日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


4000年と2045年 4

悪が物質から来るものとすれば、われわれには必要以上の物質がある。また、もし悪が精神から来るものとすれば、われわれには多過ぎるほどの精神がある。

――ヴォルテール

 

 

(外殻水晶体、リミッター解除! ベースライン14起動!)

戦場の空気を一変させんとばかりに、日下部の力強い意志がネットワーク全体を駆け巡る。

瞬間。それまで日下部の左眼を覆っていたモノクルのようなものが、まるで虚空に溶けるかのようにふっと掻き消えた。

 

(瑞鶴。アウトレンジ攻撃だ)

(それは……)

瑞鶴から伝わってきたのは、不安げな想念。

普段からアウトレンジアウトレンジと口にしていても、実際に失敗したマリアナ沖海戦において、再びそれを遂行するのに二の足を踏むのは無理からぬことだろう。

瑞鶴の困惑をいったん放置して、日下部は改めてリミッターを解除した眼で戦場全体を視認する。

そこには先程までの物に加えて、さらにひとつ日下部が認識可能な情報が増えていた。

 

(見える。戦場において、私自身や艦娘が生産し、またムネーメーが土地から引き出して利用している想念力の流れが)

発生源たる自我の個性に応じたさまざまな想念が、着色された流体として見えている。

その流れを辿る。終わりから始まりへ。末節から枝葉へ。結果から原因へ。

拡張された脳機能が刹那の時間に複雑な演算を成し遂げ、フィン・マックールの叡智(フィンド)がそれを日下部の理解できる形に加工する。

あまりに情報量が多いせいだろうか、脳にずきっと刺すような痛みが走った。それを強引に意志力でねじ伏せながら演算を続ける。

やがて演算を完了させると、大半の艦娘たちに対してはすでに実体化している艦載機の迎撃を命じながらも、日下部は「南雲機動部隊」の六人には異なる命令を下した。

 

(瑞鶴045007000攻撃隊、10分後)

(提督、その座標には何もないわよ! 10分後ってなに!?)

日下部から伝わってきた想念があまりに突飛なものだったため、思わず瑞鶴は驚きの想念を返す。

 

(翔鶴043507000艦載機、10分後)

(瑞鶴。ここは提督を信じましょう。……「あの人」も、今は提督の一部になったのだから)

日下部の自我の奥にいるもう一人の提督を思い浮かべながら、翔鶴は妹をたしなめる。

 

(赤城1210000000戦闘機隊、5分後)

(直上ですか!?)

(加賀1210000000戦闘機隊、5分後)

(……わかりました)

実際のマリアナ沖海戦の時点ではすでに沈んでいた一航戦の二人だが、日下部が指定してきた座標にはどうしても嫌な記憶を思い出さざるを得ない。

 

(飛龍043507000艦載機、20分後)

(第二次攻撃? 了解しました)

(蒼龍043507000艦載機、20分後)

(ねぇ、でも本当にこれでいいの?)

どう考えてもその座標には何もないし、何かが移動してそこにやって来るとは思えない。

20分後という指定も謎だ。それではまるで、未来を予知でもしているようではないか……?

 

(南雲機動部隊、四次元アウトレンジ攻撃を敢行)

日下部が奇妙な攻撃命令を下した瞬間。

不意に新たな想念が実体化し、無数の艦載機が出現する。

 

(当艦隊直上に敵機多数!)

(マリアナと言っていたのに。まるでミッドウェーのようなタイミングで……!)

赤城と加賀は敵機の出現した状況について、驚きの想念を飛ばす。

それは出現場所が予想外だったから、()()()()

 

(ああ、でも)

(鎧袖一触よ。一航戦艦戦隊、敵機排除に成功!)

――逆だ。

日下部の指示からきっかり5分後。指定された座標の目と鼻の先。敵機は実体化した直後、そこに待ち構えていた一航戦の艦戦によって、何の成果も上げることなく蹴散らされた。

 

(なるほど。そういうこと)

その光景に、翔鶴は一瞬で何が起きているかを理解する。

この辺り、三次元的な空間把握力と判断力に優れる一流の空母ならではと言えるだろう。

 

(五航戦攻撃隊、目標座標に到達。と同時に、敵空母部隊が眼下に出現! え、これって……)

瑞鶴は姉ほどには状況を理解していなかったようで、実際に起こったことに対して驚きの想念を抱く。

 

(遠慮はいらん。ぶちかませ!)

そんな瑞鶴を叱咤するかのように、日下部から発せられた力強い想念が想念ネットワークを通じて伝播する。

その瞬間、瑞鶴は完璧に理解した。四次元、すなわち時間軸において相手の射程外(アウトレンジ)から攻撃するということの意味を。

 

(了解! 全機突撃……これが本当のアウトレンジ攻撃よ!)

