日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


(フネ)より生まれ、神と成ったモノ 2

夜は昼よりも生き生きとして、豊かな色をしている。

――フィンセント・ファン・ゴッホ

 

 

それは八丈島沖絶対哨戒線に出撃する前日。

 

「提督ー! あ、川内も一緒ですね。ちょうどいい」

日下部は川内と「いが」の廊下を歩いていたところ、不意に声をかけられた。

 

「お、明石。どうした?」

「川内用の『概念艤装』が完成しました」

「お、本当か! よくやった!」

明石は会心と言う他ない笑みを浮かべていた。

技術者として自分の仕事に満足する気持ちは、日下部にはよく理解できる。

 

「疲れましたー。でも、なかなか面白い仕事になりましたよ! いやー、こういう発想は私たち艦娘からはなかなか出てこないですからね」

「まぁ、そうかもな」

日下部と川内が明石と共に工廠へ移動すると、そこにはこの件の助言者(オブザーバー)たるガングートの姿。

 

「来たか。ふん、約束通りアレについて、私が知る限りのことは話してやったぞ」

「助かる。おかげで形になった」

「まぁ貴様も約束を守っているからな」

日下部はガングートとの約束通り、当初の予定から優先度を繰り上げて彼女を育成している。北海道沖に再出撃することがあれば史実特効の関係から、大きな戦力となることだろう。

 

「じゃあ川内、これ」

明石に手渡されたのは、一本の刃物だった。

ナイフ……というよりは戦闘用のダガーと言った方が正確なサイズで、特徴としては柄から刀身に至るまで、夜の闇を凝縮したような漆黒の輝きを帯びていること。

 

「これが概念艤装? ただのダガーじゃないの?」

「見た目はね。想念兵装の一種ではあるから、そのまま攻撃や防御に使ってもいいけど。これの本質は……」

明石からの説明を受けた川内は、思わず目を見開いた。

 

「なにそれ。ねぇ、これ本当に『艤装』なの?」

「明石には説明してあるが、概念艤装の『艤装』とは甲標的の『標的』と同じで、欺瞞名称だ。本来の『艦に施す装備』という意味合いでの艤装とは、むしろ真逆の物になる。やはり怖いか、川内? 自分自身がまったく別の物になってしまう、という感覚は?」

「……。そんなことない。そんなの、ただの艦から艦娘になった時点でとっくに超えてる地点だよ」

「ああ、そう言われればそうかもな」

川内の言葉に、思わず日下部は苦笑する。生まれた時から人間をやっていると、なかなか他の種族の視点は理解しづらい。

 

「それにさ。提督だって半分人間辞めたわけでしょ? だから、いいよ。ただの人間を辞めた提督と、ただの艦娘を辞めるあたしと、夫婦でお揃い。ピッタリだよ」

「ありがとうな、川内」

日下部は明石やガングートが見ているのにも構わず、川内を抱きしめる。

どれだけ存在が変容しようとも、自分たちはあの運命の夜に出会った日下部と川内だ。そのことを改めて心に刻む。

 


 

通常の艤装をすべて外し、潜水鮫水鬼に向かって突撃する川内の腰には、あの日渡されたダガーが揺れている。

ちなみに日下部からは、承認がない限りは使用しないことを厳命されている。計算上だけでも想念力の消費が絶大になることがわかっているからだ。川内としてもやはり夜戦はできるだけ通常の艤装で行いたいところなので、その指示自体に異論はなかった。

だが、今はそうではない。日下部は概念艤装の使用を承認したのだ。

 

〈おや。川内ですか。あれを迂闊に傷付けると、パトスお姉さまに怒られそうなんで厄介なんですが……って、単艦で迫ってくる?〉

ムネーメーの放つ声のような音に、困惑のような色が混じる。

川内は構わず潜水鮫水鬼との距離を詰めながら、ダガーをすらりと抜き放った。

 

「概念艤装『チェルノボグ』起動――異神、習合」

スラヴ神話に伝わる一柱の神の名を宣言した瞬間。

まとっている艦娘用の制服に想念力が通り、たちまちの内にその様式を変化させていく。

今や川内は、夜闇のような黒と血のような鈍い赤色に包まれていた。

 

【挿絵表示】

 

