ガイアセイバーズ3-水にふれる闇、闇をとかす水-   作:独楽 悠

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最終話_そして、今。

「――まさかあんたが、教師やめてこんなこと始めるなんざ、あん時は思ってなかったよなー」

バーカウンターに腰かけ、影斗は頬杖をつきながら感慨深げに言葉を漏らす。慣れた手つきでカクテルを作る男が、彼のコメントに振り向き、ニッと笑ってみせた。

「そう? でもこっちの方がしっくりくるでしょ?」

「まぁそうだな…片鱗はあったよな。しょっちゅう"職員室行きたくない"って駄々こねてたしな、鹿野ちん」

「ちょっと人聞き悪いよ! 受け持ちクラスの生徒の学力争いとか、出身大学の派閥抗争とか、そういうくだらないことに巻き込まれたくなかっただけですよっ」

鹿野はそう吐き出しつつ、影斗の前にグラスを置いた。

「…なんで教師になんてなったんだよ? 最初っからバー経営(こっち)来てりゃ良かったじゃん」

「大学の研究室の縁とか、色々事情があったんだよ。教師もそれなりに楽しかったよ? 君のような、ちょっとはみ出た生徒と触れ合ってる時は、特にね」

「そっすか」

「ぶっちゃけ、あんまり思い入れがなかったのは確か。ただね、君のことはどうしても卒業させたかったんだよね。なんだろなぁ…当時の僕の目標というか、モチベーションになっちゃってたんだよね」

「そんで、俺が卒業した後すぐ辞めたのかよ。…結構ドライなとこあるよな鹿野ちんて」

「いやいや、一応情はあると思ってるよ? だから君のことだけは見届けたんじゃない」

鹿野が人懐っこい笑顔を向けると、影斗は呆れた風に鼻で息をついた。

「結局僕はきっと、人と話をすることが好きなんだろうねぇ」

「だろうな、天職じゃん。良かったな」

「ありがと! ところでさ、髙城はまだなの? 僕学校辞めてから会ってないから、超楽しみなんだけど!」

「…あー、もう着くってさ」

かつて化学準備室で見せていたオフの顔となんら変わらない、歳不相応の好奇心に満ちた顔を寄せてくる鹿野を適当にあしらいつつ、影斗は横目でラインを確認する。

「あの頃はこぉんな小っちゃくて、すっごい可愛かったよねぇ。今思えば、君が彼に夢中になってたのもわかる気がするよ」

「おーい、しゃべり過ぎだって。…あれ、鹿野ちんの記憶どこで止まってるんだっけ? まぁいっか、会えばわかるし」

と、そこでバーの入口が開き、すらりと華奢な青年が入店してきた。

「…すみません、遅くなりました」

「おー、こっち座れ」

影斗に手招きされて近寄ってくるその彼を見、鹿野は口に手を当てながら驚愕の表情を晒していた。

「…もしかして…髙城!?」

「はい。鹿野先生、ご無沙汰しています」

その綺麗なお辞儀をする姿に確信した後、鹿野は顔をそむけ、目頭に手を当てた。

「…こういう成長の仕方は、僕想像してなかったなぁ…」

「だいぶ背、伸びたろ? 鹿野ちんと同じくらいじゃね?」

「そうだね…やっぱり男の子だねぇ」

「もうちっと野郎臭くなると思ってたんだけどな。…これはこれで良いだろ?」

「最高」

「先輩、公衆の面前でそういうこと言うのやめて下さい。…先生も乗らないで下さい」

着いて早々好き勝手に評価され、憮然とした表情になる蒼矢に、鹿野は笑いながらとりなした。

「ごめんごめん。…あぁ、僕はもう先生じゃないからね、ただの鹿野でも、マスターとでも呼んで頂戴ね」

「…じゃあ、鹿野さん何かお勧めのものを下さい」

「君はまだ未成年だったよね、ノンアルコールカクテルでいいかな」

「いいよ有りで。俺送ってくし」

「いえ、頂きません。それと、俺()先輩を送る、の間違いです」

「え、今日は送ってくれんの?」

「店前でタクシーに乗せるところまでは送りますよ」

「…つめてー」

鹿野は、二人のそんなやり取りに黙って耳を傾けながら、カクテルを作り始める。

自分の記憶にある面影から少し成長した二人の姿に、自然と顔がほころんでいた。

…変わらないんだなぁ…中身も、仲の良さも。

「宮島が卒業してからもうだいぶ経つけど、君達は変わらず仲良しだね。今もよく会ってるの?」

「! ええ、まぁ」

「最近はさすがに減ったけどなー。俺大学近くに越しちまってるし」

やや動揺が顔に出る蒼矢の隣で、影斗はカクテルグラスをあおりながら落ち着いた調子で返答する。

「そうなんだ。あ、髙城悪いんだけど、奥の冷蔵庫から氷取ってきてくれるかな? 悪いね、ここ僕一人でやっててさ。カウンター入って来ちゃっていいから」

「あ、はい」

蒼矢が言われた通り奥へ入っていくと、鹿野はやや声を潜めながらカウンター越しに影斗に接近する。

「…進展は無いの?」

「ねぇな、さっぱり。あん時と変わんねぇよ」

「ええっ、じゃあいわゆるそういう(・・・・)関係にもなってないし、交わりもないってこと!?」

「ないない。あいつの態度見てりゃわかるだろ」

「へぇー…四年前の君からは想像つかないね。彼と出会う前は、喰っては捨て喰っては捨てだったのに」

「…そこまでひどかねぇだろ…」

「いや、実際ここまで何もしてない君はちょっと違和感あるよ」

鹿野にそう言われ、影斗はゆっくりグラスを傾けると、頬杖をつく。

「…今のが心地良いってのもあるんだよなぁ…相変わらず可愛気ねぇけど、そこ含めて惚れてるし」

「一途だね。…まぁ確かにあれ(・・)は、新しい扉うっかり開いちゃいそうだなぁ」

「だろ? しかもあいつ、色気もハンパねぇからな。気が無い分憎たらしいくらい無防備だし…たまにムラムラ来るぜー、もう大変」

「すごい自制心だね」

「抑えてばっかりじゃあ、横からかすめ取られちまうんだけどな…。そんなんで、最近はエンジンかけなきゃならねぇかなって思い始めてるよ」

「へぇ…もしやライバルでも?」

「…さて、どうなるかねぇ…」

空けたグラスを鹿野の前に音を立てて置き、影斗はにやりと笑った。

「外野ながら応援してるよ。今日は全部奢ってあげるから、今後も逐一報告宜しくね」

「やりー。おい蒼矢、今日は全部鹿野ちんの奢りだって。じゃんじゃん飲めよ」

丁度戻って来て鹿野にアイスペールを渡す蒼矢に明るく声をかけると、影斗はテキーラボトルに手を伸ばし、セルフでカクテルを作り始めた。

「そんなに腹に入りませんよ…いいんですか? 鹿野さん」

「いいよいいよ、もう好きにして!」

「…ヤケになってませんか?」

「今お前の分も作ってやるからな。えーと、ベースは…」

「あ、ちょっと…酒は駄目ですよ、影斗先輩!」

三年振りに揃って再会した三人の夜が、賑やかに更けていった。

 

―終―

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