日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
もし僕が愛とは何かということを知っているとすれば、それは君のおかげだ。
クリスマスがあと数日に迫った頃、日下部鎮守府所属の一人の艦娘が最大練度に到達した。
「秋雲、よくやった!」
日下部は出撃から帰還した秋雲にねぎらいの言葉をかける。
最大練度に到達したということは、すなわちケッコンカッコカリを行えるということなのだが、
「ほらー、戦艦にも重巡にも以下略! 提督、巻雲、急いで原稿の続きやるよー!」
「お、おう」
どうやらオータムクラウド先生はケッコンよりもクリスマスよりも、その少し後に予定されている
執務室の隣にある控室は、秋雲の仕事道具があれこれ持ち込まれてちょっとした作業場と化していた。執務の合間にここで休憩を取ることのできなくなった川内や大淀からは苦言も寄せられたが、今この時期だけということで納得させている。
「まったく。元気と言うのか、余裕がないと言うのか」
「時間がないんだよー!」
「しっかしなんでこんなことになってるんだろうな」
不思議そうに呟いた日下部に、
「司令官様、そんなの簡単です~」
この場にいるもう一人、普段から秋雲の
「秋雲、ちょっと描き進めるたびに自分の作品で興奮して、すぐに司令官様と夜戦おっぱじめようとするからに決まってます~! 言っておきますけど、これについては断らない司令官様も同罪ですからねー!」
特徴的なぶかぶかの袖に通した腕を腰に当てて、巻雲は二人を睨みつけるように鼻息を荒くする。
正射必中に正鵠を射られて、日下部と秋雲は揃って目を逸らした。
確かに心当たりはありすぎた。自分で描いてて興奮できるというのは良い作品の証拠だと、そんな言い訳をしつつ二人で幾度も腰を振りまくったが、そのツケが今になって響いているのは間違いないだろう。
「やっぱり幸せなんて、創作にとっては毒なんだよー!」
半ばヤケになって、秋雲はいつぞやも言った昭和の作家並の発言を叫ぶ。
「いや別に独り身なら独りで致すだけだから、あんまり関係ないような。単に意志力の問題だろ」
「意志力かぁ……。提督って、自分の好きな物を好きって言える子が好きだよね。秋雲、同人作家としても提督の嫁艦候補としても、中途半端だよね。どっちも自分が好きで始めたはずなのに。ほんと、なんでこんなになってるんだろ」
自重めいた溜息と共に、秋雲は俯く。
「秋雲、お前……」
「うわー。この状況で自己嫌悪モードに入るとか、こいつ正気ですかー?」
「まぁそう言わんでやってくれ、巻雲」
精神的に追い込まれた時に嫌な考えに囚われるのは、誰にでもあることだ。あの春の日、秋雲の描いた漫画に追い詰められて自分がそうなったように。
「おーい秋雲。今日はもうヤメだ、ヤメ。そんな頭で作業しても進まんし、時間の無駄だ」
根っからの頭脳派の日下部は、頭脳労働の効率的な進め方もよく理解している。どれだけ自分を追い込んでも成果の上がらない状況というのはあるものだ。
「で、でも時間が」
「時間を無駄にするくらいなら、今日はもう寝ろ。どうせここんとこ睡眠時間削って作業してて、まともに寝てないんだろ?」
秋雲の目の下の隈ははっきりわかるほどに色濃く、無茶をしているのは一目瞭然だった。
「巻雲、秋雲を寝かしつけてくれ。言うこと聞かないなら陽炎と夕雲に協力頼んでもいい」
陽炎型と夕雲型、両方の姉の名を出されて秋雲はぎくっと身を強張らせるが、そのくらいしなければ手を休めようとはしないだろう。
「わかりましたー!」
「よろしく頼む。私はちょっと、参考意見を聞けそうな人に会ってくる。いきなりだから都合が付くかはわからないけど」
実はこの状況下で頼れそうな心当たりが、一人だけ存在する。ただし確実な当てとは到底言えないのだが。
「参考意見を聞けそうな人、ですかー?」
「おう。神絵師だ」
実のところ自分でも半信半疑なのだが、それでも日下部は巻雲を安心させるため、内心を押し隠して堂々と言ってのけた。
翌日。日下部は舞津鎮守府を訪れていた。
ショートランド人工島から1000km弱。舞津鎮守府は組織系統としては長崎の佐世保鎮守府に所属している。
舞津は艦娘出現後のごく初期から活動している古参提督の一人であり、提督たちの間では伝説の装備と化している「震電改」すら保有しているという。
「あれ? 朝潮じゃなくて、今日は大潮が秘書艦なの?」
日下部は、自分を出迎えた秘書艦の姿に驚きの声を上げた。
「この時期、朝潮お姉さんはアゲアゲで……すみません、なんでもないです!」
「……?」
大潮の言葉に日下部は首を傾げる。
