我が師への畏敬を胸に   作:岩窟鸚

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 あの夜の邂逅から暫く。冥利は、いつも通りの日常を送っており対談のお誘いはまだ来ない。

 そんな彼は今、生徒会室の仕立ての良いソファに寝そべっていた。

 

 

「今日は、お疲れですね」

 

「一晩中、逃げ回りやがったからな」

 

「貴方から逃げおおせる悪魔だなんて……居るんですか?」

 

「生憎と、俺は瞬間移動とかそういう事ができる訳じゃないからな。その手の知識も技量も技術もねぇんだわ」

 

「手解きしてあげましょうか?」

 

「んー、別に困ってねぇから良いや」

 

 

 大欠伸を零した冥利は、そのままぼんやりと天井を見上げる。

 昨晩は、面倒な目に遭っていた。というのも、討伐対象が正面戦闘よりも搦手向きの能力をしており、一晩中瞬間移動と結界による隠形で逃げ回ったのだ。

 最後は、若干の本気を出した冥利が叩き潰してしまったのだが、それにしたって逃げ回る相手というのは面倒極まりない。それも、能力的に逃げる事に特化していればそれも一入。

 蒼那としても、仕事の邪魔をしてくることのない彼を生徒会室から追い出す理由も無い。

 どちらかというと、魔法関連の指南を断られた方が気になっていたりする。

 

 

「手札が増えるのは良いのでは?」

 

「まあ、確かになー……でもまあ、()()ってのは特別だからな」

 

「……そういえば、聞いたことありませんでしたね。貴方のお師匠さんについて」

 

「そだっけ?……んー、まあ……強いぞ、俺の師匠は」

 

「それは、今の貴方よりもですか?」

 

「どうだろうな……何というか、どれだけ俺が強くなっても勝てるイメージが湧かねぇんだわ。ま、師匠ってのはそういうもんだろ。何時だって、目標だし。最強の形をしてる」

 

 

 そう言って語った冥利の表情は、どこか幼さを感じさせるものだった。

 彼にとって師匠は、そんな存在であるのだ。目標であり、道標であり、寄る辺でもある。

 故に、軽々しく師事は出来ない。何故なら、生半可な者では前世における師匠たちの顔に泥を塗る事になってしまうから。

 要するに、冥利が蒼那からの指導を断ったのは、偏に彼女の実力不足からでもあったのだ。

 彼の個人的な見解であるが、師匠は遥か高みに居てほしい。それも師事する内容に関しては特に。

 とはいえ、彼自身が新し技術の習得に対してそれほど意欲的ではないことも事実。多すぎる手札は、自身の行動へのロスを生む事にも繋がりかねないと教えられてもいた。

 

 

「そういえば、会長は見合いとかはしないのか?」

 

「ぶっ!い、いきなり何ですか?!」

 

「いや、気になってよ。ほら、アンタも貴族だったろ?」

 

「そう、ですね……一応、居ますよ。もっとも、家同士の決めたことでしかありませんけど」

 

「貴族社会ってのは、どうしてそうなのかね。そんなに、お家が大事なのか」

 

「伝統というのはそういうものですよ、沖草君」

 

「伝統、ねぇ……カビが生えてるのは、好きじゃねぇんだが」

 

「それは誰しも嫌な物でしょう?……修学旅行で伝統を学んでくると良いです」

 

「ふはっ、興味湧かねぇなぁ」

 

 

 冥利は伝統を軽んじる訳ではない。彼の継承してきた技術もまた、伝統であるからだ。

 彼が嗤うのは、伝統という名のカビの生えたような風習の事。

 それは生贄信仰であったり、性差別であったり、はたまた今回の様な御家存続のために婚約であったりと。

 所謂ところの悪しき風習という奴。

 故に、彼はその手の類をぶっ壊すことに躊躇しないし、そんな考えに染まった輩を殴る事も躊躇わない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 冥利がソレに気が付いたのは、放課後に仕事を一件熟して家に帰りそろそろ寝ようかという時の事だった。

 

 

「……入金?……あ、メッセも来てる」

 

 

 彼の端末は、利便性も考慮して口座の確認ができる様になっている。

 そんな口座に、何故だか結構な金額の入金が行われており、ついでにメッセージの受信も確認できた。

 内容へと目を通せば、冥利は片方の眉を上げて首を傾げる事になる。

 

