日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
自分の姿をありのままに直視する、それは強さだ。
2046年、正月元旦。
一年前のシンギュラリティ到来の夜、あの深海棲艦の奇襲と虐殺を思い出し、眠れない夜を過ごした人類もきっと多いことだろう。日下部も他ならぬその一人だ。
だが人類を守るという使命を帯びた提督には、寝不足などという甘えは許されない。正月だからと手を抜くことなく、艦隊の運営という責務が待っている。
差し当たって日下部が行った提督の業務は……、
「ほれ秋雲、指輪。ケッコンしてくれ」
「ちょっとー! いくら秋雲だからってもうちょっとムード考えてよー!」
「赤城、私とケッコンして欲しい」
「はい、喜んでお受けします」
対照的な反応だが、ケッコン指輪を受け取った二人はどちらも頬をほのかに赤くさせ、満面の笑みを浮かべていた。
「これで正式に秋雲が第三夫人、赤城が第四夫人だ。正月元旦から何重にもめでたいな」
「順調ですね。『最初の六人』は、あと二人ですか」
「かもな。着任当時はどのくらいかかるか想像できなかったが、思ったより早かった」
赤城の言葉に日下部は頷く。艦娘一人を最大練度まで鍛えるのは確かに大変だが、何年もかかるようなことではないと判明したのは大きな収穫だった。
「いい機会だから今の内に言っておく。『最初の六人』とケッコンを終えたら、もう夜戦の自重はしないからな」
「……はい」
赤城は完全に納得したわけではなさそうだが、それでも否を唱えることはなかった。
とはいえ赤城との約束とは別に日下部自身の考えとして、恋愛感情抜きの相手と寝るのは控えておこうと思っている。性欲処理をしてくれる相手に不足しているわけではないし、人数を考えたら嫁艦と嫁艦候補たちの性欲をこそ処理するのに手一杯になるだろうからだ。
「ところで真琴ってさ、フィン・マックールの仮想人格宿してるんでしょ? フィンの『三番目の嫁』って確か、部下と駆け落ちしてたよねー」
「お前、自分でそれ言っちゃう? 若干気にしてたんだけど」
秋雲の言葉に、日下部は頬を引きつらせそうになる。
フィンの三番目の妻であるグラーニアが、部下のディルムッド・オディナと駆け落ちしたくだりは、日本においてはケルト神話の
だから秋雲がそのエピソードを知っていること自体は、特に不思議ではなかった。
「あれは重婚じゃなくて生き別れたり死に別れたりした上での三番目だから、お前とは別に関係ないって。それにほら、あれは駆け落ちした部下の男に『魅惑のほくろ』があったのが原因だし」
ディルムッドは生まれた時から、右目の下に見た女性を魅了する泣きぼくろを有していたという。グラーニアが自らの立場を忘れてディルムッドに恋をしてしまったのは、そのほくろが原因だった。
必死に秋雲とグラーニアは無関係だと言い募る日下部に対し、秋雲はとんでもないことを言い出す。
「実はほくろなら、秋雲さんにあるんだなー」
「……ほんとだ」
紛れもなく秋雲の右目の下には、泣きぼくろが存在した。
「お、秋雲さん剣とか槍の練習した方がいい?」
「止めんかバカモノ。ええい、グラーニアと結婚した時のフィンは老人だったが、私は違うからな! 浮気も駆け落ちもしたくならないように、今晩きっちり下半身でわからせてやる!」
「あ、そ、そんなつもりじゃ……でも、うん。初夜は大切だよねー」
真っ昼間から堂々と宣言する日下部の勢いにたじたじとなりながらも、秋雲は決して拒むことなく顔を真っ赤にして頷く。
その時、隣でそのやり取りを聞いていた赤城が絶妙なタイミングで口を挟んだ。
「真琴さん? 私も初夜なのですけど?」
「まぁそうだな。よし、なら初夜だけど3Pでいいか?」
「えっ、秋雲はいいけど、いきなり赤城さんに3Pってきついんじゃ。鬼畜すぎない?」
「あー、すげぇな赤城」
秋雲からこんな反応が素で返ってくる程度には、どうやら性癖を隠せているらしい。
「私は構いませんよ。真琴さんがそうお望みでしたら」
「んー、秋雲がお前の本性知ったら、同人にされるかもな。そしたらみんなにお前の本性、知られちゃうぞ? みんな今後はそういう目でお前を……」
「あっ、そんなっ……」
「ねぇなんでいきなり言葉責め始まってんの!?」
思わずツッコミを入れる秋雲に対し、日下部は生温かい視線を向ける。
――心配するな、どうせ今晩にはわかることだ。
もっと人数が多ければ乱交部屋を使っただろうが、3P程度なら自室で十分だ。
明け方近くまで続いた性の狂宴も終わりを告げ、しばしのまどろみの中をたゆたっていた日下部は、激しくドアをノックする音に目を開く。
