日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


その比翼に連理はあるか 6

てれくさくて言えないというのは、つまりは自分を大事にしているからだ。怒涛へ飛び込むのが、こわいのだ。

――太宰治

 

 

「わぁ、すっかりWeihnachten(クリスマス)の飾り付け。綺麗……」

日下部鎮守府の廊下。日ごとに増えていくきらびやかな装飾を目の当たりにして、神鷹はドイツ語混じりの呟きを上げた。

 

「はっちゃんさんがシュトーレン焼いてるらしいけど、私も焼いてみようかな」

クリスマスまであと10日ほどはあるものの、こうした準備の時間も含めた空気が心地よい。

もし世界が平和なら、きっと世界中で似たような光景が展開されていたことだろう。だが残念ながら、世界には今日を生きるのに必死な人間の方が多い。

そんな時代にこうして浮かれられるのは、身体を張って戦っている艦娘の特権だ……と割り切るべきだろうか。

 

「あ、ここにいたのねー! みんな探してたわよ!」

不意に自分を呼ぶ声が聞こえて、神鷹はそちらを振り向く。

そこにたのはどこか丸みを帯びた顔と、目を見張るほどに大きな胸をしたアメリカの正規空母。

 

「え、イントレピッドさん……?」

意外な顔に驚いて名前を呼ぶと、彼女は朗らかな笑みを浮かべて言う。

 

「今日はあなたのBirthday(誕生日)じゃない、神鷹! 同じ秋イベ着任の空母として、お祝いさせてよ!」

「あっ!?」

自分でも今の今まで忘れていた12月14日という日付の意味を思い出して、神鷹はその青い目を大きく見開いた。

 


 

大食堂の一角には、神鷹とイントレピッドの他に4人もの艦娘が揃っていた。

 

「み、皆さんお揃いで。加賀さんまで……」

案内されてきた神鷹は意外そうな表情を浮かべて言う。

加賀の普段からの五航戦に対する当たりのきつさを考えると、彼女がここにいることはあまりに予想外だったのだろう。

 

「瑞か……五航戦に『日本空母はみんな赤城さんと加賀さんの妹みたいな物なんだから、代表してお祝いしてきて』と言われたわ。確かにその通りね。おめでとう、神鷹」

「あ、ありがとうございます!」

隣でそのやり取りを聞いていた、四航戦所属の「空母」である日向は微笑を浮かべる。この理屈で言えば自分も加賀の妹になる。実際に夏には大いに背中を押してもらったこともあった。

加賀が普段から「自分が原因でその在り方を変えてしまった」神鷹のことを気にかけていることは、きっと本人には伝わっていないだろう。だが、だからこそこのやり取りは彼女に響いたのではないだろうか。

 

Joyeux anniversaire(誕生日おめでとう)! 同じ秋イベ着任組として嬉しいですわ」

Happy birthday(誕生日おめでとう)! 本当は神威や瑞穂、スキャンプ辺りの他の秋イベ着任組も呼びたかったんだけど、都合が付かなかったのよね」

コマンダン・テストとイントレピッドが、それぞれの母語で神鷹の誕生日を祝う言葉を口にする。

 

「十分です……! 本当にありがとうございます!」

「本当は提督が来るのが一番良いと思うのだけど。まだ松代なの?」

「今晩には戻るみたいですよ。川内が正式に戸籍を取得したとかで、書類手続きが大変みたいで」

加賀の疑問に答えたのは、嫁艦候補の最初の六人の一角である青葉。他の「空母」あるいは「秋イベ着任組」と違って神鷹とあまり縁があるわけではないが、何か面白そうなことが起きていたら駆けつけるのがジャーナリズム精神というものだろう。

 

「カッコカリではない本物の結婚か。少し羨ましいな。なぁそう思わないか神鷹?」

「そ、そんな。皆さんにお祝いしてもらえるだけでも嬉しいです……」

日向の問いかけに、神鷹は目を伏せて答えた。

まるで夏の頃の自分を見ているような気がして、日向はつい歯がゆさを感じてしまう。

 

