我が師への畏敬を胸に   作:岩窟鸚

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 プール掃除から数日。夏の日差しも本格的となり、外に出る事も億劫になってくる今日この頃。

 

 

「ハァアアアアッ!」

 

「んな、イノシシみたいな突進を真っ向から食らってくれる奴なんざいねぇぞ」

 

 

 冥利は、前払いとして匙元士郎の相手をしていた。

 蒼那の眷属の一人である元士郎は、兵士の駒四つ分消費して悪魔へと転生した過去があった。

 宿した神器は黒い龍脈(アブソーブション・ライン)。どんな物体にも接続できるラインはなって対象と自分をつなぎ、力を吸収するというもの。

 直接戦闘よりは搦手向きの神器だ。事実、冥利としては元士郎をその方面で鍛えるつもりでいる。

 

 

「折れるな、諦めるな?お前が一秒相手を止めれば、その一瞬が勝負を分ける事もあるんだからな」

 

「うぐっ!?まだまだァッ!」

 

 

 突っ込んできた元士郎のボディへと軽くカウンターを返しながら、冥利は目を細める。

 決して、優れた戦士ではない。一誠よりは才能があるのかもしれないが、神器は直接戦闘には到底向かず、馬力という点ではどうしても後塵を拝すのが現状。

 だが、彼の執念とも言うべき意志の力には感じ入るものがあった。

 ただ、諦めないのではない。只管に元士郎はしぶといのだ。今も、殴られた部分を押さえて蒼い顔をしながらもラインを伸ばす事を止めず、それどころか前へと突っ込んでくる。

 冥利としても、この手の馬鹿は嫌いではない。少なくとも、直ぐ諦めるような腑抜けと比べれば好印象だ。

 

 一方で、元士郎もまた目の前の師事する同い年の相手に対して考えを改めていた。

 とある野望がある彼にとって、思い人である蒼那と距離の近い沖草冥利という少年は目の上のたん瘤であると同時に嫉妬の対象でもあったのだ。

 その認識を改めざるを得なくなったのは、コカビエルの一件から。

 自分たちが手も足も出なかった相手を、彼は一方的に倒した。後から聞けば、神器なども持っていなければ彼自身の種族は人間。生徒会でもないのに生徒会室に出入りするのは、偏に生活費含めた金銭を稼ぐため。

 嫉妬するばかりで、何も見えていなかったことを恥じた。だからこそ、今回の夏休みに際しての冥利からの指南、そのテストケースとして立候補したのだ。

 

 

「打撃と同時に、ラインを繋げられると良いな。一度繋げば、後はお前がしぶとい限り繋がり続けるんだろ?」

 

「げほっ、えほっ!ま、まあ、な……はぁ……沖草は、武器って何でも使えるのか?」

 

「あん?まあな。手札は多いに越したことがねぇ。もっとも、俺は銃火器に関しちゃ才能ナシ。弓矢辺りなら使えるけども、ボーガン系は無理だ。近接なら、刀、槍、薙刀、斧、棍。変わり種なら三節棍辺りもそうだろうし、トンファー、釵、フレイルやヌンチャクあたりか。何だ、武器使いたいのか?」

 

「いや、そういう訳じゃねぇんだけど……」

 

「ぶっちゃけ、お前にはあまり薦められねぇな」

 

「な、なんでだ?」

 

「兵藤もそうだが、お前の神器は腕に引っ付いてる。んで、そうなると両手持ちの武器は基本的に不向きだ。神器のラインも阻害しちまいかねない。じゃあ、片手の武器だが、片腕を繋いだまま戦うってのはソレ専用の鍛錬をしなきゃ難しい。武器に関しても制限がかかるしな。お前なら、良くて脇差位か。上手くすれば打ち刀程度の大きさでも持ち運べるだろうけど」

 

「そっか……うん?じゃあ、沖草はどうやって武器を運んでるんだ?」

 

「そりゃ、この羽織をちっと改造してな。内側に色々と収められるようにスペースがあんのよ」

 

「その羽織、単なる趣味じゃなかったんだな」

 

「実用性が無けりゃ、着続ける訳ないだろ」

 

 

 襟を摘まみながら、冥利は肩を竦める。因みに、この黒い羽織のデザインは前々世からの物で、前世においても海軍コートを羽織らない時にはこの羽織を羽織っていた。

 イリナに使ったお手製の軟膏であったり、得物である三節棍であったり、内側の収納スペースに突っ込まれ、その上傍から見ても内側に何かが入っているように見えないのも冥利が愛用している理由の一つ。

