日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
余は余の義務を果たせり。
「この度の被後見人の不始末、後見人として心よりお詫び申し上げます」
横須賀鎮守府の一角に存在する、長谷川提督の指揮する艦隊の駐屯地。通称「長谷川鎮守府」。
憲兵隊のエミリーとコロラドに、長谷川は深々と頭を下げる。
「事情は理解できた。アイギスは強力だけど、そんな代償があるなんてね。モーリアックめ、相変わらず後先考えずに身勝手な技術開発ばかりする……」
フィン・マックールの
話の筋としては納得のいくものだった。これなら日下部提督が突然態度を豹変させたことも理解できる。
「まぁ個人の感傷は置いておくわ。今後の話をしましょう」
「フィン・マックールの
「それができれば苦労しない。おそらく、それこそアイギスを使ってでも抵抗するんじゃない?」
深海棲艦と戦うための精鋭である艦娘運用部隊を制圧するとなると、憲兵隊の側も相応の戦力が必要になるだろう。用意できないわけではないが、かなり大掛かりな話にならざるを得ないし、そうなると他の方面への監視の目が緩むことになる。また日下部提督自身の意志に関係なく、彼の立場への配慮は難しくなることだろう。
「でしたら、それも含めて解決すればよろしいということですわね」
「どうやって!?」
あまりにも長谷川があっけらかんと言うものだから、ついエミリーの口調は強くなってしまった。
だが当の長谷川はそれを咎めるでもなく、
「ああ、そうですわね。今の当方は想念波ネットワーク通信装置を外していますので、わかりにくいでしょうね。実は左眼はすでに神州丸を模したものになっているのですが」
「……!」
「アイギスにはアイギスをぶつけます。日下部提督の艦隊も地力を付けてきてはいますが、まだまだひよっこですわ。鎮守府ごと無力化して献上するということでよろしいですわね?」
古参提督の一角らしい風格で傲然と言い放つ彼女が、想念波ネットワーク通信装置を展開した姿をエミリーは脳内に思い浮かべる。
「まるでギリシャ神話の軍神アテナのようね。結構。お手並み拝見させてもらうわ」
エミリーは素直な感想を述べたのだが、
「アテナ、ですか……」
その名前に対して何か思うところがあるのか、長谷川は少しだけ微妙な表情を浮かべた。
「……という方向性になりました。長谷川には感謝すべきなんでしょうね」
松代大本営に繋がった秘匿回線で、日下部はモーリアックに事の顛末を報告する。
『そうだな。どうせ
「本部のお偉いさんは気楽でいいなぁ……」
あっけらかんとしたモーリアックの言葉に、日下部は思わず真顔になって返す。
モーリアックは演習と言うが、長谷川艦隊を迎撃する時はある程度本気で抵抗する必要がある。当然だが、艤装を非殺傷設定で撃たせるような真似はできない。さもなくば
『まぁキミ自身も認識していた通り、サラくんの件と重なったりしなければノーリスクだったんでな』
「その辺についても色々話したいですが……まずは今の状況をなんとかしてからですね」
『僕の権限で処刑だけは差し止められるが、逮捕そのものまでは止められないぞ。おとなしく憲兵本部で臭い飯を喰ってきたまえ。なぁに、100年前の憲兵と違って拷問などという非効率的な真似はしないよ彼らは』
「そうなんですか?」
憲兵隊といえば苛烈な拷問……という先入観に反することを言われて、日下部は思わずきょとんとする。
『現代には拷問などより的確に情報を引き出す手段があるだろう、元祖マインドハッカー。彼らには職務上必要な場合、想念内見の用途に限ってマインドハックの使用が認められている。おかげで尋問成功率はほぼ100%だ、反艦娘派の一掃の際には大活躍したよ。マインドハックで記憶を内見すれば潔白はすぐに判明するだろう。だからおとなしく長谷川くんに制圧されたまえ』
「うわぁ……」
なるほど確かに拷問よりはマシかもしれない。だが負けず劣らず人権に対して配慮のない話ではあった。
恥の多い生涯を送って来ました、などと今更もったいぶるつもりはない。最大の恥であるマインドハッカー関連の所業は技術史の一環として、すでに多くの提督たちの衆目に晒されているのだから。それでも情報だけでなく、自分自身がその時抱いていた感情まで他者に見られるのは、さすがに気持ちの良いものではない。
