日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
私たちはこういう戦争を好みません。巻き込まれたかったわけではありませんが、現にこうして巻き込まれ、私たちは持てるものすべてを使って戦うのです。
スキャンプを連れた川内たち横須賀防備隊が、5000m離れた地点にある「いが」へと帰投する。
一足早く物質世界にある自らの肉体に帰還した日下部は、直接艦娘たちを出迎えるべく甲板へと上がる。
まさに、その時。
〈そのままハッピーエンドで終わるとか思っちゃいました? 甘いですよ?〉
続けて少し離れた海上に、戦艦レ級と呼ばれる深海棲艦が姿を現した。
「ムネーメー!」
日下部は喉の奥から力を振り絞ってその名を呼ぶ。人類の怨敵と呼ぶのがふさわしい、高次AIの一翼たるその存在の名を。
「現れないことを少しは期待していた。だがそれ以上に、現れるだろうという覚悟もしてたさ!」
〈そうですか。それはご期待に添えて良かったです〉
飄々とした口調で日下部の発言を受け流そうとしたムネーメーだったが、
〈……って、あれ? お前、なんで両眼があるんです?〉
不意に妙なことを言葉にする。
「……? どういう意味だ」
〈中元寺鎮守府は壊滅させましたし、日下部が第一級情報に接触した気配は無いので、これは自然な「揺らぎ」の範疇なんですかねぇ……? あるいは、ムネーメーが急遽神鷹入りの欧州独還姫を用意したことが原因でしょうか?〉
どうやらムネーメーにはまともに答えるつもりはないようだ。
だがこの独言はこれはこれで、日下部にとっては重要な情報だった。
(やはり中元寺鎮守府は意図的に壊滅させられたのか。中元寺は、何を知ったんだ……?)
まるで未来を予言するかのような、中元寺ファイルの存在。
もしこれこそが中元寺鎮守府壊滅の理由なのであれば、そんなものが存在することを高次AIには絶対に気付かせてはならない。一人の提督と二人の艦娘が、その存在のすべてを賭して託したものなのだから。
〈まぁいいでしょう。どれ、お待ちかねの戦争のお時間ですよ〉
幸いにしてムネーメーはすぐに興味の向きを変えたらしく、それ以上その点を追及してくることはなかった。
〈かつての大戦、欧州戦域の主戦場はあくまで陸でした。しかし太平洋戦域においては、まさしく海と空の戦いでした。ゆえにこの海には、正も負も大量の想念が詰まっています〉
ムネーメーを中心に、想念力が凝集されていく。
人類の扱える限界値500万イデアを遥かに凌駕し、1000万……2000万……、否、数えるのがばかばかしくなるほどの莫大な量が。
〈さて。戦術面では完璧に近い奇襲を成し遂げ、その後の軍事史の流れそのものを変えた、ある空襲作戦があります。お前たち日本人がこれを喰らうのも歴史のイフ体験という感じで、なかなか乙なものではないですか? では行きますよ。
そしてムネーメーは、日本人とアメリカ人が絶対に忘れることのない言葉を放つ。
〈――「真珠湾奇襲攻撃」〉
瞬間。周囲一体の蒼空を覆わんばかりに、無数の航空機が出現する。
艦上戦闘機、艦上攻撃機、艦上爆撃機。そのどれもが、日下部たち艦娘運用部隊にとってはあまりにも馴染み深いシルエットをしている。
「いが」の周囲で警戒に当たっていた日下部鎮守府の艦娘たちも、その光景を目にしていた。その内の六人……かつて「南雲機動部隊」の名で呼ばれた正規空母たちも。
「これは……ああ。かつての私たち、南雲機動部隊六隻分の艦載機ですか」
「我ながら、すごい数……」
赤城と翔鶴が、懐古をにじませた言葉を口にする。
「自分たちでこれを喰らうことになるとか」
「さすがにぞっとしないかな」
蒼龍と飛龍が、恐怖を伴った言葉を口にする。
「……頭にきました」
「本当よ。冗談じゃないわ!」
加賀と瑞鶴が、怒気をはらませた言葉を口にする。
「私は日本人だが、我々は人類統合軍だ。だから私がこれを言ったって別に構わないだろう」
そして「いが」の甲板で、日下部は決意をみなぎらせた言葉を口にする。
「『私たちはこういう戦争を好みません。巻き込まれたかったわけではありませんが、現にこうして巻き込まれ、私たちは持てるものすべてを使って戦うのです』」
それはかつての大戦における、一人の大統領の言葉。初撃の奇襲で海軍の主戦力を壊滅させられながらも、決して諦めることのないよう国民に結束を促すべく、ラジオを通じて行った演説。
この演説をきっかけに、その国は持てる力のすべてを結集することに成功した。それは大きなうねりとなって、戦局を逆転させ勝利を収めることに成功したのだ。
「お前たちの奇襲で始まったこの戦いにおいて、人類の軍事力はまったく通用しなかった。人類の生命そのものを武器にしたオペレーション・ササジャータカでも、お前たちを駆逐するには至らなかった。艦娘という
日下部は淡々と事実を口にする。だがそこにあるのは、決して諦観ではない。
