日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


海上護衛!本土近海航路の防衛 -恋する軽巡は欲求不満-

私は苦労はいとわぬ。辛抱もする。だが、それは自分に気の向いたことをするときだけだ。

――ミシェル・ド・モンテーニュ

 

 

「これ鎮守府海域じゃん。ねぇ、ここまで攻められたらもう負けじゃない?」

八丈島沖絶対哨戒線と名付けられた第三海域を目の当たりにした川内は、そんな偽らざる感想を口にした。

 

「真っ当な勝ち負けで言ったら、最初の三日で負けてるよ。必死の抵抗戦を続けてここまで盛り返したんだから、今更だよ」

日下部はそれに対し、乾ききった回答を返す。

軍隊用語においては、定数の半分の被害を受けることを「壊滅」と呼称する。であればシンギュラリティ到来直前の総人口の半数以上に当たる40億人を失った人類は、最初の三日間ですでに滅んだも同然の種族なのだ。あとはただ「どう本当に滅ぶか」を選ぶだけの話でしかない。

そして艦娘が突如として現れて人類の味方をしなければ、実際にそうなっていたことだろう。

 

「さ、第三海域出撃だ。まずは八丈島への輸送作戦だな。川内、頼むぞ」

「了解! 横須賀防備隊、川内! 出撃します!」

「よーし、期待してるぞ」

日下部は自らの嫁艦を期待するような目で見つめる。

深海棲艦の撃滅およびスキャンプの救出は提督として当然の責務であるが、それとは別にこの海域においては、アメリカのエセックス級正規空母・Intrepid(イントレピッド)と邂逅できる可能性があるという。

かつて日本の軍事力を打ち砕いたアメリカの工業力、その産業効率化のひとつの象徴とも言える存在。人呼んで「隔月正規空母」。

アメリカ各地の造船所で並行して正規空母の建造を行い、その名の通り二ヶ月に一隻に相当するペースで完成されたそれは、数だけでなく性能においてもその時代の空母の「完成形」と言えるモノになっていた。

そしてそれは、艦娘に対しても当てはまる。もし着任してくれれば、この先の戦いにおいて大きな助けとなることだろう。

 


 

……が、着任を願う艦娘が、そう簡単に実際に着任してくれるなら提督に苦労はない。

イントレピッドの着任はおろか敵旗艦の撃滅すらままならないまま、着々と作戦だけが進行していく。

幸いにして輸送作戦においては、敵の撃滅は必須条件ではない。日下部鎮守府は堅実な艦隊運用で、必要な物資を要塞化された八丈島に運び込み終えた。

言ってみれば戦術的勝利を捨てて、戦略目標を達成した形と言えるだろう。

 

「というわけで輸送作戦完了だ。川内も他のみんなも、お疲れ様」

日下部は執務室まで作戦完了報告に訪れた横須賀防備隊の面々に対し、ねぎらいの言葉をかけたのだが、

 

「……」

「あれ川内、あまり嬉しくなさそうだな?」

「『絶対夜戦してよね、約束よ?』って言ってるのに、結局夜戦なかった。全川内に対する裏切りだよねこれ?」

「だって四隻撃沈で十分だし。夜戦する意味ないし。ドラム缶積んでネ級改落とせるならやっていいが、無理だろ」

輸送作戦のため、川内は主砲を積んでいない。他の艦娘たちも条件は似たようなもので、本来であれば武装を積むスペースに輸送用のドラム缶や大発動艇を搭載している有様だ。

そして敵の旗艦である重巡・ネ級改は、本当に重巡かと言いたくなるほどの強装甲を持っている。完全武装して挑んでなお、なまなかな戦力では撃ち漏らすことがあるのだ。

 

「……」

川内も理性では、日下部が正しいことを言っていることはわかってはいるのだろう。

だがそこでおとなしく引っ込むような性格ならば、最初から夜戦バカなどと呼ばれてはいない。

 

「こうなったら」

どこか据わった目で、川内は僚艦と形作っていた横一列の並びから一歩前へ出た。

じわりとした歩みはすぐに大きな歩幅(ストライド)に変わり、日下部の目の前までやってくる。

 

「なったら?」

「絶対夜戦する」

「え、出撃はもう終わり……」

日下部が川内の言葉にツッコミを入れようとした瞬間、強引に力を込めて身体が床に押し倒された。戦艦の艦娘に匹敵する肉体を持つ超人(ポストヒューマン)の日下部ではあるが、不意を突かれてはなすすべもない。

