日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


海上護衛!本土近海航路の防衛 -恋する提督は艦娘専用-

恋が強烈でないのは恋の自然に反しており、恋が変わりなく続くのは、強烈であるべき恋の自然に反している。

――ミシェル・ド・モンテーニュ

 

 

「ん……」

日下部がゆっくりと目を開くと、真っ先に視界に飛び込んできたのはよく見慣れた嫁艦の顔だった。

 

「真琴さんっ! 良かった、気が付いた!」

「バイタルに異常はないから心配いらないって言ってるのに、川内ったら。提督、我々は日下部鎮守府に戻っています。ここは提督の部屋です」

一拍遅れて、状況を説明する大淀の声がかけられた。

ここでようやく日下部は自分がベッドに横になっていることに気付き、慌てて上半身を起こした。

 

「ムネーメーの奴は!?」

「詳細は後で報告書を提出しますが、川内頑張ったんですよ?」

その言葉で日下部は、概念艤装がきちんと動作したことを察する。

 

「そっか。ありがとな、川内」

「えへへー」

惜しみなく頭を撫でてやると、崩れたように顔を綻ばせる。

三水戦旗艦として駆逐艦たちを率いる時には、決して見せることのない表情。

 

「ごほん。そういうのは後で二人きりになってからでお願いします。意識を喪失されていた間の報告を、ひとまず続けても?」

「す、すまん」

呆れたような声に、思わず日下部は我に返る。

大淀は淡々と必要な報告を行った後、

 

「以上です。では今度こそ川内とごゆっくり……と言いたいところですが、他の嫁艦候補の皆さんも心配してましたので、一時間経ったら提督が目を覚ましたことをみんなに教えますね?」

「えーっ!?」

「フェアプレー精神ですよ。じゃあ、今度こそごゆっくり」

川内の上げた抗議の声を軽く受け流して、日下部の部屋を後にした。

 

「ねぇ、本当に身体は大丈夫?」

大淀の姿が見えなくなってから、改めて川内は心配そうな表情で尋ねる。

 

「んー。まだ少し頭痛はするが、その内収まるだろ。しかし参ったな。常時使用できるような物ではないし、深海棲艦どもにこれだけで全面戦争を挑むのは無理だな」

ひとまず後遺症が残るようなことはなさそうだ。その点は少し安心だが、しかし「連続使用すると意識喪失(ブラックアウト)する」というのは、率直に言って兵器としては致命的とも言える欠陥だ。何も考えず、このまま量産に踏み切って良いようなものではない。

先行試作実験のバリエーションとして、少数の限られた提督に与えてさらなるデータ収集を行うことにはなるかもしれないが、基本はこれまで通り、主として六隻編成で現れる深海棲艦をこちらも六人編成の艦娘で狩っていく戦いを続けることになるだろう。

アイギスの改良についてはモーリアックとよく話し合う必要があるし、中元寺ファイルの続きも気になる。落ち着いたら大本営に顔を出した方が良さそうだ。

そこまで思考をざっとまとめたところで、

 

「川内、概念艤装の方はどうだ? 使ったんだろ。お前は大丈夫か?」

身を案じて日下部は声をかける。

 

「えっとね……ゴーヤとか潜水の子が見てる景色を見られたのは、少しだけ面白かったかも。普段見られない光景だから、新鮮だった」

「お前自身に、何か変化はないのか?」

「わかんない。あたし元々、普通の川内とはちょっと違ってると思ってるし。だからそこから変わったかって言われても、自分じゃわかんないよ」

「そっか。でも、ひとまず自覚症状がないなら良かった」

自我を持っているように見えても、深海棲艦はあくまでただの兵器だ。だからそれを身に取り込んでも、自我に対して大きな影響はないのだろう。

思わず安堵の溜息を漏らしてから、日下部は川内に熱の籠もった視線を向ける。

 

「お前は、お前だよ。私があの夜心奪われた、本当は怖いくせに夜戦大好きな川内だよ。それでいいさ」

「……真琴さん」

「……川内」

川内からも熱の籠もった視線が向けられて、両者はひとつに絡み合う。

後はもう言葉はいらない。

最初からそうなるのが当然であるかのように。互いの唇が恋の引力に引き寄せられて、重なり合った。

 


 

「大淀から無理やり三十分でてーとくの話聞き出したのに、なんでわざわざここで待ってるでち?」

日下部の部屋のすぐ外。嫁艦および嫁艦候補の最初の六人のうち、川内を除く五人が集まっていた。

せっかく好機を得たというのに行動に移そうとしない、ばかりか他の者を止めに入った金剛に対し、ゴーヤはやや不服そうな声を上げた。

 