だがどの鎮守府にも、それぞれ事情というものがあるだろう。そう判断した日下部は、それ以上は深掘りせずに案内されるまま足を進める。
やがて案内された応接室では、この鎮守府の主であるむくつけき大男が待っていた。
「久しぶりだな、日下部。中元寺鎮守府探索以来か」
「ご無沙汰しております。その節はお世話になりました」
2ヶ月ほど前の
「……舞津さんも、アイギス搭載したんですね」
日下部の機械じみたモノクルと違い、舞津は古風な眼帯で左目を覆っている。木曽と並べば海賊にしか見えないことだろう。
身体の周囲に浮かぶ想念波ネットワーク接続装置は、別に普段から装着して過ごさないといけないようなものではないが、おそらく日下部の訪問に合わせてわざわざ装着したのだろう。
「お前から実戦データがフィードバックされたからな。言ってみれば先行試作量産型ってところだ。困ったことに、欠点克服には程遠いんだが」
「えーと。舞津さんはフィンタンを食べたわけじゃないですよね?」
フィンタンはその特性上、量産は不可能なはずだ。2匹目が発見されたという話は聞かされていない。
「ああ、俺のシステム制御用仮想人格はフィン・マックールじゃない。『智慧』を司る存在は他にもいるからな。お前なら『この左眼は自分でくり抜いた』と言えばわかるんじゃないか?」
何気ない口調で、ぎょっとするようなことを舞津は口にする。
智慧を司る存在。左目を自分でくり抜いた。
そんな記号を持つ存在について、日下部は心当たりがある。
「北欧神話のアレですか」
「そうだ。どうも仮想人格に関連する『代償』を俺自身に刻むことで、自我への定着度が上がって脳への負荷を軽減できるらしい。まぁ
「うーん、それはまた元帥らしいコスト度外視っぷり」
片目を自らくり抜いてその程度では、費用対効果が見合っているとは到底言い難い。
「お前も近い内にフィン・マックールと同じ『代償』を刻むことになるんじゃないか? 俺はオカルトに詳しくないから、それが何かはわからないんだが」
「フィン・マックールですと、『自身に仕えたいという者を断ってはいけない』という
古代ケルトの戦士たちは、神々に対してさまざまな誓いを立てることがある。これを守る間は神々の加護を得られるが、破った場合は災いがもたらされる。
たとえば
フィン・マックールの場合は自身の
おそらく同じことを求められることになるのだろうが、
「なんだ。艦娘の着任を拒否するはずないですから、実質ノーリスクですよ」
日下部はそう言ってからからと笑った。
「だといいんだがな。ところで日下部、今日の本題はなんだ? アイギスを搭載した俺を見に来たわけじゃないよな?」
「ええ、搭載したことはここに来るまで存じませんでした。舞津さん、『マイッツァー』という艦娘絵師をご存知ですか? ネットによく、朝潮のエロ絵を上げてる人なんですが」
「……そいつが何か?」
舞津の片眉がぴくりと上がる。
「単刀直入に聞きますけど、実は舞津さんじゃないですか?」
「何故そう思った?」
「朝潮の制服や艤装が『本物』ですし、竿役の男がどう見ても舞津さんなので。あとは名前……ですかね? 安直ですけど」
「ふむ……」
舞津は顎に手を当てる。慎重に言葉を選んでいるような様子で、
「不躾ながら聞くが……お前、俺が絵なんか描くように見えるか?」
「全然見えないですね!」
「だろう? そいつは俺ではない」
遠慮ない日下部の言葉を咎めるでもなく、舞津は淡々と真実を告げた。
「そうですか。困りました」
日下部は思わず溜息を吐き出す。巻雲に大見得を切った手前、違いましたで終わっては肩透かしにも程がある。
「何故、そいつに会いたい?」
「実は、うちの秋雲がですね……」
日下部は一連の事情を説明する。おそらくどこの秋雲もこの時期は似たようなことで悩んでいるのだろうが、
「神絵師とか呼ばれる人ならモチベーションが落ちた時どうしたらいいか、何か有効なアドバイスをもらえるのではないかと」
「艦娘のためか。なら無碍にはできんか」
「え……?」
「マイッツァーは俺ではない。だがその正体は知っている」
自分の目をくり抜いたことを告げた時と同じく。淡々とした調子を一切崩すことなく、舞津は驚くべきことを口にした。
「なん……だと……?」
「本人に聞いてくる。少し待て」
客人を応接室に残したまま、舞津は立ち上がる。
その背中を日下部は、まさしく藁にもすがる思いで見送った。
「舞津さん、おかえりなさい……と、朝潮?」
やがて応接室に戻ってきた舞津は、一人の艦娘を連れていた。
「日下部提督、お久しぶりです。なんでもこの朝潮にご質問があるとか?」
「えっ……?」
聞き間違えたかと思って、日下部は間の抜けた声を上げる。
「マイッツァーに質問があるんだろう?」
そんな日下部に対し、舞津は不思議そうに尋ねた。
