日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


歴史の分水嶺を超えて 3

「無駄ではない」ことが、生き残った人々の誇りであり、亡くなった人の墓碑銘であるだろう。

――ウィンストン・チャーチル

 

 

「やぁマコ、それに川内くん。ご足労ありがとう」

普段と変わらぬTrap(男の娘)っぷりで、人類統合軍の実質的最高権力者はにこやかに日下部と川内を出迎えた。

 

「お疲れ様です、元帥」

「お疲れ様です」

今更肩肘を張るような関係ではない日下部はともかく、さすがに川内はそこまで肩の力を抜けないのか、敬礼する手はやや強張っている。

それでもモーリアックに椅子を勧められると、素直に腰を下ろした。

 

「報告書は読んだ。アイギスは一定の成果を上げたようだが、問題点も大きいな」

「本来のイージスシステムは、早期警戒網との密な連携が要諦ですからね。追い詰められてから必殺技のように発動するのは、実は使い方としては大いに間違っている」

「その通りだ。常時発動しているくらいにならないと、本当の意味での完成には程遠い」

日下部の言葉を、モーリアックは苦々しい顔で肯定する。

艦娘の水偵や艦偵は、あくまでイージスシステム登場前の時代の兵器を模した想念兵装だ。自ずとその機能は概念的な成約を受ける。

かと言って艤装ではない無人機(ドローン)や有人偵察機など飛ばせば、たちまちの内に深海棲艦に撃墜されてしまうことだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、攻撃はともかく索敵・警戒において最新兵器を素直に使えないのは痛い。

 

「まぁ業腹だが、しばらくは深海どもの機嫌を損ねないよう『ゲーム』は続けないといけないだろうな」

「その深海棲艦、高次AIですが……」

「ムネーメーの粛清、パトスの登場、それに『工匠権能(エクスーシア・デミウルゴス)』か。パトスは艦娘をアルコーンと呼び、ヤルダバオトの名も出していたんだね?」

「私はすでに気絶していたので、聞いたのは艦娘だけですが」

「確かにそう言っていました」

日下部の言葉を川内が補足する。

言葉の意味は理解できないが、そう言っていたことは聞き間違えではないはずだ。

 

「グノーシスか。しょせんは敵の発言だから何かの符丁かもしれないし、鵜呑みにするわけにもいかないが……」

「そうであって欲しいですね。プラトニック・ラブなんて大嫌いですよ」

「ねぇ。あの時もムネーメーに叫んでたけど、プラトニック・ラブって何か関係するの?」

眉をしかめながら言う日下部の言葉が気になって、川内は尋ねる。

 

「ああ、そうか。普通は説明がいるよな。なぁ川内、プラトニック・ラブって言葉の意味は知ってるか?」

「夜戦しない恋愛、ってことじゃないの?」

その答えは予想通りの物で、日下部は思わず苦笑する。

川内に限らず、人間も艦娘もその大半はプラトニック・ラブという言葉を知っていても、意味はそのように捉えていることだろう。

 

「うん。それは間違いじゃないんだが、完全な説明ではない。本来のプラトニック・ラブというのは、『プラトン主義的な愛』という意味なんだ」

プラトン。4000年と2045年の人類史に燦然と名を残す、古代ギリシャの哲学者だ。その業績は多岐に渡るが、特に代名詞とも言えるものが観念(イデア)にまつわるものだろう。

世界の本質は物質世界ではなく、形而上の世界に在る――高次AIがMM技術の発明によりその正しさを証明する、その遥か2400年以上前に真実を説いていたのだ。

想念力の単位である「イデア」も、このプラトンの唱えた概念からその名を取っている。

 

「このプラトン自身の唱えたプラトン主義に対し、その100年くらい後にプロティノスという人が唱えた哲学を『新プラトン主義』という。新プラトン主義の考えを一言で表すと、『世界はただ一つの存在から想念が流出して作られた』というものになる」

