日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
失敗の最たるものは、失敗したことを自覚しないことである。
「憲兵隊、ローレンス少佐だ」
知ってるよ……などと混ぜっ返せる雰囲気ではなかった。
執務室にやってきたエミリーは、先月の初めに松代大本営で出会った時とは身にまとっている空気からして違っていた。職務を考えれば、その硬質さこそがむしろ本来の彼女なのだろう。
傍らには日下部鎮守府にはいない艦娘が一人、艤装を一式完全装備で控えている。明るい金髪をショートボブに揃え、一部を三つ編みにして左右に結わいている。瞳の色はエミリーと同じ蒼で、艤装のサイズと比べると小柄な体格が特徴的だった。
彼女がアメリカの戦艦
「提督、所属と名前および
「ショートランド泊地所属、日下部真琴。アドミラル・コードA20210223です」
「結構。日下部提督、あなたには深海棲艦との内通、艦娘研究施設の襲撃、軍有資産の私的略取の嫌疑がかかっている」
「……」
数え役満もいいところの罪状だが、後ろ2つから察するにやはりサラ絡みなのは間違いないだろう。深海棲艦との内通、というのはよくわからないが。
「とはいえ個人的にはその嫌疑に対しては疑問があると考えている。艦娘が大量にいる鎮守府の査察に、私とコロラドしか来ていない時点で察して欲しいものだが」
これは確かにそうだ。もし本当に日下部が「黒」なら、
もちろんエミリーとコロラドが帰って来なければ、憲兵隊から鎮圧を前提とした大部隊が送り込まれることだろうが、その間に日下部も麾下の艦娘たちも逃亡や証拠隠滅を図ることくらいはできるだろう。なのに実際は彼女たちしか来ていないということは、まだ弁解の余地はあるということだ。
「私が協力的でいられるうちに、素直に応じてもらいたい。構わないな?」
「結構ですよ。というかどう考えても、腹の探り合いをする状況じゃない」
「というと?」
「サラは、ここにいます」
日下部は包み隠さず、全部素直にぶちまけることにした。
「詳しく聞かせてもらおうか?」
エミリーはいささか拍子抜けしたような顔で尋ね返してきた。きっとエミリーは、丁々発止のやり取りをするつもりでここに来たのだろう。
その点は申し訳ないが、しかし本当に隠し立てする理由が一切ないのだから仕方ない。日下部は一連の経緯を順を追って説明する。
「というわけで、恐らくサラと思われる女性は保護しています。今は工廠に隣接する医務室に寝かせています」
「なかなかに信じ難い話ではあるが……ひとまずその女性に合わせてもらおうか」
「結構ですよ。こちらへどうぞ」
率先して医務室への道を案内する自分の背中に、きっとエミリーとコロラドは戸惑うような視線を注いでいるのだろうな……そんなことが、ふと頭をよぎった。
医務室では長門が、眠り続ける女性に心配そうな視線を向けていた。
日下部と川内に続けて室内に入ってきた憲兵隊の二人を見ると、事情を察したのか無言で女性の隣の空間を譲る。
「サラ……! 間違いない、サラ……! ああ、無事で良かった!」
女性の姿を目にした瞬間、エミリーは立場も職務も忘れたかのように、その名を呼びながら彼女の傍まで駆け寄る。
日下部が直感的に察した通り、彼女こそエミリーの妹にして人間の艦娘化実験の唯一の被験者、サラ・ローレンスで間違いなかったようだ。
「申し訳ないのですが、私は本当に何も知らないんです。彼女がこれまでどこにいて、それがどうして行方不明ということになったかお聞きしてもよろしいですか?」
「ああ。サラはこれまで、舞鶴にある艦娘研究施設にいた」
「舞鶴の……確かヨシオカ資本の軍民共同施設でしたっけ」
MM技術の普及により従来の経済システムは一度崩壊したが、マインドハッカー事件を契機にロゴスが世界の実権を掌握したことで、再び発展を遂げていた。その中で台頭してきた企業のひとつが、日本の吉岡百貨店を母体とするヨシオカ・コーポレーションだ。
深海棲艦が跳梁跋扈する現代にあっては経済秩序も何もないということで、人類統合軍とは緊密な関係を築いている。
「日下部提督は、起きているサラとは話したか?」
「はい。自分のことを空母サラトガだと思い込んでいるようでしたね」
「結構、話が早い。そんな感じで実に不安定な状態ではあったが、それでも所員の指示には従っておとなしくしてくれてはいたんだ。ところがその艦娘研究施設が先日、急に深海棲艦に襲われた。そしてその混乱が収まった時、サラが姿を消していたんだ」
「最終的に失敗に終わったとはいえ、彼女に対する研究は貴重な物だったはずだ。当然ながら、警備も相応の物が敷かれていたのではないですか?」
「もちろんだ。だがその警備の穴が綺麗に突かれた。よって上はこれを、深海棲艦と内通した上での犯行だと判断した」
