日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Ten years ago 4

恋は全て初恋です。相手が違うからです。

――中谷彰宏

 

 

「一応確認! 陽菜さんは、もう真琴さんに一切未練はない?」

川内は憲兵本部の裏手に広がる森へと走りながら、並走する長谷川に向かって声をかける。

 

「強引に断ち切らせたくせに今更何を。このバ艦娘」

「それを聞いて安心した! 急がないとあのエミリーって人に真琴さん、取られちゃう気がする!」

過去の記憶を取り戻したなら、間違いなく彼女は日下部を求めることだろう。

12月の初頭、松代大本営で偶然出会った彼女の言動を見れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは一目瞭然だった。

 

「ローレンス少佐のおっしゃてたクズ男が日下部とは、言われれば納得ではありますけども。でもあのクソサイコ野郎、あなたを含めた艦娘にベタ惚れですのに、何をそんなに弱気になってますの?」

小首を傾げながら尋ねる長谷川の言葉に、思わず川内は足を止める。

川内を置き去りそうになった長谷川もまた、少し先に進んだ場所で慌てたように足を止めた。憮然とした表情を向けてくる彼女に、川内は虚ろな視線と共に言葉を吐き出す。

 

「あたしたち艦娘って、最後には消えちゃうかもしれないから」

「川内」

バ艦娘、ではなく名前を呼ばれたのは、長谷川なりの気遣いなのだろうか。

 

「今は真琴さんも艦娘を愛してくれてるけど、もしそれに不安を覚えたら、人間や超人(ポストヒューマン)の方がいいって言うかもしれない」

それを心配するのなら、自分は身を引いて日下部が人間や超人(ポストヒューマン)の恋人を作るように働きかけるのが道理だろう。そんなことは理解できている。

できているけども……、

 

「ヤだ、ヤだよ。真琴さん取られちゃうの、ヤだ……!」

そんなに物わかりがいい性格ならば、あの日長谷川鎮守府を脱走したりはしなかった。

自分は夜戦大好きな夜戦バカで、もう一個の夜戦も大好きな夜戦バカ(ドスケベ)で……そして日下部のことが大好きな、どうしようもなく恋する乙女なのだ。

恋する乙女に理屈なんか通用しない。

 

「あら前言撤回。カラダはともかくココロはとても乙女ですわよ、川内」

そんなことは知っているとばかりに、長谷川は微笑む。

 

「そういうことなら急ぎますわよ!」

長谷川の言葉に促されて、川内は再び足を動かす。すぐに森の一角、空き地のようになっている空間が視界へと飛び込んできた。

 


 

エミリーに強引に抱き寄せられていた日下部だったが、不意に彼女の腕から力が抜けた。

 

「エミリー……?」

慌てて一歩離れて名を呼んだ、その目の前で。

エミリーは両膝を地面に投げ、額を擦り付ける。

 

「ねぇマコト……いえ、御主人様。エミーは御主人様のことを思い出してから、グチョグチョになりっぱなしのド変態なの。お願いします。10年ぶりに御主人様のBig Magnumを、エミーのいやらしいカラダに使って下さい」

通常ならまず人は来ない空間とはいえ、憲兵本部からそう遠くない場所で。憲兵隊という秩序を司る組織の制服に身を包んだ彼女が、恥も外聞も投げ捨てて犯されることを懇願する。

それはまさしく媚態と呼ぶに相応しいものだった。

 

「ああ、完璧に私への媚び方を心得ているな……」

ごくり、と喉が鳴る。6日分のお預けを喰った超人(ポストヒューマン)の性欲は、今にも暴発しそうだった。

一言命令さえすれば、彼女は口だろうが下半身だろうが望むままの場所を使って、すぐにでも奉仕を始めることだろう。

それを確信したところで、日下部は……。

 


 

「真琴さん……ヤだ、取られちゃう……」

エミリーの媚態を目にした川内の膝からがくんと力が抜けて、無様に地面に崩れ落ちる。

瞳から涙の粒が溢れて、地面に染みを作って消えていった。

 

