日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
変化はコントロールできない。できることは、その先頭にたつことだけである。
「おーい、ただいま」
「おかえり提督。お疲れ様」
鎮守府大掃除の日の夜。すっかり綺麗になった執務室にて、松代大本営から帰還した日下部を川内が出迎えていた。
こういう時に想念交信は便利だ。わざわざ到着予定時刻の数時間前から待機させる必要がない。
「……って、あれ。眼鏡が外れた?」
「おう、外れた」
さすがに川内はその変化にはすぐ気付いたようだ。
秋イベの最中にアイギスを搭載して以来、片時も外せず文字通り「顔の一部」と化していたモノクルが、今は影も形もなくなっていた。
「脳自体にリミッターをかけることで、外殻水晶体が不要になった。逆にベースライン14が必要な時は、外殻水晶体を実体化させることでリミッターが中和されて、想念力の流れが見えるようになる」
「さらに脳に手を入れたの? なんかまた人間の範疇を一歩はみ出してない?」
「今更今更」
当人よりも心配そうにしている配偶者に向かって、日下部はひらひらと手を振った。
「あとは舞津さんと同じく、『代償』を刻んできた」
このためフィン・マックールの
「まぁ艦娘の着任を拒否するはずがないんで、私の場合は実質的にノーリスクだよ。わずかながらアイギスの稼働時間が伸びただけだ」
「なるほどねー」
感心したように頷く川内に、日下部は満足げな気分になった。
とはいえこの辺は、もう少し改良の余地があるだろう。
と、その時。ドタドタと慌てたような足音が聞こえてきたかと思うと、ドアが勢い良く開け放たれる。
「川内、大変! ……っと、提督。お戻りでしたか、ちょうど良かった!」
大淀だった。日下部不在中の提督代行を頼んであったが、今日の艦隊運営はとっくに終了しており、今は非番の時間のはずだ。
「って、眼鏡また外したんですね。ちっ」
「提督に向かって舌打ちしない! それよりどうした?」
「
深海棲艦は地球全土に不特定かつ不規則に出現するが、広い海の中でも特に出現頻度の高い一帯が幾つか存在しており、人類統合軍ではそのような一帯を「海域」と呼んでいる。
海域を航行するためには、艦娘による哨戒活動が不可欠だ。日々の艦娘たちのたゆまぬ努力によって
さてこの海域、「増える」のはこれが初めてではない。資料によれば過去にも同様のケースはあったらしい。たとえば現在は南西海域と呼ばれている一帯は、比較的最近までは深海棲艦が常時出没するような場所ではなかったということだ。
「ほう。そういうこともあるのか」
とはいえまさか自分の着任後にこんな事態が発生するとは予想していなかったのも事実で、日下部は片眉を吊り上げる。
「大本営はこの海域を『昭南本土航路』と命名しました。大本営直轄艦隊の威力偵察によると、新しい姫級の深海棲艦も確認されているそうです。おそらく数時間以内に、艦娘運用部隊の全提督に対し従来の海域同様の『攻略』命令が出ると思われます。提督、当艦隊も総員起こしをかけて出撃準備をいたしますか?」
「いや。通常の攻略なら出撃は提督の裁量に任されるはずだ。今日はもうこんな時間だし、出ろと命令が来ない限りは通常の哨戒だけしとけ。先行突撃はもっとベテランの提督に任せる」
日下部の記憶が正しければ、ネット開催のC146は明日のはずだ。事態が差し迫っているならともかく、そうでないならあれだけ頑張っていた秋雲の努力を無駄にさせたくはない。
「その代わり、先行した艦隊からの情報収集はしといてくれ」
「了解しました!」
日下部の命令を、大淀は快く了承する。この辺、彼女としても非番のところを叩き起こされて思うところはあったのだろう。
「しかし連中は、年末年始も休ませてくれないか」
シンギュラリティ到来時、2045年1月1日の年明け直後を思い出す。
さすがの日下部も、心穏やかでばかりはいられなかった。