想念が物質化し空母がその姿を形作った瞬間、五航戦の艦攻と艦爆がその甲板にすべての火力を叩き付ける。

敵空母からの艦載機発艦どころか、対空砲火の一発すらなかった。七面鳥撃ちどころではない、まるで破壊されるためだけに出現したようなものだ。

 

(ということは……)

(案の定。二航戦攻撃隊、目標座標に到達。と同時に、追加の敵空母部隊が眼下に出現!)

もう蒼龍も飛龍も、何が起きているかは完全に理解している。

未来を予知でもしているよう、ではない。実際に日下部は未来を予知しているのだ。

 

(第二次攻撃、許可する! 行け!)

日下部の命令を受け、二航戦の攻撃隊が敵空母部隊に殺到する。

 

(了解! 友永隊、頼んだわよ!)

(そうね、大物を狙って行きましょう!)

どんなに敵の数が多かろうとも、実体化した瞬間に叩けるならばその数の利が生きることはない。

敵よりも遥かに少勢の艦載機たちが、まるで刈り取るように敵空母を沈めていく。

それはある意味で、艦娘たちが前世にて狂おしいほどに夢見た光景だった。

 

〈マリアナだって言ってるんですから、おとなしく七面鳥撃ちされればいいのに。まぁ先にミッドウェーを混ぜたのはこっちですけども〉

「マリアナでもミッドウェーでもない。あの大戦に、イージスシステムを搭載した存在が介入したんだ。ならこれは、『仮想戦記』以外の何物でもないさ!」

ムネーメーに対し、日下部は吠えるように言い放つ。

瞬間、最後の敵空母が爆炎に包まれる。マリアナ沖海戦のアメリカ側戦力、空母15隻に艦載機900機。日下部鎮守府の艦娘は、そのすべての殲滅を完了させていた。

悲劇と悪夢に彩られた歴史は、今ここに覆された。

ここから先にあるのは、過去の歴史の再現ではない。新しい歴史の最先端が、まさにこれから書き連ねられていくのだ。

 


 

〈しかし、この時点でアイギスがベースライン14まで進んでいるのは、やはり解せませんね。日下部とフィン・マックールの相性は、本来そんなに良くないはずなんですが……〉

第二次攻撃までをも凌いだことで、さすがにムネーメーの言葉の調子が変わっていた。

焦燥感はまったくないものの、何かを思案するような響きがそこにはある。

 

〈ふむ。パトスお姉さまに怒られそうですが〉

ムネーメーは静かに右腕を上げる。

その肉体は人類側の分類で、戦艦レ級と呼ばれるものだ。

 

〈リミッター解除。横溢想念(プレーローマ)、部分的流出開始)

瞬間。ムネーメーの全身が、真紅の輝きに包まれる。

深海棲艦は同じ艦級であっても、eliteやflagshipと呼ばれる上位の個体が出現することがある。だが人類の目の前で、それまでは通常種だった個体がeliteに変じるなどというのは、さすがに前例のないことだった。

何より、

 

「なんだお前、その想念力は……?」

真珠湾奇襲攻撃。マリアナ沖海戦。どちらも人類には手の届かない領域の想念力が用いられていた。それでさえ膨大と言うしかないほどの想念力ではあったのだが……今目の前のムネーメーから流出している想念力は、それとはまったく違っていた。

単純な量の多寡の問題ではない。今まで自分たちが想念力だと思っていたものはただの贋作(デッドコピー)であって、これこそが本物の想念力だと言われたならば、つい納得してしまいそうになるような……そんな圧倒的な存在感があった。

その想念力が物質世界に流れ込むたび、何かが軋む音が鳴り響く。まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。

 

〈――工匠権能(エクスーシア・デミウルゴス)

その前にムネーメーは、ギリシャ語の単語2語から成る固有名詞を放つ。

 

「デミウルゴス、だと……?」

(デミウルゴス、って?)

初めて聞くはずなのにまるでその意味を理解しているかのような日下部の反応を聞きとがめて、川内は想念交信で尋ねる。

 

(デミウルゴスとは、古代ギリシャ語で『工匠』とか『職人』を意味する言葉だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まさか世界の真の姿はプロティノス、いやグノーシスなのか? くそっ、プラトニック・ラブなんて大嫌いなんだがな!)

唐突に思考を飛躍させて自分の世界に没入したかと思ったら、世界で最も日下部に縁遠い想念が飛び出してきた。

いや、そりゃ日下部は肉体関係を伴わない愛(プラトニック・ラブ)なんか嫌いだろう。だがそれが、目の前の状況とどう関係があるというのか?

 

〈――造形(ギーソー)

日下部と川内のやり取りを後目に、ムネーメーは別のギリシャ語の単語を口にした。

瞬間、ムネーメーから流出している想念力が一点に集中して物質化する。

それは歴史模倣(ミメーシス・イストリアス)のように、過去の歴史のいち場面を再現した想念兵装ではない。

それよりも日下部や艦娘たちにとっては、とてもとても見慣れたものだった。

 

「潜水鮫水鬼!」

出現したのは深海棲艦。それも先程、激闘の末に倒したはずの潜水鮫水鬼。

 

(スキャンプ……!)