「私たちの一番は川内だから、たまには立ててあげないとデスヨー。それに今回、川内は頑張りましたのデー、ご褒美があってもいいと思いマース」

「金剛さんのそういうところ、好感が持てますね」

「まぁ今更司令官と川内のキスシーンなんて、スクープの価値ないですしねぇ」

赤城と青葉は、口々に金剛の言葉に賛同する。

 

「でも約束は『一時間』デース。時間になったら、即座に踏み込みますヨー!」

と。そこで金剛はこの場にいる者たちの中で、一人だけ難しい顔で押し黙っている者がいることに気付く。

 

「あれ? 秋雲、静かデース。提督が回復して、嬉しくないデスカー?」

「あ、い、いや。そんなことないって! うん、あと10分だよ!」

慌てたような秋雲の言葉は、どこか空々しく聞こえる。

とはいえその表情を見る限り、本当に日下部の回復を喜んでいないわけではなさそうだ。

そうではなく、どちらかというと別のことに気を取られて、一時的に日下部のことが頭から抜けていた……そんな感じだった。

 

「……OK」

秋雲の態度は気になったが、間もなく約束の時間が過ぎるのは確かにその通りだ。

直接頼られたならともかく、そうでもなければ秋雲の物語に首を突っ込み過ぎるのもお節介に過ぎるだろう。有り体に言えば、それをするのは日下部の役目のはずだ。

だから金剛は思考を切り替える。約束の時刻が過ぎて日下部の顔を見たら、まず何と言って抱きつこうかということに。

 


 

日下部鎮守府の八丈島沖絶対哨戒線の攻略完了、およびその後のムネーメーとの決戦が終わったからと言って、即座にイベントが終了するわけではない。

この余剰の期間において日下部鎮守府は、未着任の艦娘との邂逅を求めて海域への反復出撃を行っていた。

特に優先目標となったのは、八丈島沖絶対哨戒線の攻略中にはついぞ邂逅できなかったEssex(エセックス)級航空母艦5番艦、Intrepid(イントレピッド)だ。

もちろん何度出撃を繰り返しても、必ず会えるとは限らない。運、あるいは縁……そういったものに恵まれなければ、ただの資源の浪費に終わることだろう。

果たして……、

 

「Nice to meet you(会えて嬉しいぞ),Fighting"I"!」

「貴方がAdmiralなのね? 素敵ね。そのカタカナ発音の英語以外は」

見事にイントレピッドに邂逅できたテンションで、慣れない英語で頑張って挨拶をしてみたのだが、残念ながらネイティヴのアメリカ艦娘には不評なようだ。そういえば春頃に着任したジョンストンやフレッチャーも、初対面ではそんな反応だったなと今更ながらに思い出す。

 

「……す、すまん。フランス語ならぺらっぺらなんだが」

「ふぅーん? まぁいいわよ、私に会うために頑張ってくれたんでしょ。そのご期待には応えるわ」

「ああ、よろしくな!」

日下部が片手を差し出すと、イントレピッドはがっしりとその手を握り返してきた。

 

「しかしなんだ。うちの母親には……特に似てないな」

握手を交わしたまま、日下部はしみじみと言う。

 

「なんかそれよく言われるみたいだけど、States(合衆国)のAdmiral限定の話じゃないの?」

なぜかイントレピッドを母親扱いする提督が、一定数存在する。どうもかつてどこかの提督が艦娘のイントレピッドを「自分の母親に似ている」などと言い出したことがあったらしいのだが、さすがに自分の着任前の話なので日下部も詳しくは知らなかった。

イントレピッドは丸みを帯びた顔に、くりっとした瞳。アメリカと言ってもニューヨークなどの大都市よりはカンザス辺りの片田舎を想起させる、良くも悪くも牧歌的な顔立ちをしている。

確かにシルヴァには一切似ていない……神鷹の方がまだしも似ているくらいだろう。

 

「まぁそうだろうな。あるいはジョッフルとかベアルンの艦娘でも出てきたら、もしかしたら似てるかもしれないが」

「……? 日本人にはさすがに似てないんじゃない?」

唐突に日下部がフランスの空母の名前を挙げたことに、イントレピッドは首を傾げた。

さすがにここは説明が必要な部分だろう。

 


 

イントレピッドとの邂逅から数日。

明日には大規模な時空震が起こる、つまり秋イベが終わると予測されている。

夜。艦娘たちは秋イベ最後の追い込み出撃に出ているが、その辺りのことは大淀に任せて、日下部は一足早く自室で川内とプライベートな時間を過ごしていた。

 