「なぁ神鷹。そういう奥ゆかしさも美徳ではあるが、あの提督に関してはそれは逆効果だよ。はっきり言わないと、あの人には伝わらないんだ」

「なにそれ? Admiral(提督)ってそんなに鈍感なの?」

日向の言葉に興味を抱いたのか、イントレピッドが横から口を挟んできた。

 

「鈍感とは少し違う。あの人は先天的に、他人の感情に共感できないらしい」

「Oh……Psychopathy(サイコパス)ってこと?」

「人がわざわざ避けた単語を使わないでくれよ」

日向は思わず苦笑を浮かべる。

先天性の共感性欠如(サイコパス)は、厳密に定義すれば立派な精神病質の一種だ。重篤な場合は社会に適応するのが困難と言われるが、

 

「提督の場合は『マイルド』の部類だから、社会に適応できないってことはない。虐待されたり犯罪行為に加担させられたりってことはないから、その点は安心していい。そもそも現在の制度では、そんな人物は提督になれないみたいだからな」

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艦娘がいなければ人類は深海棲艦に対して事実上無力である以上、その意志と存在は最大限に尊重されるべきである。そのように人類統合軍法で定められている。

だから現在の艦娘運用体制下においては、マイルドではないサイコパスが提督になってしまうことはまずない。選考過程で二重三重のセーフティが存在し、そういう人物を弾くようになっている。

逆に言えば日下部程度は素通しということだし、日下部が時雨に対してやったことが表沙汰になれば、処罰は免れないのだが。

 

「まぁなんだ。人に命令を下す立場というのは、時に非情でないと務まらないだろう。そういう意味では、社会性さえ身に着けていればサイコパスというのは存外に適正があるものさ」

「なるほどねー。まぁ酷いことされないなら、私には関係ないんだけどネ?」

自分から話を振っておきながら、最終的に大して興味もなさそうな口調で返すイントレピッドに、思わず日向は苦笑を浮かべる。

とはいえ彼女がそう言うなら結構だ。恋のライバルは少ないに越したことはないだろう。

一方で肝心の神鷹は、

 

「で、でも。提督、私のこと見てるとMutter(お母さん)のこと思い出すとかって。だからどのみち、女の子として見てもらうの、難しいと思います……」

「……?」

その発言に日向と青葉と加賀、シルヴァを直接知っている3人は顔を見合わせる。

神鷹が恋において何かを気にしていたことには気付いていたが、まさかこんな内容だったとは。

もちろん実際の日下部は微塵も言っていないのだが、そんなことは知る由もない。

 

「あー。確かfrançaise(フランス人)なのですよね? 着任の時に『フランス語がとても上手ですね?』と聞いたら、そういう風におっしゃってました」

「そうそう。『フランス空母の艦娘でも出てきたら、自分の母親に似てるかも』とか言うから、『日本人には似てないんじゃない?』って言ったら、フランス人だって言ってたわ」

一方でシルヴァ本人を知らないコマンダン・テストとイントレピッドの2人は、それぞれの着任時のやり取りを思い出して言う。

 

「神鷹があの提督の御母堂に? 似てるか……?」

「夏イベの時に撮影した写真ありますよ。どうぞ」

日向の言葉を受けて青葉が用意したのは、夏イベの時に日下部鎮守府の母艦「いが」を探訪した際のシルヴァの写真。

実物を見たことがある者もない者も、興味深くまじまじと覗き込む。

 

「ンー、見た目は確かにちょっと似てるかナ? 『見てて思い出す』って程似てるとは思えないけど」

「あ、あの。顔や声じゃなくて。境遇が少し似てるから、私を見てると思い出すって」

「ああ、なるほど。それなら少しは納得できなくも……いや、そうはならないだろう」

神鷹の言葉に日向は一瞬納得しかけたものの、直後に思い直して否定する。結果的にノリツッコミのようになってしまったが、別に意図的なものではない。

 

「言いたいことは理解できなくもないですけど。あの人、現在進行系で言動が強烈すぎますからねぇ。もしかしたら本人や司令官の物語(ナラティブ)では何かあるのかもしれませんが、少なくとも青葉たちの目に写った限りでは、ですね」

