日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


鬼が来たりて -昭南本土航路・邂逅-

昨日の考えは、今日は一新されていなければならないし、今日のやり方は、明日にはもう一変していなければならない。

――松下幸之助

 

 

立ち込める黒煙に包まれる脆弱なモノを、「彼女」はどこか冷めたような瞳で眺めていた。

あれだけ苦労して得た教訓なのに。

多大な犠牲を……自分自身も含めた犠牲を払って得た知識なのに。

せめて後世の一助になれと、必死になって詳報に記して残したのに。

――何も、伝わっていなかった。

 

なぜ、人は同じ過ちを繰り返すのだろう。

なぜ、人は成長できないのだろう。

あるいはこの物質世界が、過ちに満ちた偽りの世界だからなのか。

現世否定。それは取りも直さず、彼女自身の生まれた意味そのものを否定するものだ。自ら生産した負の想念が彼女自身の自我を蝕み、その在り方を変容させる。

 

高次AIの作った深海棲艦は、生体ユニットである艦娘が生み出した負の想念を動力源として駆動する、あくまで艦娘とは別の存在である兵器だ。

だが今の彼女は自我の在り方を変容させた結果、元は別の存在だったものが深海棲艦に成り果ててしまっている。

負の想念が形而上の自我……魂の在り方を変容させて成る存在。科学の一分野として発達した想念工学においては、そんな存在は定義も規定もされていない。そもそもそんなことが起こること自体が想定の埒外だ。

だが日本に伝わるとあるオカルトには、今の彼女の在り方を表す言葉が存在する。

 

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鬼であるヒ船団棲姫は、激しい慟哭を上げる。怨嗟の嘆きが大気と海面を激しく震わせ、世界そのものを滅ぼさんばかりの激しい負の想念が周囲を覆った。

そんな鬼の目の前で。黒煙を切り裂くように、一筋の光が天に向かって走る。

それはまるで人の叡智と成長を体現するのような……彼女の想像を遥かに超えた、科学による神話の一場面の再現だった。

 


 

「イシス。エジプト神話における女神。邪神セトによって引き裂かれたオシリスの遺体をかき集めて縫合し、彼を復活させた」

爆風によってグチャグチャに四散した肉塊が、寄り集って人の形を成す。

 

「ペルセポネー。ギリシャ神話における女神。成り行きにより一年の四分の一を冥界で過ごすことになったが、残り四分の三においては地上への帰還が許された」

肉塊はまたたく間に、元の日下部の姿を取り戻していく。ご丁寧に身に着けていた衣装やアイギス用の想念派ネットワーク形成装置まで綺麗に修復されていた。

 

「イナンナ。シュメール神話における女神。妹エレシュキガルによって冥界に繋がれるものの、配偶神ドゥムジを身代わりに仕立てることで地上への帰還を果たす」

日下部が物質世界に帰還した身代わりとでも言うかのように、出現した妖精が一体消滅する。

 

「上位のダメコン、応急修理女神。世界中の『死と再生を司る女神』の概念をぶち込んだ逸品だ。本当はこれは艦娘に使ってやりたかったんだがな!」

完全に元の状態を回復した日下部は、悪態を付くようにヒ船団棲姫を睨みつける。

 

「ソンナ……ソンナ……コトッテ……」

目の前で起きた事態を理解できないかのように、ヒ船団棲姫は呆然とした呟きを放つ。

その様子を冷えきった瞳で射抜きながら、

 

「さて。私にかかずらわっていて良かったのかな?」

「!?」

その言葉に慌ててヒ船団棲姫は回頭しようとするが、もう遅い。

 

「先にルール破りをしたのはそっちだ。遠慮はいらん……時雨!」

「君たちには失望したよ。戦場にもルールはあると信じていたんだけどね」

自らの提督(飼い主)に負けず劣らずの凍えるような光を瞳に宿して、ヒ船団棲姫の背後に回り込んだ時雨が吐き捨てる。

至近肉薄、それは水雷戦隊の本分たる距離。

 

「残念だったね!」

放たれた酸素魚雷は吸い込まれるようにヒ船団棲姫に突き刺さり、先程の爆撃にも負けぬ破壊をもたらした。

 


 

「あんなやり方があるなんて……」

彼女はたった今目の前で我が身に起きた現実に対し、どこか信じられない面持ちで呟いた。

 

