■マーゴ
『人類は衰退しました』の主人公の名前。
たぶん、覚えている人はあまりいないと思います。
■妖精さんについての追記
命の定義が曖昧なので、くっついたり分裂したりします。
気合いが足りぬと、ドロッと液化してしまうかもしれません。
他の特徴としては、人間さんが大好きで、たまに人間の真似をすることがあります。
ただし、脳みそがプーなので、真似をしている内に自分が妖精さんであることを忘れてしまう場合も。
■渚カオル
説明を書こうとしましたが、この人がなんなのか全然わかりませんでした。
本当に申し訳ない。
光が去ったあと。
部屋の中に、白い少年が現れました。
白い少年。
色素の薄い髪色に、病的なまでの白い肌。そして白いシャツ。
この部屋の背景も白なので、保護色ですね。忍者のごとく溶け込めそうです。
その少年は、わたしを見て驚いた顔をしていました。
「きみは……魂の融合体が、自我を? そうか、そういうことか……!」
え、何でしょう。
勝手に納得しないで欲しいのですけれど。
わたしの思いを無視して、彼はブツブツと呟き続けます。
いきなり変な部屋に連れてこられて驚くのなら理解できますが、どうも空気が違いました。わたしのことを、珍獣か何かだと思っているような。
「これも、ひとつの進化の形なのかもしれない。たとえ全てを捨て去ったとしても、憧れだけは消えなかった。失った希望も悲しみも、いつか再び手にする時が来る、か」
独り言は続いていました。
ポエマーという奴でしょうか?
苦手なタイプです。知ったような口を聞くので。
いえ。わたしが得意とするタイプの若い男性なんて、ほとんどいませんけど。
しいて挙げるなら、助手さんぐらいですかね?
彼は何も言わないので、楽ちんです。
知らない人間が現れたことで妖精さん達が隠れてしまったので、わたしは彼に事情を説明しようとしました。
けれども彼は「説明はいらない。事情については、ある程度理解している」とのこと。
本当ですかね? 知ったかぶりは、身の破滅を招きますよ。
勘違いで後戻りできない所まで行ってから「もう止めよう……! 嫌な予感がする。あれは僕たちの求める物ではなかった」なんて言い出しそうなタイプです。
ま、何でもいいです。
変な説明を後回しに出来たので、気持ちが楽になりました。
いきなり部屋に呼び出して「あなたのお悩みを聞かせてください」だなんて。まるで、わたしが変な人みたいじゃないですか? 怪しすぎます。わたしがそういう人に遭遇したら、脱兎のごとく逃げ出します。できれば説明したくない。家に帰って本を読みたい。
はい。そういうわけで。
わたし達は軽く自己紹介をした後、お茶を飲みながら話をすることに決めました。
テーブルやティーセットは、いつの間にか部屋に鎮座しています。妖精さんが手配してくれたのでしょう。
これは、なかなかいい仕事でした。ぐっじょぶです。なにしろ、お茶を入れている間は、黙っていても文句は言われません。わたしは、人との距離感を測るのに時間が必要なタイプなのです。心の準備が必要なのです。すべてを後回しにしてしまいたい。
お茶の用意にたっぷり時間を掛けて、カップに口を付けた後。
渚カヲルと名乗った少年は、無言のわたしを真っすぐ見つめてきました。圧がとても強い。
そして、こう話を切り出しました。
「改めて考えてみると、難しいものだね。悩み事と言われても、何を言えばいいのか」
「えっ」
思わず驚きの声を漏らしました。
わたしは、お悩み相談部屋(合コン部屋でしたっけ?)のことをまだ説明していません。どうやら彼は、本当に事情を理解していたようです。エスパーか何かでしょうか?
びっくりしすぎて、思わずカップを落としてしまうところでした。
気を取り直して、わたしは相づちモードを起動します。
余計な茶々を入れず、相手の話を待ち、無難な返答を繰り返す所作のことです。
相手の話が終わってから考えた方が楽ですし、初対面の人と会話をするなら、こうしたほうがいいでしょう。
「──ああ、ひとつあったよ。相談したかった悩み」
「はい。お聞かせしてもらっていいですか?」
「うん、そうだね。これは誰かに話すべき事柄だ。抱え込んだところで良い結末にならないことは、既に証明されている」
ま、回りくどい!