「しかし気付いたらもうこんな季節かぁ、早いよな。正直、三ヶ月前は地中海にいたとか嘘みたいだ」

しみじみと呟いた日下部の言葉を聞き咎めて、川内が目を細める。

 

「嘘にはして欲しくないかな。あの夜、いっぱい傷を付けてもらったし」

「……元々、人間にはもう恋できないと思ってはいたけど、それでもここまで性癖壊れるとな」

身体破壊姦など、現実で行うべきではない性癖の代表格だろう。人間相手に行えば、相手の死ないし深刻な後遺症は免れない。

だが艦娘は、どれだけ傷付いても轟沈しない限り高速修復剤(バケツ)一個で回復してしまえる。

もちろん、できることと実際にやることは別のことだ。躾のために無理矢理犯した時雨はともかく、自分からそんなものを受け入れた川内が、あらゆる意味で普通ではないのは間違いないだろう。

だが当の川内は、眉根を寄せた表情を崩すことなく、

 

「ねぇ、わざと言ってる? それとも本当に気付いてないの? 人間には無理でも、超人(ポストヒューマン)なら真琴さんの『そういうもの』を受け入れられるんだよ?」

「……、そうだな。それでも、艦娘以外に恋してる自分は想像できないよ」

もちろん気付いてはいる。だが今の自分に、そんな相手が実際に現れるとは思えない。

何よりあの夏の地中海で、自分は「艦娘専用」になったのだ。

もう生涯、人間とも超人(ポストヒューマン)とも恋はできなくて構わない。

 

「なら嬉しいけど、真琴さん愛が多い人だからなぁ」

「うーん、信用ない」

「だから。久しぶりに、壊してもらえますか? 御主人様。あなたが艦娘専用であるという証のために」

川内の黒い瞳はどこか虚ろな、夜の闇を体現したかのような深みに染まっている。吸い込まれそうな錯覚を覚えて、日下部は改めて実感する。

本当に、……本当に。自分は、この艦娘からは絶対に離れられない。

 

「お前がそれを望むのなら、喜んで」

きっとこれからする行為を余人が見ることがあれば、麾下の艦娘を虐待する最悪の提督にしか見えないことだろう。

別に構わない。この行為が至上の愛の果てに至ったものであることなど、自分と川内だけが理解していればいい。

 

「一応言っとく。本当に死ぬなよ? 一日で忘れるからな?」

赤黒い染みが床に溜まり、室内が鉄錆のような臭いに包まれていく中、日下部は上擦った声と共に言い放った。

 


 

「昨晩あの後、Commandant Teste(コマンダン・テスト)が着任した?」

翌日の昼過ぎ。さまざまな後片付けを終えて川内と共に執務室に出勤した日下部は、大淀から驚くべき報告を受けていた。

 

「そうです。提督と川内が夜戦始めた途端に着任するとか、タイミングが良いのか悪いのか」

最後の出撃でガングートたちが北海道沖の海から回収した概念核は、どうやら貴重なフランスの水上機母艦の物だったようだ。

日下部は大淀の傍らに佇む、フランスの国旗である赤青白の三色旗(トリコロール)をイメージしたような制服をまとった艦娘に、彼女の母語で声をかける。

 

「Bonjour(こんにちは),Commandant Teste(コマンダン・テスト)! Enchanté,Je suis heureux de vous voir(良かった、会えて嬉しいぞ)!」

「Tiens(あら)! Vous êtes bon en français(ずいぶんフランス語がお上手ですね).」

カタカナ発音と言われてしまった英語と違って、生粋のフランス艦娘も認める流暢さだった。

 

「Ma mère est française(私の母はフランス人なのさ).」

「Ah bon (本当に)? ……ってあら、秘書艦さんがぽかんとしていますわね」

「あっ……!」

夏の地中海でシルヴァが艦隊を訪れた時のことを思い出して、思わず苦笑が漏れる。

 

「すまんなテスト、できるだけ日本語で喋ってやって」

「Oui(はい)……了解です」

「とりあえず『ジュテーム』とか言ってないから口説いてはいない……」

日下部とテストのやり取りを他所に、川内はそんなことをぶつぶつと呟いていた。

 

「あ、Je t'aime(愛してる)は理解できるようになったんだな。偉いぞ。……って、初対面の子を口説かないよ。いくらフランス艦娘でも」

「どーだか」

あれだけ激しく愛し合った後だというのに、そんなに信用がないのか。そう尋ねかけて、日下部は言葉を呑み込んだ。

わかりきっている答えなど、別に聞くまでもない。

 


 

「占守型海防艦一番艦! 占守っす! 司令、沿岸防衛は、この占守に任せるっす! 海を守る……海防艦っす!」

「択捉型海防艦、福江。着任! 司令、あたしは負けないから……。負けるもんかッ!」

 

