日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
まったく想像力でいっぱいなのだ。狂人と、詩人と、恋をしている者は。
「提督。Danke……い、いえ、ありがとう……」
その日執務室に大規模改装の報告にやってきたのは、白い肌と蒼い瞳、そして薄い金髪を持った軽空母だった。
秋刀魚祭りで着任したばかりの神鷹が、集中的な育成により一度目の大規模改装を迎えたのだ。
「どういたしまして。そろそろ当艦隊も秋イベの後段作戦に向かうが、早速活躍してもらうよ」
「はい。がんばり……ます……」
神鷹の大規模改装可能な練度は比較的高い。戦場は選ぶ必要があるが、有効に戦える海域ならばすでに実戦に耐えうる強さになっていると言えるだろう。
声音は今ひとつ気弱だが、気弱なりに決意を示してくる神鷹の姿を好ましく思う。
「そういえば前世のお前の境遇について調べたんだが、ある人を思い出したよ」
「ある人……?」
日下部の言葉が意外だったのか、神鷹は小首を傾げる。
「異国の地で一人、寂しさと戦いながら頑張った人を知ってるのさ」
日本に接収され、空母・神鷹に改装されたドイツ客船・シャルンホルスト。神鷹がその魂を失っていないことは、少し話せばすぐにわかる。
きっと日下部の知るその人も、当時は神鷹と同じような寂しさを味わっていたのではないだろうか。
「もっともその人はお前と違って自由に祖国に帰れたから、一緒にしたらお前に失礼だけどね」
「誰……ですか……?」
「シルヴェーヌ・ヴァランタン提督。私の母親だよ」
それは初めて聞く名前のはずだ。あの夏の地中海に、日下部鎮守府の神鷹はいなかったのだから。
にも関らず神鷹は、蒼い瞳をいっぱいに見開いて驚きの表情を浮かべた。
「……、私、提督の
「似てない似てない。ただ、お前を見てて思い出したってだけだ」
神鷹の言葉に、日下部は思わず苦笑しそうになる。
シルヴァと神鷹は肌の白さと顔立ちは少しだけ似ているかもしれないが、性格は真逆と言って良いくらいに違う。口が裂けても「似ている」などとは言えないだろう。
「そう……ですか……」
「……? なんだ、ショックを受けたような顔をして。いやまぁ実物知ってたら、あれと一緒にされるのは心外かもしれないけど、お前は知らないだろ。……知らないよな?」
「あの……そういうこと、じゃ……ない、です……」
日下部の言葉に対し、神鷹は首を横に振る。
「
「あ、ああ。明日から出撃だから、ゆっくり休んでくれよ?」
「はい。ありがとう……ございます……」
礼は述べていても。執務室を退室するまで神鷹は、浮かない表情を消すことはなかった。
「なんであんな顔したんだ神鷹の奴。さっぱりわからん」
それまでは本当に何事もなかった神鷹の態度の急変に、日下部は訝しそうに呟いた。こんな時に限って、川内は演習標的艦の任務で席を外している。
――他者の感情に先天的に共感できない日下部ではあるが、この件に限っては仮にその特性がなかったとしても、神鷹の感情を理解することは相当に難しかっただろう。
(
こんな、心配性にも程がある想像力たくましい思い込みなど。
秋イベント後段作戦、第二海域。大本営から下された指令は昭南方面から本土にかけての航路で、南号作戦を遂行しろというものだった。
南号作戦と言えばかつての大戦末期、日本が実施した大規模資源輸送作戦だ。
この時期の日本はもはや、大戦劈頭で獲得した南方資源を本土に運ぶことすらままならなくなっていた。アメリカの機動部隊は南シナ海まで悠々と侵入を果たし、潜水艦はあらゆる海域に遍在して日本の