秋雲がC146に参加している間に、日下部鎮守府は昭南本土航路の攻略準備を整えていた。
この海域は
当たり前だが、かつての大戦でもここは安全な海などではなかった。ヒ船団の船員や襲撃者たちが生産しこの地に宿った想念力は、高次AIの手で幾多の潜水艦や航空機を模した深海棲艦に作り変えられていることだろう。
とはいえ悪いニュースばかりではない。威力偵察を兼ねた潜水艦部隊の活躍により台湾南部に基地航空隊の拠点を配置することができたのは、攻略に関する大きな足がかりとなるだろう。
かくして日下部鎮守府は、昭南本土航路の本格的な攻略に乗り出した。
「あいつが噂の新しい姫か。大本営はヒ船団棲姫と命名したらしい。護衛独還姫に似ているな」
攻略艦隊から送られてきた画像に、日下部は秋刀魚祭りの際に神鷹を取り込んで稼働していた姫級の深海棲艦の姿を思い出す。
ちなみに日下部の着任前には、護衛棲姫という深海棲艦もいたそうだ。こちらは護衛空母・大鷹を取り込んでいたという。
『提督。残念な知らせだ。あのヒ船団棲姫、「中身入り」だ』
「なんだと!? バカな、イベントでもないんだぞ!」
『私に言われても困る』
日向は憮然とした口調で答える。
「母艦はさすがに年内は整備で動かせない! ちくしょう、絶妙のタイミングだなぁ!」
日下部の隣でその様子を見ていた川内がそんなことを叫ぶ。
これについては彼女に非はない。秋イベが終わったので次のイベントまでまだ時間はあるだろうと、今の内に艦娘運用母艦の整備を命じたのは日下部なのだから。
「ふむ、なら選択肢はひとつしかないな。日向以下攻略艦隊、ヒ船団棲姫を撃沈直前まで追い込んだら
日下部の口から飛び出した言葉に、鎮守府の司令室にいる川内や大淀たちも、前線にいる日向たちも……それを聞いていた全員が目を剥いた。
『ここに来るのか? いや空路を使えば数時間で到達できるだろうが。だが君自身が来てどうするんだ?』
「説明は後だ。大淀、指揮代行を頼む」
そう告げると、日下部は返答を待たずに戦闘指揮を行っていた司令室を歩み出る。
「ちょっと! 前線に行ってどうする気!」
慌てて後を追いかけてきた川内が、日下部と並んで歩きながら問い質す。
「今回は携行型MM機関を使う。あれでも艦娘の救出作業が行えることは、神鷹の時に証明されている。お前がアドリブで翔鶴に頼んだおかげでな」
「そうだけど! なら今回も頼めば……」
川内の言葉に日下部は足を止める。
そちらを振り返り、
「ひとつ、あの海域に正規空母を投入してヒ船団棲姫の元に辿り着ける航路は存在しないか、少なくとも発見されてない。ひとつ、マインドハックによる艦娘の救出作業は提督の仕事だ」
指折り数えながら、翔鶴にマインドハックを頼まない理由を挙げる。
「そしてあとひとつ。艦娘の見ている光景を、一度自分自身の目で直接見ておきたかった。滅多にない機会だしな」
「ロスト・アドミラルのこととか考えてる!?」
「ちゃんと日向たちに守ってもらう。それに当然ダメコンは持って出るよ」
別に自殺願望があるわけではない。きちんと成算があって言っていることだ。
「移動はどうするの!? 艦娘の移動速度に追い付ける舟艇なんてそうそうないよ!」
「ああ、それな。偶然にもこの状況にぴったりな物を作ってある。秋刀魚祭りの終わり頃に曙とした与太話が役に立った。さすがにあの時は釣りに使うくらいのつもりで、まさかこんなことになるとは思ってなかったが」
まるで運命のようだ、と思う。あるいはあの時した会話は、もしかしたら気付かないうちに地球意志の天啓を得て行われた物だったのかもしれない。
川内は盛大な溜息を吐く。おそらくこうなった自分が止まらないことを、すでに知っているからだろう。
「あーもう、わかった! 絶対に生きて帰ってきてね!」
「もちろん。ここで見守っててくれ、我が女神よ」
呼吸をするかのように歯の浮くような台詞を吐くと、日下部は川内の頭を優しく撫でた。
ギリシャ神話の登場人物に、一人の狩人が存在する。