日下部鎮守府のイベント参加はこれで三回目だが、まだまだ見たことのない艦娘の新規着任は途切れそうにない。

むしろ通常の海域で邂逅できる艦娘の多くがすでに着任しているからこそ、このようなイベントは新しい艦娘に出会う大きなチャンスだと言えるだろう。

 

「給油艦、神威と申します。はい、北海道神威岬由来の名前を頂いてます。できる限り、頑張りますね」

「提督、お疲れさまです。水上機母艦、瑞穂、推参致しました。どうぞよろしくお願い申し上げます」

 

もちろん日下部鎮守府の艦娘の数が増えたとしても、この戦いそのものの戦局打開には程遠い。むしろ世界全体で見たら、艦娘の数はまだまだ足りていないのが実情だ。

アイギスの盾も、現時点ではまだ切札に足る代物ではない。当分は深海棲艦のご機嫌を伺いながら、おっかなびっくりゲームを続けるしかないだろう。

 

「Hi!  Essex class航空母艦、5番艦。Intrepidよ! 貴方がAdmiralなのね? 素敵ね。さァ、一緒にいきましょう? いいかナ?」

「Enchantée Je m'appelle Commandant Teste. 提督、どうぞよろしくお願い致します」

 

それでも三日で滅んだはずの人類は、どうにかまだ存続している。それが現実だ。

生きている以上はできることがある。腹も減れば退屈もするし、恋だってする。

ただ生きていること自体が望外の幸運だ……そんな状況ですら強欲に「日常」を求めてしまうのは、これはもう知的生物として存在する人類と艦娘の宿命と言うしかないだろう。

 

「Guten Tag……いえ、こんにちは。私、神鷹って名前…その…航空母艦です。まだ色々と慣れなくてごめんなさい。でも頑張ります」

「あんたがAdmiral? ふーん。そっか! あたいは、Gato級潜水艦、Scampさ。割と……できるよ? ま、よろしく」

 

気付けばすでに冬と呼んで差し支えない季節になっている。海から吹く風には冷たいものが混じり、否が応でも身を縮こまらせる。

そんな冬は、ココロとカラダの在り方に悩む季節。

降り積もる雪のように、体感では八年以上もあったような長い長い一年が終わり。新しい年がやって来る。

 

「聞くまでもないよな、川内。私は愛は多いけど一番はお前だってこと、ちゃんとわかってるよな?」

「うっわ自信過剰! ……あったりまえじゃん。Je t'aime(愛してるよ)、真琴さん。今夜も一緒に夜戦……しよ?」

「Mon amour(私も愛してるよ)、川内。でもさすがに他の子も構ってやらんとダメだからなぁ。というかこれから仕事を始めるんだから、切り替えろ。プライベートな話は夜になってからな」

「ちぇっ、しょうがないな。わかったよ。……じゃあ」

 

――提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮に入ります。




※またまた長いこと間が空いてしまいましたが、ようやく秋イベ編完結です。
そして艦これ本編、2022年春イベお疲れ様でした。日下部鎮守府は甲甲乙甲乙で完走できました。きつかったですね今回。
いずれSS時間軸もここまで進むことになるとは思うのですが、リアルタイムとの時間差七ヶ月……うーんなかなか厳しい。
とはいえ春イベ終わったので(資源回復に出撃を抑えることもあって)少しは投稿ペースをアップしていきたいと思います。

イベント最終話は今のところ毎回、そのイベントで新規着任した艦娘(の一部)の着任挨拶+最後の「提督が鎮守府に着任しました」で〆ているわけですが、当然ながら新規着任が少ないとこれはできません(現在のフォーマットならイベごとに八人必要)。
今のところ冬イベ、春イベも可能なくらいの戦果は上げておりますが、いずれできなくなる日も来ることでしょう。ただ本作は終了時期を定めて書いておりますので、そうなる前に完結に至れることを願います。

本話にて「2045年の海で/晩秋」章は終わり、次回からは「日下部鎮守府の冬」章が始まります。章名に年数が入っていませんが、これは章内で年を跨ぐ予定だからです。
艦これ本編の動きで言えばクリスマス&新春任務を経て、冬イベ直前までです。
ちなみにツイッターをご覧いただいている方はご存知かと思いますが、とあるオリキャラ姉妹の話が中心になります。あとは深海棲艦側のあいつとか。
もちろんそれだけでなく、艦娘も活躍します(能代の話とか、ちゃんと続き書きますのでご安心を)。

それでは皆様、今後ともよろしくお願いいたします。
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