 

 

「さて、話は終わりだ。続き始めんぞ、匙。時間は有限、効率的に使っていかねぇとな」

 

「お、おう!」

 

 

 返事をする元士郎。

 この後、滅茶苦茶挑みかかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 時は流れて、三大勢力首脳会談。議題は、和平に関して、なのだがその前に水を差されてしまったためにそう易々とは進まないというのは各勢力の共通認識であった。

 そんな場に置いて、異物でもある彼、冥利大きな欠伸を隠せない。

 

 

「人外ってのは、夜が好きだな……まあ、分からないでもねぇけど」

 

 

 いつも通り黒い羽織を羽織って、その下には白いシャツと黒のスラックス。足元は革靴だ。

 和と洋の入り混じった格好だが、この姿こそ彼らしいと言えるだろう。

 羽織の内ポケットより取り出した懐中時計を確認すれば、時刻は会談開始の十五分前。一応、フォーマルな場である故に時間前行動を心掛けての到着だった。

 特段、会談前に顔繫ぎするつもりもなく会場である駒王学園会議室前の廊下の壁に背を預けて腕を組み、目を閉じる。

 だが、平穏は長くは続かない。

 

 

「……」

 

 

 チリっとした、うなじの毛が逆立つような闘気が冥利に向かってきた。

 

 

「――――こうして、顔を合わせるのは初めまして、だな」

 

「まあ、そうさな。あの時お前、全身甲冑だったし」

 

 

 目を開けても、壁から背を離さない冥利と、そんな彼の前に相対するのは銀髪の美丈夫。

 恐らく現状の若手と呼ばれる面々の中で、各勢力から引き合いに出しても五本の指に入るであろう二人が今この場で相対している状況だ。

 もっとも、その間にはどうしようもない温度差が横たわってはいたが。

 

 

「ヴァーリだ。今代の白龍皇を担っている」

 

「沖草冥利。しがない退治屋だ。依頼があるなら、金を払いな」

 

「なら、俺と戦ってもらおうか」

 

 

 言うなり、ヴァーリの体から立ち上る雰囲気は実に好戦的だ。

 彼は、コカビエルと同じく戦闘狂の嫌いがある。特に、強者と相対する事に喜びを見出すタイプで、自身が目を付けた相手には執念深く迫るほど。

 そんなヴァーリからすると、今代の赤龍帝は、ハッキリ言って弱すぎた。少なくとも、禁手化を果たしていなければ御話にもならない。

 一方で、目の前の人間は興味深い。

 ヴァーリにしてみれば、コカビエル程度打倒する事は、そう難しいものではない。しかし、目の前の彼は、普通の人間だ。神器も持たず、魔力などが特別飛びぬけているような様子も無い。

 だからこそ、興味を引く。いったいどこから、人外相手に一方的な戦闘運びが出来る程の破壊力を発揮できるのか、と。

 

 

「俺のライバル君(赤龍帝)は、ハッキリ言って期待外れだ」

 

「だからって、こっちに来るのか?俺は、単なる人間だぞ」

 

「単なる人間に打倒されるほど、コカビエルは弱くはないさ」

 

 

 熱い視線を送ってくるヴァーリに、冥利は組んでいた腕をほどくとため息を吐きながら、頭を苛立たし気に掻いた。

 

 

「パスだ。お前とやり合っても、俺に利が無い」

 

「金を払えば受けるんじゃないのか?」

 

「割に合わねぇって話だ。お前と戦えば、消耗の方が大きすぎる。腕の一本も覚悟しなけりゃならねぇかもな?んな相手にいくら積まれても戦う訳ねぇだろ」

 

 

 冥利は、決して戦闘狂ではない。金を稼ぐならば楽に稼ぎたいと考えるタイプであるし、仮に命懸けで戦うならば相応の理由を求める。

 前々世ならば、仲間の為、復讐の為、未来の為に戦った。

 前世ならば、無辜の民の為に戦った。

 

 彼にしてみれば、ヴァーリと戦う事など骨折り損のくたびれ儲け。下手をすれば五体の何れかを失う事にも繋がりかねない。

 だがしかし、彼はこの話を目の前の戦闘狂にするべきではなかった。ついでに、常日頃からオフにしている見聞色の覇気を用いるべきだった。

 意味も、理由もなく戦うのが戦闘狂だ。そして、彼らにとってはどんな些細な事でも、戦いに繋がるのならば、それで良い。

 

 白龍からは逃げられない。

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