ガイアセイバーズ3-水にふれる闇、闇をとかす水-   作:独楽 悠

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第2話_艶やかな新入生

化学準備室を後にした影斗は、さっき通ったばかりの道をぶらぶらと逆に歩き、元来た裏門へ向かっていた。

胸ポケットから煙草とライターを引き抜くと、旨そうに一服目を味わい、上空へと煙を吐き出す。

 

父親の指示で無理やり入学させられたこの国立高校には全く愛着が無く、高等部三年目という最終学年を迎えた現時点で、始業から放課までまともに通った日数は数えるほどしかなかった。基本教諭陣は敵だったが、鹿野のように懇意にしている教員もわずかながらいて、彼らの授業にはそれなりに出席しているものの内容は面白くないので、寝るか漫画を読んで過ごしていた。校内に友人と呼べる生徒はおらず、遊び相手は繁華街をふらついている時に偶然仲良くなった、本名もまともに知らない他校生ばかりだ。中学生の頃からバイクに興味を持ちだし、やがて二輪免許を取得・念願の一台目を購入して以降は、学校への興味を完全に失っていった。

今の影斗を学校につなぎ止めているものは、鹿野を始めとする影斗に興味を持つ教員との関係性だけだった。

 

裏門にさしかかったところで、隅に連なる桜の木々の下で記念撮影に興じている人波が目についた。

影斗は反射的に彼らの視界から外れるように迂回し、鉢合わせにならないように裏門を目指す。

…面倒くせぇけど、見られたら後で絶対呼び出し喰らうからな…

天敵の風紀委員顧問の顔を脳裏に浮かべつつ、煙草を携帯灰皿へ押しつけたところである。

「…!」

桜をバックにしきりにシャッターを切る烏合の衆と影斗の間を、生徒が一人通り過ぎた。

もちろん影斗には気付かず、そのまま平行して突っ切るように逆方向へスタスタと歩き去っていく。

影斗は目を見開いたままその生徒の姿を追い、振り返った姿で固まり、徐々に小さくなっていく後ろ姿を凝視する。

影斗はしばらく立ち尽くしていたが…次の瞬間、柄にもなく駆けだしていた。

 

 

 

「――おい」

背後から呼び掛けられ、事務棟へ入りかけていた件の生徒が振り返った。

声を掛けるまでに幾分か呼吸と整えていた影斗は、立ち止まった彼にニッと笑いかけ、ゆっくり近付いていく。

「えーと…お前、新入生?」

「…はい」

振り返ったその生徒の顔をはっきりと確認し…影斗は再び固まって――否、見惚れてしまった。

…これほどの美人に、男女(・・)含めて今までに出会ったことがあっただろうか。

制服を着ていてかろうじて"男子"だと認識できるくらいで、声色を聞かなければ"男装している女子"と間違われても文句は言えないだろう。

透き通るような白い肌に、形の整った小さめの唇。さらさらと風に流れる焦茶の髪と、その間からのぞく涼やかな目元。長い睫毛の奥にある薄茶色の大きな瞳が印象的だった。

「あの…何か?」

双方見合ったまま少し沈黙し…怪訝な面持ちになる彼に声をかけられて影斗は我に返り、すぐに笑ってとりなす。

「あぁ、いや。…ちょっと聞きたいことがあってさ」

「はい、何でしょうか」

本当のところは別段用は無い。ただ、呼び止めて顔を正面からちゃんと見てみたかっただけなのだが――ふいに、影斗の頭の中に邪な憶測がよぎる。

…ここは、男子校(・・・)なのだ。

勘の鋭い影斗は、視線や仕草、言葉遣いでその人間の趣味嗜好がなんとなくわかる方だ。

在校生との絡みは薄くとも、この中高一貫の男子校にそういう(・・・・)方面の生徒が一定数いて、女子がいないならではの"男子の園"がいくつも作り上げられていることを知っている。

それを踏まえて、影斗は目の前の可愛らしい彼がここ(・・)にいる理由を推測した。

これほど人目を惹くビジュアルなら、これまでの二年間で間違いなく存在に気付いているはずなので、恐らく外部生なのだろう。つまり、"男子校"を選んで入学してきている。

一見、そういう趣味があるようには見えないが――逆に、女に飢えた男子生徒を狙って入学してきた可能性もある。そういう、これまた男子校ならではといったハーレムも現に存在する。