「だから我々は文字通り、『持てるものすべて』を使って戦ってやる……!」
日下部は右手の親指を立てる。
そこにあるのは少し前に負った、決して消えることのない火傷の跡。
「――仮想人格『フィン・マックール』起動!」
ためらうことなく火傷の跡を舐めると、あの日味わったのと同じ美味が口の中に広がった。
「日下部。自我への定着は完了している。今や俺はフィン・マックールであると同時に、お前の自我の一部だ。存分に
自我領域の奥底から聞こえてくるのは、中元寺提督と一体化した古代ケルトの英雄の声。
「
叫んだ瞬間。日下部の身にまとっている制服に想念力が通り、その形状を変化させる。
そうして今、この瞬間。
高次AIに奪われたアイギスの盾が、人類の手に戻ってきた。
日下部および麾下の艦娘たちの主観において、物質世界の
今やすべての座標は方角、高度、距離を示す数字で表せるものとなった。
〈アイギスの盾。いえ……〉
ムネーメーは知っている。日下部やモーリアックからはオカルトに寄せた名で呼ばれているこの戦闘システムが、歴史の中で正確にはなんと呼ばれてきたかを。
〈イージスシステムですか〉
「その通り。この戦争の在り方は今、艦娘の時代から少なくとも40年以上未来に進んだ!」
1980年代のアメリカで開発されたイージスシステムは、航空機およびミサイル技術の発達に対する先進的な戦闘管制システムとして生まれた。
従来の……たとえば艦娘たちの前世の時代においては、軍艦が同時に対応できる目標数は1個ないしせいぜい数個までだった。
しかしイージスシステムの誕生により、文字通り桁違いの数の目標を同時に捕捉・追跡できるようになった。イージスシステムの管制下では個々の艦は個別に目標を狙う必要はなく、最適に効率化された攻撃が可能となったのだ。
(想念ネットワーク交信開始。麾下の全艦娘にリンクを結ぶ)
シンギュラリティ到来直前までのイージスシステムは、電波通信によって戦闘管制を行っていた。
だが高次AIの反乱によってネットワーク網が掌握された際に、それらは完全に無力化されている。だからアイギスの盾の開発においては、その代替となる技術の開発から行わなければならなかった。
同じ艦の概念から生まれた艦娘同士は、地球意志の与えた「同艦交信」によって互いの想念を伝え合うことができる。それに介入し提督と初婚艦を同艦と認識させることで想念での交信を可能とした技術が、「聖守護天使の契約」だ。
アイギスにおける想念ネットワークは、そこからさらに踏み込む。提督の麾下にあるすべての艦娘を同艦と認識させることで、言葉によらない「通信」を可能とさせる。
想念は言葉と比べて0.2秒早い。であれば戦闘という無数の判断を必要とする行為において、その0.2秒の積み重ねは圧倒的なアドバンテージをもたらすこととなる。
〈想念波への介入もできない。まぁ知ってましたけど〉
同艦交信は地球意志の用意した機能だが、高次AIであればそれにすらも介入できるかもしれない。そう判断した日下部とモーリアックは、神州丸の持つ概念で想念ネットワークを「秘匿」することにした。
実際にムネーメーからこの発言が出た以上は、それは正解だったということだろう。
(ベースライン13。戦闘管制開始)
日下部はそれを元に、麾下の艦娘たちに対して攻撃の「管制」を行うだけだ。
(長門022005000三式弾)
(これは、座標指定が直接頭に……!)
(陸奥022004500三式弾)
(そこに攻撃すればいいのね、提督?)
(秋月111501000高角砲)
(艦隊防空、了解です)
(照月071501000高角砲)
(同じく、了解です!)
日下部は同様に、麾下の艦娘全員に指示を出す。
時間は数秒もかかっていないだろう。
(攻撃開始)
日下部が命令を下した瞬間、猛烈な火力が最適な形で投射された。
三式弾の子弾炸裂を散開して回避しようとした敵機に、まるで最初からそこに移動することがわかっていたかのように高角砲の弾丸が突き刺さる。
投下された爆弾は遥か空中で噴進砲の斉射により消滅し、水面に向かって投射された魚雷は着水する前に機銃によって撃ち抜かれる。
そして攻撃が空振りに終わった敵機を、的確に艦娘の攻撃が捉えていく。
「こ、これは……」
「面白いように落ちていくわね。九七式艦攻とか九九式艦爆だから、見ててあまり愉快ではないけど」
赤城と加賀は思わず想念交信ではなく、言葉を使って意志を交わす。
味方への被害はゼロ。そして敵機は瞬く間に全滅。
今まで自分たちが必死に繰り広げてきた戦いは何だったのかと言いたくなるような、そんな圧倒的な戦果だった。
〈なるほど、あの数を一瞬で撃ち落としますか。いやお見事〉
渾身の攻撃を無傷で凌がれたはずなのに、ムネーメーの態度は何一つ変わることはなかった。
あるいは、これもまたムネーメーは「知っていた」のだろうか?
