日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Ten years ago 2

母にはこう言ってください。私はここで、戦場の兄弟たちと残ったと。彼らを見捨てることはできなかったと。母はわかってくれます。

――ジェームズ・フランシス・ライアン(映画「プライベート・ライアン」より)

 

 

「マコ。川内くんの検査結果が出たぞ」

中元寺ファイルに目を走らせていたら、しばらくしてモーリアックと川内が連れ立って執務室へと戻ってきた。

 

「お疲れ様です。どうでしたか?」

「やはり軽巡という艦と大きく矛盾する概念は常時保持することはできないが、別に消滅したわけじゃない。川内くんの中に残っている。人間や超人(ポストヒューマン)なら脳、艦娘なら概念核……器質(カラダ)に刻まれた記憶は、そう簡単に消えないものさ」

オカルトにおいて「魂」と呼ばれるものは、想念工学的には「形而上の自我」と呼ばれる。

人間や超人(ポストヒューマン)の肉体において、形而上の自我と直接繋がっているのは脳だ。脳は形而上の自我と肉体の間で想念の伝達や調整を行う機能がある。そして生命活動という肉体の機能を司っているのは、胸に存在する心臓だ。

一方で艦娘には、この脳と心臓が存在しない。頭蓋骨の内部はぽっかりと空洞になっており、心臓のあるべき部位には金属のような物質でできた、輪状の物体が存在する。この物体は「概念核」と呼ばれており、艦娘の生命活動において脳と心臓両方の役割を果たしている。

このため艦娘は、頭部を吹っ飛ばされても轟沈する(死ぬ)ことはない……半年以上前の春イベの時、フィリピン沖でジョンストンがそうなったように。艦娘の死は概念核の破壊によってのみ起こるのだ。

 

「脳も、器質(カラダ)……?」

「おいおいマコ、プロメテウス章持ちだろうキミ」

呆然とした日下部の呟きに、モーリアックは半眼になって言い放つ。

他の分野の科学、あるいは医学においては、脳とそれ以外の肉体を対比させることもある。だが想念工学においては、あくまで脳を含めた器質(カラダ)全体と形而上の自我が対比されるべき存在だ。

想念工学においても基礎というほど浅い知識ではないが、しかし日下部のレベルともなれば知っていて当然の内容ではある。

 

「記憶は『自我の三要件』のひとつ。立派な形而上の要素ではあるが、同時に物質世界に生まれた我々は、肉体や物質に縛られる存在だからね」

「えっと。ならチェルノボグを起動すれば、また潜れるようになるんですか?」

さすがに気になったのか、川内は二人の会話に口を挟んだ。

 

「ところがキミのカラダは、もう潜り方を忘れてしまっている。だからそれを思い出すには、肉体の特殊な機能を開放する必要がある」

「そうですか……」

少しだけ寂しそうな表情をした川内に、モーリアックはいたずらっぽい笑みを浮かべて、

 

「だからさっきの検査の時、ついでにできるようにしておいた」

「え、えええぇーっ!?」

「こういう人なんだよ元帥は」

驚き声を上げる川内に、日下部は呆れたような声音で言った。

 

「できるようにはしておいたが、想念力をバカ食いするので濫用は控えて欲しい。ちなみにこれは、今後チェルノボグで吸収した能力すべてに対して言える話でもある。交戦経験を重ねていけば、文字通りキミは単艦ですべての艦娘の存在を代替できるようになるだろう。ゆえにキミを、もういち艦娘として扱うことはできないだろうな」

「えっ……?」

モーリアックは居住まいを正し、川内に向き直った。

先程までのふざけた表情ではなく。人類統合軍の実質的最高権力者に相応しい威厳と共に、川内に対してひとつの辞令を口頭通達する。

 

「日下部鎮守府所属、艦娘『川内』。キミを艦娘籍から除外し、改めて軍人籍及び統合海軍少尉の階級、並びに日本国籍を与えたい。戸籍の上ではキミは人間と同じ扱いになる。今後、我々はキミのご機嫌取りをしない。人類の代わりに『ゲーム』に参加する駒ではなく、我々と共に『戦争』の勝利を目指す立場になってもらいたい。まぁ『戦後』があるなら全ての艦娘にする予定の措置だが、その先払いだと思って欲しい。一応拒否権は認めるが、どうする?」