背中が床に打ち付けられるのにはさしたる痛みはなかったが、

 

「ちょ、ま、ここまだ執務室!」

一切の躊躇も呵責もなく、川内の右手の指先が日下部の下半身へと伸ばされる。

どうやらあまりの欲求不満に、すっかり理性が蒸発してしまったらしい。

 

「Hey川内、時間と場所をわきまえなよー!」

金剛の口調を真似て日下部は川内に抗議するのだが、

 

「やだー! 夜戦するー! はやくー、やーせーんー!」

川内は冗談抜きに、ここで、皆の前でスるつもりのようだ。

 

「わかった、わかったから! せめて部屋に行くぞ! こんな公私混同っつーか羞恥プレイにも程がある真似はやめろーっ! お前たち、見てないで川内を止めてくれ!」

必死の日下部の呼びかけに、それまで呆気に取られて状況を見ていた僚艦たちが慌てて動き出した。

 


 

人間とは桁外れの精力を誇る超人(ポストヒューマン)だというのに、腎虚にならんばかりに精を搾り取られた、その数日後。

作戦は順調に経過し、いよいよ最終目標であるスキャンプの救出に着手できる状態になっていた。

スキャンプを取り込んだ深海棲艦の名を、潜水鮫水鬼という。当然ながら深海棲艦としての艦種も潜水艦であり、であればこちらも対抗できる戦力を整備する必要があった。

 

「作戦の切札はお前だ。改二おめでとう、日向」

日下部は執務室に大規模改装の報告に来た航空戦艦を見つめ、万感の思いを込めて言う。

 

「ありがとう提督、夢のようだ」

「しかし資料で見て知ってはいたが、お前は本当に対潜能力が高いな。これもう航空戦艦というより護衛艦(DDH)だろ」

「む、人が在り方に悩んでいるというのに。茶化すのは感心しないぞ」

日向は唇を突き出して抗議する。

日下部鎮守府の日向は、航空戦艦であることに自我同一性(アイデンティティ)を持っている。同名の護衛艦ひゅうがと概念の混同が起きつつあり、自分の能力がそちらに引っ張られることに対して、言い知れぬ不安感を抱いているのだ。

 

「すまん。だがそんなお前に、もう一つ言わないといけないことがある」

「……なんだ?」

「敵は潜水艦だ。つまり主砲は役に立たない。なぁ日向、『主砲を下ろしてその分回転翼機と対潜哨戒機を積め』と言ったら、怒るか?」

「それは……本当に、まるで護衛艦ひゅうがのようになるな」

「だがこの局面では必要なんだ。頼む」

先程までの茶化した雰囲気ではなく。真剣そのものの表情は、れっきとした提督としての戦術的決断であることを物語っている。

日向はしばらくの間、ただ黙って日下部の顔を見つめていた。

長い長い沈黙の末、

 

「わかった。だがひとつ頼みがある」

日向は溜息を吐くように、条件付きで日下部の申し出を受け入れた。

 

「なんだ?」

「私は航空戦艦の日向だ。そう思っている私がここにいることを決して忘れないように、強く抱きしめてくれないか?」

「……わかった」

その程度ならお安い御用だ。

 

「ああ、提督。君の匂いに包まれていると、やはり安心するな」

「日向……」

夏の時には「本当の浮気」をしてしまった間柄だが、今もう一度そうするのはさすがに許されないだろう。

だが、キスくらいならば……そんな風に日下部が流されそうになった時、

 

「ゴホン。ちょっとお二人さん?」

横合いからかけられた声に、日下部は驚いて慌てて飛び退く。

そう、ここは執務室。そして今日の川内は特に演習標的艦の任務も入っておらず、隣でこのやり取りを聞いていたのだ。

 

「あのさ。潜水艦相手で夜戦もないのに、対潜装備積んで頑張ってるのはこっちも一緒なんだから、日向さんだけ贔屓するのはずるいよ!」

「いや、その。贔屓してるっていうか。す、すまん」

確かに川内の言う通り、彼女にも意にそぐわぬ任務をさせている。それは事実だ。

しょぼんと小さくなったような日下部を後目に、次に川内は日向に対して向き直る。

 