もっとストレートな発言を心がけて欲しいです。いえ、変なことに巻き込まれただけの人に、そんな感情を持つのは適切ではないのかもしれません。けれども、物事はもっとスムーズに推し進めたい所。
「シンジ君、という男の子がいるんだ」
「はい」
「彼は、とても可愛らしい子でね。けど、愛情に飢えている。僕はそれを、何とかしてあげたい」
「なるほど。愛情に」
彼は、シンジ君という男の子について、色々話をしてくれました。
そして、自分が今まで何をしてきたのかも。
わたしには理解の及ばない事柄も多かったですが、次第に二人の関係性が見えてきました。二人とも、人生に向いてない。
「いろいろ話をしたけれど、つまるところ──僕は、シンジ君の"パパ"になりたいんだ」
「えっ!」
なんと。彼はまだ若いのに、一児の父になろうとしているらしいです。
彼の話を聞く限り、シンジ君はまだ小さな子供なのでしょう。物心つくかつかないか、ぐらいでしょうか?
思いのほか、真面目な悩みが来ました。
「それは……」
「大変なのはわかっているよ。けど、僕がそうしたいと願ったんだ」
「そうですか。決意は固いんですね」
なら、余計な気を回すべきではありません。
きっと、彼も色々悩んだはずです。その結果出した答え。それを、部外者のわたしが否定などできませんでした。
「でも、恥ずかしながら僕には"父親"という概念がわからない。だから聞きたかったんだ。父親というものは、どうあるべきか。いったい何をすれば、"父親"になれるのか」
彼とその子供の人生を左右するような相談。
これは、真面目に考えなければなりません。
真面目に……真面目に、子育ての相談? わたしに?
なんだか人選に間違いがある気もします。
けど、ここにはわたししかいないので仕方ありません。お悩みを聞かないと、外に出られませんし。間違った事を言わず、仮に何かあっても舵修正が容易な回答……無難で万能な回答。そういった答えが求められています。
わたしは、頭を相づちモードから回答者モードに切り替えました。
「難しいお話ですね」
なにせ、わたしも早くに両親を亡くしています。
親との記憶。そんなもの、ほとんどがこぼれ落ちてしまっています。
わたしは、記憶の奥底をひっかきまわしました。
両親について、まったく覚えていないわけではありません。
自分が小さい頃の事を順に思い返していけば、ヒントの一つや二つぐらい見つかるはず。
そう思いました。
──マーゴの家は、ここだよ。
もっとも古い記憶は、この言葉でした。
口を酸っぱくして、何度も言われた気がします。
幼い頃のわたしは、好き勝手に放浪して、家に戻らない日もしばしばありました。方向音痴だったのかも。
子供にありがちな事象です。たぶん。きっと。
──大丈夫。すぐに良くなるさ。
次に思い浮かんだのは、両親が亡くなった前後の記憶。
流行り病にかかった両親は、里の外れに隔離されていました。そのため、わたしは死に目に会うこともできず。彼らの死も理解できず。周囲の大人が出す変な空気を、薄情なことに"面倒だなぁ"ぐらいにしか思わずに過ごしていました。面倒なので、誰の目も届かない場所……里の外を放浪し、日が暮れたら部屋のベッドで眠る日々。そんな生活を、しばらく続けていたでしょうか。
でも、あまりにも会えない日々が続いたので。
わたしは、両親を探しはじめました。
けれども、いくら探しても見つからなくて。
周りの人に聞いても、どこにいるかは教えてくれなくて。だから、ずっと探し回っていました。
脚が痛くなっても、歩き続けていました。
──迷ったら、この家に戻っておいで。いつまでも、待っているから。
どうしても、見つからなかったから。
わたしは、生前の両親の言葉を思い出して、家で待つことにしました。
おじいさんに引き取られてからも、たまに両親と過ごした場所に戻って待っていました。
しかし、どれだけ待っても両親は帰ってきませんでした。
わたしがどれだけ怒っても悲しんでも、帰ってきませんでした。
