日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Ten years ago 1

自分の心を支配できぬ者に限って、とかく隣人の意志を支配したがるものだ。

――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 

 

人類統合軍の統帥府たる松代大本営。

その実質的な最高権力者に当たるモーリアック元帥の執務室から、今一人の女性が退出してきた。

年の頃は20代後半。燃えるような赤い髪とやや赤みの差した褐色の肌は、彼女がアメリカ原住民(ネイティブ・アメリカン)の血を引いていることを示している。

まるでファンタジー世界の女騎士のような服と、腰から下げた軍刀がわりの大剣。そしてそれと不釣り合いな現代的な軍帽の組み合わせは、人類統合軍の中でも()()()()()()()だけに許された格好だ。

女性はしばし無言で、たった今自分が閉めたドアを睨みつける。もちろん彼女が本当に見ているのは、その向こうにいる人物だろう。

彼女はやがて絞り出すように、

 

Marshal Mauriac(モーリアック元帥).You are proud of the States(あなたはアメリカの誇りよ)……」

その呟きは彼女の国籍や職務を考えれば、きわめて妥当な内容だった。

だが……続く言葉は。

 

But(だけど),I'll never forgive you(それでも私はあなたを許さない)……!」

 

【挿絵表示】

 

もし同僚に聞かれたならば、即座に問題視されるような類の発言。

だが彼女は本気の怒りを込めた眼差しをドアに向けている。

――そして。彼女の同僚ではないが、その発言を耳にした者がいた。

 

「お前、は……?」

初めて聞くはずなのに、どこか遠い過去の中で何度も耳にしたような声。

驚いて彼女が振り向くと、そこにいたのは……。

 


 

松代町は1960年代に長野県長野市の一部となり、独立した行政区分としてはもう80年近く存在していなかった。慣習的な地名としての「松代町」は存在したが、いずれにせよほんの一年前までは長野県のいち地域に過ぎなかったのだ。

だがシンギュラリティ到来時の東京壊滅、そして艦娘運用体制確立に伴う松代大本営の成立が状況を一変させた。今やこの地には、日本で最大規模の人類居住圏が築かれている。

もちろんかつての東京などとは比べるべくもないのだが、そもそもそんな規模の大都市など、現在の情勢下においては世界のどこに行っても存在しようがない。

 

「ねぇ真琴さん、あたしも来る必要あったの?」

そんな松代町の中心に位置する松代大本営の巨大建造物は、歴戦の艦娘である川内にとっても初めて訪れる場所だった。

超人(ポストヒューマン)開発に協力を願った日向、カブール、神州丸といった艦娘たちと共に来たことは幾度もあるが、日下部が川内を伴ってここを訪れるのは初めてのことだった。

 

「今回の訪問は先日の一件の報告だけでなく、今後のことを話し合うためでもあるからな。概念艤装を使った影響が残ってないかとか、一度きちんと調べた方がいい」

概念艤装はきわめて画期的な想念工学理論に基づく新兵器ではあるが、それだけにどんな影響があるかは予測できない。

モーリアックと共同開発したアイギスの盾にあんな欠陥があったくらいなのだ、概念艤装についてもきちんとアフターケアをしておくに越したことはないだろう。

 

「潜水鮫水鬼の能力は、今はもう使えないんだな?」

「うん。今はただの軽巡」

当たり前だが軽巡は水に潜るような機能を持っていない。だから潜水鮫水鬼を習合して獲得した潜水能力が、一時的な物に限られるのは最初から予測の範疇だった。

 

「さて、そろそろ約束の時間だが……」

日下部と川内が予定時刻きっかりにモーリアックの執務室に到着したところ、ちょうど先客がそこから出てきたところだった。

 

「あの国防色の想念装束に軍帽、それに大剣……憲兵隊か。珍しいな」

憲兵隊。軍組織にあって治安維持や防諜、そして綱紀粛正など警察としての役割を担う部隊だけが、この格好をすることを許されている。

憲兵隊の女性はたった今出てきたドアの方を睨み付けて、英語で何かを呟いた。

残念ながら英語のあまり得意ではない日下部にとって、完全にその意味を理解することはできなかった。何やらモーリアックに対して批判的な内容を言っていたような気がするのだが、憲兵隊である彼女がそんなことを言うとは考えにくい。もしかしたら自分の聞き間違いかもしれない。

