パーティー追放女に憑依   作:もぬ

10 / 10
感想や評価ありがとうございました。すごく頑張れました。


おまけ

おまけ①

 

 

「うっす、入るよー。……あれ?」

 

 がらんとしたアパートの一室に、青年の声が響く。

 いつものように、友人と無意味で楽しい時間を過ごすはずだった彼は、しかし、いるべき部屋の主がいないことに気付き、眉をひそめた。

 

「鍵かけないでどっかいったのか? 不用心だって」

 

 ちょっとした寂しさを紛らわせるためか、青年は独り言を口にしながら、勝手知ったるそこへ足を踏み入れる。留守番を買うつもりだ。

 学生らしい狭いワンルーム。漫画とラノベが多い。

 遠慮なく、部屋面積の大部分を占めるベッドに腰掛けると、本が一冊、そこに放り出されているのを発見した。

 手に取ると、それが漫画だとわかる。

 

「あー、またパーティー追放ものじゃん。飽きないのかねえ」

 

 そう言いつつ、パラパラとめくっていく。

 青年がさっと目を通した感じ、ストーリーはこうだ。

 パーティーから追放されたはずの少年に、何故か彼をずっといじめていた同パーティーの少女が、そのまま図々しくついてくる。先の見えない二人旅は、これからどうなっていくのか!

 といったもの。

 微妙なテンプレ外しか、と青年は思った。

 

「面白くなさそうだけど女キャラはかわいいね」

 

 青年は手を止め、繊細なタッチで描かれたキャラクターたちを眺める。主人公が追放されるシーン。

 魔法使いの女。性格が悪そうだ。男キャラ。どうでもいい。

 ヒーラーの女。性格は悪いんだろうが、おっとりした雰囲気の美しい顔つきで、胸がデカい。このおっぱいで聖女は無理――……

 

「……? あ、れ……」

 

 急に、眠気が襲ってくる。

 青年はぐらりと揺れ、友人のベッドに受け止められ。

 そのまま目を閉じ、意識を手放した。

 

 ▼

 

「ん?」

 

 目を開き、しばらく考えて。自分がベッドに寝ていることに気付く。

 ()()はどうしたんだ? 記憶が曖昧だ。

 ……それに。ここ、知らない場所だ。

 ぼうっとした頭が回りだし、手足に力が入ってくるのを感じ、オレは上半身を起こそうとした。

 でも、なんだこれ? やたらと身体が重いぞ。

 

「あれ……」

 

 肩に重みがのしかかり、背中が自然と丸くなってしまう。だるい。熱でもあるのか?

 

「ここ、どこ――んん? え!?」

 

 声が。

 喉が振動し、耳に響く自分の声が。異常に高い音になっている。まるで自分の声じゃないみたいだ。

 そして、よくよく自分の身体を見下ろしてみれば。

 

「ええええ!? でっっっか……」

 

 身体の前方にふたつ、ボールがくっついていた。思わずさわると、ぽよぽよと弾み、それでいて自分自身に変な感触が返ってくる。

 いよいよ、ベッドから立ち上がった。

 今の自分の格好を見ようと思ったが、ボールが邪魔で、見下ろしてもいまいちわからない。

 辺りを見渡すと、古そうな意匠の化粧台があった。すぐに駆け寄る。

 

「はああああああ~~~!?」

 

 そこにいたのは、オレではなかった。

 いや、オレと同じ動きをしている。たぶん表情も。

 でも、映っているのは、全く別の人間だった。

 

「なんだこのデカ乳!! あ、顔可愛い……あ、声も……」

 

 その金髪の少女は、おっとりした性格でいそうな顔つきの美人だが、今は眉を吊り上げて顔を赤らめ、自分の胸を揉んでいる。

 

「や、やば。オレ、あいつの家にいなかったっけ? 人んちでエロい夢見てんのか……? んっ」

 

 茹だっていく頭で、夢中になって鏡を覗いていると。

 どんどん!