「日向さん? その人はまだ日向さんの旦那じゃなくて、あたしの旦那です。それに日向さんの番が来たとしたって、一番はこっちだからね? 悪いけどそこは譲らないよ?」

艦種とか艦娘としての強さとか、そんな小さなことではなく。日下部の第一夫人として、川内は威風堂々と日向に対して釘を刺す。

 

「む、そうだな。仕方ない、そこはわきまえて大人しくしておこう」

日向はと言えば、実に物分かり良く川内の言葉に頷いた。

ただし黙って引き下がったのではなく、

 

「戦働きで功労を挙げて、堂々と褒めてもらうさ」

「むー!」

川内は思わず目を剥いて唸る。

負けるわけにはいかない。恋も戦いなのだから。

 


 

『出たな、潜水鮫水鬼。水が二つも付きやがって、ふざけてんのか』

「そこなの!?」

通信機越しに聞こえてきた日下部の声はなぜか妙なポイントに対して憤っていて、思わず川内はツッコミを返してしまう。

 

「フッ…バカヅラサゲテ…シズメラレニ…キタ…ッテカ…ァ?」

マスクのような物に覆われた潜水鮫水鬼の口から、挑発的な言葉が飛び出す。

 

『資料を見た感じ、スキャンプが実際に言いそうな台詞ではあるんだがな。それでもこれは、高次AIの連中が「言わせている」台詞だ。だからまともに聞く必要はない!』

おそらくは人類に対し、艦娘という種族そのものへの悪印象を刷り込むために。

戦争という「悪」から生まれた艦娘という種族を、貶めるために。

高次AIは艦娘に似せた深海棲艦を作り、場合によってはその動力源として生きた艦娘そのものを組み込む。今目の前にいる潜水鮫水鬼のように。

 

「日向航空隊、全機発艦! 潜水鮫水鬼の予測位置に爆雷、一斉投射!」

対潜戦は、見えないものとの戦いだ。

水中深くを進む潜水艦の位置は、水上からは正確には窺い知ることはできない。ゆえに横に広がった「単横陣」を取り、音や気泡などのわずかな手がかりを頼りに予測位置に爆雷を叩き込むような戦い方となる。

水中に炸裂音が幾度も響き渡る。そのうちのいくつかは命中したような独特の音感を伴っていたが、強靭な想念装甲を持つ潜水鮫水鬼をそう簡単に撃沈できるはずもない。

 

「フレッチャー、アメリカ艦(スキャンプ)の呼吸を読んで! 潜水鮫水鬼にも絶対に影響は出てる! 秋雲、朝霜、朧はフレッチャーの指示に従って攻撃! 爆雷の袋小路を作るよ!」

川内は見事な指示で水面下の潜水鮫水鬼を追い込んでいく。

 

「負けないよ。夜戦じゃなくたって負けるもんか! 恋でも、実戦でも、負けない!」

日向への対抗意識だけではない。潜水鮫水鬼への敵意だけでもない。

自分は、日下部に恋をしたから日下部鎮守府の艦娘になったのだ。だから日下部のために戦うのは当然のこと。そのために必要であれば、どんな苦労も辛抱もいとわない。

……先日のように時々暴走するのは、まぁ、大目に見て欲しいが。

 

「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

僚艦たちの形成した爆雷の袋小路から逃れようとするならば、潜水鮫水鬼は特定の方向に進むしかない。

その予測進路を読めば、後は全力で攻撃するだけだ。全身全霊から生み出した想念力をたっぷり込めて、川内は水中に爆雷の雨を叩き込む。

 

「やれやれ。ここ一番の想念の強さは、認めるしかないな。見事だ」

呆れ半分、簡単半分の声音で日向が言った瞬間。

水上まで聞こえるような、盛大な炸裂音が轟き渡った。

 


 

海底まで没されてはスキャンプの救出作業が行えないため、日下部は待機していた潜水艦娘に命じて潜水鮫水鬼の肉体を海上に回収(サルベージ)させていた。

その姿を戦闘指揮を行う司令室のモニタの正面に捉えながら、日下部はぽつりと呟く。

 

「お前くらい暴れまわった艦が抱く負の想念って、何だろうって考えてみた」

アメリカのガトー級潜水艦は、日本にとって軒並み恐るべき艦ばかりだ。

スキャンプもその例に漏れず、多大な戦果を挙げている。艦娘運用部隊の提督としては、潜水艦・伊168(イムヤ)を撃沈した存在という点に特に着目すべきだろう。

 

