我が師への畏敬を胸に   作:岩窟鸚

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 風を切る音が響く。

 

 

「――――っと、まあこんな所だ。手首は柔らかく使え」

 

 

 木槍の石突で地面を突いた冥利は、そう言って期間限定の弟子たちへと目を向ける。

 

 

「沖草って、使えない武器とかあるのか?」

 

「あ?そりゃあ、あるに決まってるだろう。銃とか苦手だぞ。あんなデリケートなもの扱える気がしねぇ」

 

 

 弾代も馬鹿にならねぇし、と冥利は続ける。

 因みに、彼は前世でフリントロック式のライフルなどを使ったことがあった。だが、それも五メートルも離れれば真面に当たらないのだから、直ぐに近接武器が主体となり、ライフルを持っても鈍器の代わりにしかなっていなかったりする。

 

 

「それじゃあ、姫島。やってみ」

 

「……え?」

 

「え?じゃねぇよ。ゆっくりでも良いから先ずは慣れろ。初っ端からぶん回せるなら、教える事は何にもねぇし。習うより慣れろだ」

 

 

 手渡される木槍。朱乃は、何度か渡された木槍と冥利に視線を動かして徐に一廻し。

 少々ぎこちないが、初めてにしては上出来だろうか。

 

 

「槍は、中央辺りを持ってろ。理想は、立ち回りで柄に手を滑らせて間合いを変える事なんだが、まあそれは追々だな。さてと、お前らも始めるか」

 

 

 ぎこちなく木槍を振るう朱乃を置いて、いつもの鍛錬が始まる。

 もっとも、既に締め切り間近。それでも一切緩めることなく、冥利は三人をボコボコにしていく。

 

 ここ最近のいつも通りの時間が過ぎていく。

 戦って、戦って、戦って。文字通り、戦いに明け暮れる日々。

 

 

「強く、なってるのか……?」

 

 

 ポツリと一誠が、そんな言葉を漏らす。

 時は夕暮れ。ボロ雑巾の様になって転がる三人は揃って赤く染まり、黒が端より忍び寄ってくる空を見上げていた。

 

 

「強く、ね……どうかな。未だに僕らは、沖草君相手に一本も取れてないから……」

 

「……木刀から得物も変わってません」

 

「だよなぁ……」

 

 

 共通するのは、只管壁が大きいという点だけ。

 祐斗は未だに木刀に傷一つ付ける事が出来てはいない。小猫はクリーンヒット無し。一誠は倍化を最大限済ませても一蹴される。

 負けに負け続けた十日間。強くなった実感を抱けと言う方が無理な話。

 そんな彼らの元へとやって来るのは、件の師匠。

 

 

「おうおう、どうした揃いも揃って。辛気臭いぞお前ら」

 

 

 三人の悩みなど知ったことかと言わんばかりの不敵さ。

 

 

「……なあ、沖草」

 

「あー?というか、さっさと起きろ。また、温泉に服のまま放り込むぞ」

 

「俺達って強くなってるのか?」

 

「ああ?」

 

 

 茶化せる雰囲気ではないと気付いたのか、冥利は片方の眉を上げる。

 

 

「強くなってるか、ね……じゃあよ、お前ら。仮に俺が今ここで、強くなってるって肯定して、それで納得できるか?」

 

「それは……」

 

「……難しい、かもね」

 

「……」

 

「だろ?そもそも、強くなってるかどうかなんて実戦に突っ込まなきゃ分からねぇんだ。百聞は一見に如かず。自分たちが強くなったのかどうか。その結果は、レーティングゲームでハッキリする。心配すんな、面白いもんが見れる筈だからな。ほれ、分かったら風呂に行くぞ」

 

 

 話は終わりだとでも言うように両手を二度打ち合わせた冥利は、そのまま流れる動作で三人を担ぎ上げる。

 一人は小柄であるというのに、脱力した人間三人分だ。それを軽々と運ぶ当たり、彼の筋力は常人のソレを大きく逸脱しているのだろう。

 それから、冥利は野郎二人を男湯の脱衣場に放り込み、小猫はリアスへと手渡していた。そして向かうのは、再び外。

 

 

「少しは、馴染んだか?」

 

「見ていただけますの?」

 

「そりゃあ、な。乗り掛かった舟だ。ま、優先度で言えばあの三人の方が上。けど、教えるって言った手前。見捨てたりはしねぇよ」

 

 

 本音を言えば、もっと早い段階で教え始めたかったというのが実情。やはり、武器の扱いに関しては徒手空拳と違い一朝一夕で上達するものではない。無論、個人差はあるが。

 補足をすると、徒手空拳であろうとも上達にはそれ相応の時間と鍛錬の密度が必要になる。だが、この世界には便利な魔力がある。

 ぶっちゃけ、鍛えただけの人間の一撃と、魔力を込めた人外の一撃。真正面からぶつかれば、後者に軍配が上がる。これに関しては不条理でも覆しようがない。

 これに対して、武器は違う。剣などの刃物ならば、刃筋を正確に振るわねば上手く切れず最悪刃が割れる可能性もある。銃や弓矢は言わずもがな、狙って当てる事自体、止まっている的でも難しい場合がある。

 例外としては、棍棒だろうか。要求されるのは基本筋力で、適当に振り回しても対象を叩き潰すには十分すぎるだろう。

 

 

「そういえば、沖草君」

 

「ん?どした?」

 

「いえ、貴方の師匠は多芸な人だったのでしょうか?」

 