その時。ふと日下部は、目の前の女性に見覚えがあることに気付く。

 

「お前、は……?」

正確には、この格好をしている彼女を知っているわけではない。だがずっと昔、まだお互いに少年少女と呼べる年齢だった頃の彼女を、よく知っている気がしたのだ。

 

What(えっ)……?」

女性はその声に驚いたような表情で振り向く。

記憶の中にある彼女の瞳の色は琥珀色(アンバー)で、そこだけは目の前の女性とは違っていたが、髪色や顔立ちなどには確かに覚えがある。

 

(瞳の色がColorado(コロラド)そっくり。超人(ポストヒューマン)?)

アメリカの戦艦の名前を挙げながら、川内が想念交信で尋ねてくる。

 

(あ、そうなの? うちコロラドいないからわからなかった。憲兵隊はビッグセブンの戦艦をベースに超人(ポストヒューマン)化してるらしいから、そうなんじゃないか?)

提督にとって「敵」となるのは深海棲艦だ。彼我の間には技術的な成約から、想念力にして10倍近くにもなる圧倒的な差が存在する。地球意志の加護を受けられる艦娘でもなければとても戦えない数字だ。

よって提督にとって超人(ポストヒューマン)は、「アイギスの盾を搭載するための素体」でしかない。つまりその肉体は拡張性さえあれば、強度の方はそこまで重要視されない。だからコスト面で優れるカブールの肉体こそが、設計のベースにするに相応しいものだった。

だが憲兵隊は違う。その任務の性質上、想定すべき「敵」は超人(ポストヒューマン)や艦娘となる。ある程度コストを度外視してでも、少しでも強力な肉体を用意する意味が存在するのだ。

だからこそ戦艦の中でも上位に位置する、長門、陸奥、ネルソン、コロラドといったビッグセブンの艦娘の肉体をベースにしているのだろう。

 

(この人。ケッコンして真琴さんの昔の記憶がこっちに流入してきた時に見えた、あの人だよね?)

(そっか、お前には知られてるのか。多分そうだと思う。10年経っても面影は残ってるなぁ。ならわかってると思うが、私とあっちは「初対面」だから)

かつての自分と彼女の物語は、そんな風に締めくくられていた。

締めくくられた……はずだった。

 

「こんにちは。モーリアック元帥と面会?」

なのに今、彼女は目の前にいて。こんな風に自分と言葉を交わしている。

 

「こんにちは。そうですよ、元帥は在室ですか?」

「ええ、こちらの用事は終わったところ。……ねぇ? あなた、どこかで会ったことない?」

「いきなりナンパですか? 光栄ですが、私にはこの通りすでに嫁艦がおりまして」

(……ぷっ。似合わな)

ごまかすために口にした言葉は、川内に想念交信で盛大に笑われてしまった。思わずむっとするが、表情に出すわけにはいかない。

 

「あ、そう聞こえたか。ごめんね、そういうつもりじゃなかった。Military police(憲兵)相手にそういうこと言える度胸はすごいな。名前聞いていい?」

「ショートランド泊地所属、日下部真琴です。提督識別符号(アドミラルコード)も必要ですか?」

「ああいや、そこまでは。別に職務質問じゃないし」

「ちなみに調べればすぐわかるので言ってしまいますが、元祖マインドハッカーですよ」

「Oh……あなたが。一度会いたいと思ってた」

驚きに目を見開く女性の姿に、日下部は少しだけ目を細める。

 

「憲兵に目を付けられるとは、あまり良い気分ではないですね」

「そう邪険にしないで。腹が痛くないならね? 私はEmily(エミリー) Lawrence(ローレンス)。憲兵隊少佐よ。よろしく」

一瞬だけ憲兵らしい引き締まった顔付きになって、彼女はそう名乗る。

ああ……もはや間違いない。

 

「エミー……」

日下部はかつて()()()()()()()()()()()()に呼んでいたのと同じ愛称で、彼女の名前を口にした。

 


 

10年前の日本。日下部の自宅である都内のタワーマンションの一室は、濃密な性の臭いに包まれていた。

 

「マコト……。You`re really hot(あなたは本当に素敵)……」

十代後半(ハイティーン)らしいスラング混じりの褒め言葉と共に、エミリーは一糸まとわぬ身で日下部に抱きつく。

お世辞にもアメリカ人受けする体育会系(ジョック)には程遠いタイプなのに、彼の下半身の"Big Magnum"は本国でも見たことのないほどの凶暴さで、盛大に乱れてしまった。