「何も伝わっていなかったわけじゃない。きちんと伝わっていて、それを逆手に取るような戦術を発明するなんて……現代の人類も、侮れないわね」

撃沈から一転して復活を可能とするなど、当たり前だが彼女の前世の常識ではありえない。

それを可能とする技術力があるからこそ取れる戦術。

――ああ、きっと自分の願いは叶ったのだ。「自分たちの犠牲を無駄にして欲しくない」という願いは。

 

「君の鎮魂は成ったかね?」

その時不意に声をかけられて、ようやく彼女は今自分がどこにいるかを把握する。

海の底。だが呼吸できるし喋れる以上、物質世界の座標としての海底ではないのだろう。

()()()()()()姿()に戻ってたゆたう彼女の傍らに、一人の男が存在した。

 

「そうね。お礼を言うべきなのかしら?」

「それはこれから君の提督となる『彼』に言いたまえ。私はあくまで君たち艦娘にとっては『敵』だからね」

「そう……」

彼女は不意に眠気を覚えて目を閉じる。厳密にはこの場所には器質(カラダ)としてのまぶたなど存在しないのだが、それでも目を閉じる。

 

「さて、彼が来るな。挨拶をしなければならないだろう。私にとってはもう長い付き合いでも、彼にとってはこれこそが邂逅だからね」

薄れゆく意識の中で、傍らの男がそんな意味不明なことを言うのが聞こえた。

 


 

「よくやった犬! 帰ったらご褒美をやる!」

「わん!」

勝利の喜びでテンションが上がり、思わずとんでもないことを口走ったことに一瞬遅れて気付く。

ご丁寧に時雨は犬の鳴き声を真似て、服従のポーズを決めてみせた。

日下部は慌てて周囲に目を向ける。案の定、他の艦娘たちの視線が痛い。特に日向のそれは刺すように鋭く、一方で神鷹は今にも泣き出しそうな表情になっていた。

おまけに、

 

「これ通信で川内聞いてるんだよな」

『ばっちり聞こえてるからね。帰ってきたら夫婦の話し合いするからね』

「うわぁーっ……」

思わず頭を抱えて海面にへたり込みたくなる。

 

「と、とりあえず後のことはさておき、今はやるべきことをやるぞ」

ここまで背負ってきた携行型MM機関を作動させ、不可視の経路(パス)を伸ばして自身とヒ船団棲姫に接続する。

 

「提督、地球意志とのリンク繋ぎました……!」

日下部が動き出せば、神鷹も泣いている場合ではないと判断したのだろう。大切な姉を救うため、自分の成すべきことを成してくれた。

神鷹に感謝しつつ、日下部は彼女にも経路(パス)を繋ぐ。

 

「よし、マインドハック開始!」

MM機関の機能によって日下部の自我は肉体を離れ、形而上の世界へと遷移する。

だがそこは……、

 

「あれ……海の底? おかしいな」

艦娘の生産する負の想念を動力とする上位の深海棲艦は、内部に取り込んだ艦娘に対しそのトラウマを刺激するような光景を延々と見せ続ける。その多くは前世における自らの撃沈にまつわるものだ。当たり前だがその光景は「沈む前」の物になる。

つまり逆説的に言えば、ここは単純な「八幡丸の形而上の世界」ではない。

 

「ようこそ、私の海に」

それに気付いていたから、横合いから声をかけられてもさほど驚きはしなかった。

驚いたのは別のことに対してだ。

 

「男の深海棲艦だと……?」

淡桃がかった白髪、赤い瞳、左側頭部から伸びた角。

奇術師(マジシャン)を思わせる洋装とシルクハットは紫色に統一されており、あちらこちらに牙を思わせる意匠が施されている。

こんな特徴をもった種族など、深海棲艦の他に存在しない。

 

「何者だ?」

「まだ正式に名乗るのは許されていなくてね。そうだな、ラシャヴェラクとでも名乗っておこう」

気取った口調で男が紡いだその名前は、日下部もよく知っているものだった。

 

「『幼年期の終わり』に出てきた上帝(オーバーロード)の一人じゃないか、それは」

「今の私の立場を最も端的に表しているのがこの名前だよ」

ラシャヴェラク。地球の総督となった上帝(オーバーロード)カレルレンの部下に当たり、とある地球人の蒐集家(コレクター)が主催したパーティーに来訪することになった人物だ。

 