「ちょ、ま、ちょっと待った。ま、まさか……!?」
「はい! 朝潮がマイッツァーです」
「ええええええーっ!」
完全に予想外の展開に、日下部はここが他人様の鎮守府であるということも忘れて叫び声を上げる。
「お前、自分のあんなエロ絵描いてたのぉぉぉぉぉぉぉ!? すごい胆力! さすが神絵師!」
「あの、面と向かってそう呼ばれるのはさすがに照れますので……」
「お、おう。さよか」
自分のエロ絵をネットにアップロードすることは平気なのに、神絵師と褒めそやされるのは恥ずかしいらしい。
「それで、ご質問とは?」
「ああ、実は……」
日下部は舞津にしたのと同じ内容を、改めて朝潮に対して説明する。
「モチベーションですか。率直に申し上げまして、それは人それぞれなので、朝潮がお役に立てるかどうか」
「ああ、それはそうだろう。だからあくまで参考程度でいいよ」
「それは、そちらの秋雲とケッコンするためですか?」
朝潮は不意に表情を引き締めて、値踏みするような視線を向けてきた。
「それもないと言ったら嘘になる。けど一番大きいのはさ。あいつ、前に私がどうしようもなく自己嫌悪に陥った時、一生懸命慰めてくれたんだよ。山本元帥のありがたい言葉なんか聞かせてくれてさ。だから今度は私が力になりたいんだ」
秋雲は日下部にとって部下であり恋人であると同時に、恩人なのだ。大袈裟ではなく、かつて自分を救ってくれた長谷川悠也や川内と同じくらいの大きな感情を、秋雲に対しては抱いている。
果たして朝潮は、その日下部の言葉を黙って聞いていた。二、三度軽く頷いて、その言葉を咀嚼する。
「日下部提督、良い司令官ですね! 武雄さんの次にですけど」
「はは、ごちそうさま!」
「わかりました。ご質問にお答えします。朝潮の場合は、辛くなった時には自分が絵を描きたいと思った『原点』を、いつも思い出すようにしてます」
軽く目を瞑って答える朝潮からは、なるほど神絵師と呼ばれるにふさわしいだけの風格を感じた。
「原点……って、だから竿役舞津さんのエロ絵なの!?」
「は、はい。その……武雄さんに初めて愛された時、その気持ちを形にしたいと思ったのが、朝潮が筆を取った始まりなので」
実に幸福そうに自らの記憶を語る朝潮は、日下部鎮守府の忠誠心一辺倒の堅物な朝潮とはずいぶん違っていて、思わず眩しさのようなものを感じてしまう。
「そうか。そうなのか。うん、『幸せは創作の毒』なんてことはないよな、やっぱり」
やはり自分は間違っていなかったと、日下部は改めて確信する。
「秋雲の絵を描く原点。って、やっぱりあの艦娘だよなぁ。うちあの艦娘いないからなぁ」
1942年10月26日。南太平洋に沈みゆくとあるアメリカ空母の姿を、せめて歴史の中に留めようとした逸話。
日下部は溜息をつく。いかな麾下の艦娘の力になりたくとも、着任してから邂逅の機会がない相手についてはどうしようもない。
そんな日下部に対し、舞津もまた軽く溜息をつくと、
「仕方ないな。ここに呼んでやるから、資料がわりに写真くらい撮らせてもらったらどうだ?」
「……いいんですか?」
「そのかわり、交渉はお前が自分でしろよ。俺に胸の大きな女を口説く趣味は無い」
「相変わらず発言は最悪だな!」
さすがにこの状況であまり強い言葉を使うのは憚られたが、このガチペドにはせめてこの程度は言っても許されるだろう。
「でも、ありがとうございます」
とはいえ礼節を守るべき時には、守っておいて決して損はない。
日下部は舞津と朝潮に対し、深々と頭を下げて礼を述べた。
※嫁艦候補マリッジブルーシリーズ、秋雲編です。
なおこの辺りから「マリッジブルー(マリッジブルーとは言っていない)」な内容が増えてきます。要はケッコンする前の一悶着全般だと思って下さい。
ちなみにこのシリーズ全体に言えることですが、タイトルの「カノジョ」は必ずしもケッコンする艦娘だけを指しているとは限りません(実際に金剛編「カノジョのネガイ」では、金剛と同時に比叡を指していました)。
神絵師マイッツァーについて。
「そういうもの 7」で初出してから1年以上、ようやく正体が明かされました。
艦娘で絵師と言えば秋雲ですが、秋雲は毎年修羅場ってますので神絵師というよりは中堅以下のポジションが似合うでしょう。
ちなみに本作では「神絵師」の定義論争には踏み込みません(面倒臭いので)。そもそも秋雲がそう呼んでいるだけですしね。
艦これ、夏イベ始まりました。
とはいえ現状乙督の日下部鎮守府は焦って突撃せず、情報待ちです(本格出撃は9月以降になるかも?)。
その分SSを進めていきたいと思ってます。予定ではあと5話で2045年が終わりますので、せめてそこまではSS優先で。