我が師への畏敬を胸に 作:岩窟鸚
放課後。冥利は、今日の仕事へと足を向けていた。
実に働き者だな、と内心で嘯きながら昇降口で靴を履き替え、外へ。
夕焼け空だ。もう何時間もしない間に、夜の帳が下りてくることになるだろう。
そんな校門へと向かう道すがら、冥利は思わぬ人物の背を見つける事になる。
「オカ研部長?」
「……あら、奇遇ね沖草君」
学園二大お姉さまの片割れにして、紅の悪魔リアス・グレモリー。
常ならば、自信に溢れたような雰囲気を発しているのだが、今の彼女はどこか影がある様に、冥利には感じられた。
「部長が休んでいいのか?」
「……今日は良いのよ」
「さいで」
明らかにおかしい。そう思えども、冥利は何も言わず、リアスの方も何も言わない。
ただ、一定の距離を取って並び、自然と二人の足は校門の方へと向かっていた。
「……聞かないのね」
「答えてくれるなら、聞くぞ?」
「……無理かしら」
「だったら言うんじゃねぇよ」
決して優しい言葉を掛けることは無い。冥利は、そんな男だった。
リアスの周りには居なかったタイプの男性だ。ついでに、彼女の美貌やプロポーションにも一切の反応を示すことなく、鼻で嗤う様な者も初めて。
恋心などに発展しないのは、偏に冥利が一切リアスをそういう目で見ないせいだろう。因みに、彼の初恋は、蝶の髪飾りの似合うとある花の様な女性。もっとも、この初恋は実ることは無かったが。
さて、校門を抜けても横並びで二人は歩道を行く。
やはり会話は無いが、しかしその空気に耐えかねる者も居る訳で。
「……ねえ、沖草君」
「んー?」
「もしも、もしも貴方の意にそぐわない依頼が来たら、貴方はどうする?」
「あ?急になんだよ」
「もしもの話よ。貴方って、お金の為に依頼を受けてるじゃない。でも、その内容は選んでいるでしょ?」
「まあ、そりゃあな。金にだって、綺麗さがある。汚い金は触れたくない……で?何で急にそんなこと聞くんだ?」
「……私、婚約者がいるのよ」
「あ?」
「まだ、皆には話せていないんだけど……内緒よ?」
「いや、まあ、ソレは良いんだが……悩みってのは、その婚約者の件か」
「ええ、そう。家同士で勝手に決めた婚約だわ……私の意見なんて、どこにもない」
「……ま、貴族社会の悪魔らしいっちゃらしいな……で?その気に入らない婚約をどうにかこうにか破談に出来ないか、って話な訳だ」
「そういう事よ。私は、まだまだ結婚する気は無いの。それに……相手には良い噂を聞かないのもあるわね。知ってるかしら、フェニックス家の三男の話は」
「俺もそこまで情報通じゃねぇしなぁ……ま、噂程度か。なんでも、レーティングゲームのチームでハーレム作ってるとか」
「その男が、私の婚約者なのよ」
「そりゃ、ご愁傷様」
茶化した冥利だが、当事者であるリアスにとっては笑えるような事ではない。因みに彼が悪魔陣営の噂話を知っているのは、どこにでもお喋りな誰かが居るから。
とはいえ、一応の相談だ。冥利としても、知り合い相手に知らぬ存ぜぬを返すほど薄情ではない。
もっとも彼はアイデアマンではない為、無難な回答しか返せないのだが。
「……まあ、なんだ。適当な理由でも拵えて、破談にするのが一番だろ」
「理由、ね。具体的にあるかしら?」
「んー……まあ、オカ研部長の歳なら、他に好きな人がいる、とかか?悪魔の婚約にしたってアレだろ。悪魔が、子供が出来難いって話」
「そうね。悪魔は確かに子供が出来難いわ。年の差で百を超える場合も十分あるもの」
「ふはっ!その年の差なら、俺は死んでるな。流石は悪魔、長寿すぎ」
「ブラックジョークも程々にしなさいよ……話を戻すけど、別に好きな人が居る、か……」
「寧ろ、居ねぇの?あそこまで周りから好かれてるなら、一人や二人好みに合致しそうなもんだが」
「……男って、皆同じように見えるのよねぇ……貴方位よ、いやらしい目で見て来ないのは」
「はっはー……まあ、好みじゃねぇわな。もうちっと、お淑やかになって出直してきな」
「面と向かって私に、好みじゃない、なんて言う人はまず居ないわよ。それじゃあ、朱乃や小猫、アーシアはどうかしら?」
「んん?……まあ……姫島でギリギリ、だな」
「高望みが過ぎない?」
「俺は、髪が黒い方が好きなんだよ……お前らのとこは、紅、白、金、そして黒だろ?選択肢ねぇじゃん」
「……本当、貴方位よ。そんなこと言えるの」
呆れたような、しかし話し始めた時と比べれば軽くなった雰囲気のリアスが夕日の下で微笑みを浮かべる。
問題は何一つ解決してはいないが、それでも話すだけで随分と心持は軽くなるというもの。