「きちんと母の情も持ち合わせてはいるし、優しい方だとは思うのだが、いかんせんな」

「コメントは控えさせてもらいます」

実物を知る三人は口々に言い合うのだが、

 

「え、えっ……? 結局、どんな人なんですか?」

当たり前だがそれでは神鷹には通じない。

混乱の渦に叩き込まれた彼女に対し、

 

「どうしても気になるなら、勇気を出して提督に直接聞きなさい。赤城さんの言葉をそっくり借りてしまうけど、恋も戦いよ、神鷹」

きりっとまなじりを引き締めた加賀が言い放つ。

さすがに実の息子と違って、「どビッチバイセクシャル熟女経産婦」などと本当のことを言うのははばかられた。

 


 

その日の夜に川内と共に日下部が鎮守府に帰還すると、しばらくはひっきりなしに嫁艦候補たちが周囲を囲んでいた。

だから日下部が一人になるタイミングを見計らうには、数日を待たねばならなかった。

秘書艦の川内が演習標的艦の任務で離れたのを確認して、神鷹は執務室を訪れる。

 

「提督、あの……提督のMutter(お母さん)のこと、聞いてもいいですか?」

おずおずと切り出すのには、勇気が必要だった。

このくらいならなんとかなったが、もっと心の奥にある本当の気持ちを伝える時には、この何倍の勇気が必要になるのだろう。今からめまいがする。

 

「またママンの話か。前にも言ったけどほんの少し境遇が似てるだけで、別にお前とは似ても似つかないぞ?」

「私に似てるか、とかじゃなくて。どんな人か知りたい、です」

「ふむ……」

顎に手を当てて考え込む日下部を、必死な面持ちで神鷹は覗き込む。

 

「わかった。今急ぎの仕事はないし、話してやる。その代わり聞いたことを後悔するなよ」

「……?」

神鷹は首を傾げる。その問いかけが日下部にとってどんな意味を持つか、なんて考えが回るほど器用ではなかった。

そんな彼女を隣の控室に案内すると、日下部は手ずから紅茶と茶菓を用意してくれた。

 

「じゃあ話してやるか。私の母、シルヴェーヌ・ヴァランタンは……」

そうして日下部は語りだす。28年間の人生の中で、1/3も生活を共にしていない母親のことを。

 

「提督、あの……もう、いいです……ごめんなさい。私、無神経でした……!」

すぐに神鷹は、先程の日下部の言葉の意味を理解する。まさか幼い日下部を置いて出ていった、そんな顛末は想像すらしていなかった。

自分は日下部の辛い思い出を、無理やりこじ開けて語らせてしまったのだ。それに気付くと申し訳なさが概念核の奥からにじみ出て、瞳の毛細血管を刺激して涙を溢れさせる。

だがそれに対して日下部は、

 

「神鷹。さっき私は言ったよな? 『聞いたことを後悔するな』と」

底冷えしそうな視線が神鷹を射抜く。感情の籠もらない爬虫類のような瞳。

ひっ、と怯えた声を上げて身を縮こまらせる神鷹に、日下部は容赦なく呵責なく告げる。

 

「この件で最初に泣く権利があるのは私だ。その私が泣いていないのだから、先にお前が泣くな。これはお前が始めさせた物語なんだから、お前には結末まで付き合う義務がある」

「……」

神鷹はその言葉に、溢れていた涙を必死に堪える。

まるで日下部を睨み返すかのように、視線を見据えて受け止める。

ここで自責の念に崩れ落ちては、二度とこの人に対して恋をしているなどと言えなくなる。いくら普段の言動が弱気でおどおどした物であっても、それを理解できる程度にはやはり神鷹も艦娘だった。

 

「……よし。偉いぞ」

神鷹の態度に、日下部は手を伸ばして頭を優しく撫でる。浮かべた笑顔は春の陽気のようにとても暖かく、先程までとの落差に思わず心が風邪を引きそうになる。

もっとこの人に褒められたい。この人にこんな笑顔を向けて欲しい……そんな風に思ってしまうのは艦娘の本能なのか、それともまったく別の精神作用なのか。

 

