我が師への畏敬を胸に 作:岩窟鸚
冥利が鍛錬において重視するのは、下半身の筋肉だったりする。
人間の機動力を支えるのが両足、もとい下半身であるから。彼の場合は、地道な鍛錬があったからこそ日本全国の夜を駆け抜け鬼を狩り、荒れ狂う大時化の時に浮かべた軍艦の上でも転ぶことは愚かふらつく事すらなかったのだから。
何を言いたいのかというと、
「ほら、スクワット三十回追加だ。今度は落とすなよ」
「ふ、おおぉぉぉおおおおおおッッ!?」
一誠にそれらを課すのも当然だった。
今、彼は大きな丸太を担ぎ上げてスクワットを強制させられていた。回数は、元々三十回であったのだが、ふらつき丸太の端が地面につく度に回数を三十回増量。今では、九十にも届きそうなほどに苛め抜かれていた。
体幹と足腰を同時に鍛えるトレーニング。冥利に言わせれば、基礎の基礎。まだまだ地獄の一丁目にも満たない。
「さて、時間は有限だからな。お前らの分も始めるとしようか」
「あ、はは……お手柔らかに」
「そりゃ、無理な相談だな。俺のモットーは、。男女平等。男だろうが女だろうが、容赦なくその顔面を殴り抜くぞ」
「……その心は?」
「戦場で性差なんざ在って無いようなもんだ。男でも弱い奴は弱い、女でも強い奴は強い。第一、んな事気にしてちゃ生きていけねぇからな」
ソレは冥利の経験則。
戦場において生き残るのは、強いものだけ。もちろん、強いからこそ勝つ、等とは思っていないが。それでも生き残るには強さが必要な事は否定できないだろう。
「んじゃ、まずは木場な」
「何をするんだい?」
「ん?殺し合い」
「……え?」
「まあ、一応寸止めだぞ?十日間、神器ありで俺と戦う。OK?」
「……因みに、沖草君は何を使うんだい?」
「一応、木刀。ああ、気にすんなよ。遠慮なく掛かってこい」
そう言って、冥利は一振りの木刀を肩に担いだ。
祐斗もまた若干の不服さがあれども、素直に己の神器である『魔剣創造』によって作り出した魔剣を構えて相対する。
彼の神器は多種多様の魔剣を創り出すというもの。オリジナルには、強度などが劣るもののそれでも木刀の一本をすっぱり切り伏せるには過分な切れ味を有している。
寸止めしよう。そんな事を考えながら、祐斗は自身の主より与えられた悪魔の駒の効果である機動力を活かして距離を詰め――――
「――――おい、殺し合いだって言ったよな?」
振るった魔剣は、しかしガラス細工の様に砕け散る。
呆気にとられる祐斗。だが、その意識は次の魔剣を創り出す前に衝撃と共に暗闇へと沈んでいった。
その光景を見た小猫は、ただただその目を大きく見開いていた。
祐斗の振るった魔剣に対して、合わせるように振るわれた木刀。本来ならば、拮抗は愚か打ち合う事すら不可能な筈のソレは、しかし一瞬の耐久も許すことなく魔剣の刃を逆に砕いてみせた。
そのまま、舌打ちでもしそうな表情で冥利は祐斗を地面へと打ち据えていたのだ。無論、死なないように力加減と、狙ったのは肩。頭を打ち据えればその時点で彼はその脳梁をで周囲を彩る事になっただろう。
気絶した祐斗から目線を外した冥利は、徐に木刀を地面へと突き立てる。
「次は塔城、お前だ。素手で相手してやる、来い」
「ッ……行きます」
腹をくくって飛び出す小猫。彼女の悪魔の駒の特性は、その小柄な体格に似合わない耐久力と怪力にある。そして、そこに合わせる格闘術。
少なくとも、人間一人何の障害にも本来ならば、ならない。
踏み込みと共に撃ち込まれる左ストレート。しかし、拳に伝わるのは肉を討つ感触ではなかった。
「――――軽い。踏み込みも、甘い。二の打ち要らずには程遠い」
淡々と言うなり、冥利は小猫の拳を掴むと左こぶしを握り締めた。
振るわれる一発。咄嗟にガードすれども、着弾と同時に手を離されその小さな体は後方へと大きく吹き飛び、そして周囲を取り囲んだ木の一つに激突。へし折る形となり、折れた木の幹に背を預けて気絶してしまう。
あっさりと沈んでしまった二人を確認して、冥利は一つため息を吐き出した。
「はぁ……甘い、鈍い、脆い、か。どうするかな」