「……悩みは少しぐらいマシになったか?」
「そうね……話してみるものだわ。試しに近々、夜這いでも仕掛けてみようかしら」
「はっ、おぼこが何か言ってらぁ」
「本ッ当にそういう所よ、貴方は!」
引っ叩こうと振るわれる右手は、しかし空を切っていた。
ひらりと躱した冥利は、そのまま軽いステップを踏んでリアスから離れ、近くの横断歩道へと足を向けた。
「んじゃ、オカ研部長。後悔しないように、最善を選ぶこったな」
「……貴方の所に、行ってあげようかしら?」
「徒歩でか?生憎と、オカ研のチラシは持っちゃいねぇよ」
「それじゃあ、一枚――――」
「――――また明日ー!」
リアスの言葉を遮る様にして、冥利は振り向くことなく小走りで横断歩道を渡って行ってしまう。ついでに、彼女が追おうにも信号が丁度よく変わってしまうために一歩踏み出すに終わってしまった。
去っていく背中。手を伸ばしても届かない。
小さくなるまでその背を見送ったリアスもまた、踵を返す。
余談だが、この数日後彼女はとある行動を実行に移すことになるのだが、それはまた別の話。
***
リアスと分かれ、そろそろ月光に照らされるであろう道を進んでいた冥利。
だが、そんな彼の足が止まったのは自宅のあるマンション、
そこは彼が修行に用いている山のふもとに設けられた公園。木製の遊具が設置され、四阿等もあり休日には憩いの場としても住民に利用されている場所。
もっとも、今は時間が時間で人気は皆無。
だからこそ彼は、ここに来た。
「……いい加減、姿見せたらどうだ?」
「――――お気づきでしたか」
公園のほぼ中央で振り返ることなく声を掛けた冥利。そんな彼の声に反応するのは、涼やかな声だった。
現れるのは、銀髪のメイド。三つ編みに纏めた銀糸が月光に輝き、蒼いメイド服は瀟洒な出で立ちだ。
「オカ研部長と会った辺りから見てたろ。いや、俺単体の時にも何度か観察してたのは知ってるんだがな?」
「ご無礼には謝罪を。ですが、貴方は高名な“黒鉄”。貴方自身にそのつもりが無くとも、警戒は最大限するべき存在と認知されているのです」
「人を通り魔みたいに言うなよなぁ……まあ、分からなくもねぇが。アンタは、オカ研部長の関係者ってことで良いんだよな?」
「グレモリー家に仕えるメイド。グレイフィア・ルキフグスと申します」
「こいつはご丁寧に……まあ、社交辞令はこの辺で。本題はなんだ?監視する為だけか?」
「一つは、そうです。お嬢様の側に、得体が知れず尚且つ力を持つ存在が現れ、グレモリーでは警戒しておりましたので」
「グレモリーでは、ね。んじゃ、会長の所は別なのか?」
「申し上げられません」
「さいで」
頭を掻く冥利だが、その姿には一切の隙は無い。それこそ、最強の女王とも称されるグレイフィアをして不意に仕掛ける事が出来ない程。
駒王学園の制服に、黒い羽織を羽織った一少年。しかし、その実力のほどは歳と比較すれば異常と言う他ない。
少なくとも、グレイフィアは彼のこれまでの経歴を調べた際には、らしくもなく資料を二度見してしまった程だった。
何より今回。かなり離れて、遠見の魔術も用いたというのに監視がばれていた。それも、その前から分かっていたという事は
そんな相手の警戒だが、冥利にとっては意味が無い。
何故なら、彼には筒抜けであるから。
前世によって習得した技術の一つ。この習得には、彼の師匠である強すぎる爺たちからの鬼の扱きが行われており、思い出すだけでも吐き気を催してしまうほど。下手したら、夢に見る。そして跳ね起きる。
「まあ、何だ。お前らの大切なお嬢様の側に、俺みたいなのが居ると安心できないって話だろ?」
「……」
「そう、怖い目で見ないでくれ。俺としちゃ、オカ研と事を構える気はない。めんどくさいし、あっちも必要以上に勧誘とかしてこないからな」
「……
「(今は、ね)もう一つってのは?」
「魔王サーゼクス・ルシファーが貴方との対談をお求めです」
「……魔王?何だってまた、冥界のお偉いさんが俺なんかと話したがるんだ?」
「それは、私の口からは何とも……おって、日時はお伝えします」
「あ、俺が調整する感じなのね……んまぁ、了解。迎えには、アンタが来るのか?」
「沖草様のご要望がありましたら、そちらを適用させていただきます」
「うんにゃ、アンタで良いや。その方が
意味深に冥利はそう言うと、ニヤリと笑う。
そんな思わせぶりな態度が、彼への警戒度を引き上げる一つの要因でもあるのだが、冥利自身が楽しんでいる為に改善される事は、まだしばらくは無さそうだ。