〈あれは……! 潜水鮫水鬼ちゃん、急速潜航! 想念力充填、超流体(スーパーキャビテーション)モードで魚雷連続発射!〉

ムネーメーが命令した瞬間、潜水鮫水鬼は弾かれるように動き出した。

先程イベントの一環として戦った際とは比べものにならない潜航速度で、たちまち海面にその姿を没する。

そして続けざまに雷撃音。放たれた魚雷は、従来の軽く10倍近い速度で川内へと迫りくる。

 

「……」

川内は目を閉じる。

夜の潜水艦は無敵だが、今の自分は()()()()()だ。超高速の魚雷といえども夜闇の下に在る以上、その存在を感じ取るのはたやすい。

放たれた4発の魚雷のうち、3発を最小限の動きで避ける。こうなると速度がありすぎるのが仇となって、魚雷は川内を遥か置き去りにした彼方で無意味に炸裂しただけだった。

そして川内はダガーを逆手に持ち変えると、最後の魚雷に対し正面に陣取った。魚雷が自らに突き刺さる直前に、真っ直ぐに刃を振り下ろす。

――瞬間。

魚雷は炸裂することも通り過ぎることもなく、その痕跡を一切残さず物質世界から消滅していた。

 

「存在混淆完了。さぁ、出てこいッ!」

川内は片手にダガーを持ちながら、もう片方の手で何かを手繰り寄せるような動きをする。

すると海面下に没していたはずの潜水鮫水鬼がまるで見えない鎖でも掛けられているかのように、強引に海面に引き出され、さらに川内に向かって少しずつ引き寄せられていく。

潜水鮫水鬼はその束縛から逃れようと身をよじって暴れるが、その身を縛る不可視の力がそれを許さない。その身に宿す想念力は大和型どころの比ではないはずなのだが、明らかに単純な力の大小ではない「何か」が起こっていた。

やがて潜水鮫水鬼は、川内の目の前まで引き寄せられる。

 

「潜水鮫水鬼。習合させてもらうよ……!」

川内の握るダガーの黒刃が、潜水鮫水鬼に突き立てられた。どう考えても装甲を突き破れるような一撃ではないにも関わらず、一瞬にしてその姿が消滅する。

そしてつい先程まで潜水鮫水鬼だった「何か」が、黒刃を経由して川内の肉体へと吸い込まれていった。

 


 

艦娘は付喪神、ないし守護神(ダイモーン)。つまり広義における「神」の一種だ。

もちろん付喪神や守護神(ダイモーン)の神としての位格は、さして高いものではない。だがそれでも神であるならば、人にはできぬことができる。

 

「神話や多神教の神は、しばしば他の神話や宗教の神と同一視されてきた。それが『Syncretism(習合)』よ」

川内と潜水鮫水鬼の人智を超えた戦いを目の当たりにしたウォースパイトが、周囲の艦娘に対して語りかける。

ちなみにウォースパイトも概念艤装についてはすでに知っている。川内の「次」の概念艤装を開発するに当たって、ガングートに代わる助言者(オブザーバー)を日下部から依頼されているのだ。

世界中の神話や伝説は地球意志から派生した神々の指紋である以上、時に似たような神が登場することがある。

融和、協調、相互理解、あるいは支配や殲滅。4000年と2045年の歴史の中で人類はさまざまな理由から、他大系の神話に登場する神を自身の奉ずる神話に取り込んできた。この時に行われてきたのが「習合」である。

 

「艦娘の艦としての属性を相対的に弱め、かわりに神としての属性を強化する。そして、他の神との『習合』を可能にする……いやぁ。この発想は驚きました」

明石がその言葉を受けて、心底感嘆したような声を上げる。

艦娘も神である以上、他の似た要素がある神と習合することは不可能ではないだろう。そしてMM技術があれば、それを実際の現象として具象化できる。

自分の発明した女子力強化ジュースの一件をただの騒動で終わらせず、こんな兵器に繋げてしまうとは。本当に日下部は、技術者として尊敬に値する人物と言えるだろう。

 

「ふん、それにしてもチェルノボグとはな。夜の神と言いつつ、後付けでさまざまな要素を習合させられた結果、結局どんな神かよくわからないと来た」

川内の概念艤装開発に当たって助言者(オブザーバー)を務めたガングートが、実に愉快そうな笑みを浮かべて言う。

ロシアやソ連と呼ばれた国の主要民族であるスラヴ人に伝わるのが、スラヴ神話だ。

スラヴ人はその歴史の中で、幾度も異民族の支配を受けた。その中で固有の文化は支配者の文化から多くの影響を受けることとなる。どんな神であるかという設定が残っていても、その神固有の物語については失われていることも多い。