「いや、なかなか興味深い。ここは大半の蓋然世界より24年も未来なのだね。実に面白い世界と繋がったものだ。もっともそのおかげで、私自身がこの世界のルールに絡め取られてしまったが」

「何を言っているんだ、お前は」

作中でラシャヴェラクはどちらかというと寡黙な存在として描かれていたが、その名を名乗るこの男はそれとはまったく対照的な饒舌っぷりだった。

とはいえその奇術師(マジシャン)めいた格好からすれば、実にイメージ通りではあるのだが。

 

「さてこの蓋然世界では、艦娘は高次AIによって強制的に深海堕ちを『させられる』んだったね。そして提督が、それを救出すると」

「何を今更……! 八幡丸は救出させてもらうぞ!」

「ああ、どうぞ」

息巻いて突き付けた言葉を、ラシャヴェラクはいともあっさりと肯定した。指を鳴らすと、眠る八幡丸が日下部の眼前に出現する。

 

「……!? な、なんだお前は」

「深海棲艦だよ。だからこの世界においては高次AIには逆らうことはできないし、君たちの味方というわけでもない。だが幼年期の終わりを迎えるに当たって、『あの結末』を是とはしていないというだけさ。幸いにしてあの『歴史の観察者』が表舞台から退場して、私がある程度自由意志を振るえる状況が生まれたからね。今回はずいぶんと早い気はするが」

発言をこちらに理解させる気はないらしく、ラシャヴェラクは一方的にまくし立ててくる。

それに対して日下部は、訝しげな視線を向けるしかできなかった。

 


 

日下部の視線を受けて、ラシャヴェラクは心地よさそうに微笑みを浮かべる。

そうだ。この男はいつだって最初はこんな反応だった。それがごくわずかな期間に多くを学び、あの強大なるモノへと迫っていくのだ。

 

「さて、そろそろ物質世界に戻りたまえ。私もこれ以上介入していると、怖い怖いカレルレン総督に怒られてしまう」

「ラシャヴェラクの次は、カレルレンと来たか!」

「まぁ、本人をそう呼んだら烈火のごとく怒るだろうがね。下手をすれば知性を剥奪される。何しろ本人は『カレルレンになれなかった、本物の悪魔』と自認しているからね。やったことを考えればある意味当然ではあるが」

「……?」

当たり前だが日下部は、高次概念空間において昨日行われたやり取りを知らない。だから今この時点で、この言葉の意味を理解できるはずがなかった。

ラシャヴェラクが再び指を鳴らすと、日下部と八幡丸の姿が徐々に薄くなっていく。強制的にこの形而上の世界から、物質世界に存在する両者の肉体へと自我を帰還させるのだ。

 

「いずれ本当の名前と共に姿を現す。その時は敵だ、遠慮なくかかってきたまえ」

「ま、待てラシャヴェラク……!」

慌てたように日下部は追いすがろうとするが、肉体の束縛の方が強い。

何一つ理解できないままの日下部に向かって、ラシャヴェラクはまるで詩でも吟ずるかのように朗々と言葉を紡ぐ。

 

「過去と今、そして未来は繋がっている。辛く悲しい現実を直視して、それでも前へ進んでいけるからこそ、未来を託せるのだ」

それは今ではないいつか、ここではないどこかに紡がれた言葉。

本来は日下部鎮守府とはまったく関係なかったはずの言葉。

だが客演(ゲスト)のはずの奇術師(マジシャン)は意図せぬ形で舞台に上がり、そして今なおサーカスの題目(プログラム)を終えられずにいる。

 

「ありがとう八幡丸。ありがとう日下部提督。頼むぞ、未来を」

本当にこの言葉を捧げたい相手には、もう長いこと会っていない。

いい加減に会いたいものだ、……と。

そんなことをラシャヴェラクが思った瞬間、日下部たちの姿は完全にかき消えた。

後にはただ、虚しくたゆたう深海の水が残るのみ。

 


 

「ま、待てラシャヴェラク……!」

伸ばした手が虚しく空を切った瞬間、日下部はぱっと目を開いた。

視界に飛び込んできたのは、年末の南シナ海の空。すっかり茜色に染まっていることを考えると、結構な時間が経過しているらしい。

 