だからわたしは、妖精さんに「お父さんとお母さんの所に行かせて」とお願いしました。わたしが迷った際に両親にそうされていたように、両親が道に迷ったのなら、今度はわたしが連れ帰ってくればいいと思ったのです。
普段はなんでも言うことを聞いてくれる妖精さん。しかし、この願いだけは、どれだけ嘆願しても叶えてはくれませんでした。
そこまできて、ようやくわたしも理解したのです。
もう、お父さんとお母さんには会えないんだな、と。
それからのわたしは、両親を求める事を止めました。おじいさんの家で、ふらふらと過ごす日々。
小さい頃は、あまりおじいさんと会話をした記憶がありません。昼は、たまに里の外を放浪して。夜になったら部屋に戻り、一人で過ごす。わたしもおじいさんも、お互いを怖がっていたのだと思います。関わりは深くありませんでした。
一人の時間が長かったからでしょうか。わたしは家にいる間、ずっと本を読んでいました。一人で本を読み続けて、一年も経つ頃には、家にある本を全て読破してしまいました。その後は、何度も同じ本を読み。たまに新しい本が貰えたら、やっぱり何度も読む。そんな生活です。
成長に必要な知識は、親やおじいさんからより、むしろ本から得ていたような気がします。
そう考えると、わたしにとっての親は、書籍といえるのかも……
……あれ?
そもそも。わたしは、何故そんなに本ばかり読んでいたんでしたっけ?
両親と過ごしていた頃のわたしは、どちらかといえば外で妖精さんと遊ぶことを好んでいたと思います。本を読むことは、確かに嫌いではありませんでした。けれど、そこまで執着するほどの物だったでしょうか?
おじいさんの家は、門限が厳しかったから?
他にやることがなかったから?
いえ、そうでもありません。
おじいさんの家には無駄に色々な物があるので、他に子供が興味を示しそうなものだって、沢山ありました。
なにか、本を選ぶ理由があったはずです。
わたしは、必死に記憶をほじくり返しました。
たしか。たしか、たしか、たしか。
誰かに、何かを言われたような。
──すごいな。この歳で、こんな難しい本を読むなんて。
──そうですね、あなた。さすがは私達の子です。将来は学者さんかしら?
……ああ、そうでした。
両親が読んでいた本を、わたしも読みたくなって。
そして、お父さんとお母さんに、褒められたから。
それを思い出して、もう一度褒めて欲しかったから。
だから、あんなに本を読みふけっていたのでした。
今ではライフワークとなった読書ですが、勝手に習慣となったわけではありません。
そこには、両親の言葉があったのです。
もう、死んでしまったのに。
ほとんど、覚えてもいなかったのに。
ずっとわたしは、両親の言葉を胸に、生きてきたのでした。
「わたしも、親についての見識が深いわけではありませんが」
ぼんやりと思い出にふけっていた意識を浮上させつつ、口を開きます。
親がどうあるべきか、なんて曖昧な概念。そんなものは、十人十色。
人によります。状況によります。親や子供の性格によります。
だけれども、ひとつだけ確かなことがありました。
「そのシンジ君という男の子が、愛情に飢えているのなら……そうですね。何かを一緒にやってみて、うまくできたら褒めてあげる。まずはそこからですかね」
どんなに時間が経ったとしても。
たとえ、全部忘れてしまったのだとしても。
それでもわたしは、両親の背中を見て育ったのです。
両親の言葉を糧に、生きてきたのです。
心の奥底に、魂の芯に、彼らの生き様が根付いています。
三つ子の魂、百まで。その言葉の通り、この想いは決して消えてなくなったりはしません。
家族と暮らすということは。きっと、そういうことなんでしょう。
「そんなことでいいのかい?」
「そんなことでいいんですよ。子供は単純です。親に褒められたら、すぐいい気分になっちゃいます。また褒めて欲しくて同じような事をやって、それを繰り返す内に、その子の人格が形成されていくんです。それが成長です」