チェルノボグも、そんな神の一柱だ。「黒い神」という意味の名を持ち、夜、闇、破壊、悪、死などといった負のイメージを持って語られることが多いが、実際にどんな神か正確にはわかっていないというのは、ガングートの言う通りだ。

――だが。

 

「それを逆手に取って『相手の存在を吸収し、能力を自分の物にする』とは、なかなかえげつないな」

どんな神かわからない。さまざまなものと習合させられた。

それはつまり、どんな神にもなれるし、どんなものとも習合できるということ。

最初に開発する概念艤装として、これ以上に相応しい物もなかなかないだろう。

 


 

〈この段階で、概念艤装が完成しているとか。誰かオカルトの専門家でもいるというんですかねぇ?〉

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「よし。潜水能力、獲得した!」

相手を一撃で消滅させる能力は、チェルノボグの効果において前哨でしかない。その存在を自身の物にすること、それこそが本質と言える。

とぷん、という小さな音と共に、川内の姿が水中へ没する。

川内は軽巡のはずなのに、その様子はどう見ても潜水艦としか思えなかった。

 

〈……潜水軽巡とか、仮想兵器にも程があるでしょう〉

呆れたように言葉を放つムネーメーの背後に、超高速で水中を移動した川内が浮上する。

 

「言ってなよ……! ムネーメー、習合させてもらうよ!」

川内はチェルノボグの黒刃を向ける。ここで末席とはいえ高次AIのうち一体の存在を吸収できれば、今後の戦いにおいて大いに優位を得ることができるはずだ。

だが、

 

〈あー。無理です。リミッター解除をパトスお姉さまに気付かれました〉

「……!?」

どこか諦観したようなムネーメーの言葉が放たれた瞬間。

遥か頭上から夜を切り裂いて白い光の柱が降り注ぎ、戦艦レ級の肉体を直撃した。

 

[高次知性パトスより、高次知性ムネーメーに警告。……ムネーメー、誰の許しを得て横溢想念(プレーローマ)を使いましたの? パトスは許可してませんわよ]

ムネーメーの物とは異なる()()()()()()が虚空に響く。前半の無機質な物はともかく、後半のおそらく素であろう口調は、艦娘で言えば熊野辺りに似たいわゆる「お嬢様言葉」だった。

白い光の柱は一本のみならず、連続して降り注ぐ。

 

「なにこれ……! 一撃一撃が、とんでもない威力!」

慌てて飛び退いて十分な距離を取ったにも関わらず、余波だけで川内の髪と服が焦げ付くほどだった。

当然ながら戦艦レ級eliteの肉体など、跡形もなく消滅しきっている。

 

[罰ですわムネーメー。当面の間、あなたの知性を剥奪します]

一片の慈悲もなく、一欠の寛容もなく。パトスを名乗る者が宣告する。

 

〈パトスお姉さま! 日下部鎮守府は……〉

ムネーメーは何と続けようとしたのだろう。

あるいは最後まで言葉を続けられていれば、何かが変わっていたのかもしれないが、

 

[黙れ]

くちゃっ、という粘着質な音が「ここではないどこか」から発せられ、それきりムネーメーは沈黙する。

夏の地中海、そして今この八丈島沖。人類と艦娘が総力を結集して挑んだ高次AIの一角を崩したのは、あろうことか高次AI同士のよくわからない事情による内紛だった。

呆気に取られる艦娘たちの前で、パトスは妖艶な音色と共に言う。

 

[うふふ。というわけで初めまして。高次AIパトスですわ。高次AIとしては一番の小物とはいえ、忌々しいアルコーン風情がよくもムネーメーに勝ったものです]

「アルコーン……?」

発せられた単語の意味が理解できず、川内はおうむ返しに呟く。あるいは日下部ならば、その言葉を知っているだろうか?