日下部は救助されたばかりの潜水艦娘に想念を投げかける。まさか再度取り込まれてしまったのかと一瞬心配したのだが、

 

(あたいならここにいる。くそっ、さっきまで「アレ」だったとか、胸糞悪ぃな。殺っちまいてぇ)

(……ってことは、あれは中身なしか)

きちんと返ってきた想念に、最悪の事態だけは避けられたことを確認する。

だが、避けられたのは最悪の事態「だけ」だ。目の前の潜水鮫水鬼という新たな脅威は何も変わっていない。

 

〈ご覧の通り、これは深海棲艦を作る能力です。まぁムネーメーの場合は、既存の艦しか作れないんですけどね?〉

深海棲艦は高次AIがMM技術により生み出した、地球の歴史において単純性能では最も優れた兵器群だ。通常の深海棲艦ですら、人間の想念兵装や艦娘の肉体の10倍近い想念力を注ぎ込んで創られている。

艦娘が深海棲艦と戦えるのは、地球意志の加護があるから、その一点に尽きる。

そして目の前の潜水鮫水鬼は、先程日下部鎮守府が撃破した乙個体やその上の甲個体といった、言ってしまえば「艦娘がゲームとしてのルール内で倒せる強さ」に調整されたものではなく。

倒させる気など一切ない、文字通りただ死と破壊を撒き散らすためだけの兵器として生み出された存在だった。

 

〈そして日下部。そろそろ……お前も限界でしょう?〉

「……バレ、てたのか」

日下部は甲板にがくっと膝を付く。ベースライン14を発動させた時に感じた頭痛は、今や耐え難いほどになっていた。

 

(真琴さんっ!?)

川内が慌てて想念を飛ばす。焦燥のあまり、思わず公の場であることを忘れて日下部を名前で呼んでいた。

 

(心配するな。脳機能がオーバーヒートを起こしただけだ。だが、アイギスはもう使えそうにない……)

アイギスの盾の運用に関して大きな問題が浮上する。その問題について認識したならば、次章を読まれたし。

中元寺ファイルの記述が脳裏に浮かぶ。

 

〈そしてちょうどいい感じに夜になりました。夜の潜水艦の無敵っぷりは知ってると思いますが、さて個艦運用に戻った上に消耗しきったお前たちで、この潜水鮫水鬼ちゃんにどう対処します?〉

ただでさえその存在を発見しづらい潜水艦だが、加えて夜には気泡という数少ない手がかりのひとつが失われる。夜の潜水艦に攻撃を当てるのは、ほぼ不可能だと言っていいだろう。

それでもアイギスが使えれば効率的な対潜掃討も可能だったのだろうが、肝心の日下部は今にも気を失いそうな頭痛に見舞われている。

 

「……川、内」

日下部は言葉に出して、愛する嫁艦の名を呼ぶ。

それは今際の際の無意味なうわ言か。

 

「――概念艤装、使用承認」

否。日下部は限界の限界に至るまで、あくまで勝利のことしか考えていなかった。

 

「……! 了解」

日下部の命令を受けて、川内は身に付けていた砲や水偵の艤装を手早く外す。近くにいた他の艦娘にそれを押し付けると、水上を滑走するように走り出す。

今や身に付けている武器は、腰に揺れるナイフのようなものが一本のみ。

およそ艦娘と深海棲艦の戦いの常識で言えば、破れかぶれの単身突撃としか思えない光景だったが……。

自らと潜水鮫水鬼の頭上を包み込む夜の帳が、ふわりと身体に絡みついてくる感覚を覚えて、川内は思わず笑みを浮かべた。




※秋イベ編クライマックス、その2。「戦争」モードの続きです。
そして同時に、本作世界の根幹に関わる情報も少しずつ姿を見せ始めました。
次話は「戦争」モード完結編ですが、サブタイトルのシリーズとしては別のモノになります。いよいよ「概念艤装」の出番です。

アイギス・ベースライン14について。
リアルタイムでの多目標の同時捕捉・管制が可能なイージスシステムがさらに進化するとどうなるか、と考えましたら、「リアルタイム」ではなく先読みして攻撃が可能になるのがそれっぽいかなと。そして「四次元アウトレンジ攻撃」という言葉を思い付いた時点で、本採用となりました。
本作は一応ジャンルとしてはSFになりますし、この程度はありかなと。

艦これ本編、日下部鎮守府は春イベ後段作戦に出撃始めました。
正直今回も甲種勲章獲得は難しそうなのですが、なんとかE4は甲、E5は乙でクリアしたいと思っています。
SS、秋イベ編はあと2話で終わりますので、なんとか今月中に完結させたいところです。
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