わたしは読書に極振りした結果こんな人格になってしまいましたが、何も無いよりはマシだったのでしょう。物事に興味を示す習慣を得られなかった子供なんて、きっと難易度ベリーハードの人生を歩みます。
「気をつける点としては、その子が何に興味を示すのか、ちゃんと見てあげる事ですね。興味の無い事を押しつけても、上手くいきませんから」
「シンジ君が、好きなこと……わからない。僕は、彼のことを理解できていないのかもしれない」
「最初は、別に分からなくても大丈夫だと思いますよ? 子供は好奇心の塊ですから。あなたが楽しそうに何かやっている姿を見たら、きっとその子も興味を持つと思います」
「なるほど……楽しそうに、か」
彼は口元に手を当てつつ、目を伏せました。
そして、再び何事か呟きます。
考えをまとめる時の癖なのでしょうか? それでまとまるなら、問題はないですけれど。
「過去と同じ事を繰り返しても、上手くいかない……新しいことを始める変化も必要、か?」
しばらく思い悩むそぶりを見せた後、彼は顔を上げました。
「ありがとう、少しだけ理解できたよ。それに、シンジ君と一緒に何かをするのは楽しそうだ。楽しいという感情はいいね。生きているという実感を得られる」
「はい、楽しむのは大事です。一緒に色々やっているうちに、あなたもシンジ君とどう接すれば良いのか分かってくると思いますよ。人はそんなすぐ理解しあえたりしませんから、徐々に頑張っていきましょう」
「心の壁を持たない君たちですらそうなら、僕らはより一層励まないといけないのだろうね」
心の壁って何のことでしょう。
バリバリに心のバリア張ってますけど、わたし。
と。
急に『ててててーてーてーてっててー!』というファンファーレが響き渡りました。
なんでしょうね、これ。ゲームクリアとか、そんな雰囲気を感じる効果音ですが。
妖精さんに聞こうにも、わたし以外の人がいると出てこられません。
「──どうやら、お別れのようだね」
「そう、なんです?」
彼は、この現象を理解しているようでした。やはりエスパーなんでしょうか?
お別れということは、この部屋の脱出条件をクリアしたということで。
つまり、わたしと彼の"合コン"は成立とみなされたようです。
妖精さんのイメージした合コンって、一体なんだったんでしょう。タイトルに偽りありとして訴えられたりしません? やはり、お悩み相談室の方がわかりやすかったのでは。
視界がぼやけはじめました。
彼の姿が薄くなり、部屋が徐々に消え去ろうとしています。
確かに、お別れの時間らしいです。
「じゃあね。悩みを聞いてくれてありがとう。楽しかったよ」
彼は手を挙げて別れのポーズを示したので、それに習ってわたしも手を挙げようとします。
ですが、なかなか上手くいきません。ぼやけて、向こう側が透けて見えるまでになった自分の腕。どうやら、もう動かせないようでした。口も回りません。
なので、せめてもの別れの表現として、手首から先をヒラヒラさせます。
それを見た彼は、背中を向けて歩いて行きました。
何も無かった空間に、ドアが現れます。
彼はそのドアを開けて、部屋から消え去ろうとしています。
「それに」
その扉の向こうに消える直前。
少しだけ足を止めた彼は、こんな事を言いました。
「たとえ変質し、心が溶け合ったとしても、変わらず残る物だってある。人を捨てても、人の願いと呪いは消えなかった。意志の力で、世界も。自分自身をも造り出すことができる。それを知ることができたのは、大きな収穫だった」
さよなら、妖精さん、と。
最後にそう言ってから、最後の一歩を踏み出し。
そして、彼は消えました。
あれほど白かった周囲が、真っ暗です。
夢から覚めるように、意識が体に引っ張られるように、どんどん浮上していきます。
妖精さんの不思議空間から、抜け出そうとしているのでしょう。
体も動かないので、わたしは浮遊感に身を任せました。
上がって、上がって、上がっていって。
意識が溶けます。体が溶けます。
溶け合って、広がって、また収束して。
そうしてわたしは、元の場所に戻りました。
もうちょっとだけ続きます。