「……!」

モーリアックの言葉は寝耳に水で、川内自身はもちろんさすがの日下部も驚きに目を見開く。

こういう人だと知ってはいたが、その知っていた水準を軽々と超えてくるとは。

 

「提督……?」

川内は日下部に視線を向けてその意向を問う。

 

「私は指示しないよ。『汝の意志するところを為せ』。この場合は後半まで言っていいだろうな、『それが法のすべてとなろう』」

「わかりました。なら拝命いたします」

「おや、即答かい?」

日下部に反対されないと見るやほぼ迷うことなく応諾した川内の態度に、モーリアックの方が逆に驚いて尋ねる。

 

「あたしは提督の隣に並んで立ちたい。だから迷う理由なんてないです。それにその条件を呑んだら、提督と本当の結婚ができますよね?」

ケッコンカッコカリではなく、戸籍法に定められた正式な婚姻関係を結ぶこと……結婚。

川内の言う通り、人間と同じ扱いになるのであればそれができて当然だった。

 

「よくそこに気付いたね。キミの言う通りだ。もちろん両者合意の上でならだが」

「真琴さん……?」

再び川内は日下部に視線を向ける。今度は肩書ではなく本名を呼んだのは、質問者としての立場が異なるからだろう。

 

「なんだ、今更そんなことを確認したいのか? 私は最初から、お前と生涯添い遂げるつもりだったぞ」

日下部は複数恋愛(ポリアモリー)を実践しているが、その全てに対し真剣だ。

日本の戸籍法では重婚はできないが、それでも元々この戦いが終わったら川内とだけは籍を入れるつもりだった。それが前倒しになったに過ぎない。

 

「うん……!」

川内は感極まって大きく頷く。モーリアックの眼前でなければ、人目も憚らず抱きついていたことだろう。

 

「結構。では今後ともよろしく、少尉。えっと、戸籍上の名前は『日下部川内』で良いかな? これでマコと正式に婚姻関係になるわけだし。夫婦別姓とかしたいかね?」

「いえ、それで……うう、さすがに恥ずかしいな」

川内は聞き慣れぬ名前に顔を赤くさせる。

そんな彼女に対し、モーリアックは続けて問いを重ねる。

 

「では、早速だが。キミは軍籍上艦娘ではなくなったので、希望するなら剥奪した妊娠機能をお返しする」

「……!」

「まぁ今キミに妊娠して十月十日前線を離れられるのは、正直に言って痛いが。マコとの子供、欲しいんじゃないか?」

先程と違って、川内はこの質問には即答できなかった。

率直に言えば、欲しい。艦娘の宿命だと割り切って、半ば以上諦めていた願いがそこにある。

物質世界に女性の肉体で生まれてきた以上、愛する人との子を授かることは間違いなく幸せのひとつのカタチだろう。

――けれども。

 

「今は結構です。みんなが戦っている中で、あたしだけそれを放棄するなんてできません」

自分は戦うため、人類を救うために地球意志に生み出された種族なのだ。我欲を優先する余り、艦娘としての天分を果たせないのはあまりに身勝手すぎるだろう。ましてや同じく日下部を愛する他の嫁艦や嫁艦候補たちには、その選択の機会すら与えられていないのだ。

これが望外の幸運であることを十分に理解しながら、それでも川内はその好機を自身の意志で投げ捨てた。

 

「わかった。やはりキミたちはそういう選択をするんだね。艦娘と地球意志の大いなる慈悲に、心から感謝を」

モーリアックはすべてを理解したような表情で、少しだけ寂しそうに微笑む。

 

