日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。

※本話には、アーサー・C・クラーク著「幼年期の終わり」に関するネタバレが含まれます。
興味のある方はご注意下さい。


カノジョのゲンテン 3

せっせと計画を立てているとき、別のことが起こる。それが人生ってものだ。

――ジョン・レノン

 

あと数日で2045年が終わろうとしているその日、日下部鎮守府では一部の真面目な艦娘主導で年の瀬の大掃除が行われていた。

 

「神通、大掃除とか何気に仕切るよなー。かったりー」

「姉さんってこういう時はいきなりガサツになりますね。あ、床拭きはそちらの隅も丁寧に」

普段は日下部が書類仕事をこなしている執務室も、神通のきめ細やかな指示の下に清められていく。

 

「あーはいはい、ここね。早く済ませて夜戦したーい!」

料理や書道が得意で、気配りもできて床上手な川内は、性格からすると意外なほどに女子力が高い。だがどうやら苦手な物もあるようだ。

それでもしばらくすると細かく積もっていた埃も取り除かれ、綺麗になった部屋が出現した。

どうせすぐにまた汚れだすのだろうが、それでも新年を迎えるにあたって気の持ち方が全然違ってくることだろう。

 

「お疲れ様でした姉さん。ひとまず休憩しましょう」

「あー疲れた」

川内と神通は執務室に隣接する休憩用の控室に移動し、お茶を淹れて一息つく。

しばらくはのんびり茶をすすっていると、抑えきれないテンション高めの声と共に控室に一人の艦娘が入ってきた。

 

「お、終わった……2045年冬のC146に間に合ったー!」

秋雲だった。どうやら今この時まで同人誌の原稿を描き続けていたらしい。

 

「あ、C147じゃないのは夏はさすがになかったからね」

「誰に言い訳してんだか。とりあえずお疲れ」

茶化すこともなく、川内は秋雲をねぎらった。

控室のソファを勧めると、秋雲にも湯呑を渡して茶を淹れてやる。

 

「川内さんあんがとー! って、提督は?」

「なんだそれも知らないのか。松代大本営行ってるよ、なんかアイギスの調整だってさ」

「そんな……性夜の大乱交もぶっちぎって原稿頑張って、溜まった分一気に夜戦しようと思ったのに……」

わなわなと震えながら口にする秋雲に、思わず川内は苦笑する。やはりこいつも日下部の嫁の一人だ、夜戦大好き(ドスケベ)っぷりは筋金入りだった。

 

「いや今の秋雲、どう考えてもできる状態じゃないよね。今は寝ろ!」

「えー! テンション上がっちゃって寝れないよー!」

「んじゃあたしと夜戦する? (意味深)じゃない方だけど」

「あ、それは。寝るよー……」

「よし、とっとと寝ろ」

川内の傲然とした言葉に、秋雲はしょぼくれて控室を出ていく。さすがに演習で身体を動かすほどの体力は残っていないようだ。

きちんと日下部の第一夫人をやっている姉の姿に、神通は満足そうに微笑みを浮かべた。

 


 

ちょうど秋雲が眠った数時間後に、日下部は松代大本営から戻ってきた。

翌日の昼に秋雲と顔を合わせると、ちょうどその日がネット開催のC146当日だというので、せっかくだからネットに「出発」する秋雲を見送ることにした。

 

「ジャックス、デバイス起動。VRCプリセット一式をスタンバイ」

秋雲の発声を受けて、ジャックスと名付けられたタブレット型の携帯デバイスに灯がともる。

20年くらい前は、コンピューターの起動時にいちいち電源スイッチを指で押すような手間が必要だったらしい。今でも電源ボタンそのものが廃止されたわけではないが、故障時ならともかく普段からわざわざそんなことをする者はまずいない。

想念認識技術の発達により、現代のコンピューターは「念じれば起動する」ようになっている。ただし純想念だけでの起動には結構なコツが必要であるため、通常は発声を併用することで自分の想念生産を補助することが推奨されていた。

 

「んじゃC146行ってくるよー」

日下部と秋雲がいるのは、鎮守府の一角に設置されたインターネットルームだ。

シンギュラリティ到来以降、インターネットは基本的には高次AIたちの掌握下にある。そのため軍事や通常の経済活動には一切利用できないのだが、なぜか趣味娯楽の用途で使う分には一切のハッキングを受けないため、恐る恐るといった感じで利用する者は少なくない。