「バ艦娘。あの時、陽菜を叩きのめした根性はどこへ行きました?」

「無理だよ。無理やりシようとしてた陽菜さんと違って、エミリーさんのああいう態度、真琴さんは大好きだもん……」

長谷川の言葉も、どこか遠くから聞こえるようだった。

胸の奥の概念核から、全身がめくれ上がるような痛みが湧き上がる。

あれだけ愛の多い男に、自分だけを見て欲しいなんて無意味なことは今更言わない。けれどもせめて、自分たち艦娘だけで日下部を独占したいというのは……それさえも許されないほどのわがままなのだろうか?

そんな川内を冷ややかに見下ろしながら、

 

「川内。あなたと日下部の間の愛情は、カラダから生まれた物だけなのですか?」

長谷川は視線とは裏腹の、どこか教え諭すような口調で言葉を紡ぐ。

 

「え……?」

「陽菜は日下部様と……王子様と付き合っていた時、なかなかカラダを許しませんでしたが、それでも王子様は陽菜に愛想を尽かすことはありませんでした」

川内は面を上げて長谷川の顔を覗き込む。

その頬は、微かに震えていた。

 


 

「すまない、ローレンス少佐」

日下部はしゃがみ込んで、エミリーに視線を合わせる。

 

「……! エミーって呼んで下さい、御主人様!」

「私はもう、お前の恋人でも御主人様でもないよ。お前をそんな風にしといて放り投げたのは、どれだけ恨まれても仕方ないと思うけども。けれども今の私は、艦娘以外を愛する気はない」

今にも暴発しそうな下半身を必死に理性と矜持で抑え込みながら、日下部は求められた主従関係をきっぱりと拒絶する。

 

「どうして!? 川内や時雨、赤城に対してシてるみたいなことなら、私だって超人(ポストヒューマン)だから受け入れられる!」

「そうじゃない。そもそもそんな性癖の話だったら、その3人以外との恋は成立してないさ」

日下部の嫁艦や嫁艦候補が全員、身体破壊姦(リョナ)で悦ぶドMというわけではない。

そんなことではなく……エミリーを拒絶するのには、もっと大きな理由がある。

 

「艦娘は人間にとって都合がいいように、大いなる知性による創造(インテリジェント・デザイン)された種族だ。人類を救った後の艦娘は種の目的を果たして消えてしまうか、その力を疎んだ人類に処分されるか……いずれにせよ、その結末には光を感じない。けれども私は、最後まで艦娘と共に在ると決めている。艦娘が人類の守護者となるように生まれてきたように、私は艦娘の守護者として生を全うしたいんだ」

たとえいつか、人類の守護者の座から艦娘が追放される日が来たとしても。

自分は……少なくとも自分だけは、艦娘という種族を絶対に裏切らない。

 

「最初の嫁艦候補6人とそれ以外の艦娘の間での浮気だのなんだのは、しょせんローカルルールの問題だから、あいつら怒ったりしてもなんだかんだ最後には許してくれると思うけどさ。それ以外の人間や超人(ポストヒューマン)と浮気したら、きっとあいつら許してくれない。本気で愛想を尽かされる気がする。これ前に長谷川の奴にも言ったんだけどさ」

あの最悪の失恋で一度失った、「恋」という感情。そして深海棲艦によって奪われそうになっていた、「命」。

大切なものを2つも守ってくれたのは、艦娘だったから。

自分の恋も命も、艦娘のために使い切る。それが日下部の「意志するところ」だ。

 

「だから本当にすまない、ローレンス少佐。あなたの好意は嬉しいけれども、その気持ちは受け入れられないよ」

過去の負い目に怯むことなく。

エミリーに対等の高さで視線を合わせながら、日下部はきっぱりと言い切った。

 


 

「う、うああああ……ッ!」

日下部の拒絶の言葉に、エミリーが崩れ落ちる。

どう言い訳しようとも、彼女は日下部に人生を狂わされた被害者なのは間違いないだろう。だが彼女は自分の意志で、日下部との恋を再び始めることを求めた。

であれば……恋も戦いなのだから、そこに勝者と敗者が生まれるのは仕方のないことだ。

 