安請け合いしていいようなレベルじゃなかった。少なくともそんな後悔を抱えながら、冥利は振り返る。
すると、目を真ん丸に大きく開いた一誠がスクワットの体勢で固まり、冥利を見ているではないか。
一誠は、グレモリー眷属の面々。その力を何度か見たことがある。それこそ、堕天使との争いでも実に頼もしかった。
そんな二人が文字通り一蹴。歯牙にもかけない様を見せられれば驚くほかない。
「なに驚いてる。オカ研部長が態々金を払って依頼するんだぜ?少なくとも、今のお前らと比べれば弱いはずがねぇだろ。分かったら、続きだ、続き。お前のスクワットは
鬼教官は、妥協しない。千尋の谷に突き落とす事だって躊躇わない。
***
グレモリー眷属の修業。その発端は、リアスの婚約者騒動に始まっていた。
相手は、ライザー・フェニックス。フェニックス家の三男であり、女癖の悪い噂を立てられる程度には性に奔放な性格をしていた。
そんな彼との婚約解消のためにリアスはレーティングゲームに臨むことになる。
レーティングゲームとは、悪魔の駒を用いた特殊ルール下における戦争ゲームの様なもの。今回は特別ルールなど無いのだが、相手は既に本番の舞台で何戦か経験を積んでいる。故の、十日間。そんな時間があったとして事がひっくり返せるかどうか疑問な話だが、それでもこの十日間で、グレモリー眷属は強くならなければいけなかった。
「殺意を薄めるな!本気で殺すつもりなら、最後の一瞬まで気ぃ抜いてんじゃねぇぞ!」
「ぐっ……!まだ、まだァッ!」
様々な種類の魔剣を創り出しながら、しかしそれらは一瞬の内に破壊されていく。
破片が飛び散る中を駆ける祐斗は、己の力不足に歯噛みが抑えられなかった。
沖草冥利は、強い。それこそ、今の彼では文字通り手も足も出ないほどに強い。今までの戦闘経験がほんのお遊びであったと言われても反論できな程に。
何故なら彼は、この殺し合いと称した鍛錬を初めて、一切その場から動いていないのだから。一歩も動くことなく、彼は祐斗の速度に対応し、魔剣を粉砕し、そして打ち据えていた。
(本当にこれが殺し合いで、沖草君が敵だったなら僕は最低でも百回は死んでる……!)
「考え事とは、余裕だなぁ!?」
一瞬の思考の空白。祐斗の意識が刈り取られる。
彼が沈めば、入れ替わる様にして向かうのは小猫。小柄な体格を生かして懐へと潜り込みラッシュを狙う。
両手は愚か、両足まで使って細かい連打を心掛けた攻撃にはフェイントまで組み込まれている。だが、フェイントというのは相手が掛かる場合に限り有効だ。裏を返せば、掛からなければ隙にしかならない場合もあった。
「遅い、遅い、遅い!両手足を使うってんなら、もっと繋ぎを滑らかにしろ!」
「はぁ……!はぁ……!」
「疲れたからって、止まるな!」
小柄な美少女が相手でも、冥利の手が緩むことは無い。一瞬の隙が小猫に生まれ、そこを岩のような拳が突き抜けてくる。有情なのは、態々防御が整う瞬間を待つ間がある事ぐらいか。
小猫が吹き飛ばされ地面を転がり、祐斗が起きるにはまだ時間がかかる事を確認して、冥利は振り返る。
「おいおい、そんなペースじゃ一日かかっちまうぞ」
「ふんっ、ぎぎぎぎぎ……!」
呆れたように頭を掻いた冥利が見る先では、大岩を押す一誠の姿があった。
汗が滝の様に噴き出し、上半身を押し付けるようにして岩を押す彼には最早その呆れに突っ込みを返す余力も無い。
冥利が一誠に課したのは、滝行、丸太のスクワット、そして岩押し。それらが、一定の基準を超えれば、次は拳の振り方、構え方。力の抜き方、込め方。
スパルタトレーニングを課す冥利だが、その指導は実に丁寧だ。
「良いか、兵藤。ハッキリ言うが、お前に才能は無い。いや、マジで無い。これは俺が意地悪とかで言ってる訳じゃない。分かるか」
「お、おう……」
「だがな、努力に関しては別だ。只管に、突き詰めろ。出来ないってのは、努力が足りない奴の言い訳だ」
「押忍ッ……!」
返事をする一誠は構えると、神器を出現させる。左前腕を覆う紅蓮の籠手。これこそが彼の神器だ。
