日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
そういうもの 1
恋愛とは二人で愚かになることだ。
「二言は無い、と」
――右掌底。
「大見得切って言ったのは」
――左拳打。
「どこのどなたでしたかぁー?」
――右回脚。
「ぐあああああっ!」
まるで格闘ゲームのような三連コンボを叩き込まれて、文字通り身体を吹っ飛ばされた。
き、鍛えていて良かった。提督になる前だったら、下手すりゃ死んでたぞ!
「まったく、本当にあなたはどうしようもないですわね」
傲岸と、長谷川の紫の瞳が見下ろしてくる。
その後の様子を尋ねられたので、先日の川内との一件を素直に話したところ、強引に格闘訓練に付き合わされた挙句にこの仕打ちである。
「それについては申し開きの程もないし全面的に私が悪かったけど、訓練で殺しにかかるなっていうか、マジで死ぬところだったわー!」
「それだけ叫べれば大丈夫です」
「でも、その後は上手くやってるんですわね?」
「……まぁな」
ありがたくも川内は、私を避けずにいてくれる。
どころか、距離を詰めようと健気に振る舞ってくれているのだろうか、あれは。
「夜戦の時のあの調子から勘違いしてたけど、あいつ料理は上手いわ事務処理はきちんとやれるわ達筆だわ、自分で言うだけあって本当女子力高いんだよなぁ……」
「ふふ、ごちそうさまですわ。まぁどこの鎮守府にも、川内の書いた『夜戦主義』の掛け軸が一枚はあるものですからねぇ。飾るかどうかはその提督次第ですが」
もちろん、うちでは執務室にきっちり飾ってある。
「で、『そっちの夜戦』はもうしましたの? うちの川内はちっとも応じてくれませんでしたが、大体の川内はそっちの夜戦も大好きみたいですけど」
「……? 『そっちの夜戦』……?」
なんだろう、何かの隠語だろうか。
「あら、意味すら知らない。ということはまだですわね。あなたになら応じると思ったんですけどねぇ」
「だから何の話を」
「昔はとっかえひっかえ、猿みたいにパッコパッコされてたんですから、とっととしてしまえばよろしいのに」
「言い方ぁ! というか、え、なに、『そっちの夜戦』ってそういう……?」
「ですわよ」
しれっと言い放つ長谷川。
お、お前にそういうこと言われると、さすがにちょっと釈然としないぞ……!?
「出来なくなった、わけではないですわよね? それはさすがに、色々と考えますが」
「無い無い、それは安心しろ。研究所時代は出会いが無かったから恋人はいなかったけど、まぁ金で解決はしてたよ」
「……そうですか」
まぁ、確かに一時期勃たなかったんだが。
今、それをこいつに言うべきではないことは、さすがにわかる。
「だから、安心しろ」
あれは完全に私が悪かったんだから、お前が気に病む必要は無いんだよ。
「羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ娘です。あ、あの……ごめんなさいっ!」
「いや、何も責めてないよね私っ!?」
概念核からの受肉直後、開口一番に何故か謝られて、思わずそんなツッコミを入れてしまう。
「あっ、ごめんなさいっ! 私、『ごめんなさい』が口癖で……」
「そ、そうか。とりあえず川内、うちを案内してやってくれ」
「はいはーい。羽黒さん、こっちだよー」
川内に連れられて羽黒が工廠を出て行く。
その背中を見送りながら、ぼんやりと考える。
――ああいう気弱ではっきり物を言えないタイプは、率直に言って少し苦手だ。
私は小さい頃から、他人の気持ちを察するのが苦手だった。
きっと多分、そこに特別な理由は無い。
両親は本当に普通の人間だったし、当たり前のような家庭に育ったから、環境が原因などではない。本当に、たまたま生まれつきそうだったとしか言いようが無いのだろう。
だけどその生まれつきの特性は、私の人生に小さくない影響を与えてきた。
最初のうちは、よく虐められた。
自分が「他の子と違う」ことに気付き、他の子を真似して振る舞えるようになってからは、そうした虐めに遭う機会はなくなった。
……何故なら逆に、私が他の子を虐める側に回ったからだ。
そして思春期を過ぎてからの私は、立派なクズに育った。
別に喧嘩は強くなかったが、色んな周りの人間を自在に操っていた。
金も年齢不相応に持っていたし、女に困ることなど一度も無かった。
正直に言って、この時代のことはあまり思い出したくない。
けれども幸いにして、私は更生する機会を得た。
学生時代の終わり頃。ある一人の海上自衛隊員の男性と出会って、私は自分の行いが、恥ずべきことだと認識できるようになった。
今までの行いを反省し、償うべき相手には償った。悪縁も断ち、改めて真面目に生きようと決意した頃……。
その自衛隊員の妹から、恋のお誘いを受けた。
女性にモテるのは別に初めてのことでは無かったが、私のクズっぷりを知っていた彼女に誘われたのは、意外に思った。
けれどもその誘いに応えたのは、もしかしたら私も彼女のことをそれなりに好きになっていたのかもしれない。
彼女はいつも控えめで、あまり自分の意見を言わない女性だった。
本当にそんな性格だったら、そもそもそんな簡単に最初の誘いをしてこないだろうと、今なら思えるのだが、この当時はそこまで頭が回らなかった。
あるいは普通に他人の感情を察せる人間なら、すぐに気付けたのだろうか?
……私はそうでは無かったから、結局どうだったのかわからない。
彼女の真意に気付けぬ私と、自分の性質をまだ知らぬ彼女と。
きっと私たちは、どちらも等しく愚かだった。
でも深く傷付いたのは彼女で、傷付けたのは私なのだから。
砕け散った恋の破片が、どれだけ心に刺さっても、私には文句を言う資格など無いのだろう。
――ああいう気弱ではっきり物を言えないタイプは、率直に言って少し苦手だ。
怯えたような羽黒の顔を思い出しながら、私は唇を噛み締めるしか出来なかった。
※長谷川の出番は落ち着くと言ったな?
あれは嘘だ(真顔)
――いや真面目な話をすると、本当にここの部分で登場予定は無かったのですが。
過去の投稿を読み返したところ、
「日下部提督、長谷川に『二言はない』(キリッ)とか大見得切ってるじゃないですか、やだー!」
となりまして、急遽制裁のため前半部分にご登場いただいた次第であります。