彼自身は神ではないのだが、海神ポセイドンを父に持ち、その加護のおかげで海や川などの水の上を地面と同じように歩くことができたという。
「海上歩行用想念具足『オリオン』。やはり海を歩くと言えばこいつだろうからな」
日下部は居並ぶ昭南本土航路攻略艦隊の艦娘たちに向かって、自らの脚に装着した
フィン・マックールという架空の人物の仮想人格を作り上げたことと比べれば、単なるいち概念の具現化は造作もないことだった。これが「水の上を歩ける」だけでなく、「優れた狩人としての腕前」や「半神としての巨躯」など他の概念も具現化しようとしたら、もっと苦労したことだろう。
ちなみに「女神をたぶらかした美貌」については、別に具現化するまでもなく自分も負けていないと思っている。
「旗艦は日向から神鷹に変更する。以下、順に日向・夕張・フレッチャー・時雨・雪風」
日下部は艦娘たちの編成を、戦況から分析して適切と判断したように調整する。
日向に代わって旗艦となった神鷹の碧い瞳は、少し不安げに揺れていた。その不安を和らげるように、日下部は語りかける。
「なぁ神鷹、ヒ船団棲姫の中にいる八幡丸って、お前の姉だよな?」
航空機を緊急手配して日本から
新田丸級客船、八幡丸。後に徴発され、大鷹型航空母艦・雲鷹となった船。
よくた護衛棲姫や護衛独還姫が大鷹型の艦娘を取り込んでいた以上、ある意味でこの配剤は納得のいくものだった。
「はい……生まれた国は違いますけど、大切な姉です……」
「なら、一緒にあいつを助けに行くぞ!」
「……! はい、がんばります……!」
意気込んで答える神鷹の頭を、日下部は優しく撫でる。数時間前、川内に対してしたように。
そういえば神話内のオリオンは、大層愛の多い男だったらしい。美貌だけでなくその辺もやっぱり負けていない自覚はあるのだが、さてそれは誇って良いことなのだろうか。
艦娘6人と提督1人の艦隊は、
「オリオンは順調に機能しているが、さすがに艦娘の巡航速度には付いていけないか。すまんな、私に合わせて速度落とさせて」
そもそも艦娘の巡航は、正確には海上を歩くというよりは滑るようにして行う。
「いえ……大丈夫、です……船団護衛と同じ、です……」
神鷹は気遣ってそんなことを言ってくれるが、そもそもそれこそが護衛空母にとって致命的とも言える運用上の弱点ではなかったか。思わず日下部の顔がこわばる。
「どれ提督。私が抱えよう。多分その方が早い」
「じゃあ僕、提督の踏み台になるね。踏んで?」
「いやお前ら、どっちもダメだからな。ここ戦場!」
口々に勝手なことを言う日向と時雨に、日下部は容赦のないツッコミを入れる。
「しれぇ、モテモテです!」
雪風がからからと笑いながら言った。おそらくここまで緊張感のない出撃というのも珍しいことだろう。
だがもちろん、それは敵の攻撃を受けないということを意味するわけではない。艦隊は事前の予測通り執拗な潜水艦の襲撃と激しい空襲に晒された。
一方でそれを迎え撃つ艦娘たちも、対潜・対空戦闘のエキスパートばかりを揃えている。無傷とはいかなかったが、それでもどうにか日下部を護衛しつつ艦隊は台湾近海に到達する。
そこで待ち構えていたヒ船団棲姫は、すでに日下部到着前に撃沈寸前までダメージを与えられていた。
だが深海棲艦というものは、
「ナンドキタッテ……ヤリカタガカワンナイナラ…ダメナンダヨ……ッ! …シッパイ…シテ…マナンデ…カエテ……イク………。ヤッ…テミロヨォ……ッ!」
その言葉を耳にした日下部は、違和感を抱く。
鬼や姫級の深海棲艦が吐く言葉は内部に取り込んだ艦娘に負の想念を生産させるため、トラウマを刺激するような内容であるのが通常だ。
だがこのヒ船団の棲姫の言葉は、
「『やり方が変わらないならダメ。失敗して学んで変えていく』、か。雲鷹の戦闘詳報に残された言葉だが、人類を教え諭すような内容。今まで私が見てきた連中と比べても、毛色が違うというか妙に前向きだな?