「決着は付いたようですわね。川内、出番ですわよ」

長谷川の声は、凪いだ海面のように静かだった。

ほんの数ヶ月前にもこの声を聞いたことを、川内は思い出す。TSした日下部を強引に犯していた長谷川を叩きのめした、あの時のことだ。

 

「陽菜さん……」

「日下部の22歳の時の恋人として言います。とっととアレの胸に飛び込んで、17歳の時の恋人に勝者が誰か見せつけてきなさい」

勝者は敗者の前では胸を張れ。それは他ならぬ日下部の言葉だ。

 

「うん! ありがとう、陽菜さん!」

川内は涙を拭う。四肢に力を込めて立ち上がる。

前を向き、自分の愛する人をまっすぐ見据える。

ここから日下部の胸まで、艦娘の脚力ならば本当に一瞬だ。

 


 

「おーい、真琴さーーん!」

「おー、川内。見てたか? 私、ちゃんと自分の意志でお前たちを選んだからな。浮気はしてないからな!」

想念交信で繋がっている以上、日下部の側でも川内がすぐ近くに来ていることには当然気付いていた。

誘惑に負けずにエミリーを拒絶できた理由のひとつに、それがあるのは間違いない。

 

「見てた見てた! なかなかイイよ! 今夜は一緒に夜戦……」

「今夜までなんて待てるか、今すぐホテルに行くぞ!」

「うん!」

日下部は川内を力強く抱きしめる。

6日ぶりの川内からは、相変わらず夜のような匂いがした。

 

「……っと。その前に」

だが日下部は慌てることなく、川内が駆けてきた方向に目を向ける。

そちらからは長谷川が、ゆったりとした歩幅でこちらへと歩いてきていた。

 

「長谷川、ありがとう。今回は本当に何から何まで世話になった。感謝する」

「礼には及びません。被後見人の面倒を見るのは、後見人の努めですわ。前も言いましたが、あなたが誰かの後見人になることがあれば、陽菜が今回したことをその人にして差し上げるように」

内心まではわからないが、言葉の上では長谷川はあくまで提督としての立場を崩さなかった。

 

「後見人か……わかった。私がいつか誰かの後見人になることがあれば」

提督たち艦娘運用部隊は通常軍と異なり、上意下達の命令系統はほぼ存在しない。艦娘という大きな戦力をかなりの自由裁量で動かすことができ、命令がある場合でも大本営から個々の提督に直接下るようになっている。

そのため提督同士は何かがあっても、まずは相互扶助(ソーシャル・コミュニケーション)で対処しなければならない。後見人制度はそれを補助するためのものだ。

もちろん戦力の貸し借りは厳禁であるが、提督として着任する際の初期知識の習得、着任後に艦隊を運営する際の助言、そして今回のようなトラブル発生時の解決協力など、後見人が面倒を見るべき事項は多岐に渡る。

一方で誰かの後見人となっても、得られるものは名誉くらいしかない。それでも後見人制度が途切れることなく続いているのは、ひとえに互助精神のたまものだろう。

 

「あと今後の正式な辞令については、川内と致し終わったら大本営に顔を出して受け取りなさい。現況について陽菜から説明して差し上げるつもりでしたが、自分で確認するのも一興でしょう」

「……?」

これには思わず首を傾げる。そういえば釈放手続きの際にエミリーも何かそういったことを言っていた。

一体何が起きているのか、少し気にならないでもないのだが、

 

「ほら、あまり川内を待たせないように。今ここで始められても困りますわ」

「わ、わかった」

長谷川に促されて、ひとまず疑問は棚上げすることにした。

 

「じゃあ川内、行くぞ!」

「うん! 真琴さん、いっぱい可愛がってね」

「おう。6日分溜まってるからな。超人(ポストヒューマン)の性欲を舐めんなよ」

日下部は川内の黒髪を撫でる。そこには誕生日に贈った星型の髪飾りが留まっていた。

人類最大の居住圏となった松代の繁華街には、ラブホテルはいくらでも存在する。

超人(ポストヒューマン)と艦娘の脚力であれば、そこまでは数十分もかからずたどり着けることだろう。

 


 

日下部と川内が仲睦まじそうに去っていく背中を、エミリーは呆然と見送るしかできなかった。

自分が今抱いている感情は嫉妬なのか、それとももっと別の何かなのだろうか?