「多芸……うーん」

 

 

 朱乃に言われ、冥利は師匠たちの姿を思い出す。

 片手戦斧に鎖でつないだ棘付き鉄球を振り回す巨漢。全盛期はウォーミングアップに山を数個砕く拳骨を振り回す老兵。老兵と同じ世代で、特殊な能力のみならず掌底で百メートルは飛ばされそうな衝撃波を放つ老兵。前二人の同期で、覇気の扱いに関しては最高クラスの元老兵。後者三人は得物が無い。無くても強い。

 

 

「……まあ、力こそパワー、的な?ぶっちゃけ、拳骨で山を砕くような人だな」

 

「……本当に、人間ですの?」

 

「俺もそう思う。ま、そんな師匠たちの下に居たっつっても俺まで素手とかに固執する必要もねぇだろ?折角色々と挑戦できる環境ならってことで手を伸ばした。ただそれだけさ」

 

 

 冥利自身、己が天才であるだとか、勤勉さを備えているだとか、そんな事を考えたことは一度も無い。只管に基礎を鍛えるのも、偏に才能の差を埋める為でもある。

 昔に思いを馳せて黙ってしまった冥利。そんな彼の一方で、朱乃もまた木槍を回しながら納得しても居た。

 山一つを粉砕するような実力者は、少なからずいる。神滅具の使い手ならば、未熟でも可能だろう。

 だが、それが純粋な人間である場合その限りではない。神器も持っていないならば、それは猶更。

 正しく、異常。そしてそんな師匠の下で鍛えられたからこそ、目の前の少年は歳不相応の実力を有していた。

 因みに、彼の前世の世界には、頭突きで氷の大陸を粉砕したり、隕石を刀一振りで細切れにしてしまう様な怪物が居た。そんな彼らを相手に立ち回っていたのだ。自己評価が低くなっても仕方がないだろう。

 

 そして、十日間の特訓期間は矢の様に過ぎていき――――運命の日はやって来る。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 レーティングゲームは、特殊な結界で隔離することで行われる。様々なルールが存在するが、今回は最もプレーンな王が投了するまでのルール。

 非公式だ。観客などは呼び込んでいない、が観戦者が居ない訳ではなかった。

 

 

「初めまして、沖草冥利君。こうして顔を直に合わせる事が出来るのを心待ちにしていたよ」

 

「はあ、まあ……どうも?」

 

 

 座りが悪いのか歯切れ悪く言葉を返す冥利は、うなじを撫でてどこか落ち着かない。

 時刻は、深夜十二時前。場所は結界で区切られた観戦席。相席するのは、紅蓮の魔王とその従者である最強の女王。

 どうしてこうなったのか。それは彼にも分からない。

 一応、理由としては顔合わせのタイミングが中々取れなかったから。その点、今回のレーティングゲームはグレモリー家の問題でもあり、その血筋でもあるサーゼクスが観戦に来る理由として充分であったからそのついでに招いた形だ。

 招いた側からすると、勝敗も気になるだろうという一種の配慮もある。だが、冥利としてはその辺は興味が無かったり。

 

 

「まずは、妹とその眷属の鍛錬を手伝ってくれたことに感謝するよ。一目見て、分かった。彼らは既に下級悪魔の領域には居ないとね」

 

「言われましてもねぇ、俺はただアイツらをボコボコにしただけ何で……というか、何で俺は呼ばれたんです?」

 

「一つは、君との顔合わせ。もう一つは、君も今回のゲームの結果が気になると思ったから、かな」

 

「……前者は兎も角、後者は別に……そこまで興味ないんすけど」

 

「おや、なぜだい?たった十日と言えども、君が鍛えたんだろう?」

 

「別に、頑張ったから結果が付いてくる、なんて温い事は思ってないっすから。努力は、どれだけやっても足りないんすよ」

 

 

 椅子に座ったまま前を見続ける少年の言葉を受けて、サーゼクスは隣を見た。

 その横顔には表情は無い。両足に肘をついて体を前に倒し、口元で手を組んだ彼の瞳には、深い深い黒が揺蕩っていた。

 

 

(この年の少年が、こんな瞳をするのか……)

 

 

 それが、サーゼクスの抱いた感想だ。

 彼は天才だった。無論、努力をしてきたが、初期値の時点で通常の悪魔を度外視した存在でもあったのだから。

 故に、彼は知らない。どれだけ手を伸ばしても、努力をしても届かない、という経験が足りない。

 逆に冥利はよく知っている。どれだけ努力をしても、どれだけ手を伸ばしても届かない瞬間というものがあるという事を。

 その絶望を知るからこそ、彼は努力を止める事は無い。

 

 

「戦いに、敢闘賞は無いんすよ。勝ったか、負けたか。それしかない。努力をしたから頑張ったね、何て言葉は慰めでも何でもない」

 

 

 努力の有無で結果が変わったならば、彼の前々世における死者は半分以下であっただろう。

 何故なら、彼らの努力は最早努力の形をした別の何かであったのだから。

 それでも、死んでいった。至極あっさりと、まるで障子紙でも破るような気軽さでその命は、何度も何度も奪われてきた。

 サーゼクスは何も言えない。戦争を経験し、妻子を得て、重役となった今ですら彼の様に深い瞳が出来るとは到底思えなかったから。

 何より、何を言っても言葉が軽くなる。そんな気がしてしまったから。

 

 無言の時間が流れ、そして舞台の幕が上がる。

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