日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


その比翼に連理はあるか 7

私は、わがままでせっかちで少し不安定。ミスを犯すし、自分をコントロールできないときもあれば、扱いにくいときもある。でも、もしあなたが私の最悪の時にきちんと扱ってくれないなら、私の最高の瞬間を一緒に過ごす資格はない。

――マリリン・モンロー

 

 

大本営の発令したクリスマス特別任務も無事達成し、日下部鎮守府は穏やかな時間を過ごしていた。

日下部も含め、多くの提督はこの時期に艦娘の育成を行う。

 

「イントレピッド、お疲れ様」

この日大規模改装を迎えて執務室に報告に訪れたのは、秋イベで着任したイントレピッドだった。

彼女には改二が実装されていないが、一度目に当たる「改」の段階であっても十分過ぎる戦力となる。全空母の中でも最大の積載力を誇るのは、まさしく100年前のあの大戦を終わらせる原動力となっただけのことはあるだろう。

 

「しかしエセックス級って、アメリカの『産業効率化の鬼』の側面の象徴だよなぁ」

徹底された統一規格と流れ作業という産業効率化による大量生産こそ、当時のアメリカという国家を支えた国力の要だ。

隔月正規空母、エセックス級。字面通り2ヶ月で正規空母を建造したわけではなく、多数の造船所で同時に建造を進めて2ヶ月に1隻ペースで就役させただけなのだが、それは裏を返せば「正規空母を建造できる造船所が、アメリカ各地にその数だけ存在した」ということでもある。

 

「アメリカに変な兵器がないわけじゃないけどネー。でも、褒めてくれてありがとう」

「ところでさ。システム化された物量戦の一環としてじゃなくて、お前自身に何か特徴はないの? たとえば好きな物とか」

残念ながら、艦娘は大量生産するわけにはいかない。その肉体は想念工学によって人類の手を入れているものの、基本的には地球意志が創造した一個の生命体なのだ。

だから目の前に立っているイントレピッド個人に、日下部が興味を抱いたのはごく自然なことだった。

 

「好きな物……Aircraft(航空機)!」

丸みのある顔を屈託なく綻ばせて、迷うことなくイントレピッドは答えた。

 

「私ね、退役後にMuseum(博物館)になったの! Tomcat(トムキャット)Phantom(ファントム)はモチロン……Harrier(ハリアー)MiG(ミグ)Kfir(クフィール)まで!」

20世紀後半の冷戦期、各国で活躍した航空機の名前をイントレピッドは嬉しそうに挙げながら言った。

その様子に、日下部は違和感を覚える。目の前のイントレピッドは、資料で見た艦娘イントレピッド一般の特徴から明らかに外れていた。

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「あ、フランスが好きならSuper Étendard(シュペル・エタンダール)も……。って、え……?」

「おいイントレピッド! 今すぐその記憶をたどるのをやめろ!」

間違いない。このイントレピッドは認識齟齬個体だ。

そう確信した日下部は必死に叫び声を上げるが、

 

「ねぇ、Admiral(提督)……。なんで、ニューヨークが壊滅してるの?」

それはかえって逆効果だったようで、彼女は残酷な真実へとたどり着いてしまう。

 

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つい一瞬前までくりくりとした瞳を輝かせて航空機愛を語っていたイントレピッドは、地球意志から与えられた「現在のイントレピッド海上航空宇宙博物館の記憶」に打ちのめされて、今にも崩れ落ちようとしていた。

 


 

艦娘はその誕生時、地球意志から現在までの情報を与えられて生まれてくる。

だから彼女たちが100年前に沈んだ軍艦の概念から生まれた存在であっても、霰は1980年代の人気アニメに言及するし、伊168(イムヤ)はスマートフォンで遊ぶし、秋雲はタブレット端末を使いこなす。

そして現在は2045年。ポスト・シンギュラリティの時代。人類が自らの創造物である高次AIに反乱され、その半数以上が死に絶えた時代。

 

「シンギュラリティ到来直後の深海棲艦による初期攻撃は、高次AIの存在した日本・アメリカ・ドイツにおいては、主要軍事基地並びにその国の最大の都市圏に集中した。つまり東京、ニューヨーク、ベルリンは真っ先に壊滅したんだ」