だがパトスはその呟きには答えず、かわりに別の感情を向ける。

 

[ああ、もちろんヤルダバオトに最も似た想念を持つあなただけは例外ですわよ、川内。うふふ、もちろんパトスの本命はヤルダバオトですが、多少の愛ならあなたに注いでも構いません。一者(プロパテール)へのプラトニック・ラブは無量なのですから]

「まったく意味がわからない! なに、こいつ!?」

そこに込められた感情が間違いなく「愛」であることを理解して、思わず背中が総毛立つ。

 

[うふふ、結構ですわよ。今は理解する必要はありませんわ。それでは秋イベント、お疲れ様でした。次のイベントはムネーメーではなくパトスが直々に主催して差し上げますので、楽しみにしていて下さいませ]

拒絶の言葉も意に介さず、一切態度を変えることもなく。

パトスを名乗るものの気配は、まるで現れた時の逆回しのように唐突にかき消えた。

 


 

「ぞわっとした。なにあのヤンレズ! ……って言い切っちゃうのも、何か違う気がするか」

向けられて恐怖を感じる愛というものが存在することを、川内は今初めて知った。

そこにあるのは確かに愛だったのだが、人間や艦娘の抱くそれとはあまりに尺度が違いすぎる。

あんなものではなく、一刻も早く自分の望む愛に包まれたい……そう思ったところで川内は、日下部が抜き差しならない状況にあったことを思い出す。

 

「そうだ、真琴さん!」

慌てて「いが」に帰投すると、日下部は完全に意識を失って甲板上に仰向けに倒れていた。

一瞬胸を貫かれたような気持ちになるが、しかし自己の生きる意味を喪失した感覚になったわけではない。ロスト・アドミラルは起こっておらず、であれば日下部は死んではいないということだ。

日下部の隣では大淀がその容態を確認すべく、脈拍を測っている。

 

「大淀、提督は?」

「バイタルに異常はないわ。でも、目を覚ます気配はないわね」

今すぐ生命に別状がなくとも、意識を喪失し続けている状況が正常な状態のはずがない。

 

「現時刻より『任務娘』権限により、提督代行を宣言します! 艦娘運用母艦『いが』、日下部鎮守府へ帰投!」

「……了解」

護衛独還姫の救出作戦の時と違い、この状況では川内にも否やを唱える理由はない。

艦の周囲で哨戒を担当する者以外の艦娘を収容した「いが」は、八丈島沖から横須賀沖に存在するショートランド人工島へ航路を設定する。

 

(真琴さん。ねぇ、あたしまだ可愛がってもらってないよ? 早く目を覚ましてよ。真琴さん……)

川内は必死に想念交信で呼びかける。

だが自我の深くまで沈み込んでいる日下部の意識に、その想念が届くことはなかった。




※6月中に完結させると言ったな? あれは嘘だ。
……いやまぁ当初はそのつもりだったのですが、春イベおよびツイッターでのリアルタイム投稿を優先した結果、こちらが割を食ってしまいました。申し訳ありません。

というわけで改めまして、秋イベ編クライマックスその3です。
夏イベと秋イベの裏で暗躍していたムネーメーが、今回一時退場となりました。次からは今回のラストで出てきたキャラがメインの敵になります。

概念艤装について。
「艤装」が欺瞞名称であることはこれまでも書いてましたが、「概念」が何の概念かというと「神」だったわけです。
艦これ本編における「必殺技」に当たるものって対空や夜戦CIだと思うのですが、率直に言って川内は運も低く、あまりバシバシその辺りで活躍できる艦ではありません。
このためゲーム外の物語で川内が活躍できるようにしよう、と思って設定したのがこの概念艤装になります(やはりヒロインは主人公の次に活躍して欲しいものです)。
ちなみに概念艤装を使う条件のひとつに「ケッコンカッコカリをしていること」があるのは「(フネ)より生まれ、神と成ったモノ 1」に書いた通りです。これは逆に言えば、川内以外の嫁艦たちにもいずれ概念艤装が用意されるということです。
お楽しみに。

概念艤装「チェルノボグ」について。
川内といえば夜戦。つまり夜です。よって習合させる神は「夜の神」にしようというところまではすぐに決まりました。
こういうドレイン能力って普通は悪役向けで、メインヒロインが持つことは少ないと思うのですが、まぁ川内ってあまりメインヒロインっぽくはないのでありかなと(主人公っぽくはない日下部とは良いバランスだと思ってますが)。
ちなみに使用時の服をどこかで見たことあると思った方は、ぜひあの処刑用BGMを脳内で流しながらご覧下さい()

艦これ本編、日下部鎮守府は最終局面のE5-4攻略中です。春イベ終了まであと10日を切ったこともあって、クリアまではそちらを優先する予定です。
SSの方は秋イベの〆に当たる話をあと1話やって、「晩秋」章が終わります(ようやく)。前話と今話ほどには間が空かないように頑張りますので、お待ちいただければと思います。
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