「妊娠機能の回復を希望しないなら、ひとまずこちらからは以上かな。何か質問はあるかい?」

「軍籍上、艦娘じゃなくなったんなら、要艦娘秘指定の情報にも触れさせてもらえますか?」

「おっと。通常の機密指定がかかっている情報もあるが、許可できる範囲なら」

「2033年から2040年にかけての元祖マインドハッカーの所業について、確認させてもらっていいですか?」

「キミの隣に本人がいるんだから、直接聞けばいいんじゃ?」

モーリアックは不思議そうに尋ねる。

 

「提督の物語(ナラティブ)じゃなくて、記録上どうなっているかを確認したいんです」

「ふむ……許可するのは構わないが、なんでそうしたいか聞いてもいいかな?」

その質問に川内は一瞬硬直し、日下部にぎこちなく視線を向ける。

日下部は果たして無言のままだった。だから川内は、

 

「実はさっき……」

この執務室に入室する前に、一人の女性と出会って会話したことを包み隠さずモーリアックに告げる。

マインドハックの被害者である一人、エミリー・ローレンス。彼女の存在によって、元祖マインドハッカーの所業に冷静に向き合う気になったのだと。

 

「そうか。タイミング的にもしかしたらと思ったが、彼女に会ったのか。ちなみに、さすがに資料には彼女の名前は載ってないぞ。被害者だからね」

「そこは結構です。じゃあ提督、早速行ってくるね。終わったら想念交信で声かけるね」

「あいよー」

日下部は一切気にしていないかのように、軽薄そうな声と共にひらひらと手を振った。

 


 

「ったく、少しは気にしたらどうだい?」

「川内にはケッコンの時に全部知られてますから。あれで見限られなかったんですから、今更隠すようなことはないですよ」

秋雲と結ばれた時のあの言葉がなければ、きっと川内とのケッコンはできなかった。

過去の所業は自身が背負うべき恥ではあるし、積極的に吹聴するようなものでもないが、少なくとも今現在の自分を見てくれる人に対して隠す必要はない。そんな風に思えるようになったのは、間違いなく進歩だろう。

 

「ところでマコ、いい機会だから尋ねたいんだが、エミリーくんの妹については何か知っているか?」

「会ったことはありませんが、話は聞いてます。サラという妹がいて、日本に留学するまではとても仲が良かったと……」

「おい、おためごかすなよ。エミリーくんは故郷ではサラくんと姉妹レズしてたのに、日本の某クズ男がチン堕ちさせたんだろうが」

それでもまだ自己保身をわずかに残していた言葉を、容赦なくモーリアックは切り捨てる。

日下部は思わず目をしばたたかせた。この人は時折こんな風に、どうしようもなく厳しくなる。

 

「ええ、そうですね。いつか私がアメリカに行くことがあったら、サラのことも調教して姉妹丼すると約束してましたね」

あの日交わした睦言(ピロートーク)を、さらに下世話な言葉を選んで言い換えればこんな風になる。

 

「結局、果たすことのなかった約束ですが」

「まぁいくらマコの家が裕福とはいえ、学生が女一人犯すためだけにアメリカに渡航はしないよな。ましてやその頃のキミ、別にサラくんに拘泥せずとも女に一切困ってなかったはずだし」

「ですね。言い訳をするつもりはありませんが、あくまでベッドの上での快楽のスパイスのつもりでした」

好機があれば実行していたかもしれないが、実行する機会はまずないことは十分に理解していた。そしてそれはおそらくエミリーも同じだろう。

 

「その後のサラくんのことは、何か知ってるか?」

「いえ、全然。エミリーは結局一年足らずでアメリカに帰りましたし、その後は会えてないですね。今日10年近くぶりに会ったくらいですよ」

「おや? 5年前に、エミリーくんの記憶を消しに渡米したんだろ?」

「その時も会ってないんです。モーテルに呼び出して、隣室から記憶を消して、後は悠也さんに安全な場所まで送ってもらいましたから。無理やり植え付けた偽りの愛の記憶なんて、ない方がいいに決まってますからね」

日下部が長谷川悠也によって更生させられた後、マインドハックの被害者たちにどのような「償い」をしたかは記録に残っている。その時すでに物理的に償いようのない状態になっていた一人は別として、残りの二人について日下部は自分の記憶を消すことを選んだのだ。