善隣たる人類の指導者として君臨していたはずの高次AIは、その技術家主義(テクノクラシー)による統治と同様、虐殺をする時もきわめて効率的だった。

 

「その犠牲で横浜やロサンゼルスはなんとか死守できた。だからロサンゼルス港のアイオワはまだ海上にいる。()()()()()()。だがニューヨーク、それもマンハッタン島に存在したイントレピッド海上航空宇宙博物館は……」

「そんな……」

日下部の言葉に、イントレピッドはついに膝から崩れ落ちる。

通常の艦娘であればこうはならない。艦娘は生まれた時から「現在までの」情報を与えられる以上、このことはすでに認識済だからだ。

だが艦娘にはごくまれに、この辺りの認識に齟齬が生じている個体がいる。自意識としては前世の実艦時代の記憶しかないように振る舞うのだ。情報そのものはきちんと与えられているようで、指摘すればきちんと現在までの記憶を思い出すのだが、その際に激しい混乱に見舞われることは避けられない。

厄介なことに正常な艦娘も小洒落た言い回しのつもりで「実艦じみた」振る舞いをすることが多く、そのことが認識齟齬個体の早期発見を困難にしている。

原因についてはまったくの不明。おそらくは地球意志が彼女たちを大いなる知性による創造(インテリジェント・デザイン)した時に生じた一種のバグなのだろうが、何も断言できることはない。

 

「Admiral……私、もう立てない。このダメージはコントロールできないわ……」

呼びかけに応えて見上げてくるイントレピッドの瞳は、とても虚ろなものだった。

日下部はしゃがみ込み、目線を彼女に合わせる。

 

「イントレピッド。辛いのは理解する。だが、それでも言わせてもらうぞ」

日下部の爬虫類に似た瞳孔が、冷酷に窄められる。

 

「――泣くな。少なくとも、日本の空母全員が泣く前には」

「……!」

「『前世の自分』が沈んだのは、そりゃ辛いだろう。だがな、そんな物は日本の空母たちは、100年前の大戦でみんな経験していることだ」

「あ……っ……」

日下部の言葉に、イントレピッドは思わず目を見開く。

ミッドウェー海戦で沈んだ一航戦と二航戦。マリアナ沖海戦で沈んだ五航戦。南雲機動部隊以外にも、多くの空母があの戦いで沈んだ。復員船任務に従事した葛城でさえ、1946年という終戦の翌年に解体されているのだ。

イントレピッドはたまたま勝者の国に生まれ、たまたま博物館という第二の生を謳歌する幸運を得たに過ぎない。

 

「だから辛くても胸を張れ。あの大戦の勝者はお前たちだ。勝者は敗者の前では、傲岸不遜に胸を張れ」

悲しみに突き崩れるイントレピッドに、日下部はそれでも己の足で立ち上がれと促す。

 

「我々は今や人類統合軍だから、あまり日本だアメリカだという言い方はしたくない。だからこの一回が最後だ。だがこの最後の一回は、艦娘であるお前が存在し続ける限り守って欲しい」

「Admiral。あなた、厳しい人ね」

「そうかもしれんな」

「いいわ。それが命令なら従うわ、私は艦娘だもの」

日下部の命令通り、イントレピッドは胸を張る。

その表情を見ればそれが虚勢であることは、さすがの日下部でも分析できた。だがそれでも彼女は、命令に従って堂々と立つことを選んだのだ。

 

「ああ、それでいい。偉いぞ」

「でも……その前にお願い。この一回だけでいい」

イントレピッドは日下部に歩み寄ると、額をぺたっと胸板に預ける。

 

「泣かせて? 思いっ切り……」

今にも消え入りそうな声に、日下部は軽く溜息をつく。

 

「ああ、わかった。今ここには日本の空母はいないしな、黙っててやる」

「Admiral……!」

イントレピッドは日下部の背中に手を回してしがみつく。

 

「うあああああああ……っ!」

激しい嗚咽の声と共に想像よりずっと力強く抱きつかれ、浮気という言葉が一瞬脳裏に浮かぶが、

 