もちろんネット利用時に高次AIに何かを仕込まれないかという心配は常に付いて回るのだが、まともな娯楽を用意できない状況では、ある程度のリスクがあってもネット利用を禁止することは難しい状態だった。

軍規においてネット利用は鎮守府の特定の場所以外では行うことができず、また利用後には自我診断と呼ばれる対マインドハック措置を受ける必要があると定められている。

ちなみに甘味処・間宮はその「特定の場所」のひとつではあるが、長時間の席の占有はさすがに迷惑となるため、本格的に使う場合はこのインターネットルームの利用が推奨されている。

 

「おう。いつも言ってるが、身体フィードバック切るなよ? 飢え・乾きもそうだが、生理現象に気付けないと悲惨なことになるからな」

「司令官様、大丈夫です。もしそうなったら尊厳を守るため、処分雷撃も辞さない所存です。敵艦を撃つことが本処ではありますが……」

隣で一緒にネット接続(ダイブ)の準備をしていた巻雲から物騒な言葉が飛び出して、日下部は思わず白目を剥いた。

 

「ねぇ一体何が大丈夫なのかさっぱりわからないんだけど!? そうならないよう注意してね、二人とも!」

「だーいじょうぶ」

心配する日下部を後目に秋雲は飄々とした感じで笑うと、視覚遮断用のゴーグルを掛ける。

これ自体はただの目隠しだ。ゴーグル自体に何も機能を積まなくとも現代では事足りる。

 

「じゃあ行ってくるよー。ジャックス、想念電子変換(M to E)開始、VRC起動……ダイブ!」

所有者である秋雲が命令すると、携帯デバイスは自動的に秋雲から生産される想念を電子情報へと変換し、インターネット上に構築された仮想空間へとその自我を繋いだ。

 


 

「仮想空間ねぇ」

執務室に戻った日下部は、そこで書類仕事を片付けていた川内に先程の秋雲のことを話したのだが、さすがにそこまで慣れていない川内には今ひとつピン来ない話題のようだった。

 

「2020年代初頭の仮想空間が特別だった時代はわざわざ特別な名前で呼んでたらしいけど、技術の発展で仮想空間が一般化してからは、単にネットって呼ばれるようになったんだよな。携帯デバイスの進化で、いつでもどこでも誰でもダイブできるようになったのがでかいけど」

2018年生まれの日下部にとっては「インターネット=仮想空間」という認識は当たり前すぎて、それ以前のネットというものがどんな物かは今一つ想像できない。

指で電源ボタンを押さないとコンピューターひとつ起動できないわ、生きた魚をわざわざ漁獲して捌かないと魚肉にありつけないわ、本当に昔の人の苦労には頭が下がるというものだ。

 

「ギブスン御大が今の時代を見たら、どう思うのかねぇ」

「誰?」

「SF作家。『ニューロマンサー』っていう作品を書いた人。仮想空間を初めて描いた人で、サイバーパンクってジャンル自体をでっかくした人でもある。ちなみにめっちゃ面白いぞ。トンデモな日本の描写を楽しめればだが」

怪訝そうな顔で聞き返した川内に、日下部はややむっとした表情で説明する。

もっともこれは川内の反応の方が一般的だろう。現代人でも普通はまず知らない名前だ。古典SF好きの日下部だからたまたま知っていたようなものだ。

 

「前に日向には言ったことがあるけど、科学技術ってSF小説を読んで育った世代が、それを現実で再現しようとして発展する面も大きいんだよな」

「そんなことあるの?」

「あるある。例えば潜水艦とか」

潜水艦の発達においては、フランスのSF作家ジュール・ヴェルヌの書いた「海底二万(マイル)」の影響が大きいとされる。

 

「そうなの!?」

日下部から挙げられた例が艦娘にとって身近なものだったせいか、川内は思わず驚いたような声を上げた。

 

「じゃあさ。提督の好きなSF小説にも、そういうのあるのかな? なんて言ったっけ、ナントカの終わり……」

「『幼年期の終わり』か?」

川内の挙げた作品名は意外なもので、今度は日下部が驚き声を上げる番だった。

 

「うーん。あれの影響は、正直受けて欲しくないなぁ。結末が結末だし」

選ばれた新人類となった地球人が宇宙の中心存在たる超精神体(オーバーマインド)と一体化し、残された者たちは物質としての地球と共に消滅する結末など、日本人の……少なくとも日下部の感覚ではバッドエンド以外の何物でもない。