と、その時。
「提督! 長谷川鎮守府の艦隊が、沖合に出現!」
秘匿回線のある通信室の入口のドアの向こうから、川内の声が響く。
「わかった、今行く! ……では元帥、行って参ります」
『上手く行くことを願っているよ』
まるでイベントの最終海域に出る前のような気分だが、それもあながち間違いではない。
それどころかこれからの戦いは、ある意味でそれ以上に艦娘たちにとって危険なものになることだろう。
海上歩行用想念具足「オリオン」を装備した日下部は、港湾部で出撃準備を整えている艦娘たちの眼前の海上に立っていた。
「ベテラン提督でも勘違いしている者が時々いるが、轟沈ストッパーは『深海棲艦と戦うために地球意志が与えた加護』だ。だから攻撃時の
悲壮にならざるを得ない理由はそこにある。艦娘同士で、あるいは人間と艦娘が本気で殺し合った場合、無傷からの一発轟沈があり得るのだ。
「短時間だが試行錯誤の結果、12人の連合艦隊で迎撃するならば『
日下部は連合艦隊を編成する、12人の艦娘の顔をぐるりと眺める。
第一艦隊、金剛・長門・青葉・赤城・イントレピッド・翔鶴。
第二艦隊、川内・秋雲・時雨・曙・夕立・ジャーヴィス。
大半は日下部の嫁艦と嫁艦候補だ。彼女たちが残ったのはありがたくも納得できる話ではあるが、そこに名前を連ねていない艦娘も若干名いる。
「長門、お前は何故残った?」
「なぁ提督。この一件の発端は、私にあるだろう?」
日下部の質問に対し、長門は神妙な表情で答える。
「サラを発見したことか?」
「違う。コロラドを抑えるよう命令されたことだ。今なら冷静に考えられる。あの時の私は明らかにおかしかった」
長門の言葉に驚いて日下部は目を見張る。自力でそこの違和感に気付いてくれるとは、完全に予想外だった。
「提督よ、あれは何だ? 何か知っているのか?」
「わかった。生き残ったら全部話す」
「では万が一私が沈んだ場合でも、他の艦娘には必ず話してもらおうか?」
「いいだろう、我が意志にかけて約束する」
嬉し涙が流れそうになるのをぐっと堪えて、日下部は次の艦娘に声をかける。
「翔鶴。お前は何故?」
「フィン・マックールの仮想人格は、今は『あの人』と融合しているのですよね? ならこの件の責任の一端はあの人にあります。元妻として、あの人の咎を共に背負わせて下さい」
「あいつのせいではないと思うが……」
実は先程本人にもそう言って謝罪された。だが勝手にフィン・マックールの
だがそれが翔鶴にとって戦う理由になるのであれば、水を差すのも野暮というものだ。
「さて、そろそろ始めるぞ。仮想人格『フィン・マックール』起動!
日下部の制服に想念力が通り、その形状を変化させる。
(お前たち、中破で戦線離脱しろよ!)
想念波を通じて日下部は指示を出す。
轟沈ストッパーが存在しない以上、大破撤退などと悠長なことは言っていられない。戦力を無意味にすり潰さないための、れっきとした戦術的判断だ。
――などという言い訳が、フィン・マックールの仮想人格に届くことを日下部は祈るしかなかった。
「……などと悲壮な覚悟を決めているのでしょうね、向こうは。陽菜も舐められたものです」
長谷川陽菜は轟沈ストッパーの正しい適用条件を認識している。
その上でなお彼女は傲然と呟くと、目の前に展開する自身の連合艦隊の旗艦に向かって声をかけた。
「ネルソン! この戦いの勝利条件を復唱せよ!」
「当艦隊轟沈せず、そして敵艦隊も轟沈させず、だ。心得ているぞ
彼女の言葉に応えたのは、イギリスの戦艦
「結構。ではその責務を全うすることを期待します」
ネルソンの返答に満足して、長谷川はかっと目を見開いた。
「仮想人格『メーティス』起動!
ショートランド人工島沖合に、2枚目のアイギスの盾が展開される。
史上初のアイギス同士の交戦は、その歴史的意義に比べれば驚くほど静かに始まりを告げた。
(まずは開幕航空戦だ。イントレピッド、12200250000艦載機……)
(違う提督! 陽菜さんの艦隊だったら最初に「アレ」が来る!)
日下部の想念波に対し、即座に川内が訂正を入れる。
(瑞鶴、12200250000噴式強襲)
(了解。あっちの翔鶴姉はまだ改なんだ……なら本当にアウトレンジしてあげる!)
(噴式強襲!? そんなものあったな!)
