我が師への畏敬を胸に   作:岩窟鸚

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「オラオラオラァッ!へばってんじゃねぇぞ、兵藤ーッ!」

 

「う、おおおおおっ!?鬼すぎるだろ、師匠ォーッ!?」

 

 

 森の中を激走する一誠。その背には大きな岩を背負わされており、更に追加で背後からは木刀片手の冥利が追いつかないギリギリの速度で追走してくる。

 一瞬でも速度が緩めば、その瞬間岩を砕く勢いで振るわれる木刀が襲い掛かってくるおまけ付き。一誠は文字通り死ぬ気で爆走していた。

 スタミナの増強は、その他のトレーニング向上にも直結する。という訳で、冥利は前々世に行われたとある稽古を参考にして行っているところだ。

 しばらくの間森を駆け回っていた一誠。やがて、トレーニングを行っている広場へと戻ってくると同時に、崩れ落ちていた。

 

 

「ぜひゅー……ひゅー……し、死ぬ……」

 

「心配すんな。下級悪魔でもそう簡単には死なねぇよ……アルジェント。兵藤の怪我治してやってくれ」

 

「は、はい!」

 

 

 駆け寄ってくるアーシアと入れ替わる様に、冥利はその場を離れそして真横へと木刀を振るった。

 

 

「ぐっ!?」

 

「速度による攪乱は、意味ねぇぞ。俺より強い奴なんて五万と居るんだからな」

 

「だからって、こうも簡単に反応されると困るんだけどね……!」

 

「そりゃ、オメェ。まだまだ甘いってこった!」

 

 

 振り切られる木刀。魔剣が砕け散り、祐斗は後方へと飛ばされる。

 そんな冥利の背後。木刀を振り切ったことで隙を晒した彼の背に、小柄な影が気配を消して近付いていた。

 地面が蜘蛛の巣の様にひび割れる程の踏み込み、同時にその衝撃を腰で加速させ放たれるのは右の縦拳だ。

 だが、その拳が背を捉えることは無い。

 

 

「良い踏み込みだ。そのついでに、相手の足を踏み潰すのも良い手だと思うぞ」

 

「……何で受け止められるですか」

 

「鍛えてるからな」

 

 

 いつの間にか振り返った冥利の手が、小猫の拳を受け止めていた。

 岩をも砕く破壊力であるはずなのに、受けた本人は涼しい顔。ポーカーフェイスが得意なのか、それとも本当に効かないのか。

 だが、小猫も学習している。そんな思考を挟めば、次の瞬間には体もろとも意識をぶっ飛ばされる事になる、と。

 故にすぐさま拳を握られる前にその場を飛び退いていた。

 

 

「良い反応、するようになったじゃねぇの。ほら、もっとガンガン来な」

 

 

 木刀を肩に担ぎ、空いた左手の人差し指で招いてくる冥利。その姿は、人間であるはずなのにどこか、

 

 

(((魔王っぽい……)))

 

 

 合流した一誠含めて、三人の意見が重なった瞬間である。

 事実、彼らは一度として冥利に土をつけれた試しがない。それどころか、相手から仕掛けるという状況に陥らせた事も。

 それだけの力の差があると言われればそれまでだが、やはり三人がかり。悔しいと思ってしまうのもまた仕方がない事ではなかろうか。

 

 

「小猫ちゃん、木場。時間稼ぎ宜しく」

 

「任されたよ」

 

「……然りと当ててくださいね」

 

 

 短い作戦会議。二人が仕掛けていく。

 小猫は直球。すすめられた中国拳法の動きを取り入れた、猫式八極拳。そして、その周りでは祐斗が魔剣の多様性と機動力を活かした波状攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「良いぞ、お前ら!ガンガン攻めていけ!卑怯だ何だは敗者の論だ!まずは勝て!」

 

 

 多対一の状況を、冥利は否定しない。強敵相手に、数をそろえて物量で攻める事もまた、戦略戦術として正しいものであるから。

 今回の場合なら、前衛二人を躱して力をためる一誠を潰すのが常套手段だろう。

 だが、ソレはしない。

 今回が普通の戦闘であったなら、していた。だが、今回は鍛錬の一環だ。故に、壁というものを改めて認識させるつもりだった。

 そんな事知る由もない一誠。倍化が完了し出現させるのはバレーボール程の大きさの魔力弾。

 