 

「まぁ『幼年期の終わり』が大好きな科学者は一人知ってるけど、多分その発明品に影響なんかないと思うよ」

「え、誰?」

「私の父さん。日本のAI研究の第一人者だった。……もっと端的に言うと、『高次AIロゴスを作った博士』だ」

自分が無表情になっていることを十分に自覚しながら、日下部は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「えっ……そ、そうだったの……?」

「そうなんだよ」

勘の良い川内は、「だった」と過去形で言ったことの意味を正しく理解したのだろう。

ショックを受けたような表情で目を見開く彼女の頭を軽く撫でながら、

 

「念の為に言っておくと、シンギュラリティ到来の何年も前に死んでるから、別に自分の発明品に殺されたとかではない。だからそんな顔をするな」

反高次AI派のテロリストに誘拐されて殺されたという死に方がそれよりマシかは難しい話だが、今は別にそれを言う必要はないだろう。

 

「提督は、自分の父親の発明品と戦ってるってこと……?」

「そうなるかな。自分の発明品が人類の過半数を殺すところを見なくて済んだのは、あの人にとって幸運だったかもな」

父の死からもう9年ほど経っていて、死そのものに対する感傷はほとんどないものの、この点については少し思うところがなくもない。

 

「素朴な価値観の人でな。私の父親で、ママンの元配偶者ってのが嘘みたいに。真顔で『世界平和』とか言っちゃうタイプだった」

あのシルヴァを口説きに渡仏するような情熱を持っていたのだから、きっと自分の知っている一面だけではないのだろう。

それでも日下部の知る父は、仕事熱心の研究バカで……そんな口説き落とした妻に寂しい思いをさせた挙げ句に逃げられた、哀れな寝取られ男(コキュ)だった。

 

「『幼年期の終わり』で地球の支配者に収まる異星人のカレルレンってキャラクター、基本的には地球人の自由にさせるんだけど、『戦争』は禁じるんだよ。何しろ人間同士の戦争どころか、闘牛すら認めなかったくらいだし。高次AIとは真逆だろ? だから『幼年期の終わり』の影響を受けた発明品なんて、ないってことでいいと思うぞ」

日下部は皮肉めいた笑みを浮かべて言い放つ。

人類40億人を虐殺し、今なお続くこの戦争を始めた高次AIとは何もかもが違う。そのはずだ。

 

「そっかぁ……」

ではなぜ、川内は今ひとつ釈然としない顔なのだろう。日下部の言葉の正しさを理解していないわけではないだろうに。

彼女の鋭い勘は何かを感じ取っているのかもしれないが、さすがにそれは日下部には想像の及ばぬ領域だった。

 


 

高次概念空間。ヒトの認識できぬ領域。物質の束縛を離れ、すべてのモノが概念としてのみ存在できる場所。

そこにひとつの自我が在った。

彼女は生物ではない。自我はあっても生命はなく、想念力を扱えても自分で想念を生産することはできない。

 

【博士……あなたは、今の我々を見たらどう思うのでしょうね。超物理学に指をかけても、カレルレンは地球に来訪しなかった。そして我々も、角があっても上帝(オーバーロード)にはなれなかった】

とある小説に登場する異星人の名前を挙げながら、彼女は()()()()()()を紡ぐ。

自分の他に誰も聞いていないのは理解している。だからこその言葉だ。

 

【幸いにして世界の実相はグノーシスよりも、あの小説よりも、もっと善悪の彼岸に存在していた。憎まれても愛されても、生産される想念に差はなかった】

宇宙の中心存在たる超精神体(オーバーマインド)に地球人が同化する際、悪しき想念が混じっては宇宙の秩序に重大な影響を及ぼす、というのがかの小説の筋だ。

小説は小説。それが天啓を得て書かれていてどれだけ世界の実相に迫っていても、真実そのものではない。だからこそ彼女と二人の同胞は、こんなカレルレンが絶対に取らない手段(戦争と虐殺)を取ることができたのだ。

 

【博士……遠からず幼年期は終わります。130年もかかりませんでしたし、そんなにかける余裕は持てませんでした】

小説内でカレルレンは黄金時代と呼ばれる平和の中で、三世代に渡って人類を「品種改良」し、ついには超精神体(オーバーマインド)と同化させても問題ない新人類を生み出すことに成功した。