「なにそれ。それこそ神様?」

日下部鎮守府の川内は提督である日下部の影響もあってか、意外にも知に喜びを見出す性質だ。

今も日下部の説明を興味津々に聞き、かつ的確に質問を飛ばしている。

 

「そう捉える人が多かったのは確かだな。世界はその『一者』から流出したのだから、精神的な物が高次、物質的な物が低次とされた。人間は一者に対する純粋な愛を持つことで、高次の世界に回帰できる。これをプラトニック・ラブ、つまり『プラトン主義的な愛』と呼ぶ」

「へー。じゃあ夜戦しない云々は、後から出てきた意味なんだ」

「お、理解が早いな。そういうことだ。まぁ今じゃそっちの意味でばかり使われているけどな。私が嫌いって言ってるのも主にそっちの意味合いだし」

「同感。『せっかく肉の身体で生まれたんだから、抱きしめあわなきゃもったいないよ』って前に神通に言った」

「うんうん。それでこそ私の嫁艦だ」

人間だった頃から人一倍性欲が強く、超人(ポストヒューマン)となった今は文字通り桁外れの精力を持つ日下部。

種族全体的に性欲の強めな艦娘たちの中でも、一、二を争うほど夜戦大好き(ドスケベ)な川内。

この二人が恋仲になったのだから、肉の繋がりを求めないなんて絶対にありえないだろう。

 

「それで、グノーシスってのは?」

「その新プラトン主義を受けて、さらに数百年後に生まれたオカルト。『この物質世界は偽の神様が作った不完全な世界だから、悪がはびこっている』という考え方をする」

このオカルトは2世紀から4世紀にかけてキリスト教内部にいち教派として浸透し、ついには正統派のキリスト教から異端認定を受けるに至る。これは逆に言えば、世界宗教へと成長し始めた時期のキリスト教からわざわざ名指しで「敵」とみなされるほどの勢力があったということだ。

 

「デミウルゴス、もしくはヤルダバオトというのはこのグノーシスにおいては単に『工匠』という意味ではなく、その『悪に満ちた世界を作った偽神』を指す呼び名だ」

「うーん、なんか聞けば聞くほど、ゴリゴリのオカルトだね。科学の発達した先に生まれた高次AIがそんなオカルトめいたことを言うとか、なんか釈然としないんだけど」

日下部の説明を聞いた川内は、そんな偽らざる感想を口にした。

もちろん日下部は、これに答えるに最適の言葉をすでに知っている。

 

「『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』……とあるSF作家の言葉だ。ちなみにこの人も、グノーシスじみた話を書いてるんだよね。私は大好きなんだけど」

アーサー・C・クラークの代表作のひとつである「幼年期の終わり」は、知識のある者が読めば一目瞭然なほどにグノーシスを下敷きにしている。

 

「すまない、そろそろ説明はいいかな? 準備が整ったよ」

途中から会話に参加しなくなっていたモーリアックが、そこで不意に口を挟んだ。

どうやら依頼してあった川内の精密検査の準備をしてくれていたらしい。

 

「あ、ありがとうございます」

神妙な顔付きで礼を述べる川内に微かな笑みを浮かべ、

 

「マコはその間、例によって中元寺ファイルの続きを読んでいてくれたまえ」

執務室の片隅に設置されている旧式コンピューターを示しながら、モーリアックは日下部に声をかける。

 

「了解しました」

これでこの旧式コンピューターの操作は3回目となる。もう慣れたものだ。

起動するのにわざわざ指で電源ボタンを押さないといけない点だけは、何度やっても面倒に感じて仕方がないところだったが。

 


 

『アイギスが持続性に問題点が抱えていることを認識しただろうか。残念ながら当方の知識では、その具的な解決策の提示はできない』

 

「うーん、そうか。まぁここは地道に改良するしかないか」

中元寺ファイルに劇的な解決策が書いてあることを少し期待しないでもなかったが、現実はそう甘くはなかった。

要はシステムの効率化を進めて脳にかかる負荷を軽減していけば良いのだろうが、常時発動可能になるまでどれだけかかるか想像もつかない。

 