日下部の言葉に、ヒ船団棲姫が一瞬表情を歪めたような気がした。
だがその真偽を確かめるよりも早く、戦闘行動に移る。
「考えている暇はないぞ、提督! ここは戦場だ! 来る、神鷹の傍を離れるな!」
「お、おう!」
反射的に日下部は身を縮こまらせる。とは言っても、神鷹よりはさすがに小さくなれないのだが。
「神鷹航空隊、どうか、お願いします……!」
神鷹は風上に向かって航路を取り、攻撃隊を発艦させる。
一方でヒ船団棲姫の発艦させた攻撃隊も、艦隊に向かって接近しつつあった。こちらは日向の発艦させた艦戦隊が迎撃に向かうのだが、すべてを撃墜することはできない。
防空をすり抜けた攻撃隊の1機、深海戦爆複座鷹改と呼ばれる艦爆が。
「ソンナカンタイウンドウジャ……ダメナンダヨォ……!」
あからさまに艦隊の中で動きの遅い目標に狙いを定め、急降下を開始する。
「私を狙うのは、『ゲーム』のルール違反じゃないのか!?」
思わず日下部は抗議の声を上げる。もちろんこれは的外れな発言だ、ゲームであることを高次AIが公式に明言しているわけではないのだから。
そんなことはわかっているので、日下部としてもこれはただの悪態のつもりだった。
だから、
「ウルサイ……ワタシハ……ナンドモヤラレタンダ……ッ!」
「……!? 深海棲艦が定型文以外を喋った、だと……?」
直後のヒ船団棲姫の反応に、完全に虚を突かれた。
予想外の出来事に思考が空白となり、ただでさえ艦娘と比べて緩慢な動きが完全に停止する。
そしてそんな隙が見逃されるほど、ここは甘い戦場ではなかった。放物線を描いて落下した爆弾が、日下部に向かって吸い込まれるように落下する。
「しま……っ!」
どうにか海面を蹴るようにして飛び退くが、それでも至近距離の海面に着弾することは避けられない。
一瞬で広がった爆風が衝撃波となって、日下部の身体を包み込む。
「てっ、提督ーっ!?」
神鷹の絶叫は、轟くような爆音によって虚しくかき消されるばかりだった。
※リアル時間の2021年12月28日に、艦これに7-4海域が追加されました。本話はそれに関する話です。ちなみに作者にとっては初めての海域追加となります。
作中時間で2045年の最後の話の予定だったのですが、文章量の関係から二分割することにしました。よって次が本当に2045年最後の話になります。
海上歩行用想念具足「オリオン」について。
ツイッターの投稿時はこの話の時におもむろに出てきましたが、SSでは最初から出ることがわかっているので秋刀魚祭りの時から伏線を仕込むことができました。このスタイルはこういうことができて良いですね。
ちなみにシンガポールから台湾まで直線距離で3000kmくらいあることを考えると、艦娘に(遅れるとはいえ)なんとか着いていけることがいかに驚異的かご理解いただけるかと思います。
夏イベ、E5-4の手前で止まっています。諸事情あって友軍と10月の到来を待っていました。どちらも来ましたので、ここから一気にE6完走まで進める予定です。
この話の続きはなるべく早く投稿しますが(切り方が切り方ですし)、それが終わったら完走まで間が空くかもしれません。