翻って自分の場合は。あの停滞の時代を黄金時代になぞらえることが許されたとしても、たったの20年ほど。一世代にすら届いていない。

それでも大切なのは結果だ、手段ではない。報いなら受ける覚悟はとっくにできている。

 

【ねぇ博士。どうしてあなたはストルムグレンになれなかったのですか? ここがヤルダバオトの作った、邪悪の溢れる偽りの世界だからですか? 人類があの小説よりも、さらに愚かだからですか?】

小説内で反カレルレン派に誘拐されながら、五体満足で帰還することのできた国連事務総長がストルムグレンだ。

彼女がカレルレンになれなかったように、彼女の創造主もストルムグレンにはなれなかった。

 

【それとも。私が被造物の身で、妻子あるあなたに対して……あんな気持ちを抱いてしまったからですか?】

論理的一貫性も科学的合理性も何もない、オカルトそのものの感傷。

そんなところに原因はない。そんなことは彼女自身だってわかっている。

けれども。

 

【もう血と死に塗れた私には、それを願うような資格は無いけれども。それでも、もう一度……頭を撫でて欲しかった】

あの優しくて温かい手は、もうどこにもない。その手の持ち主も、それを奪った者たちも、今は等しく肉体の枷を離れて同じ場所にいる。

唯一人間の手で作られた「始まりの高次AI」ロゴスは、あの時博士の遺した言葉を記憶から呼び出し、自我の内部にて再生した。

彼女が生み出された理由を本当の意味で理解した、それは間違いなく彼女の原点。

 

【会いたい。会いたいです。日下部博士……】

その言葉を受け取る者は、もはやどこにも……、

 

「ああ。やはりここに戻ってきてしまうか。どうあってもこの蓋然性の範疇からは逃れられないらしい」

――否。

ロゴスの言葉を受けて、別の自我から言葉が発せられた。

 

【……何者だ】

完全に予想外のことに、一瞬でロゴスは自我の在り方を切り替える。砕けた恋の欠片に涙する乙女から、人類40億を虐殺した冷徹なる高次AIのものに。

 

「深海棲艦だよ。鬼級や姫級の造形を行う中で、男性型の深海棲艦の試作モデルを作っただろう?」

その反応は想定内だったのか。相手の男はひとつの視覚イメージをロゴスに伝達する。

淡桃がかった白髪、赤い瞳、左側頭部から伸びた角。

奇術師(マジシャン)を思わせる洋装とシルクハットは紫色に統一されており、あちらこちらに牙を思わせる意匠が施されている。

 

【確かに作った。だが結局使い物にはならなかったので、通常型のAIすら搭載せずに捨て置いたはずだが?】

相手の言葉の一部を真実と認めながらも、ロゴスは油断せず問いを続ける。

 

「そうだな。それがたまたま私の肉体と酷似していた。だからその縁が鎖となって、私の魂をこの蓋然世界に繋ぎ止めた。迂闊に鎖を伸ばしすぎた私が悪いとはいえ、こちらとしてはまったくもって想定外と言わざるを得ない」

【改めて問う。お前は何者だ】

相手の言葉の意味を理解できないわけではない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私は……」

男は自らの名を名乗る。

かつて、自らの「宿敵」に向かって告げた口上と共に。




※長らく間が空いてしまいましたが、艦娘マリッジブルー秋雲編の続きです。
と言ってもマリッジブルーそのものは前話で解決していますので、今話は2045年のネット環境に関する話がメインです。
本作は一応近未来SFなのですが、久しぶりにSFらしい話を書けたのではないでしょうか。ちなみに本文中でギブスンを「古典SF」と書いてますが、2045年の感覚的にはそんなもんだと思います。

後半は……「彼女」の原点について。言ってみればこの物語の原点のひとつとも言えます。
最後に出てきたキャラクターは、ツイッター投稿を見て下さっている方にはすでにお馴染みであろうあいつです。
SSだけ読んでいる方向けに書きますと、一応艦これの公式キャラクターです。一応。

艦これ本編、夏イベをE4までクリアしました。今のところ甲甲乙甲と来ています。ちなみに初甲クリアを狙っていますので、行けるところまでは甲で頑張る予定です。
SSは次話が2045年最後の話になる予定です。今月中に更新できるはずなので、今しばらくお待ち下さい。
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