 

「うわ!」

 

 ノックの音だった。あわてて鏡から離れる。

 すぐに扉が開き、そこから、見知らぬ男が入ってきた。

 だ、誰だ!?

 ――カイト。私の大切な仲間。

 え?

 

「そ、ソフィア!? なにかあったのか!? 大きい声がしたぞ!」

「え? あ、か、カイト? ううん、なんでもないわ?」

 

 咄嗟に出た言葉は、何故かアニメみたいな女言葉。知らないはずのやつの名前まで、勝手に口から出てきた。

 なんだこれ。

 オレは、誰になっているんだ?

 

「ま、まさか……。君まで、俺から離れていく気か……?」

「へ?」

「い、行かないでくれえっ!!」

「うおおい、ちょい、ちょ」

 

 自分よりも大柄な男が、涙を流しながらすがりついてくる。こわ。

 

「俺は、俺はやっとわかったんだよぉ、自分がどれだけダメで、最低のバカ野郎だったのか!! これから少しでもまともになりたいんだ! ……で、でも、君がいないと、俺は、俺は……ソフィアぁ~~~っ!!」

「うえ、えーと。……お、おいで、カイト? 大丈夫、大丈夫よ」

 

 泣きじゃくる男の声は音量が大きくやかましいので、やたらデカい胸に顔を迎え入れ、押し付けて黙らせる。

 

「よしよし~泣かないで~……」

 

 やさしい声で赤ん坊みたいにあやしてやると、なんか疲れていたらしく、割とすぐ大人しくなった。

 

 ……えーっと。

 なんだろうね、これ。

 これから、どうしたらいいんだ……?

 

 

 

 

おまけ②

 

 

 いつもみたいに、おかあさまに、おにわで、あそんでもらっているときのこと。

 あたしは、きにのぼって。すべって、あたまをうっちゃって。

 それで、全部を思い出してしまった。

 

「なによ、これ……」

 

 鏡の中の自分は、まるで子どものときに戻ったような姿をしている。顔つきとか、髪とか、ところどころ違うけど、あたしとよく似ている。

 この子の名前は“アスニア”だ。いつも両親に呼ばれてきた自分の名前なんだから、もちろんわかってる。

 ……だけど。あたしは、

 “アスリカ”だ。アスニアじゃなかった。

 

「……アスニア? ああ、よかった。目が覚めたのね」

 

 部屋に、誰かが入ってきた。

 声でわかってる。あたしのだいすきな、お母様だ。

 …………でも。

 その姿を見て。あたしは、悲鳴をあげて、尻もちをついた。

 

「? どうしたの? ……ごめんね。怖かったね。痛いのはお母さんが治してあげる」

「や、やめて!! 来ないでよっ!!」

「?」

 

 お母様は、綺麗な顔を困らせて、あたしを紅い瞳で見つめている。

 大人になってるけど、間違いない。自分のことだからわかる。あれは……あの身体は……

 

「あ、あなた、誰なの? アスリカは、あたしのはずなのに……」

 

 そうつぶやくと。お母様は、一瞬、大きく目を見開いて。

 ――それから、それをいやらしく細めて。にいぃって、わらった。

 

「……ふーん。こういうことになるんだ。初めましてアスリカ。でも今は、私がアスリカだよ? よく知っているでしょ、かわいい“アスニア”」

 

 あたしの身体を乗っ取った悪魔は、心底楽しそうに、そう言った。

 

「ち、ちがう。あたしは、アスニアじゃない……」

 

 今の自分を否定しようとして、あたまから追い出そうと首を振る。

 お母様が、ゆっくり、近寄ってきた。

 

「こ、こないで! 悪魔!」

「う。普通に傷つく。天使(むすめ)にそんなこと言われたら」

「あたしの身体、返してよ!」

 

 震える脚に力を入れて、なんとか立ち上がって、当然のことを訴える。

 こいつは、いきなりどこかからやってきて、あたしの人生を奪ったんだ。許せない。怒りで恐怖を上塗りして、立ち向かう。かえせ。かえせ!!