十分に大規模改装を重ねた一部の空母だけが扱える航空機艤装、それが
レシプロ機とは比較にならないその高速を活かし、通常の航空戦よりも前に一撃離脱で行われる空襲が「噴式強襲」だ。一手が貴重な艦娘の戦いにおいて、手数が増えることの利点は言うまでもないだろう。
ただし一撃離脱攻撃の常として、命中率に難点は抱えている。なので実はそこまで圧倒的に強力な攻撃方法とは言えない……
(OH、ダメージコントロール! イントレピッド中破、下がるわ!)
長谷川のアイギスに導かれた噴式強襲は、同じくアイギスで管制されているはずの対空砲火を潜り抜けて、イントレピッドに過たず有効打を与えていた。
(構わん! 今度こそ航空攻撃だ! 赤城、翔鶴、12200250000艦載機!)
それでも空母はまだ2人残っている。
日下部の想念波による命令を受けて、赤城と翔鶴から艦載機が発艦していく。
(
(
長谷川艦隊の内の一人。アメリカの軽巡と思しき艦娘が、迫りくる敵機に向かって猛烈な対空射撃を行う。
爆風と黒煙の花が無数に咲き乱れた。
(全機撃墜された、だと……なんだあの防空力!)
(多分アトランタ。現在発見されている中では、最強の対空性能を誇る艦娘だよ)
通常の戦闘においてすら桁外れの対空能力を誇るアトランタを、今はアイギスで用いているのだ。その防空網を艦載機が通過できるはずもない。
(そうか! いかん、あっちの艦載機が来る!)
日下部鎮守府の艦娘たちもアイギス付きで対空砲火を放っているのだが、長谷川鎮守府の艦攻や艦爆はそれらを巧みに回避して迫りくる。どうやら日下部鎮守府ではごく少数しか保有していない対空射撃回避能力を持った機体を、長谷川鎮守府では量産しているらしい。
(一航戦の誇り……こんなところで失うわけには……)
(やられました、艦載機発着艦困難です! 提督、翔鶴及び赤城、中破! 下がります!)
(仕方ない! 航空戦終了だ、後は戦艦に任せろ!)
空母全滅。幸いにして中破で凌ぐことには成功したが、後続の戦闘において無力化されたことは間違いない。両名はイントレピッドの後を追うように戦場を離脱する。
(ネルソン及び3番艦5番艦、1200018000ネルソンタッチ)
(了解! 主砲、1番、2番! 行くぞ、もう一撃だ!)
複縦陣で突入してきたネルソン以下の長谷川艦隊が、日下部艦隊の隊列を分断する。
ネルソンタッチ。19世紀初頭のイギリス軍人、ホレーショ・ネルソンがトラファルガー沖海戦で行った戦術から名前を取った、艦娘ネルソンのみが使用可能な特殊な砲撃戦術だ。
ネルソン自身と僚艦2人による集中砲火。艦娘がこんなものを浴びれば当然ただで済むはずがない、のだが……、
(Shit! これ、ネルソンたちに明らかに手加減されてマース!)
(本来なら一発轟沈しておかしくない威力だが、綺麗に中破で止める! 長門および金剛、中破! 下がるぞ!)
想念兵装である艤装は物理兵装と異なり、込める想念力によって威力を多少上下させることが可能ではある。だがこんな微細な調節を可能とするなど、一体どれほどの練度があれば可能なのだろう?
(わかった。ある意味でありがたい展開だが……何か悔しいな!)
(同感。特にあたしの場合、あいつらみんな知った顔だからね)
(よし川内、一糸報いるぞ! 第二艦隊、026500から113250を経由して030500。砲火を避けて肉薄)
日下部のアイギスは最適なルートを叩き出す。
(了解。と言っても……)
「行かせるわけないだろ、川内さん」
「有明!」
それは当然、長谷川のアイギスも同じルートを導けるということだ。ならば迎撃側は単にその進路上で待ち受ければ良い。
「まぁそうなると思った。水雷戦用意!」
「っと、こっちの旗艦はあたしじゃないんだな」
あえて想念ではなく言葉で指示を出した川内に対し、有明は隊列の後方に下がってみせる。
代わって先頭に立つ艦娘の姿は、
「お久しぶりです川内さん」
「矢矧、あんた……!」
「川内さんが入れ替わった時、私の改二はまだだったわよね。私、すごく強くなったのよ?」
阿賀野型3番艦・矢矧。ちょうど川内が日下部鎮守府の川内と入れ替わった直後の頃に、彼女の改二および改二乙が大規模改装可能となった。
特に改二乙ともなればその火力と装甲は下手な重巡を凌ぎ、特殊潜航艇や水上戦闘機などの強力な装備も可能な、言ってみれば「軽巡の完成形」と言えるような存在である。
「私、夜戦も存分にやってみたいわ!」
「夜戦は望むところだけどー!」
まぁ、当たり前だが勝てるわけがない。
(提督、第二艦隊壊滅! 全員中破!)