罪状の1つ目の意味を理解して、思わず日下部は苦虫を噛み潰した表情になる。
「私が疑われた理由は?」
「それは単純だ。サラには発信器が付けられていた。だからこのショートランド人工島までは足取りを追えたんだが、急にそこで信号がロストした。そしてその地点から一番近い鎮守府がここ、日下部鎮守府というわけだ」
「……なるほど」
どうやら自分は誰かに用意周到に嵌められたらしい。
仮に眠っていたサラが深海棲艦の襲撃で目覚めて自力で脱走したのだとしても、舞鶴とここまでの距離は決して近くない。誰かが意図的に彼女をここまで移動させたのは間違いないだろう。
「日下部提督が犯人なのであれば、こんなにあっさりサラを返すはずがないな」
とはいえ幸いにしてエミリーは、短絡的な結論に飛び付くタイプではなかった。日下部は表情を変えないまま、内心で胸を撫で下ろす。
「個人的にはサラさえ戻ってくるならこのまま無罪放免でも構わないのだが、上はそれでは納得しないだろうな。逮捕というわけではないが、一度松代にある憲兵隊本部まで同行はしてもらわないとだろう」
「それくらいは結構ですよ」
犯人として連行されるのと、参考人として同行するのではまったく意味が違う。
新年早々面倒なのは間違いないが、そこは仕方のない部分だろう。
「さぁサラ、帰るよ」
「ん……」
エミリーが軽く揺さぶると、まるでただのまどろみから覚めるかのようにサラは目を開く。
「あなたは。時々サラに会いに来て下さっていた方ですね?」
妹が姉にかける言葉としてはあまりに冷たくて、一瞬だけエミリーは泣き出しそうな顔になる。
「……、そうだよ。さぁサラ、元いた施設に戻るよ」
それでもそんな態度を見せなかったのは、身を包む国防色の制服ゆえだろうか。
「嫌です! サラは、ようやく提督にお会いできたんです!」
「サラ、何を言って……?」
「サラもよく覚えていないのですが、誰かの声が聞こえました。こちらに行けば、お仕えするべき提督に会えると。そして、本当に会えたんです! 提督、サラを追放したりしませんよね?」
サラは……自分のことを空母サラトガだと思いこんでいるサラ・ローレンスは、上目遣いで日下部の顔を必死に覗き込みながら言う。
瞬間。日下部の全身に、電流が流れるような感覚が駆け抜けた。
「……。悪いが、サラを渡すわけにはいかなくなった」
「日下部提督! 何を言って!?」
エミリーが驚いたような表情で振り返る。つい一瞬前まで協力的だった態度を翻せば、そうもなるだろう。
「長門、コロラドを抑えろ」
「提督、それは……」
呼びかけられた長門も思わず困惑の声を上げるが、そんな長門に対し日下部はさらに命令を重ねる。
「聞こえなかったか長門、コロラドを抑えろと言った」
「いや、しかし……」
(ちょっと真琴さん! 何を言ってるの!)
傍らの川内は慌てて想念交信で呼びかける。
明らかにおかしい。日下部は立て続けに同じ命令を2回下した。それは日下部が心底から嫌っていたはずの、あの
(私じゃない! フィン・マックールの仮想人格が、私の肉体を使って勝手に言ってる!)
フィン・マックールの
艦娘の着任を断るはずがないから実質的にノーリスクだ、などと笑った数日前がもう遠い記憶のようだった。
「長門、コロラドを抑えろ」
(待て、やめろ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!)
「……了解した」
長門の自由意志が、
「ナガート、いい度胸ね! ビッグセブン同士、力比べする?」
「まともに相手しちゃダメ! その気になればあっちはいくらでも戦力を出せる! 艤装で壁を崩して!」
コロラドは不敵に笑いその視線を受け止めるのだが、相手のペースに乗る必要はないとエミリーが的確に釘を刺す。
「ちぇっ! 了解!」
不服そうにしながらも、コロラドは一歩後ろに下がって16inch Mk.V連装砲の展開を始めた。
そのコロラドを庇うように、エミリーは腰の大剣を引き抜いて相棒の前に進み出る。
長門がそこに向かって突撃する。さすがに今は無手だ。日下部の命令を忠実に実行しようとするなら、ただ愚直に突っ込むしかない。
その猛進に対して容赦なく、エミリーは
鋼鉄の塊に刃を叩きつけたかのような轟音が響き、強靭なる長門の胴体に想念兵装である大剣の刃が深く喰い込む。
「ぐ……っ!」
長門の口から苦悶の呻きが漏れる。三寸切り込めば死ぬ人間と違い、艦娘にとってこの程度は中破でしかないが、それでも動きは確実に鈍っている。
「エミー、準備完了よ! Fire!」
大口径砲は当然ながら、本来室内で使うようなものではない。
その大火力をまともに浴びて、日下部鎮守府の医務室の壁は盛大に吹っ飛んだ。距離が近すぎたせいでコロラドも多少のバックファイアを浴びることになったくらいだ。