 ……悪魔は。

 アスニアの見たことのない、冷たい表情で、あたしを見下ろした。

 

「いまさら戻りたいの? もう経産婦なんですけど」

「っ!! そんな……」

「別に今のままでいいじゃない。前より才能もあるし、顔も可愛いし、髪質もきれい。両親の遺伝子が優秀だからかな?」

 

 しゃがんで、目線を合わせて。小さい子どもの話を聞いてあげよう、って態勢で、悪魔は言う。

 ……両親?

 ……父親。

 お母様は、“アスリカ”で……、お父様は………、

 

「……っ!! う、おえぇっ」

「! もう、かわいそうに」

 

 自分の身体に、あの、あいつの、ミゼルの血が流れている。

 いやだ、いやだ。どうしてこんなことに。きもちわるい。こんな身体。

 

「助けて……カイト、ソフィア……」

 

 最後にすがったのは、ふたりの仲間、友達。

 カイトは恋人だった。ソフィアは、親友だった。ふたりは、どこにいるの?

 

「あのふたりなら、この前遊びに来てくれたじゃない。またご招待したい? あ、イトナちゃんと遊びたいのかな」

「イトナ……?」

「あなたの幼馴染でしょ。カイトおじさんとソフィアおねえさんの、ご令嬢」

「ふぇ……」

 

 ……どうして。

 信じてたのに、なんで。

 

「ふぇええ……ん。うぇ、えぐっ、あぅぅ……なんでぇ、カイト、ソフィア……どうして……」

 

 子どもの身体だから、一度泣き出したら、涙が止まらなくなった。

 もう、誰もいない。あたしの友達も、家族も、いないんだ。ひとりなんだ。周りにいるのは、悪魔だけ。

 

「おいでアスニア。泣かないで? 泣き顔が一番かわいいけど」

「う、あ……! こ、こないで……」

「つ~かまえたっ」

 

 子どもが大人に敵うはずもなく、無理やり捕まえられて、抱っこされる。

 ……あったかくて、やわらかくて、どうしてか落ち着く。嗚咽がひいていく。でもそれがこわい。

 

「は、はなして……」

 

 暴れれば逃げられるのに、そうしようと思えなかった。

 ……目の前にいる“自分”は、よく見ると、全然自分じゃなくなっていた。

 あたしの身体のはずなのに、胸も……体型も、赤ちゃん育てたからか変わってて、顔も大人っぽくて……。こんな、なんで、どうして……。

 

「なに、おっぱいが恋しくなった? もうとっくに卒業したでしょー」

「ち、ちが……」

「甘えたいのかな。ほら、とんとん。とんとん」

 

 背中を優しく、リズムよく叩いてくる。母親が寝かしつけてくれるかのように。

 泣いて、叫んで、疲れ切った身体は、それだけでまぶたが落ちてきそうになった。

 悪魔は、あたしを抱いて部屋の中を歩き、大きな化粧台の前に座った。

 そうして。あたしの耳に、あの落ち着く声で、ささやいてきた。

 

「ね、アスリカ。きみは幸せになったんだよ。あのままだと死ぬ運命だったんだ。……アスニアは、ひとりで惨めに死ぬのと、私に抱っこされるの、どっちが好き?」

 

 その言葉に、信じるに値しない言葉に、どうしてかすごく怖くなって、ぎゅっと抱き着いてしまった。

 

「いい子、いい子。大好きよ。私の娘だもの。大人になるまで、守ってあげる……」

 

 悪魔はあたしを抱きしめて、体温と鼓動を伝えてくる。

 ぽかぽかと、落ち着いてしまう温度、リズム。

 

「ああでも、そろそろ手がかからないくらい大きくなってきたし……もしかしたら、弟か妹ができるかもしれないよ。アスニアなら、いいおねえちゃんになれるよね? アスリカと違って、愛し合える家族がいっぱいできるね」