 

「二人とも、退いてくれ!」

 

 

 叫ぶと同時に左拳を引き絞る。二人が、飛び退いたことを確認して突き出される拳。

 その拳が魔力弾に当たった瞬間、弾は極太のレーザーへとその姿を変える。その規模は、山一つ吹き飛ばせるであろう程だ。

 だが、

 

 

「武装色“硬化”」

 

 

 冥利は()()()()では揺らがない。

 両腕の前腕が黒く染まり、右肩に担ぐようにして持ち上げられた木刀もまた柄を握る両手より伝播した黒光りに染め上げられていく。

 

 

断海(だんかい)ィッ!!!」

 

 

 極太レーザーに合わせるようにしてすり足と共に振り下ろされた黒く染まった木刀。

 拮抗は、無い。その技名と同じく、レーザーによる海は文字通り真っ二つに断たれていたのだから。

 それだけではない、振り下ろしの余波か衝撃が地面を割り一誠の真横を通過。その先の森も真っ二つに割らんと言わんばかりの破壊を齎していた。

 光が消え、粉塵が風に撒かれた後、振り下ろした木刀を肩に担いで戻す怪我一つもない冥利の姿がそこにはあった。ついでに、木刀も元の色に戻っている。

 

 

「まあ、何だ。見た目は派手だが、密度が足りねぇな」

 

「……マジ?」

 

「何驚いてる。派手な見た目の技って言うのは圧倒されるが、その実中身が伴ってない場合が多い。今回の場合はな、兵藤。お前の倍化で高まった力を砲撃として放った形だ。威力はあった。そこら辺の山なら一発で吹き飛ばせる」

 

「お、おう……」

 

「でもな、密度がねぇんだ。まあ、神器の扱いが未熟だからって言うのもあるんだろうけどな。要は、風船みたいなもんさ。空気を中に詰めれば詰める程風船はデカくなるが、風船そのものの強度は落ちる。その上軽い。ぶっ放すなら、もっと圧縮しろ」

 

 

 軽く指摘する冥利だが、起死回生ともいえる一発をあっさりと断ち切られた一誠の衝撃というものはそう簡単に拭えるものではなかった。

 固まっている彼に代わって、声を上げたのは祐斗だった。

 彼が気にするのは、冥利が木刀でレーザーを真っ二つにした時の事。

 

 

「沖草君、さっきのは?君の能力かい?」

 

「あ?……ああ、能力っていうか……技術?まあ、口で言ったところで分からねぇだろうし今の所伝授する気はねぇけどな」

 

「そうなのかい?」

 

「おう……さてと、続きだ。兵藤も、呆けてる場合じゃねぇぞ。大技の一発や二発、止められたからって呆けてたらお前、死ぬぞ」

 

「ッ!や、やってやらぁ!」

 

 

 発破になったのか空元気なのか、とにもかくにも一誠も戻ってきた。

 思わない訳ではない。自分たちが本当に強くなっているのか、そんな疑問が頭を過ってしまう。先ほどの光景を見れば猶の事。

 一度浮かんだ疑念は、しかし言葉となって出てくることは無い。そもそも、そんな事を発せる余裕は無い。

 気付けるのは、外野のみ。

 

 

「あの、リアス……」

 

「ええ、そうね。でも、あの子たちには言っちゃダメよ。沖草君にも言われているでしょう?」

 

「……そうですわね。それにしても……」

 

()()()()でしょ?」

 

 

 そう三人は知らない。徐々にではあるが、立ち会える時間は伸びているという事を。

 最初は一発で三人とも伸びていた。そして、その最初の一発を受け止める事は愚か回避する事すらも出来なかったのだ。

 それが今では、僅かな回数で攻撃を交わす事が出来る。もっとも、当人たちは只管に必死であるだけな為気付く気配も無いのだが。

 ついでに、冥利もまた最初の段階より徐々に相手をする際の力加減を変えており、これによって更に三人は自分の上達を実感することが無かった。

 本来ならば、この手法は悪手も良いところだろう。冥利としても好んで採るような手法ではないし、採らずに済むなら使いたくはない。

 だが、再三述べたように今は時間が無い。僅か十日で彼の求める最低限度への到達を求められるのだ。であるならば、一々上達を実感させる前に積み重ねを続けさせる。そう決めた。

