我が師への畏敬を胸に 作:岩窟鸚
夜の街。駅の周りには多くの飲食店が立ち並んでいる。
昼とはまた違った喧騒があり。酒のニオイが仄かに香る。そんな時間帯。
「こういう店に来たことは無かったな」
「そうか?まあ、楽にしてろよ。折角の個室だ。壁に耳あり、何てことにはしねぇからよ」
「そりゃ、アンタの部下の店に来れば盗聴も何もないだろ」
事も無げに言い切り、メニューへと目を通していく冥利。だが、その一方でアザゼルは目の前の少年への評価を上方修正していた。
この店が堕天使の息が掛かった場所であるとは、伝えていないのだ。にも拘らず、冥利は気が付いた。気が付いたうえでついてきて、その上リラックスしている。
「普通、警戒するんじゃないか?襲撃者の上司が騙し討ちしようとしてる、ってよ」
「少なくとも、今この状況なら俺の方がアンタが何かするよりも速い。周りに護衛は無し。遠距離からの狙撃なら未だしも、それでも
「……お前さん、やっぱり神器持ちだったりしねぇか?」
「ないっての。確認したんだろ」
「いや、まあ……そうなんだがな?」
確認はしたが、納得は出来ない。アザゼルの声色はそう語っていた。
実際の所、彼は何の仕込みもしていない。冥利と敵対する気など無いし、今この場で消そうとも考えていなかったから。
コカビエルの謝罪の件が三割。残り七割は、純粋な興味から。それが今回のアザゼルが接触を選んだ理由の内訳だった。
程なくして、料理が運ばれてくる。
「飲まないのか?」
「こちとら未成年だっての……で、話って?」
「ん?まあ、アレだな。まずは、コカビエルの件だ。デカい被害が出る前に、止めてくれた事。これに関しちゃ、繕いようがない。助かった」
「結果的に、だけどな。それより、あのオッサン。何で戦争なんてやらかそうとしたんだか」
「さあな。戦闘狂には戦闘狂なりの考えでもあるんだろ……平和な時代になれば戦い一辺倒の奴には未来が無い。何せ、平和だからな」
「良いじゃんか、平和。大人しく隠居してボケ老人にでもなればいい」
「それが受け入れられないからの、戦争の火種蒔きだ。それどころじゃないんだがな」
「アレか?ここ最近動いてるテロリスト連中」
「……知ってるのか?」
「何度か、かち合ったからな。勧誘も受けた」
その時の事を思い出したのか、冥利の眉間に皺が寄る。もっとも、直後に食べた海老真薯によって直ぐに解れていたが。
「受けなかったんだな」
「メリットが無い。第一、奴らが勝てるヴィジョンが見えねぇ」
「勝てないって?神滅具持ちが居てもか?」
「それに関しては、やりよう次第だろ?どれだけ強敵でも、知恵絞って打倒するのが人間だ。数で囲んで叩けばいい」
澄まし汁を啜り、冥利は肩をすくめる。
彼にしてみれば、武器がどれだけ強くともその使い手を潰せばいいという考えがある。ついでに、神器に関しての絶対視も無かった。
武器は、所詮武器。使いこなせていないのならば、どれだけ強力でも脅威足りえない。
「んじゃ、詫びの品として俺の作った人工神器も要らねぇか?」
「要らねぇっての。というか、神器って作れるんだな」
「おう、まあな。これに関しては、長年の研究成果だと言って良い。そもそも、神器ってのは言うなれば神が作った異能を人間に与えるシステムって奴だ。だから、最初っから神器を宿せるのは生まれに人間の要素がある奴だけ。悪魔で持ってるやつも、半人間だったりな」
「ほーん……あん?でも、今聖書の神?だったか、神様は居ないんだろ?」
「……コカビエルか?」
「おう。ボコボコにしたら、急に語りだしてな。俺は、興味無いで一蹴したんだけども」