 

 ……そうだ。

 前の家族は、血が繋がってるだけで、家族じゃなかった。兄も姉も、親も、人でなし。だからあの家を出たんだ。

 

「英雄になりたかったんでしょ? あなたなら、私達の娘のあなたなら、きっとなれる。お母さんは応援するわ。アスリカの両親とは違ってね……」

 

 立派な冒険者になってから一度だけ、あの家に帰ったことがあった。

 そのときのことは……思い出したく、ない。だから、あたしの家族は、友達は、そのときから一緒の、カイトとソフィアだけだった。

 ……でも、今は……。

 

 あたたかい腕から降ろされて、鏡の前に、一緒に座らされる。

 映っているのは、そっくりな母娘。そのどちらかが、あたし。

 

「あなたはアスニアで、アスリカはあなたのお母さんだよ。……ほら。お母様、って呼んで? いつもみたいに」

 

 じっと鏡を見る。

 “自分”の顔を見て、あたしは……思ったことを、口にしてしまった。

 心の内から、わいてきてしまった言葉を。

 

「お母様……」

 

 そうしたら、お母様は。

 あたしのだいすきな、明るくてきれいな笑顔で、誰も見てくれなかったあたしを、見てくれた。

 

「よくできました。えらいわ、私のかわいいアスニア」

 

 後ろから、ぎゅっと抱きしめられる。

 取り返しのつかないことをした、という怖さが、お母様の体温で和らげられる。

 幼い子どものあたしは、それに、身を任せるしかなかった。

 不安で、何かに掴まりたくて。お母様の手を、きゅっと握った。

 

 

「“レッドブレイズ”!」

 

 子ども用の小さい魔法の杖から、しかし子どもらしからぬ大きな炎を、アスニアは出して見せた。

 まだ幼い彼女の弟も、それを近くで見てケラケラと愉快そうにしている。かわいい。

 さすが僕の娘。才能の塊だと言えよう。笑って褒めたたえると、アスニアはこちらを見て花が咲いたように笑う。かわいい。

 

「もう大人顔負けの魔法使いだね、すごいな」

「あなた」

 

 庭に出てきたのは夫だ。これから仕事に出るところだろう。

 しかし娘と息子の姿を見ていたいのか、僕のとなりに腰を下ろす。

 そう、アスニアはもう手がかからない年頃だ。セシルはまだまだ幼いが、アスニアの方は前世の記憶なんかもあるらしいし、良い姉をやってくれている。

 それで僕は、となりに座る彼に、そっと耳打ちする。

 

「……ね。今夜は、早く帰ってきてね。ミゼル」

「! あ、ああ……」

「あ~ッ!! またイチャイチャしてるっ! やめてってば!!」

 

 僕らの様子を目ざとく察知し、アスニアは、ふたりの間に飛び込んできた。

 ぎゅうぎゅうと挟まってきて、最終的に、ミゼルの膝に腰掛け、身体を預ける。セシルは、僕のところに。

 

「お母様、子供向けのじゃなくて、もっと新しい魔法教えてよ。いろいろ試したい」

 

 幼い弟に笑顔で触れながら、アスニアは話しかけてくる。

 その上から、父親が声を出した。

 

「アスニア、剣も習わないかい。僕が教えてあげられるよ」

「いらないわ。あたし、お父様はきらいだもの」

「は、反抗期早ッ……!?」

 

 おかしな関係だ。

 僕は、どこかいびつな自分の家族たちを、順番に見て。

 しかし穏やかな気持ちなので、くすくすと笑った。

 

 

 やがて、子どもたちが庭での遊びを再開し、父親が出かけるときになって。

 最後に、目が合ったので。

 念を押すように。

 背伸びして、ミゼルの耳元で、熱くささやいた。

 

「夜、待ってるからね。……ね? おとーさん?」

「は、はい……」

 

 

 

 パーティー追放女に憑依……おわり

 

 


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