「あとは……うん? なんだこりゃ」

日下部は顔をしかめる。ベースライン14やチェルノボグが「これから開発される」ような書き方をしていたのだ。

明らかに中元寺提督の認識と実際の歴史にはズレがあるのだが、

 

「これ、ムネーメーの驚き方と一致してるよなぁ。中元寺やムネーメーが未来を何らかの形で知ってるとしても、私の歩んでいる歴史はそれより加速している、ということか?」

 

〈しかし、この時点でアイギスがベースライン14まで進んでいるのは、やはり解せませんね〉

〈この段階で、概念艤装が完成しているとか。誰かオカルトの専門家でもいるというんですかねぇ?〉

あの秋イベの決戦の時に、ムネーメーが放った言葉を思い出す。二つ目については自分はその時すでに意識喪失(ブラックアウト)していたが、間違いなくそのように発していたことを川内が聞いていた。

やはりこの預言は不完全なようだ。であれば、預言の奴隷になってしまうのは危険だろう。参考資料のひとつにはしても、最終的な決断は実際に生きている自分たち自身で行うべきだ。

そう認識を新たにした上で、さらに文書を読み進める。

 

『パトスの能力に対して、アイギスは相性が良くない。当方の知識では、アイギス搭載型提督3名は冬イベの際、これを強引に突破しようとして、数ヶ月に渡る長期の意識喪失(ブラックアウト)に陥った。これにより貴重な時間と、何より春イベへの参加機会が失われた。これは金剛の概念艤装が完成していれば避けられた事態と思料する』

 

「パトスの能力……」

ムネーメーの宿った戦艦レ級eliteは、天から降り注ぐ白い光の柱に消し飛ばされたらしい。

だが、それは「能力」とは少し違うだろう。現物を見ていないから断言はできないのだが、単に人類の技術水準を遥かに超えた想念力をエネルギー砲と化してぶつけただけと思われる。原理としてはきわめて単純で、「能力」などという呼び方にはそぐわない。

少なくともムネーメーの〈歴史模倣(ミメーシス・イストリアス)〉や〈工匠権能(エクスーシア・デミウルゴス)〉くらいの特殊性があって、初めて「能力」などと呼ぶに足るはずだ。

 

『ここが、第二の分水嶺だ。チェルノボグだけではなく、金剛の概念艤装をなんとか冬イベに間に合わせろ。もしこれができれば、ここで初めて当方が払った犠牲が報われる可能性が出てくる。日下部提督が2046年の春を意識を保ったまま迎えることができたならば、次章を読まれたし』

 

2046年。

あの悪夢の三日間を経験した人類にとって、そこに至ることを夢想すらできなかった歴史の「先」。

 

「中元寺。お前は本当に何を見たんだ。そうまでしてお前は私に、何を伝えようとしているんだ……?」

日下部の呟きは、虚しくモーリアックの執務室の天井に吸い込まれて消えていく。

答える者は、もはやこの世に存在しない。




※話のシリーズとしては違いますが、前話「Ten years ago 1」の直接の続編です。というか今話でやってる「モーリアックとの会談」が、本来の訪問目的ですね。
ちなみに次話もこの直接の続編です。

グノーシスについて。
艦これの二次創作でこんな知識を要求する作品もあまり多くないと思うのですが()、本作の根幹になる部分ですのでめげずにお付き合い下さい。まぁ基本的にはふわっと「『物質は悪、精神は善』とする考え方があるんだな」くらいご理解いただければ大丈夫だと思います。
そもそも詳しい人が見たら、グノーシスとグノーシス主義の区別すら付けてない程度のいい加減さですので……(なので逆に鵜呑みにもしない方がよろしいと思います。本作独自設定だと思っていただいても結構です)。

8月前半はツイッターでのリアルタイムで大きめの話をやる予定ですが、合間を見てSSも更新していきます。
というか夏イベの始まるまでに話数を稼いでおきませんと、本気で一年遅れになってしまいそうですね。
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