日本側も乏しい戦力をやり繰りして海上護衛に注力したが、焼け石に水だった。
この海上護衛の主役となったのが、駆逐艦や海防艦。そして船団護送の目的で運用された小型・低速の空母、いわゆる「護衛空母」である。
前世における神鷹もまた、護衛空母としてヒ船団を守って戦い、そして沈んでいった。
『だからMM機関で資源を出せる現代で、なんで輸送作戦が必要なんだよ……』
なんとか輸送作戦を完遂したところで、通信機からは日下部の今更すぎる愚痴が吐き出された。
「那珂ちゃんに言わないでよー。終わったんだからいいでしょー! 艦隊帰投しまーす」
艦隊のアイドルを自称する那珂は軽やかに言葉を返す。
そんな那珂に寄り添うように声をかけたのは、有明だった。日下部の周辺では長谷川提督の嫁艦としての印象が強いが、日下部鎮守府にも有明は着任しているのだ。
「四水戦として、那珂さんと一緒に戦えたのは嬉しかったぜ」
「有明ちゃんが四水戦に来た時、那珂ちゃんはセンター引退しちゃってたもんね。由良ちゃんの指揮下で戦ってたんだっけ?」
「だな。つってもお互い、南号作戦の頃にはもう沈んじまってたよな……」
かつての大戦の開戦時には第四水雷戦隊の旗艦を務めていた那珂だが、大戦の中頃には損傷による内地帰還に伴ってその座を軽巡・由良に譲り渡していた。有明を含む第27駆逐隊が四水戦に所属するのは、その後の話となる。
そして二人とも1945年1月に行われた南号作戦の当時には、すでに撃沈されていたのだ。
「海上護衛かー。那珂ちゃん対潜攻撃は得意な方なんだけど、普通の巡洋艦を輸送船の護衛に使うわけにもいかないよね」
「駆逐艦でも、初春型はお世辞にもそういう用途に向いてるとは言えないしな。まぁ輸送船の護衛どころか、駆逐艦そのものを使って鼠輸送なんざやってたこと考えると、贅沢は言えたもんじゃないんだが」
「桃ちゃんみたいな松型の子とか、あと神鷹ちゃんみたいな護衛空母の子の役割だよね」
そこまで言って、那珂は言葉を切る。
彼女たちだって、望んで対空対潜に特化した性能になったわけではない。時代の要請からそうならざるを得なかっただけなのだ。
「神鷹ちゃんは空母やめて客船に戻りたいみたいだけどさ、それって那珂ちゃんが軽巡じゃなくてただのアイドルになるようなものだよね?」
「那珂さんの前世は別にアイドルじゃなかったんだから、ちょっと違うんじゃないか?」
「あ、そっか。まぁでも仮にこの戦いが終わって、それでもみんながこの世界に残れたとして……『艦』じゃなくてただの『娘』になるのって、艦娘にとって本当に幸せなのかな?」
那珂はふと頭をよぎったことを、素直に口にする。
「そんなの、そいつ自身が決めればいいんじゃないか。少なくともあたしは、それを心から望んでる有明を一人知ってるからな」
紅薔薇姫と恋人から呼ばれている艦娘を思い浮かべながら、日下部鎮守府の有明はとてもシンプルな回答を返した。
「……そっか。そうだよね」
姉である川内や神通は好きなものを好きと言って生きている。自分だってそうだ。なら神鷹だってそうすればいいはずだ。
あれこれ心配性に悩むよりも、その方が世の中案外上手く回るのかもしれないのだが……さて、彼女がそれに気付くのはいつになることだろう。
秋イベントとしての南号作戦、最終局面は空母ヲ級率いる敵連合艦隊との艦隊決戦だった。
神鷹を旗艦とする「ヒ船団」の名を冠する艦隊は、臆することなく敵艦隊に立ち向かう。
『珍しいな加賀、これ砲撃支援だぞ。どうして旗艦に志願を?』
日下部は少しでも戦力差を埋めるため、砲撃支援を行う艦隊を編成していた。
この艦隊の主力となるのは戦艦だが、一人までなら空母を加えることができる。そしてその空母を旗艦にしても、特に運用上の問題はない。