冥利が神器保有者である二人に神器を使って自分に襲い掛からせているのは、偏に彼ら保有者の戦闘が神器ありきで成立するものであると知っているから。
使い慣れなければ、意味が無い。使い方を模索しなければ、意味が無い。
「組手しながら、倍化を掛け続けろ。自分の体の限界を、体で覚えるんだ」
「ッ!結構な勢いで殴ってんのに、何でお前は無傷なんだよ!?」
「ネタバレはしねぇよ。こいつは俺の生命線だからな」
二回の倍化を終えた一誠の拳を、冥利は涼しい顔で受け止める。
そのまま鷲掴みにすると、掴んだ腕を空へと振り上げた。自然、一誠の体も宙を舞う。
一瞬の浮遊感。次の瞬間、一誠の体は地面へと叩きつけられてしまった。
潰れたカエルの様に伸びる一誠。手を離した冥利は、そのまま振り返ることなく地面に転がっていた木刀を足で蹴り上げ、背後からの強襲を受け止めた。
「良い不意打ちだ。後は、もっと死ぬ気で打ち込めるようになれば及第点だな」
「ッ、難易度が高いよ……!」
「お前らは、それだけの事をしなくちゃならねぇんだよ。ほれ、ガンガン来な」
終わる事のない、三人を相手にする殺し合い組手。
そんな彼らを離れて眺めるのは、残りの三人だった。
「よろしいんですの?リアス。随分と無茶な特訓にも見えますけど」
「今回は、彼に一任してるもの。それに体術に関しては、私はあまり力になれないから……」
「だからこその彼、ですか」
リアスと朱乃が話す間にも、前衛職の三人は冥利によってボロ雑巾の様になって転がされていく。
「アルジェント。お前の仕事だ、こいつら治してやってくれ」
「は、はい!」
完全にへばった三人を確認し、冥利は元聖女でもあるアーシア・アルジェントへと声を掛けた。
彼女もまた、神器保有者。『聖女の微笑』と呼ばれるそれは、珍しい回復系の神器であり大抵の重傷は癒す事が出来る。例外は欠損など。部位を引っ付けて治療すればその限りではないが、完全に消滅してしまえば再び生やすことは出来ない。
だからこそ、今回の鍛錬には持ってこいだ。骨折だろうと擦り傷だろうと打ち身だろうと、瞬く間に回復できる。
「あの、沖草さん」
「ん?どした?」
「……ここまで、しなくちゃいけませんか?イッセーさんや皆さん……」
元々争い事をに関して性格的に向いていないアーシアにとって、気絶し、骨をへし折られ傷だらけになるこの鍛錬は暴力的にしか見えなかったらしい。ハッキリと言葉に出来ないのは、この鍛錬が部長であるリアスの為でもあると理解しているからか。
冥利は、そんな彼女の内心にある程度の理解を示す。
「必要かどうか、そう聞かれたらここまでスパルタじゃなくても良いかもな」
「ッ、なら……!」
「でもそれは、時間がある場合の話だ」
アーシアの目をまっすぐに見返す冥利。その瞳には、一切の迷いが無かった。
「戦場で、力不足は死に直結する。当たり前だよな、弱い奴は生き残れないから」
「……」
「今回、お前らがやるレーティングゲームは基本的に命の危険は無い。リタイアの判断が下された時点で結界の外に弾き出されるからだ。だがな、本当の戦闘に途中離脱機能なんて便利なものはねぇんだよ。一時的とはいえ、今の俺はこいつらの指導者で、いわば師匠だ。だったら、死なねぇように最低限でも鍛えるのは当然って話だろ?」
弱い者は、生き残れない。あの夜の世界でも、海の世界でも。弱ければ何も守れず、何も為せず、只管無為にその命を散らしていく。
この世界だってそれは変わらない。弱者は淘汰される事になるだろう。
冥利は、そんな消えていく命の中に友人の顔を見るのは、二度と御免だった。
シリアスな空気の中、動く三人。傷の回復を終えた、一誠、祐斗、小猫の三人だ。
「アーシア、下がっててくれ」
「イッセーさん……」
「沖草君は、僕らの為に鍛えてくれるならこっちも答えないとね」
「……ですね」
「盗み聞きたぁ、宜しくねぇんじゃねぇか?」
「へへっ、照れんなよ師匠?」
「……ほう、上等だ。ご要望通り、トレーニングのレベル上げてやるよ。後悔すんな?」
手の関節を鳴らす冥利。その耳は、ほんのりだが赤くなっているのだった。