もし記憶を残したまますべてを教えたら、彼女たちの残りの人生をその記憶に縛らせることになる。ましてや法的に無罪となった日下部に私情で復讐でもさせようものなら、彼女たちを犯罪者にすることになってしまう。それぐらいだったら、彼女たちの中から自分の存在を抹消した方がよほど良いと考えたのだ。

今なお、これが正解だったかどうか日下部には自信がない。ただ少なくとも、悠也が反対しなかった……どころか積極的に協力してくれたのは、ひとつの答えなのだと思うことにしている。

 

「ユーヤまで手伝ったのか。あいつも女心には疎い奴だったもんな」

だがモーリアックには違う意見があるのだろうか、日下部だけでなく悠也に対しても批判的な口調で呟いた。

少しその意味が気になったのだが、

 

「まぁいい今更だ。なら聞いて欲しい、同じエミリーくんに傷を残した者として」

モーリアックの言葉は意外な内容で、思わず日下部は片眉をしかめた。

もちろんこれはエミリーと肉体関係を持ったという意味ではないだろう。モーリアックは肉体の性別は男性だが「トランスジェンダーの異性愛者」、つまりその恋愛対象は男性に限られるからだ。

だからエミリーに傷を残したというのなら、日下部とはまったく違う内容になるはず。

 

「なぁマコ。なんで僕が、超人(ポストヒューマン)などというまどろっこしい物を開発していたか知っているか?」

「え?」

「艦娘の肉体のデータを使って、『艦娘のような肉体をした新しい種族』を作るくらいなら。最初から『人間を艦娘化する』技術を研究した方が早いと思わないか?」

「……! 言われてみれば」

それは率直に言って盲点だった。

シンギュラリティ到来はレイ・カーツワイルの提唱以来、「AIの進化」と「人類の超人(ポストヒューマン)化」、最初から二つの方向性で模索されていた。だから日下部も疑うことなく、超人(ポストヒューマン)と呼んでいるモノを受け入れていた。

だがシンギュラリティというフィルターを通さず、自分たちが超人(ポストヒューマン)と呼んでいる存在の原理に思いを馳せてみれば……確かにモーリアックの言う通りだろう。

 

「答えは簡単だ。それは無理だとすでに判明していたんだよ。艦娘の概念核は人間には作れないし、既存の概念核を人間に無理やり埋め込んだって、人間を艦娘化できるわけじゃない。それは、とっくに判明してたんだ」

「元帥。まさか……?」

モーリアックの言葉に日下部はある種の予感、いや確信を持って問い返す。

 

「僕はかつて……空母サラトガの大型艦建造に失敗した」

初冬の寒風よりもなお冷気を孕んだ声音と共に、モーリアックは自身の苦々しい記憶を口にした。




※冬章のメインシリーズ第二弾です。
シリーズとしては異なりますが、時系列的には前話の直後に当たる話です。

冒頭の名言について。
本作の名言は基本的に「偉人の格言」から引用しており、近年の創作物からは引っ張らないようにしているのですが、今回格言でこれ以上にしっくり来るものがなかったこともあって、ついにその禁を破りました(まぁ近年と言っても20年以上前の作品ではありますが)。
第二次世界大戦の欧州戦線に従軍していた4兄弟の内3人が戦死し、残った一人であるライアン一等兵を戦場から連れ帰る任務を命じられた大尉が主役の話なのですが、幾多の労苦と部下の犠牲(一人を連れ帰るために何人もが死に、その矛盾は作中でも指摘されます)の果てにたどり着いた大尉に対し、ライアン一等兵の言った言葉がこれです。
本作の軍人観は、このライアン一等兵の精神に大きな影響を受けています。

本話は思わせぶりな切り方をしていますが、実はここでこのシリーズはいったん中断です。続きは作中時系列が2046年になってからになります。
リアルでは暑い日が続いていますが、作中ではこれから冬本番を迎える日下部鎮守府をどうぞよろしくお願いいたします。
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