だがそれでも、わざわざ空母が砲撃支援艦隊の旗艦を志願するのは珍しいことだと言えるだろう。
「前世であの子の在り方を変えた原因のひとつは、私ですから。ここは譲れません」
加賀はその質問に対し、少なくとも表面上は淡々と回答する。
ミッドウェー海戦の敗北による空母4隻の喪失がなければ、日本海軍はあそこまで空母の確保に躍起になることはなかっただろう。わざわざ戦時徴用したドイツの商船を、改装空母にすることもなかったのだ。
前世のことにまで、責任を感じているわけではない。それでも日本の空母の「顔」として、その在り方を見せてやりたいと思う。
『なるほどな。よくわかった。ならば遠慮はいらん、全力でぶちかませ!』
「了解。砲撃支援艦隊、敵の数を減らします。支援攻撃開始! 鎧袖一触よ、心配いらないわ」
加賀は号令と共に艦載機を放つ。艦攻と艦爆たちが敵艦隊を叩き、一瞬遅れて戦艦たちの砲撃が敵艦隊に突き刺さった。
砲撃支援によって敵が怯んだその一瞬の隙を突き、神鷹は艦首を風上に向ける。それは艦載機が両翼に風を受け、重力の枷を解き放って中空へと舞い上がる時の動き。
「攻撃隊、発艦始めて下さい!」
神鷹の放った艦載機は敵艦隊の対空砲火をすり抜け、砲撃支援により数を減らした敵艦隊の直上へと殺到した。爆撃と雷撃が敵随伴艦のさらに一部を吹き飛ばす。
当然敵の攻撃隊もこちらに攻撃を加えてきているが……爆撃の上げる噴煙と水柱を切り裂くようにして、随伴の駆逐艦たちが敵艦隊に向かって突入していく。
駆逐艦たちは敵随伴艦と激しく砲火を交わしながら、ヲ級に対する雷撃の好機を狙って必中距離へと肉薄しようとする。
対するヲ級はその目論見を避けようと、航路を変針して距離を取ろうとした。
「そこ! 神鷹航空隊、どうかお願いします……!」
空母の戦いは、艦載機を放って終わりではない。常に戦況を三次元的に把握し、一瞬の隙を見付けてそこを突くものだ。
前世では旧式機を積んでの船団護衛が主な任務だった。最新鋭機を搭載しての艦隊決戦など、艦娘に生まれ変わらなければ絶対に行うことはなかっただろう。
――それでも。最高の手本は、たった今目の前で見ることができた。
まるで直前の加賀の動きをなぞるように。敵艦直上、限りなく垂直に近い角度から一気に急降下した神鷹航空隊の艦爆が、重力加速度を十分に乗せて爆弾をヲ級の甲板に叩き付ける。
艤装に込められた想念力を地球意志の加護が増幅させ、ヲ級の「装甲」……人類の技術限界を遥かに超える濃度の想念障壁を、真っ直ぐに貫徹する。
想念を物質化させて作られたヲ級の肉体は、激しい爆風に包み込まれて海中へと没していった。
「お見事! よくやったぞ神鷹!」
艦娘運用母艦「いが」の司令室。戦闘の様子を映像越しに見ていた日下部は、ヒ船団の旗艦に声をかける。
護衛空母と駆逐艦を主力とする艦隊で、正規空母1を含む敵連合艦隊を殲滅。これを大戦果と呼ばずして何と呼ぶか。
『私……その、あの。ありがとう、ございます。みなさんのお役に立てて、私、神鷹は、嬉しい、です。よかったぁ……』
通信機越しに流れてくる声は相変わらず透き通っていたが、それでも隠しきれない喜色がにじみ出ていた。
『あの、提督……』
「うん?」
室内の大モニタに映し出されている神鷹の表情には、何かを期待するような色がある。
残念ながら日下部には、そんな細かい機微は理解できない。しかし室内には他に戦闘を観戦していた艦娘が数名おり、彼女たちはそのことにしっかりと気付いていた。
『いえ、なんでもない……です……』
「ん? そっか。気を付けて戻って来いよ」