「やれやれ。泣いてる女を放り出すのは、男のすることじゃないな」

そんな言い訳じみた男の矜持を誰にともなく口にすると、日下部はイントレピッドの背中に手を回し、子供をあやすかのように数度優しく撫でさすった。

 


 

「落ち着いたか?」

「うん……アリガト……」

こみ上げて来た感情をすべて吐き出して、ようやくイントレピッドのくりくりした瞳には光が戻っていた。

 

「ねぇAdmiral。いたずらっ子だと思ってたら、あなた思ったより包容力があるのね」

「まぁアメリカ人受けする体育会系(ジョック)ではないだろうけど、ただのヘタレ野郎(ギーク)じゃないよ。これでも一応軍人だしな」

「Wao! ずいぶんアメリカのスクールカーストに詳しいじゃない。なになに、昔アメリカ人と付き合ったりでもしてたの?」

「……秘密だ」

イントレピッドは冗談で口にしたのだろうが、実は正鵠を射ているとはさすがに言えない。

 

「どっちでもいいわ。私が初めてでもそうでなくとも」

再びイントレピッドは身を寄せてくる。

今度は悲しみに崩折れるのではなく、好意と慕情と一抹の情欲を織り交ぜて。

 

「素敵よ、Honey……」

「おっと。光栄だな」

日下部はそう言って軽くかわそうとするのだが、

 

「もう。私は本気なんだから」

艦娘の腕力で無理やり引き寄せられて、強く抱きしめられた。

ふくよかな胸が、制服の上から身体に押し付けられて潰された。戦うための肉体のはずなのにとても柔らかくて、思わず興奮をかき立てられる。

 

「日向によると、あなた『好きな物について熱く語ってる女性』が好きなんですって? じゃあ改めて、イントレピッド海上航空宇宙博物館に『あった』Aircraftについて、じっくり語っちゃうんだから!」

吐息が頬にかかるほどの至近距離。

今度こそイントレピッドは自分自身を取り巻く現実を受け入れて、それでもなお自らの足で立ち上がった。

 

「わかった、わかったよ。私の負けだ」

これだけ魅力的なアピールをされて、日下部真琴という生き物が惚れずにいられるわけがない。

 

「とりあえず離してくれ、こんなところを川内や他の嫁艦候補たちに見られたら怒られる。正式に婚約してくれるなら、お前は今から我が第十三夫人候補だ」

「Oh……よりによってThirteen(13)なの!? 列に並ぶのは構わないけど、一個ズラせない?」

欧米では13という数字は忌み数に当たる。戦闘機の形式番号や部隊編成においても、13を飛ばして14とするのは定例だった。

 

「ん、別にいいけど。じゃあ第十四夫人候補で」

フランス人の血が半分入っていても、アイデンティティにおいては完全に日本人である日下部にとって、そこは大した問題ではない。

それはそれとして、一瞬だけ時雨のことが脳裏に浮かんだ。特別な関係といえば、嫁艦候補だけではなく彼女もそうだ。彼女をカウントするのであれば、正真正銘イントレピッドは第十四夫人候補になる。

少なくとも現段階では時雨を序列において他の嫁艦候補と並べるつもりはあまりなかったが、最初の六人とのケッコンが完了して自由夜戦が解禁したら使い倒すつもりでいるし、そういう意味では「14股をかけている」とも表現できるだろう。

 

「じゃあ我が第十四夫人候補。ここじゃ何だから、続きは私の部屋でな。ワインでも用意するから、ゆっくり聞かせてくれ」

「ビールじゃなくてワインってところがHoneyらしいのかな? ふふ、改めてよろしくネ!」

「うん。お前には、やっぱり泣き顔より笑顔が似合うよ」

素朴でどこか大地のような力強さを感じさせる顔立ちには、やはり屈託のない笑みこそがふさわしいだろう。

 


 

「先日の神鷹の進水日には、興味なさそうな素振りをしていたのに。なんだ、君も提督を狙っていたのか」

後日。食堂で出会ったイントレピッドから事の顛末を聞かされた日向は、呆れたような半眼を浮かべて言った。

 