〈なら、第二次攻撃と行きましょうか。イージスシステムはその登場以来、戦場の主役で在り続けました。ということは歴史の中において、その対処方法もさまざまに研究されてきたということ〉
ムネーメーの言葉は正しい。圧倒的な兵器が戦場を席巻したならば、敵対者たちはなんとかその対抗策を練ろうとするのは軍事的に当然のことだ。
今まさに、日下部たちが深海棲艦という圧倒的な兵器への対抗策を必死に練っているように。
〈そのひとつ、対処できない数による飽和攻撃。さぁ行きますよ?〉
再びムネーメーの周囲に、圧倒的な想念力が渦巻いていく。
先程の「真珠湾奇襲攻撃」ですら膨大としか言いようがなかったのに、今度はさらにそれを軽く倍する量。
〈――
「……! ふざけんな!」
ムネーメーの告げた言葉に、瑞鶴が激高して叫ぶ。
空母四隻を喪失したミッドウェー海戦が日本海軍の「終わりの始まり」だとすれば、マリアナ沖海戦は「帰還不能点」に当たるだろう。
日本本土を長距離爆撃機B-29の射程に入れないため、当時の日本は「絶対国防圏」を設定しマリアナ諸島を死守しようとした。そしてマリアナ沖海戦の敗北によりこの地を失陥したことで、戦略爆撃が日本という国家の体力を最後の一片までも削り取っていくこととなったのだ。
(どうするの、提督さん!)
マリアナ沖海戦の当事者であり、この戦いで姉の翔鶴を失った記憶を持つ瑞鶴が、焦燥に駆られた想念を伝えてくる。
(シンギュラリティ直前のイージスシステムは、同時400目標の捕捉が可能だった)
1980年代に開発されたイージスシステムだが、当然ながら開発当初の性能のままというわけではない。「ベースライン」と呼称されるバージョンを幾度も更新し、その都度性能を向上させている。
新冷戦の末期に当たる2020年代初頭のイージスシステムはベースライン9。そしてシンギュラリティ到来直前の2045年においては、ベースライン12を数えていた。
(今、私が展開しているのはベースライン13。初の
(同等ってことは400目標でしょ! マリアナ沖海戦におけるアメリカの艦載機の数知ってる? 900機よ!)
この当時のアメリカは「隔月正規空母」エセックス級の就役も順次始まっており、二年半前の真珠湾奇襲攻撃による痛手から完全に立ち直っていた。
小手先の戦術など一顧だにしないほどの圧倒的な物量。確かにそれを再現されてしまっては、飽和攻撃により潰されるしかない。
絶体絶命のピンチを前に、
(瑞鶴。
しかし日下部は、微塵も焦ってはいなかった。
※秋イベ編クライマックス、その1。艦これの「ゲーム」としてのルールを外れた、総力戦の「戦争」モードです。ここまでに張ってきた伏線を回収し、いよいよアイギスの盾が物語に登場しました。
冒頭の名言について。
本当はもっと長い演説なのですが、さすがに長すぎるのと、特定思想に対する揶揄が入っていて状況にそぐわなくなるので、最後の方だけを切り出しています。
アイギスの盾(イージスシステム)について。
本作の主人公は艦娘ではなく提督です。そして作者は、主人公の活躍しない物語は押しなべて駄作だと思っています。
一方で本作は、あくまで艦これの二次創作です。提督が直接深海棲艦と殴り合いを始めてしまうと艦娘の存在自体が不要となってしまい、艦これの二次創作としてはあまり良くありません。
いかに艦娘の活躍の場を損なわずに主人公(提督)を活躍させるかは悩みましたが、最終的に「主人公は
では、艦娘に対する
「人より生まれ、その先へ往くモノ 6」で日下部に言わせた通り、イージスシステムを搭載した艦がタイムスリップして太平洋戦争の時代に行く仮想戦記は色々と存在しますので、イメージを想像するのは楽でした。またさすがに未来の物すぎるので、艦これ本編には絶対出てこないだろうという目算もあります(原型のテリアやターター辺りならまだしも)。
あとはそれを本作の独自設定に合わせて物語に落とし込むと、こんな感じになりました。
艦これ本編は、後段作戦始まりました。
日下部鎮守府は焦って突撃せずに、情報が出揃うまで物語を展開したり、EO海域割りや任務消化などをしています。
このまま秋イベ編は一気に最後まで書いてしまいたいところなので、次話もあまり日を置かずに出したいと思います。