 幸いだったのが三人のモチベーションが高いままに維持され続けている点だろう。努力の積み重ねを厭う事のない精神性は、今回の鍛錬にお誂え向きであった。

 

 

「おい、そこォッ!今諦めただろ!戦いの場で隙を逃すな!相手の誘いだ何だと考える前に、まずは体を動かせ!」

 

 

 怒号が飛び、三人が吹っ飛ばされる。

 恐るべきは、冥利のスタミナか。この鍛錬が始まって、彼が息を切らした姿を誰も見たことが無かった。

 もっとも、それは当然で。冥利の力の源の一つは霊力などの不思議パワーではなく、呼吸法による肉体活性なのだから。加えて、()()()()()()()。彼は並大抵の人外に対してもフィジカルで圧倒する事が出来るだろう。

 

 そんな怒涛の鍛錬が続く昼を超え、汗を流すために野郎二人を別荘備え付けの温泉に放り込み水死体の様にした冥利は大きく伸びをしていた。

 圧倒するからといっても、その体に疲労が溜まらない訳ではない。文字通り死ぬ気で掛かってくるようになった三人を相手にし続ければ、無理からぬことだった。

 

 

「ん?」

 

 

 伸びをしながら廊下を進めば、いい匂いが彼の鼻を掠める。その匂いに釣られるようにして足を向ければ、そこは厨房だ。

 

 

「姫島ー、今日の晩飯って?」

 

「今日は、唐揚げにしてみましたよ。付け合わせはポテトサラダと、山菜のお浸しです」

 

「良いメニューじゃねぇのよ。ぶっちぶちに千切れた筋繊維を治すにゃ、やっぱ肉だよな」

 

「そうですわね……でも、皆さん食べてくれるかしら」

 

「食わない奴の口には、俺がねじ込んでやるよ……何か手伝うか?」

 

「いいえ、大丈夫ですわ」

 

 

 穏やかに断る朱乃。冥利もそれ以上言い募る事はせず、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して食卓の一角に腰掛けキャップを捻った。

 手際よく厨房を動き回る朱乃の動きに追従するように、彼女の括られた黒髪もまた揺れる。

 

 

「……あの、沖草君」

 

「んー?」

 

「いえ、その……」

 

「煮え切らねぇなぁ……ま、言いたいことは何となく察するぜ」

 

「え……?」

 

「鍛錬だろ?さしずめ、急に伸びてる後輩たちに危機感って所じゃないか?」

 

「……分かりますか」

 

「俺の弟弟子も似たような面をしていたことがあったからなまあ、伸びるように仕向けてる俺がとやかく言っても嫌味に聞こえるかもしれねぇが」

 

「……レーティングゲームに用いられる悪魔の駒については、どの程度知っていますの?」

 

「大まかに、オカ研部長から説明受けたぐらいだ。女王、戦車、騎士、僧侶、兵士だったか。悪魔に転生できる駒で、潜在能力次第で転生に必要な駒数も変わるって話だろ」

 

「その通りです……私の駒は、女王。駒の価値が最も高く、王の腹心的立ち位置に与えられる駒……ですが、」

 

「自分は弱い、と」

 

「……ええ、その通りですわ」

 

 

 呟くように返す彼女の背中からは、哀愁の様なものが感じられた。

 実際の所、この十日間を通して近接三人のレベルが引き上げられすぎているのだ。逆に、冥利がほとんど手を出せない後衛面々は傷の手当てを行うアーシア以外は、伸び悩んでいると言ってもいい。

 どうしても、指導者の有無というのは上達に直結する。もちろん、冥利が優れた指導者であるか、と問われれば分からない。だが、彼には過去の経験があった。その経験を基にした見極めの目は確かなのだ。

 伸びていく後輩たちを見て、朱乃は焦っていた。

 彼女は決して弱い訳ではない。魔力の扱いに長け、放たれる雷は下級悪魔に収まらない破壊力を有している。

 しかしそれは、裏を返せばそれだけであるという事。これはレーティングゲームにおける女王としての役割を全うできないという事に他ならない。

 

 

「つってもなぁ……」

 

 