 

「もう。私は自分のこと、レズビアンだと思ってたのに。すっかりマコトに染められちゃった」

アメリカから、想念工学の本場である日本への中期留学生として渡航してきた時には、まさか現地の男とこんな関係になるなんて想像すらしていなかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、あの感覚を知ってしまった以上はそんなことはもはやどうでも良い。

 

「初めて経験した時の男がド下手クソで、全然気持ちよくなれなかったんだっけ? それでガチレズの妹とばっかりヤってたんだよな。そりゃあその男が悪い。オレなら絶対そんな想いはさせないぞ」

若さゆえの無鉄砲さで大口を叩く少年は、5年後にこの発言が盛大にブーメランとなって自分に返ってくる運命をまだ知らない。

 

「そうだ。じゃあオレがアメリカに行くことがあったら、妹のこと紹介しろよ。ガチレズだかなんだか知らないけど、オレがメスの喜びを教えてやるよ」

「えっ、それは……」

逡巡するようなためらいの声を漏らした瞬間、日下部の右手の人差し指が下半身の秘所に差し込まれた。

吐き出されたばかりの白濁液と新たに分泌された粘液が入り混じり、ぐちゃぐちゃと卑猥な音を立ててかき回される。

 

「想像してみろよ? 妹と並んでオレに犯されるところ」

「あ、あっ……」

「一緒に犯されたいだろ? 素直になれたら、このままもう一回ぶち込んでやるよ」

自分に向けられる日下部の瞳は、まるで爬虫類のようで。

先程もこんな感じで自分は屈服させられ、そして腰が砕けるような快感をカラダに教え込まれた。

 

「マ、マコト……」

「エミー。返事は?」

懇願するような視線で許しを乞うても、日下部は決してそれを許さない。

脳天まで痺れるような感覚が、エミリーの理性を蕩かしていく。

 

「紹介する、するからっ……! だから早く、イかせて……っ!」

ついに一線を超えた、姉失格の言葉が口から飛び出す。後はもう気持ちよくなることしか考えられなかった。

下卑た笑みと共に竿をあてがってくる日下部に、エミリーはごくりと期待の唾を飲み込んだ。

 


 

――過去に確かに存在していたそんな光景は、今は日下部だけの記憶で。

 

「いきなり愛称呼び?」

「あっ……」

現在、モーリアックの執務室前。

怪訝そうな声音で返されて、日下部は自分の失策を悟る。

 

「し、失礼しましたローレンス少佐殿」

「でも不思議。あなたにそう呼ばれるのは嫌じゃないというか、その……ねぇ。やっぱり私たち、どこかで……」

エミリーの口調が明らかに変わる。自分の記憶の中にある10年前の彼女と、目の前の彼女が重なるような感じがして、思わず日下部は目をしばたたかせる。

その時、

 

「憲兵さん、職務中じゃないんですか? 率先して風紀乱していいんですか?」

微妙な空気を切り裂くようにして、それまで黙って二人の会話を聞いていた川内が口を挟んだ。

 

「……あっ!? そ、そういうつもりじゃ。ごめんなさい。ちょっと今日の私、どうかしてるわね」

その言葉で我に返ったのだろう。慌てて取り繕うエミリーには、もう先程までの熱は残っていなかった。

 

「もう失礼するわね。職務上、『またね』とは言わないでおくわ」

「ええ、そうですね。憲兵となんか、できれば会わないで済むに越したことはないですから」

本当の理由を自我の奥底に押し隠して、日下部はエミリーにそんな風に別れの言葉を告げた。

 


 

「……行ったね」

その姿が廊下の先に消えていくのを見届けてから、川内はぽつりと呟いた。

 

「ああ、川内、ナイスフォロー」

今回は自分の嫁艦に、どれだけ感謝してもし足りないだろう。

 

「過去が追いついてくるって、こういうことなのかな」

「高校生の時、留学生だったローレンスさんを、強引にマインドハックでモノにしてハーレムに加えてたんだっけ? 改めて聞くとクズもクズだよねぇ」

「返す言葉もないな」

あの頃はエミリーも含めて三人の恋人がいたが、その全員がマインドハックの被害者だ。

彼女たちで女性経験を十分に積めたおかげで、その後からはそんなものに頼ることもなくなったのだが、それはまた別の話。

 