「お前さ…彼女とか、いる?」

「!? っいえ…、いません」

唐突過ぎる質問に、男子生徒は動揺しながらも正直に返答する。

予想通りの回答に、影斗は内でほくそ笑む。…大事なのは、次の質問だ。

「じゃあさ、彼氏(・・)は?」

すると、恥ずかしげに下を向いていた男子生徒の目がわずかに見開かれ、一瞬動きが止まる。

ついでぐるっと踵を返し、元々向かおうとしていた事務棟へ足早に歩を進め始めた。

――えっ。

「…っおい、待てよ」

急な予想外の行動に、影斗はあわてて追い、彼の前に回り込む。

「どいて下さい。もうあなたと話すことはありません」

そう言いながら自分を見上げる彼の表情に、影斗はまたしても釘付けになってしまった。

大きな眼鏡をかけ、ネクタイをきっちり締めたいかにもな真面目風で、ぎりぎり160cmあるかないかくらいの小柄男子が、180cm近い上背の不良体へ真正面から睨み上げてくるのだ。

口元は真一文字に結ばれ、幼さの残る面立ちから不釣り合いな鋭い眼光が注がれる。

「……悪かった。変な質問した」

少し間をおいて、影斗は素直に謝る。態度には出さないようにしたが、内心彼の剣幕に圧倒されていた。

「…怒った?」

「当たり前じゃないですか…! 初対面でする質問にしては、失礼過ぎます。…通して下さい」

「聞けって。失礼だったかもしれねぇけど、からかったつもりはねぇんだ」

「じゃあ、どういうつもりだったんですか?」

脇を通り抜けようとする自分をなだめる影斗を、男子生徒はなおも眉をいからせて見上げてくる。

「…興味、が湧いたから」

「……」

少し口元を緩ませ、緊張感に欠ける表情を浮かべながらそう答える影斗を見、怒気が冷めてしまったのか彼は息をつき、視線を外す。

彼の動きが止まったのを確認し、影斗は改めて声を掛けた。

「俺、三年の宮島 影斗。…お前は?」

「…髙城 (タカシロ) 蒼矢(ソウヤ)です」

「……!」

影斗は、ついさっき鹿野に見せられた今日の式典プログラムを思い出す。

鹿野が目玉と言った『新入生代表の挨拶』脇に、小さく手書きで書かれていた名前。

同姓同名はそういない。目の前にいる彼が、"例外の外部生"なのだ。

…成程ね…

「――もう行っていいですか?」

「! ん、ああ」

そう男子生徒――蒼矢から小さく声をかけられ、ややうわの空になっていた影斗ははたとして道を譲る。

その時には既に蒼矢の表情からは怒りが消え…静かながらも、内の不快感を表したような視線を影斗へ送っていた。

「…っ……!!」

全く好意的でないその上目遣いの二重に、影斗はぞくっとするほどの色気を感じた。

影斗は今まで抱いたことのないほどの興奮に駆られていた。高揚を抑えきれず、どんどん顔が熱くなっていく。

…なんだこいつ…! さっきっから、ビジュアルから全然想像つかない顔つきしやがる…

…おもしれぇ…!!

前を開けられると、蒼矢は影斗から視線を外し、黙ったまま歩き出す。

「――おい!」

数歩行ったところで影斗は呼び止め、蒼矢は少し振り返る。

「…代表挨拶、すんだろ。頑張れよ」

「……!?」

その物言いに、冷ややかだった蒼矢の目が大きく見開かれ、驚愕の表情に変わって向き直る。

「…っなんでそれを…」

それには答えず影斗はニッと笑い、蒼矢に近付くと固まったままのその肩に手を置く。そして空いてる方の手で彼の眼鏡を外し、顔にそっと唇を寄せた。

「――。」

完全に動けなくなった蒼矢の胸ポケットに眼鏡を差し込むと、影斗は肩をポンポンと叩いて離れていく。

「またな、蒼矢」

軽く手を振りながら、ささっと視界から小さくなっていく影斗の背中を、蒼矢は呆然と眺めていた。

「……なんだ、あの人…」

頬に手を当て、そう小さく呟いた。

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