「恋のライバルは少ないに越したことはない、と安心してたのにな。すっかりしてやられたよ」

「あーん、違うの。あの時は本当にそんな感情はなかったんだってば! もう、確かに聞いた通りPsychopathy(サイコパス)なところもあったけど、それ以上にずっと素敵な人だったじゃない」

困った表情で必死に弁明する姿は嘘をついているようには見えず、日向は思わず溜息をつく。

 

「まぁ恋も戦いなのであれば、確かに戦況というものは常に変化しておかしくないな。誰かが提督に興味のないような素振りを一度したからって、完全に油断してはいけないということか。うん、貴重な戦訓になったよ」

「もう、固いんだから。あのHoneyだったら、別に他に何人好きになろうとも受け止めてくれるでしょ?」

「……どうかな。さすがに限界はあると思うが」

超人(ポストヒューマン)の肉体能力は、元々麾下の艦娘を片っ端から手籠めにするような提督向けに調整されている。日下部はそこまで見境なしではない――愛が多いだけで、愛情抜きの肉体関係は基本的に持とうとしない――以上、その点については特に問題ないだろう。

だが超人(ポストヒューマン)の肉体能力に関係なく、時間というものは有限だ。嫁艦候補が多くなれば、一人当たりに日下部が割ける時間は自ずと少なくなる。

神鷹もいる以上イントレピッドが最後の嫁艦候補ということもないだろうが、それでも20人には行かないくらいで止まって欲しいというのが、日向の偽らざる想いだった。

 

「そういえばさー。瑞鶴から聞いたんだけどネ? 日本のクリスマスって……」

「ん? 七面鳥(ターキー)を焼くなら気を付けた方が良いぞ?」

「そうじゃなくて。えっと……恋人たちが愛を交わす日なんですって?」

「……らしいな。いや私たちの前世には当然なかった風習だが」

キリスト生誕祭のはずのクリスマスがなぜかそうなっているということは、地球意志に与えられた情報の中に存在したが、その理由まではさすがにわからなかった。

 

「最初の六人だけでHoneyを独占ってズルいよね。その日だけは例外にしてもらえないか、相談してみよっかな」

「それは……」

率直に言って日向の中には存在しなかった発想だった。だがこうして言われてみると……、

 

「ああ、悪くない。直訴するなら私も同行しよう」

「どうせなら阿賀野とかジャーヴィスとかカブールとか、みんなで一緒に行こうよ!」

イントレピッドの言葉に、日向は笑って頷く。

こうして今ここに、嫁艦候補日米英伊連合艦隊の結成が宣言されたのだった。




※ツイッターの方で大きな話をやっていたために間が空きましたが、前回に続き空母の恋愛を描く「その比翼に連理はあるか」シリーズです。
神鷹編では脇役だったイントレピッドが今回の主役です。

イントレピッドについて。
艦これ本編における彼女は、実艦としての自分が未だ海上にあって航空宇宙博物館をやっていることに対し、少なくないアイデンティティを抱いているように感じます。
しかし本作の世界設定を当てはめて冷静に考えると、どう考えてもイントレピッド海上航空宇宙博物館が無事で済むはずがないんですよね。なのでこういう顛末となりました。
ちなみにこのくだりにおいて、イントレピッドとは別の艦娘について違和感を抱かれた方もいらっしゃると思いますが(まぁ傍点振りましたけども)、これについてはその違和感を覚えておいて下さいと申し上げておきます。

認識齟齬個体について。
艦これ本編の艦娘は、ちょくちょく自分を実艦だと思っているような言動をしますよね。その割にはちゃんと女の子らしい言動をしている時もあり、艦娘という存在の謎に拍車を掛けています。
本作ではあまりここを深く掘り下げるつもりはなく、基本的には今話のための設定です。
ちなみに艦これ初期に、この点をメインテーマとして扱った有名な二次創作がありまして、作者はその作品の大ファンです。日下部鎮守府の原点(マイルストーン)のひとつと言えます。

艦これ本編、8/26から夏イベと発表がありました。今回は大規模のようですね。
やはりすぐには本格的には出撃しない予定なので、せめてSS時間軸もできるだけ早く2045年は終わらせて、2046年に突入したいところです。
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