「提督! 朝からすまん、緊急事態だ! 起きてくれ!」
「んあ……? この声は、長門か?」
切実な叫び声に、両隣で横になっていた赤城と秋雲も目を覚ましたようだ。ひとまず二人に身なりを整えるように促すと、自分も簡素な私服を引っ掛けて玄関に向かう。
「おはよう長門。どうしたそんなに慌てて。お前今日は非番だから、駆逐艦の誰かとデートでもしてるのかと思ったんだが」
日下部鎮守府の長門は駆逐艦好きのロリコン……いわゆる「ながもん」なのだが、驚いたことに本当にモテている。ましてやこの正月から晴れ着modeに着替えた彼女は大層な男前で、それまでなびいていなかった駆逐艦たちもこぞろって落とされていた。
「うむ、その通りだが……まぁデートと言っても島内散策なのだが、島の外縁部でいささか奇妙な物を見付けてな」
「奇妙な物?」
「私には人間のように見えるのだが……」
「人間? また元帥ってオチじゃないだろうな」
日下部は思わず眉を潜める。以前、ホムンクルスの稼働実験でモーリアックが那珂と桃の前に現れた時は、意味有りげな態度に振り回されたものだ。
「水色タンクトップの少女、ではなかったな。ああ、説明するより実際に見てもらった方が早いだろう。今はフレッチャーが彼女のことを見ている」
「わかった、着替えたらすぐに行く。案内してもらうから、少し待っていてくれ!」
「心得た」
頷く長門の表情はまるで戦闘時のように引き締まったもので、改めて日下部は寝ぼけ眼をしっかりと見開く。
どうやら残念ながら、2日連続で睡眠不足は確定のようだ。
長門の案内で、日下部はショートランド人工島の外縁部に足を運んだ。
ちなみに事態をさすがに放っておけないと、赤城と秋雲も同行している。
「あれは、フレッチャー……と、誰か女性が話してるな」
日下部鎮守府においてはもう古参と呼べる存在のフレッチャーだが、対する女性は日下部の覚えのない存在だ。
年は20代前半だろうか。28歳になった日下部からすると一回り年下だが、いずれにせよ少女と呼ぶにはふさわしくない年齢だろう。
燃えるような赤い髪とやや赤みの差した褐色の肌は、
「Mother、どうして信じていただけないのですか? 今は艤装を使う能力を喪失しているからでしょうか?」
女性はフレッチャーを通称……
「艤装とかいう以前の問題です。あなたはどう見ても人間ではありませんか」
「人間なわけないじゃないですか。Mother、あなたと同じ艦娘ですよ? 概念核もきちんと備えています。確かに事故によって、身体の外部に露出してしまってはいますが……」
「おーい、フレッチャー!」
何やら会話の内容に不穏なものを感じ、日下部は強引に声をねじ込む。
「提督! お願いします、なんとかして下さい」
「提督……!?」
安堵の溜息と共に日下部に視線を向けてきたフレッチャーに続いて、女性が日下部の顔を覗き込む。
そして彼女は微笑を浮かべて、とんでもないことを口にする。
「Hello! 航空母艦、
日下部は一瞬、自分の正気を疑った。
次に耳の機能の不調を疑い、両隣にいる赤城と秋雲が自分と同じような怪訝な表情を浮かべているのに気付いて、ようやく自分の頭も耳もおかしくなっていないことを理解する。
「お前は何を言っているんだ」
「ですから、サラトガです。提督も信じて下さらないのですか? こうして概念核も備えてますのに」
「頭の横にあるそれのことか。確かにそれっぽいが……」
彼女の頭の脇には重力を無視するように、輪状の物体が浮かんでいる。
それは確かに形状だけ見れば、艦娘の肉体において脳と心臓の役割を代替する器官である「概念核」に類似している。だが通常の概念核はもっと金色の輝きを放っているものだ。彼女のそれは黒ずんでおり、明らかに機能していないように思われた。
「フレッチャー、彼女はサラトガではないよな?」
「ええ、他のフレッチャーに確認しました。サラの髪の色はもう少し淡いですし、瞳は
日下部鎮守府にサラトガは未着任だが、同艦交信で他鎮守府の艦娘に尋ねてくれたようだ。
ちなみに本物の航空母艦サラトガはどちらかというとおっとりした声音をしているそうだが、目の前の女性はよく言えば男前な、悪く言えば「とてもスラングの似合いそうな」声をしている。
「彼女は浜辺で倒れていた。どこから来たかの痕跡は確認できない。本当に海から来たと言われても、納得はできなくはないのだが……」
長門がフレッチャーの言葉を補足する。ほとんどの艦娘は深海棲艦から概念核だけの状態で回収される。だが地球意志に与えられた肉体を保持したまま、人類の生存圏にたどり着く個体がいないわけではない。