 

「オカ研部長?……随分とまた、変な内容の依頼だな」

 

 

 まあやるけど、と冥利はメッセージに了承の意を返して画面を落とした。既に入金も行われている為に、そもそも拒否するには返金やらをせねばならない。そんな面倒を彼が買い込む理由も無かった。

 

 その翌日、朝早くから冥利の姿はと言うと山中の麓にあった。

 彼の格好は制服ではなく、常に羽織っている黒の羽織とその下には白いシャツ、下は羽織りと同じく黒のズボンに黒いスニーカー。その背には、一抱え程の風呂敷包みを背負っていた。

 彼が待つのは、とある一行。今回の依頼の相手であると同時に、顔なじみ達でもある。

 果たして、彼らはやってくる。

 

 

「……沖草?」

 

「よお、兵藤。どうした?鳩が豆鉄砲を食ったような顔してよう」

 

「え、いや……あ、部長が言ってた指導役って……」

 

「その通り。これから十日間、お前含めてみっちり扱いてやんよ」

 

 

 不敵に笑った冥利に、一誠は引きつった笑いしか出てこない。

 今回の十日間の修業に際して、指導者を呼んだというのは、既に部長であるリアスより伝えられていた。だが、それが誰かまでは聞かされていなかったのだ。

 呆ける一誠。この間にも、冥利は行動を起こしていた。

 

 

「ちょいと失礼」

 

 

 言って、彼が風呂敷より取り出すのは布製のバックルの様なもの。それら四つを手際よく、一誠の両手首、両足首に取り付けていくではないか。

 

 

「……これって?」

 

「リストウェイト。四つ合計で今は二キロだ。これから十日間かけて、そうさな……最低でも五十キロを目指してもらおうか」

 

「ごじゅ……!?無理だろ!?人一人分ぐらいあるんだぞ!?」

 

「無茶でも何でも、それが最低ラインだ。強くなりたきゃしっかり励めよ」

 

「ぐぬぬ……じゃ、じゃあ、木場はどうなんだ!?俺みたいなの着けるよな!?」

 

「木場はまた別の鍛錬だ。当然、塔城もな」

 

「え、これ俺だけ?」

 

「お前は、基礎だ。お前、基礎馬鹿にすんなよ?下地が無けりゃ、どれだけ新しい技やら技術やら覚えても威力半減だかんな?」

 

 

 指を突きつける冥利のその目には、光が無い。

 彼だって、何も一誠をいじめたくてこんな事をやらせている訳ではないのだ。寧ろ、相手の事を思えばこその基礎トレだ。

 祐斗や小猫は、少なからず実戦の経験があり、最低限の下地はあるというのが冥利の見立て。あってほしいという願望でもある。

 その点、一誠には基礎が無い。体も出来上がっておらず、その癖力の根底は肉体の基礎こそものをいうのだから頭を抱えたくもなる。

 正直な話、冥利としては基礎だけでも数年かけたいと考えていた。だが、時間がそれを許さない。であるのならば、突貫工事でも基礎の完成を目指すことにした。

 

 

「それじゃあ、次だ。オカ研部長、例の物を」

 

「何なのよ、その口調は。まあ、元からそのつもりではあったけどね」

 

 

 そんなやり取りの後に、置かれるのは巨大な荷物の山。少なくとも、一誠が見上げる程度には大きいソレを、冥利は()()で持ち上げる。

 

 

「これからこの荷物を三人に分配する。ほい、塔城。んで、こっちが木場な。そしてこれが、兵藤の分+α」

 

「……なんだよ、この椅子」

 

「この上に、オカ研部長、姫島、アルジェントの三人を乗せる。お前がすっころんだら、上三人も落ちるから、気をつけろよ?」

 

「やっぱハード過ぎるだろ!?」

 

「心配すんな。今回は、後ろから俺が荷物を支えてやる。んで、ぶっちぶちに千切れた筋繊維をアルジェントの神器で治す。使えるものはガンガン使っていかないとな」

 

 

 そう言って、冥利ニッコリとイイ笑みを浮かべた。

 後に一誠は語る。その時の冥利は、誰よりも悪魔に見えた、と。

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