――帰ったら頭を撫でて欲しい。
先の戦闘の勇ましさとは裏腹に、恋ではそんな一言すら口に出す勇気を出せない神鷹は、自らの言葉を呑み込んでしまう。
「あれ昔の加賀さんみたいな感じよね、多分」
「好きだからこそ変なことが気になってしまう気持ちは、理解できるのだが」
そんな神鷹の様子にじれったそうな声を挙げたのは、観戦していた瑞鶴と日向。それぞれ第四・第五航空戦隊所属の「空母」だった。
「普段の言動はあんなだけど、加賀さんなんだかんだ面倒見いいからね。今回だって神鷹に背中を見せてやるんだって張り切ってたみたいだし。日向さんとかかわうちのケッコンの時みたいに、実戦だけじゃなくて恋でも世話焼くつもりなのかな」
「……まぁ、その節は大変に勇気づけられた。でも実戦ではともかく、恋ではもう見せる背中はないだろう?」
「当たり前だよ! 見せられたら困る!」
日向の言葉に、瑞鶴は悲鳴に似た声を上げる。加賀が今から恋における勇気を見せるということは、自分ではない誰かに告白するということで……そんなの冗談じゃない。
「順番から言えば、加賀に勇気をもらった私がやるべきなんだろうがな。私だって提督以外に誰かを愛するつもりはないな」
「んー……」
日向の言葉に、少しだけ瑞鶴は何かを思案する顔になる。
「そうじゃない気がする。神鷹が何を気にしているのか、今ひとつ正確にはわからないけど……なんとなくその力になれるのは、私たちじゃない気がするんだ」
「なんとも曖昧模糊とした話だな。ならいっそ、海外の空母にでも任せてみるか。と言っても現状では、ヴィクトリアスしかこの艦隊にはいないわけだが」
「海外の空母ねぇ……そういえば先行している他の瑞鶴から聞いたけど、この秋イベでは『あいつら』の艦娘が出る可能性があるんだって」
「あいつら?」
日向の言葉に、瑞鶴は思い切り顔をしかめて、
「
アメリカという国の恐ろしさのひとつを象徴する言葉を口にする。
言い方が吐き捨てるようになってしまったのは、これはもう仕方ないだろう。前世の因縁など海に還すべきだ……そう頭では理解していても、ある鳥料理と同じで苦手なものは苦手なのだ。
現に日向だって、その名を耳にして息を呑んだのだから。
「そうか。だがそれは神鷹の件を抜きにしても、味方になれば頼もしいこと間違いないな」
「なればね。提督さん、ここぞという時には運がないからなぁ。夏の時もネルソンやアーク・ロイヤルを掘り逃してるし」
事実とはいえ容赦のない瑞鶴の言葉に、思わず日向は苦笑を浮かべるのだった。
※リアル都合と春イベのためずいぶんと間が空いてしまいましたが、ようやく次話をお届けできます。
ちなみにSS時間軸は
ツイッターでリアルタイムに話を追って下さっている方は、この半年ほどでずいぶん日下部鎮守府も様変わりしたことをご存知だとは思いますが、ええこの当時はヴィクトリアス以外にいなかったんですよ海外空母……。
神鷹の恋は始まったばかりです。半年以上後のリアル2022年6月9日現在、まだ決着していません。改二になるまではしないと思いますが、他に優先して大規模改装する艦が多いのでなかなか難しいところです。
とはいえこの半年の間に少しずつ「進展」はしてます。「好きです、じゃあシましょう」な感じで股の緩い日下部と艦娘たちの恋模様の中では、割と貴重なスピード感かとは思います。
艦これ本編の春イベ、E2-1までクリアしてこれからE2-2に挑むところです。
とはいえリアル都合の方は6月の最繁忙を抜けたので、おそらく投稿ペースは少しは戻せると思います。せめて秋イベの話だけでも早く終わらせたいところなので(混乱しますからね)、しばしお待ちを。