「ですから、サラは艦娘です! 事故によって概念核が体外に露出して、艤装を使う力を失っているだけです!」
とはいえあまりにこの状況は不自然だ。現状で彼女を艦娘サラトガとする根拠は、彼女自身の主張以外にない。
「ふむ。なぁサラトガ」
日下部は思考を整理しながら、彼女に向かって声をかける。
「サラをそう呼んで下さるのですか!」
「事故と言ったが、それはどんな事故だ? お前は前世ではなく艦娘として生まれてからのことを、きちんと説明できるか?」
瞬間。サラトガを自称する女性の身体が、まるで雷にでも撃たれたかのようにびくんと硬直する。
「そ、それは……」
ぎぎぎ、と軋む音を立てるかのようなぎこちない動作で、女性は二、三度首を振る。
そして、
「うっ……」
まるで糸の切れた操り人形のように、ふっと意識を失ってその場に崩れ落ちた。
「お、おいおい。参ったな」
日下部は思わず頬を掻く。軽い探りのつもりが、まさかこんな簡単に破綻するとは。
「どれ長門。彼女が何者であれ保護が必要だ。担いでくれ、鎮守府に戻るぞ」
「了解した」
別に自分で担いでも構わないのだが、一応相手は見ず知らずの女性だ。今更と言えば今更ではあるが、それでも多少の気を使ってもバチは当たらないだろう。
「彼女は少なくとも肉体的には間違いなく人間です。艦娘でも
明石の工廠に隣接して設置されている医務室にて、女性を一通り調べた明石が告げる。
女性はまだ意識を失ったままだ。なので肉体的な調査しか行えていない。マインドハックを使えば想念的な調査も可能だろうが、勝手に他者の想念を内見したり、ましてや書き換えたりする行為は、10年前と違って現代では立派な違法行為だ。
「ですがこの頭の横の物体は、本物の空母サラトガの概念核でした」
「……ほう」
「通常は金色に輝いていますが、これは黒ずんでいますね。初めて見る状態です。艦娘は人間で言うと心臓がある部位にこれが埋まっていて、そして脳のある部位には何もないわけですが……彼女の場合は人間の脳もあります。そして彼女の脳とこの概念核、想念的に繋がっています」
聞けば聞くほど、自然にはありえない状態だ。
「なるほど。明石、ありがとう。大体わかった」
だがそこまで聞いたことで日下部は、ひとつの答えにたどり着いていた。
「と、おっしゃいますと?」
「何故ここにいるかまではわからないが、彼女の正体はわかった。彼女は、サラだ」
「そりゃまぁ、サラトガと名乗ってますけど……」
「ああいや、そうじゃない」
艦娘の世界で「サラ」と言えば、空母サラトガを指すのは当然だ。
だが当たり前だが、世界に「サラ」の名を持つ存在はそれだけではない。
(かつて元帥が行った、人間の艦娘化実験。失敗に終わったというその実験の、最初にして最後の被験者……)
一ヶ月ほど前、松代大本営でモーリアックから聞かされた話。
(エミリーの妹、サラ。
因果関係も脈絡もわからない。しかし彼女について説明できる存在は、他にないように思われた。
――その時。
「提督!」
切羽詰まったような叫び声と共に、川内が医務室に駆け込んできた。
「どうした?」
「憲兵隊が……以前、大本営で会ったエミリーさんが、コロラドと一緒に来てる! 今からこの鎮守府に対して査察を行うって! 今は大淀が入口で時間を稼いでるけど、正式な令状も持ってるし拒めないよ。どうしよう!」
「なんだと?」
別に日下部鎮守府に、探られて痛い腹はない……目の前で眠るこの女性以外は。
「どう考えても、サラと無関係じゃないよな。一体何が起こってるんだ……?」
自分が途方もなく面倒なことに巻き込まれたことを実感しながら、日下部は苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
※更新に間が空きましたが、今話からSS時間軸も2046年に突入です。
エミリーと並んで冬章のメインキャラクターのもう一人、サラに関するシリーズです。
しばらくこのシリーズが続きますので、今は深く語るのは控えておきます。
艦これ夏&初秋イベ、お疲れ様でした。
日下部鎮守府は期間ぎりぎりながら甲甲乙甲乙乙で完走を果たし、無事ジャン・バールをお迎えすることができました。
続けてハロウィンの小イベントが始まっていますが、とてもコミカルな雰囲気ですね。離島棲姫まであんな楽しそうにしているのには驚きました。
日下部鎮守府は予定していたシリアスな話を展開中なのですが、どうにも雰囲気と合いませんので、もしかしたら物語上はハロウィンイベには触れないかもしれません(もちろんきっちり南瓜集めてますし、三式弾改二も交換しましたけれども)。