(ここまでだな。後退!)
日下部鎮守府、港湾部の沖合。
艦娘たちから伝わってくる想念波に、日下部は思わず歯噛みする。一矢報いるどころか、第二艦隊に至るまで綺麗に中破で止められた。
「いかん、見事にやられた。これが戦力の差か」
明らかなる手加減を受けて、思わず想念ではなく言葉が飛び出した。
だがそれはあくまで独り言のつもりで、
「そちらは長門の
「……なっ!?」
返答があるとは夢にも思わなかったから、思わず飛び上がりそうになった。
至近距離、眼前の海上。アイギス発動時特有の身体にフィットしたスーツをまとった長谷川が、軍刀型の想念兵装を片手に立っている。
その足には日下部と同じく「オリオン」を履いている。先日の昭南本土航路戦で有効性を確認したことで、正式採用として大本営全体で想念レシピを共有してはいたが、まだ数日しか経っていないのにもう用意しているとは驚きだった。
「お前アイギスで戦闘管制しながら、自分でもここまで突っ込んできてたのか!?」
「その通りです。あまり陽菜を舐めないで下さいな」
事もなげに言い放ったその姿に、日下部は本当の意味で敗北を悟る。
「わかった。長谷川、
「わかりました。まだまだ高い壁であれて、後見人としては良かったですわ。では、後は陽菜に任せなさい」
長谷川は軍刀を一閃する。刃に想念力を通さなければ、手にあるこの軍刀型の想念兵装はただの金属の塊だ。それでも日下部の意識を刈り取って昏倒させるには十分な威力だろう。
「ああ。サラとサラトガのことを、よろしく頼む」
刃の命中するその瞬間まで、日下部は艦娘の身を案じていた。
「あなたは。王子様だった頃から、本当にそういうところだけは変わりませんのね」
思わず口を突いて出た言葉に、自分自身が驚いた。最終的に受け入れられなかったとはいえ、かつてこの男に対して抱いた恋心は本物だったのだと改めて気付く。
別に血糊が付着しているわけでもないが、それでも長谷川は軽く刃を振るってから一度納刀する。
「さて、サラ様。この状況を招いた立場として、何か言うことは?」
柄頭に手をかけたまま、長谷川はサラ・ローレンスに向き直った。
いつでも鯉口は切れるし、刃に想念力を通すこともできる。
「サラは……艦娘として、提督やみんなのために頑張りたかっただけなんです。でもこんなことになるなんて、決して望んでいませんでした」
震えながら絞り出された声からは、偽りの色は感じなかった。
「ごめんなさい。投降いたします……」
「結構。こちらも
サラの発言を確認してから、長谷川はがくっと片膝を着く。
自分のことを白百合姫なんてものだと思っていても、意地を張るべき状況というものはある。
(陽菜! 今行くぜ、待ってろ!)
想念交信からは、心配する有明の想念が伝わってきた。
どうやら愛する赤薔薇姫を必要以上に心配させないために、もう少しだけ意地を張らないといけないようだ。
※サラ編第3弾です。ちなみに前話の後書きに書いた通り、今回はサラの影は少し薄めです。
かつ、ここでサラ編はいったん中断です。次話はこの話の続きではありますが、メインになるのはサラではなく別のキャラクターです。
アイギス戦について。
バトル物でよくある「主人公が次々と繰り出す技を、敵側が全部その一段上の技で返していく」シーンを意識しています。
通常なら主人公はなんとかして勝つか引き分けに持ち込むわけですが、この話は状況的に主人公側が勝ってはいけないわけで、こんな運びになっています。
ちなみに今回出てきた長谷川鎮守府の艦娘たち、この当時は確かに日下部鎮守府には誰もいなかったんですが、11/7現在は全員揃っています。いやー強くなったもんだ。
艦これ、アニメ「いつかあの海で」が放映開始しました。
史実再現のシリアス話……と見せかけて、史実を覆しうるフラグがすでにいくつか散見されます。ハードな話なので轟沈ゼロとはいかないかもしれませんが、「時雨以外全滅」の史実エンドはぜひ覆して欲しいものです。
ブラウザ版の方は、11/9から新しい任務が始まるようです(おそらく秋刀魚祭り)。
ツイッターのリアルタイム更新も一段落しましたので、続きの話もなるべく早めに出したいと思います。