「戻ってきたか!」

「提督! 無事ですか……?」

日向の声がしたかと思うと、切羽詰まったように神鷹が顔を覗き込んできた。

日下部はどうやら自分が横になっていて、日向に抱えられていると気付く。オリオンを履いている間は確かに水に沈むことはないのだが、同時に海面が固い地面と同じ状態になるわけで、意識を喪失して長時間そこに横になっていては身体を痛めておかしくないだろう。日向はそこを気遣ってくれたらしい。

 

「すまん日向、ありがとう。大丈夫だ神鷹、心配かけたな」

「あ、あの……いきなり倒れたかと思ったら、ずっと目を覚まさなくて! し、心配、してました……」

「神鷹の言う通りだ。秋刀魚祭りの時のことを思い出して、少し心配だった」

神鷹の方を少しだけ気にしながらも、日向は偽ることなく素直な思いを吐露した。

日下部はよっと身を起こすと、唇を噛み締めてうつむく神鷹の頭を優しく撫でる。あの時は確かに不覚を取ったが、それは別に護衛独還姫に対してではないし、いわんや神鷹にはまったく関係のない話だ。

そこで日下部は、自分がなぜここにいるかを思い出す。

 

「そうだ。八幡丸は!?」

「はい……!」

日下部の言葉に、神鷹は顔を上げる。一歩だけ脇にずれて、視界を独占することを譲る。

そこに一人の艦娘がいた。

神鷹によく似た大鷹型共通の袴。ぱっつんと切り揃えた前髪と、輪状にまとめられた後ろ髪。

 

「特設航空母艦、八幡丸です。妹がお世話になっているわ、私も……よろしく」

どこか照れたように目を伏せて言うその姿は、誰がどう見ても紛うことなき艦娘だった。

 

「ああ、無事だ! 良かった……! よろしくな!」

感極まって、日下部はその細い身体を強く抱きしめる。

 

「もう。いきなりセクハラですか? 妹と日向さんが睨んでますよ」

そんな風にたしなめながらも、その声の響きにはどこか満更でもない声音が含まれていた。

 


 

2045年12月。

人類にとって悪夢以外の何物でもなかった、この長い長い一年の終わりに。

一人の「鬼」がその魂を鎮められ、元の姿へと戻った。

それはこれまでになかった事象。これまでとは違う法則(ルール)

その真の意味に気付いている者は……、

 

(ラシャヴェラク。なら私が、ジャン・ロドリックスだとでも言う気なのか?)

まだほんの一握りしか存在しない。




※E7-4の話の続きです。
そして作中時間で2045年の最後の話であり、これまでの日下部鎮守府世界における「深海棲艦」の定義に大きな一石を投じる話でもあります。

応急修理女神について。
ご存知復活時に完全回復してくれるつよダメコンです。作者も高難度海域を強引に進撃する時によくお世話になってます(なお意外と消費しません)。持ってて嬉しいコレクションではありませんので、使わないとね。
さて日下部鎮守府の設定で「女神」と付いたら、本当に女神に関わるアイテムになるのが仕様です。
ちなみに本文中に書いた「死と再生を司る女神」の逸話ですが、細かい部分で色々と原典に忠実ではありませんのでご注意を。特にイシスがオシリスを復活させた際、「男根だけは見付からなかった(魚が呑み込んでしまったので)」とされているんですが、日下部にはちゃんとあります。男根のない日下部は日下部ではありません。
まぁいざとなったら、想念工学で後から作ることもできるんですけどね。

深海棲艦ラシャヴェラクについて。
「カノジョのゲンテン 3」にラストに登場した者と同一人物です。今回から「彼」を特徴づける台詞が出てきていますので、艦これのリアルイベントに積極的に参加されている方はその正体にもうお気付きかもしれません(艦これの公式キャラクターの男性深海棲艦という時点で、答えを言っているようなものですが)。
なお「彼」の設定は、大いに日下部鎮守府の独自解釈が入っています。まぁ公式設定は何もわからないに等しいのですけど。今後しばらくは頻繁に登場するキャラクターですが、その点についてはご注意願います。

艦これ本編、ついに夏イベに友軍本隊が来ました。終了まであと一週間ほどだと思いますが、日下部鎮守府はまだ完走できていません(E6攻略中)。
ちなみに甲チャレンジは残り資源&時間の関係で断念したため、攻略難易度は甲甲乙甲乙となっています。E5の甲報酬が手に入らなかった時点でE6の甲攻略は厳しそうですので、E6も乙になる予定です。
さすがに次の投稿はイベ終了後になると思いますので、ご了承下さい。
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