「答えはシンプルだったよ。『死にたくない』んだよな。わかる。私も五年前のあの時、死にたくなかった」

そんなスキャンプも1944年11月11日、まさしくこの八丈島沖北方沖にて日本の第四号海防艦(よつ)によって撃沈されている。

殺し、殺され、それを終わるまで繰り返すのが戦争だ。高次AIがそれを悪と呼ぶのも、その一点を切り出せばあながち間違いではない。

 

「きっとさ。シンギュラリティ到来の時に死んだ人類たちも、死にたくなかったと思うんだ」

――だからこそ。

人類40億を殺した高次AIにだけは、人類を守るために現れた艦娘を悪とは呼ばせない。艦娘が紛れもなく戦争から生まれた存在だとしても。

 

「死んだ人類はもう戻ってこられないけど、まだ生きてる人類を守ることならできる。だからスキャンプ、こっちに来てくれよ!」

日下部はMM機関を全力稼働(フルドライブ)させた。「いが」艦首から伸びた経路(パス)が空中に生命の樹(セフィロト)を形成し、日下部とスキャンプの自我同士を形而上の世界で結びつける。

 

「エ……? ナンダヨ、ソノ手ハ……? 別ニ……アタイ……、アタイハ……」

「生きろスキャンプ! 生きて、汝の意志するところを為せ!」

「あたい、やるよ……! この……この海で!」

言葉が、届く。

想いが、届く。

死への恐怖という根源的な負の想念だけを海の底へと還して、今一人の艦娘が物質世界に再誕する。

 

「あんたがAdmiral? ふーん。そっか! 割と……できるよ? ま、よろしく」

「生きてるというのは素晴らしいことだな。新たな艦娘としての人生、めいっぱい楽しんでくれよ、スキャンプ!」

形而上の世界において、どこか小生意気そうな表情と共に言い放ったスキャンプを、日下部は強く抱きしめた。

 


 

日下部は今、スキャンプの救出作戦を行っていることだろう。

前線で潜水鮫水鬼の肉体を中心に全周警戒を行いながら、川内は思考の一部を割いてぼんやりと考える。

 

(スキャンプも提督Loveになるのかなぁ……?)

深海堕ちから救出された艦娘は、提督Loveになっておかしくない。

またそうでなくとも、提督を好きになるのに理由はいらないのが艦娘の本能だ。艦隊を長く運営していれば、提督のことを好きになる艦娘はどんどん増えてくるのが普通だ。

 

(ヤキモチばっかり妬いてて、正直どうかなって自分でも思わなくもないけどさ。でも仕方ないよね。好きなんだもん)

本当は日下部を独占したい。それはあの運命の夜から今に至るまで、一切偽らざる川内の本音だ。

金剛の提案を受け入れた時点で、今更そんなことを言う資格なんてないとか。

自分だって日下部と結ばれてからも結構長い間、前世からの初恋を引きずっていたとか。

そんなことは理解しているから、もちろん実際には口には出さないけども。

 

(帰ったら、いっぱい可愛がってもらおう)

日下部にどんなことをされるか想像するだけで、じんわりと湿りだした自分に気付く。

いくら貪っても飽きないのは、恋においてはある意味とても幸福なことなのではないだろうか。




※2021年秋イベにおけるE3の話です。
潜水鮫水鬼は近年の艦これのボスとしては飛び抜けて弱かったようで、ここで初めて甲でクリアした方は多かったように思います。残念ながら日下部鎮守府は途中のギミック達成が困難だったため乙で妥協しました(それでも着任後の2021年春イベ、夏イベとも丁クリアだったので、大出世と言えますが)。
ゲームでは川内に対潜戦を命じても当然ながら拒否されたりはしませんが、実際に自由意志で動いて喋ったら絶対嫌がる気がします。

スキャンプについて。
何やら割と攻めたデザインで、実装直後から人気の出た艦娘です。
日下部鎮守府では潜水艦は全般的に育成が遅くなってますが(現在進行形)、ちゃんと動かしているとなかなか可愛いところも見えてきます。
この子、ひたすら口は悪いけどそんなに捻くれてはいないんですよね。

艦これ本編はこれを投稿した翌日、6/17から春イベの後段作戦が始まります。
作者はまさしく本日6/16、甲甲乙で前段作戦をクリアしました。後段作戦にはすぐに出ずに先行勢の情報を待ちますので、その分執筆に時間を使って次の話も比較的早めに出せるはずです。
……いよいよアレの出番ですし、ね。
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