「あの人。真琴さんに『エミー』って呼ばれた時、一瞬すごい女の顔になったよ。どうせ真琴さんは気付いてないと思うけど」

「なんだって? あいつの中にある私の記憶は消したはずなんだが……」

マインドハックの行使は、結局既存の法で裁かれることはなかった。後からマインドハックを取り締まるための法は作られたが、法の不遡及原則に従い、日下部に対し適用されることはなかったのだ。

だから自分の罪を自覚した時、何ができるかは自分自身で考えなければいけなかった。必死に考えて、たどり着いた答えはこれだった。

――間違った方法で始まった恋の記憶など、彼女の中に残す必要はない。

 

「ココロの記憶はマインドハックで消せても、カラダに刻まれた記憶までは消せないんじゃない?」

「いやあいつ超人(ポストヒューマン)だし。カラダだって作り直しているぞ」

「あ、そっか」

思い付きで言っただけだったのか、川内は意外なほどにあっさり引き下がる。

 

「まぁ理由はともかく、あいつが私の記憶を残してるとして。私、どうしたらいいんだろう」

「陽菜さんはあたしの知り合いでもあったから手伝ったけど、あの人に関しては完全にあたしに関係ないし、何も言えないなぁ」

嫉妬丸出しで突っかかってこられるかと思ったら、川内の意外なほどにさばけた態度に思わず面食らう。

 

「この件では真琴さんを信じるだけだよ。ねぇ真琴さん、今の自分は艦娘専用だって言ってくれたよね。あたしを性奴隷でもセフレでもなく嫁だって言うなら、それは忘れないでね」

「……わかってるよ」

しれっとした調子で極太の釘を刺されて、日下部は思わず言葉を失った。




※冬章のメインキャラクターとなる二人、その片方に関するシリーズです。
タイトルはそのまま「10年前」という意味の英語です。

これまで日下部は「昔はクズだった」だの「女性遍歴がすごかった」だの何度も書いてきましたが、現代の日下部は更生済なこともあって、ガチでクズなところは基本的に描写してきませんでした(時雨? ははは)。
今回、回想という形ですが初めてそういうシーンを出しましたが……うん、これR-15で行けるよな?(汗) 挿入シーンを描写してないのでOKということでひとつ。
ちなみにエミリー、名前だけは「中元寺鎮守府の物語 -託された物を受け継ぎましょう-」ですでに登場済だったりします。

以下、エミリーのプロフィールです。

【エミリー・ローレンス】

性別:女性
年齢:28歳
職業:人類統合軍憲兵隊少佐
一人称:私

高校時代の日下部によって、マインドハックの被害者となった三人の一人。現在はその時の記憶は消去されている(はず)。
マサチューセッツ州の白人上流家庭に生まれる。家系にアメリカ原住民(ネイティブ・アメリカン)の血が混じっていたようで、彼女および妹の代で先祖返りを起こしたため、赤みがかった褐色の肌色をしている。
幼い頃から文武両道に優秀な成績を残していたが、その反動か異性関係にはあまり恵まれなかった。やがて思春期を迎えた頃、ガチレズの妹に押し倒されて一線を超えた時に初めて性的充足を得られたことから、自分もレズビアンだったと思い込む。
ところが高校時代、想念工学の本場である日本に留学した時に日下部の毒牙にかかったことで、すっかりチン堕ちさせられたのは本編に書いた通り(本作では「性的指向は愛情では乗り越えられない」法則があるが、単に彼女は元々バイセクシャルだっただけ)。

それから10年後の現在においては、人類統合軍憲兵隊に所属している。
元々憲兵隊は艦娘の暴走に備えるため、一部の艦娘を対深海棲艦の戦闘部隊から引き抜いて所属させており、人間と艦娘が一人ずつ相棒(バディ)を組んで任務に当たる運用になっていた。
夏イベ終了後に超人(ポストヒューマン)が実用化された際にいち早くこれを導入、所属する人間の隊員は原則全員がビッグセブンをベースにした超人(ポストヒューマン)となっている。
エミリーの場合は元々の相棒(バディ)がコロラドだったため、彼女の肉体データを使った超人(ポストヒューマン)となった。
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