「残念だ、日下部提督。信じていたのに……」
絞り出すようなエミリーの声は、苦渋と懊悩にまみれたもので。
それでも彼女はためらうことなく、
「コロラド、撤退するよ!」
「OK! Good bye!」
わざと大剣の大振りを回避させて長門と距離を空けると、振り返ることなく壁の跡地から外に飛び出していった。
「提督、すまない。してやられた。追撃するか?」
「長門、落ち着いてくれ。さっきの命令は間違いだ」
自身の行動の主導権を取り戻した日下部が最初に行ったのは、長門に対して出した命令を撤回することだった。
「ん、ああ……? わかった」
長門は一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたものの、素直に命令に従って動きを止める。三度命令せずとも止まったのは、彼女が素直に従いたくなる内容だったからだろう。
「しまった……フィン・マックールの
「提督。申し訳ありません、サラのために」
「お前のせいじゃないさ。お前の自意識では、単に艦娘の本能に忠実だっただけだろ。そこを責めたって何も解決しない」
うなだれて頭を下げるサラに、日下部はそう言って微笑む。確かに彼女は我儘を言ったかもしれないが、こんな事態を引き起こすような大それたことではなかったはずだ。
「それはいいけど、どうすんのこれ……」
呆然とした川内の呟きに、日下部は素直に思ったままを口にする。
「どうもこうも。正直、自力でなんとかできる状況じゃない。とはいえ何もしないでいたら、憲兵隊に総攻撃されて制圧されるだろうな。良くて提督資格剥奪、最悪その場で射殺だ」
「ちょっと!」
「……はぁ。仕方ない」
日下部は盛大に溜息を吐き出した。
「借りを作るのは癪だが川内、有明の同艦交信でうちのケツモチに連絡」
「後見人! 陽菜さんね。了解」
「私は、夕張の同艦交信経由で元帥に泣きついてくる……」
困った時に素直に他人を頼れるのは美徳だと言われるが、新年早々これはさすがにあの二人にも呆れられることだろう。それでも面子や体裁を気にしていられる状況じゃないことだけは確かだった。
夕張の元へ駆け出そうとして、ふと日下部は足を止める。
「なぁ長門。本当にすまなかった」
「……?」
「理解できないか、そうだよな。いいんだ、お前たちは『そういうもの』なんだから。とりあえず
彼女たち自身にこの異常性を理解してもらうためにも。
今は死ぬわけにも、提督資格を剥奪されるわけにもいかないだろう。
「途中まで協力的だったのに、何故あんな急に……」
一気に日下部鎮守府の敷地を飛び出し、ショートランド人工島の外縁部まで撤退したエミリーは、ようやくそこで息を整えながらそんなことを呟く。
「何か特殊な事情がありそうではあるわよね。エミーは一兵卒じゃなくて佐官なんだから、自分で状況を判断する権限はあるでしょ? どうあれ私はエミーに従うわよ」
「
実力行使でサラの返還を拒まれたのは紛れもなく事実だ。普通に考えるなら憲兵隊本部に連絡を入れ、鎮圧を目的としたそれなりの規模の部隊を送り込む必要があるだろう。
だが日下部提督が「黒」だとするなら、長門をけしかけた割に他の艦娘の追撃が一切ないのが引っかかる。今だって日下部鎮守府の方角を警戒してはいるが、艦娘はおろか水偵一機飛来する気配はない。
顎に手を当てて本気で考え込んでいると、
「待ってエミー、横須賀のコロラドから同艦交信。……あら、そう」
不意にコロラドがそんな声を上げた。
「どうしたの?」
「日下部提督の後見人に当たる提督からお招きが来てるわ。事情の説明と、解決に有効な提案ができるらしいけど、お邪魔しに行く?」
エミリーは憲兵隊司令部で見た資料を思い出す。
日下部提督の後見人というと、確か長谷川陽菜提督。横須賀鎮守府所属であり、桜井提督や舞津提督といった最古参の面々に次ぐくらいの古参。よく鍛えられた練度の高い艦隊を率いている。
「……行きましょう」
――自分と長谷川陽菜にはひとつ大きな共通点があることを、エミリーはまだ知らない。
※ツイッターの方で色々とシリアスな展開が続いているため遅くなりましたが、サラ編の第2話です。
サラ編と言いつつ、今回と次回はサラの影は薄くなるんですけどね。
フィン・マックールの
作中に存在するからにはきちんと話に絡んできます。ただ存在するだけなんていう甘い話はありません。
ちなみに「好ましからざる者を部下にしたことで、フィン・マックールと部下が大きな戦いに駆り出される羽目になる」というのは割と原典通りだったりします(可愛い女の子ではありませんけど)。
ツイッターの方でやってるリアルタイム展開、本当に大変なことになってますが間もなくある程度落ち着く予定なので、SSのペースも少しは戻せるでしょう。
シリアス大好きですけど、シリアスだけじゃなくてエロい話も書きたいですしね。