「そりゃ、アレだろ。お前が、悪魔勢力に肩入れしてる三大勢力所属の人間だと考えたんじゃないか?ここに所属してるやつは大なり小なり、聖書の神に対する何かしらがあるからな」
「そんなもんか」
「そういうもんだ。コカビエルにとっちゃ、誤算だったろうがな」
聖書陣営とも呼ばれるだけあって、天使や教会勢力のみならず、堕天使や悪魔にとっても聖書の神というのは少なくない影響を与えている。
故にこそ、神の不在というのは各勢力上層部でとどめていた極秘事項でもあった。それ故に、ソレを知ったゼノヴィアは追放され、結果的に悪魔となった。
「そういえば、お前さんはどこに所属してるんだ?それとも、無所属か?」
「無所属。立場的には、傭兵だな。まあ、悪魔寄りなのは否定しねぇさ。お得意様だし」
「それじゃあ、悪魔にでも転生――――」
「いや、それは無い。
アザゼルの発言に被せるようにして、冥利は力強く否定した。ついでに、気付けば彼の周りには空になった皿が四、五枚重ねられており小腹収めにしては食べ過ぎではなかろうか。
「俺は人外になる気が無い。これから先、死ぬ瞬間になってもそれは変わらねぇさ」
「仙人にでもなるのか」
「いいや?人間の寿命で死ぬ。俺に言わせれば仙人だって人から外れてる。それは俺の望むところじゃない」
肩を竦めてウーロン茶を飲み干す冥利。
料理は完食。空きっ腹も埋まり、実に満足のいくものだった。
皿が片付けられ、食後の飲み物として冥利の前にはウーロン茶を、アザゼルの前には冷酒の入ったとっくりと猪口が置かれる。
「人として、か。その辺も聞いときたいが、時間も時間だ。別の要件を先に済まさせてもらうぜ?」
「……そういえば、そんな話か」
「実はだな、近々三大勢力それぞれのトップが集まって会談をする事になった。そこに、お前さんも招待させてもらう」
「はあ?」
「巻き込んじまったのは悪いと思ってる。だが、当事者はなるべく全員集める事になってんだ。何より、瀕死ギリギリにまでコカビエルを追い込んだ在野の実力者。警戒するなって方が難しい。その辺、上のメンツと顔繫ぎが出来ておけばお前にも利があるだろ?」
「いや、それは……まあ……」
「それから、こっちは個人的なもんなんだがお前に何か贈り物を、な」
「贈り物?」
「おう。俺が個人的にお前に興味が出来たってのもある。うちの技術で出来るものでも良し、金でも良し。どうだ?」
「んな事急に言われてもな……んー……あ、なら」
アザゼルの申し入れに、冥利は何を思いついたのか羽織の内側へと手を突っ込んだ。
取り出したのは、三節棍だ。
「武器を作ってほしい。それも、飛び切り頑丈なやつ」
「武器?人工神器か?」
「いいや?ただ只管頑丈なだけの武器が欲しい。特殊能力とかは要らない。形状は、これと同じ三節棍で」
「……それだけか?いや、出来ねぇことはねぇさ。うちの技術を結集すれば、神器と正面切ってぶつけ合っても問題ないようなものも出来る。ただ、本当にそれだけで良いのか?」
「んー、まあ、別に金には困ってないし、神器に関してもそこまで興味ない。ぶっちゃけ、困ってるのが得物問題位だったしなぁ……あ、ならもう一つ作ってほしい」
「おっ、何だ?」
「ええっと――――」
冥利の口から語られるもう一つの武器の形状。中身を聞いたアザゼルは首を傾げるが、しかし自分で言いだした手前、引くに引けない。
「……まあ、やれるだけやってやる」
「おう、よろしくー」
そんな気の抜けるやり取りから少しして、この夜の邂逅は終わりを告げる。
余談だが、今回の依頼の結果アザゼルが異常なまでにシンプルイズベストを突き詰めた武器を作り上げようとし始める事をここに記す。