「じゃあ続きを話すぞ。去年のクリスマスの頃にな……」

二十数年を経ての再会。そして去年の夏イベでの二度目の再会における狂騒。

聞き終えてみれば、実はそんなに長い話ではなかった。途中で中断さえ挟まなければ。

 

「す、すごい人、ですね……」

神鷹は言葉を選んで感想を述べる。

 

「な? ちっとも似てないだろ?」

「でも、好きな物をはっきり好きと言えるのは、少し、羨ましい、です……」

「まぁ世間一般的な母親の評価としては問題だらけだろうが、一人の人間としてはそこは好感が持てるよ」

「提督の立場で、それ言えるのも……すごい……です」

憎んでいてもおかしくないような相手なのに。からからと笑ってそんなことを言う日下部が、色々な意味で普通ではないのは間違いないだろう。

 

「あの、提督。提督は、Mutter(お母さん)を思い出すような子と、恋は、できないですか……?」

神鷹は勇気を振り絞って尋ねる。ここでイエスと答えられたら、何も伝えずにそっと諦めることさえ覚悟して。

 

「んー? なんだよ皮肉か?」

「え……?」

「私の西欧コンプレックスと、『好きな物に夢中な女の子が好き』って部分、明らかにあの人の影響だろう。認めたくないが、マザコンな部分はあるかもな、私」

きっとそれは、川内たち嫁艦候補にすら普段は言わない本音なのだろう。言葉を紡ぐ日下部の様子は、どこか照れているようにも見えた。

 

「じゃあ。髪の毛が黒くない子は」

「大好きだよ?」

「青い目は?」

「大好きだよ?」

「……えっと」

「自分の好きな物を好きと言える子が、私は大好きだよ、神鷹」

再びあの笑顔を向けられて、胸の奥が詰まるような感情がこみ上げる。

今こそ想念を言葉に変える最大のチャンスのはずなのに、

 

「……その、えっと」

ああ。臆病な自我がそこに至ることをどうしても阻む。

神鷹は思わず下唇を噛んだ。

 

「んー。まぁ、今は難しいか? いいぞ、まだ嫁艦候補の最初の六人全員とケッコンしきるまでは時間あるし。ゆっくりでいいぞ。待っててやるから」

「……!」

日下部の言葉に、思わず引っ繰り返りそうになる。

なんで。日下部は先天的の共感性欠如(サイコパス)で、他人の感情を理解できないのではなかったか。

一瞬だけそんなことを考えて、その答えにはすぐに至る。きっと自分はそれだけ「わかりやすかった」のだろう。共感からの理解ができずとも、態度を分析して察せるほどに。

 

「提督、言わせようとしてるとか。ズルい、です……」

「ははは。こういう駆け引きも、恋の戦いの一環だぞ」

日下部は微笑を浮かべて言い放つ。

神鷹が恋においては百戦錬磨の日下部と渡り合えるようになるには、まだもう少し時間がかかりそうだった。




※空母の恋愛を描く「その比翼に連理はあるか」シリーズ、今回は神鷹編です。
彼女は「○航戦」ではないのですが、もう空母だったら軽空母だろうが正規空母だろうが、日本空母だろうが海外空母だろうが、恋の相手が日下部だろうが他の艦娘だろうが、全部このシリーズにまとめることにしました。

本作も含め、ネットの世界では「サイコパス」と気軽に口にしがちですが、厳密に定義すると立派な精神病質であるのは本文中に書いた通りです(なので創作キャラに対してはともかく、リアルの人間に向かって使う時は慎重になるべきでしょう)。
ちなみに実際のサイコパスは確かに他人の感情に共感できないのですが、態度などから分析して他人の感情を察するのはむしろ得意なことが多いようです。特に自分に向けられた好意には敏感で、都合よく利用しようとします。
日下部もラストで神鷹に対してやったように、そういったことができないわけではないのですが、ある程度意図的に封印している部分があります。
なのでイントレピッドの言った「鈍感」も、ある意味では間違ってなかったりします。
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