 朱乃の悩みに関しては、冥利としても思う所がある。あるのだが、だからと言って解決策を彼が齎す事が出来るのかと問われれば、否だ。

 そもそも、冥利には魔術魔法などに関する知識が不足している。相対した事はあれども、使わせる前にぶっ倒すことが基本であるから。

 当然ながら、そんな状態で指導など出来るはずもない。第一、己が魔力やらを使えないのだから感覚からして分からない。

 何より、リアス含めてグレモリー眷属の後衛は体術が軒並み苦手だ。

 いや、出来ない訳ではないだろう。だがそれは、あくまでも護身レベルを出ない。ゴリゴリの前衛を圧倒できるレベルにはならないだろうし、防御に特化させてもジリ貧なのは目に見えている。

 ぶっちゃけ彼女らには、前世の記憶が役に立たない。前世も前々世も、細身な女性であっても近接に強いものが珍しくなかったから。

 

 

「……まあ、遠距離からの固定砲台しかないだろうな。正直な話、姫島やオカ研部長、アルジェントが接近戦して真面に生きてられるビジョンが見えねぇ」

 

「鍛えても、でしょうか?」

 

「そもそも、お前らと兵藤たちの筋肉の付き方が違う。駒の効果で強化されてる塔城もだけどな。アイツらの筋肉は実戦用。対して、お前らの筋肉は見せ筋的な要素が強い。プロポーションとかな」

 

「……」

 

「対策、じゃねぇけども武器を持つのも良いんじゃねぇの」

 

「武器?」

 

「銃とかじゃねぇぞ?アレは、使い勝手が悪いタイミングがあるしな。俺が言ってるのは、槍とか薙刀さ」

 

「槍に、薙刀?」

 

「剣や刀よりも間合いが広くて、尚且つ遠心力を乗せやすい利点がある。自分の力が弱いんなら、そのほかの力を利用するほかないだろ?」

 

 

 戦場の兵器でもある槍。

 突き技に目が行きがちだが、その実遠心力を乗せた薙ぎ払いも馬鹿にならない破壊力を有している。

 

 

「というか、武器を媒体に魔力を纏わせるか、魔法を纏わせればいいんじゃないか?」

 

「魔力を?」

 

「そうそう。溜める時間がネックになるなら、槍とかを蓄電池の代わりにすればいい。んで、魔力を充填して砲身代わりにぶっ放す。ぶっちゃけ、俺に思い浮かぶのはこれぐらいだな。神器とかがあれば話は別なんだが……となれば、苦手をある程度補って尚且つ得意を伸ばす方向にシフトする他ないだろ」

 

 

 一応、冥利は朱乃が何かしらの力を有している事は察している。だが、その扉を無理やり開けるつもりは毛頭無かった。

 人には誰でも踏み込んでほしくない領域というものがある。当然、冥利にだってそれはあった。

 だからこそ、代替案を提示する。

 

 

「……それでは、私の相手もしてくださいますの?」

 

「長物はそこまで扱っちゃいないんだが、基礎ぐらいなら教えてやれるよ。振り回しとかな」

 

「でしたら、直ぐに準備いたしますわ」

 

「お、おう……?」

 

 

 先ほどまでの陰鬱な雰囲気はどこへやら。朱乃はふんわりとした笑みを浮かべて振り返ると、いそいそと何やら準備へ。

 料理は良いのかと冥利が調理台の方へと目を向ければ、そこには既に完成した夕飯たちが鎮座していた。

 どうやら会話しながらも、その手は止まらなかったらしい。

 図らずも新しく面倒を見ることになった冥利は、記憶を思い返す。

 彼の戦闘スタイルが確立されたのは、前々世だ。そこでは、刀だけでも太刀や脇差、短刀、果ては大太刀まで手に取った。

 最終的に行きついたのは何故か三節棍であったが、そんな彼の師匠の得物は片手戦斧に鎖でつないだ棘付きの鉄球というもの。使いこなせば、破壊力はそこらの刀を軽く凌駕していた。

 この過程で、槍や薙刀、棍。師匠の真似をして鎖鎌。戦斧、鉈等々。彼の同僚にも、ここまで色んな武器に手を出したものは居なかった。

 そして前世において、素手による格闘術を仕込まれ、武器の扱いはより洗練さを増した。

 とりあえず、

 

 

「……もうちっと、頑張ろうか」

 

 

 彼は指導を続けるだけだった。

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