に添えていた指を外した。同時に、彼の体に伸し掛かっていた圧力もまた霧散していく。

 

 

「んで?実際どうなんだ、不法侵入の総督様よぉ?」

 

「嫌な言い方だな、悪かったよ……まあ、目的と言やお前を見に来た」

 

「……男色の趣味は無いぞ?」

 

「そうじゃねぇよ。コカビエルの奴は、弱くない。大戦でも最前線で戦ってその上、生き残ってるような奴だからな。ここ最近の平和に向けての風潮で腕が鈍ってるのもあったかもしれねぇが、それでもただの人間に圧倒されるほど弱くない。それも神器やらの特殊な武器もない奴に負ける程、な」

 

「種も仕掛けもあるぞ。教える気も、広める気も無いけどな」

 

「だろうな……見て、ある程度分かった。その()()()()か」

 

「おう」

 

「お前の呼吸の仕方は、()()()()()。正直なところ、それで日常生活に支障が出てない事が不思議なくらいだぜ」

 

「見ただけでよく分かるな」

 

「俺は、どっちかってぇと研究者気質でね。戦場に立つよりも、部屋にこもって捏ね繰り回してる方が性に合ってる。観察に関しても必須項目なんだよ」

 

 

 若干、冗談めかしたアザゼルだが、その内心では興味が鎌首をもたげてくる。

 彼の興味は神器に集約されているが、だからといってその他に対して興味薄弱かと問われればそれは否だ。そもそも研究者というものは、好奇心が強いもの。己の興味の赴くままに進むのもまた、研究者という存在の一側面であった。

 そしてアザゼルから見て、冥利の体は興味深い。

 特殊な呼吸法。ただの武器であるが、部下からの報告で何やら特殊な力も有しているとか。更に人体の極致とでも言わんばかりに鍛え、絞られ、凝縮された筋肉。検査しなければ分からないが、アザゼルの私見ではワンオフの肉体だ。

 もっと知りたい。そんな欲求がむくむくと膨れてくる。

 

 

「それよりも、お前さんはどうなんだ?まさか、そんな格好で寝る訳じゃないよな?」

 

「あ?ああ、今から夜食だ。コンビニでも行こうかと思ってさ」

 

「夜食、ね……よし、沖草冥利」

 

「んだよ。というか、名乗ってないよな?」

 

「細かい事は気にすんなって。奢ってやるから、ついてこい」

 

「で、秘密を話せって?」

 

「そうじゃねぇよ。お前が気になる研究者からの投資って奴だ。何より、もう一つの目的もそっちの方が果たしやすい。まあ、飯でも食いながらゆっくり話そうや」

 

 

 へらりと不敵に笑うアザゼルに対して冥利は眉根を寄せる、が特段反論はしない。空腹はあるし、奢りであるのなら食費を気にしなくても良いから。

 そんな打算の元に、彼らは夜の街へと出かけていく。

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