 

「ローレンス少佐、少しお話しできますか?」

不意に声をかけられて顔を上げれば、見下ろしてくる長谷川と視線が交錯する。

 

「……長谷川提督」

「陽菜も提督ですから、元祖マインドハッカーとしてのアレの所業は知っていました。それと陽菜の中にある王子様を結びつけるのはなかなか難しいものがありましたが、提督になってからのアレの言動を見てようやく実感できました。妙なローカルルールを作ったり変なこだわりを持ったりしないで、人間だろうが艦娘だろうが来る者拒まずで片っ端から性欲に忠実に喰いまくる方が、むしろ本来のアレの性質には近いのでしょう」

彼女が今にも泣き出しそうな顔をしているように見えるのは、はたして気のせいなのだろうか?

 

「それを変えた原因は陽菜の兄と、そして他ならぬ陽菜なのでしょうね」

その声音に込められている感情が「後悔」であることに、特に先天性の共感性欠如(サイコパス)ではないエミリーは気付く。

きっと彼女は22歳の時、日下部を受け入れたかったのだ。受け入れて、エミリーと同じように肉の悦びに目覚めたかったのだ。けれども彼女はどうしようもなく真性レズビアン(ガチレズ)で、男である日下部を受け入れられなかった。ただそれだけの話。

実際に行為に及ぶまで、それを認められなかったのは……確かに、彼女の過ちであるかもしれないけども。

 

「誰かの影響で、自分の意志と関係なくそれまでの在り方が変わることなんて幾らでもあります。いつだって現実は過酷で、そして人は無力なものですが、それでも生きていかなければならない以上……そういう時は自分が変わるしかないんです」

実際、自分の性的指向を認めた後の彼女はとても潔かった。

この現代にあって彼女の実家は時代錯誤なほどに保守的ではあったものの、臆することなく立ち向かった。理解者である兄の悠也はもちろん、両親にも自分の性的指向を認めさせた。

幼い頃からの婚約者とも婚約を破棄した……これは後に別の悲劇に繋がっていくことになるのだが、それは今は関係ない話だ。

 

「……言ってることは、わかる」

「よろしければ、溜まった物を吐き出すお付き合いぐらいはさせていただきます。アレとの恋を失った者同士、なんて繋がりでよろしければですけどね」

そう、彼女は同じような痛みを理解できる存在として、自分を励ましてくれているのだ。

エミリーは小さく息を吐き出す。

 

「ありがとう。そうね、こういう時は一人にならない方がいいんでしょうね。お言葉に甘えるわ」

「よろしくお願いしますわね」

長谷川の差し出した手を取って、エミリーは再び立ち上がる。

割と後先考えずに日下部を誘惑してしまったが、もともとこの後は簡単な報告だけすれば仕事から解放される予定ではあった。

松代の繁華街には、ラブホテルも多いが飲み屋も多い。

憲兵隊とはいえ、オフの時間にそんなに風紀にうるさい必要はないだろう。多分。




※というわけでこれにてエミリー編完結です。
エロ漫画やエロゲーでは「昔誰かに調教されていた女性が、数年後にその調教していた男と再会してまた堕とされる」というのは定番のシチュエーションのひとつだと思われます。
今回はまさしくそういう話ではあるんですが、あいにく本作はエロを目的とした作品ではありません。なので残念ながら日下部は、己の矜持に従ってエミリーを拒絶しました。
まぁ本作は一応艦これの二次創作ですし、艦娘関係ないところでオリキャラ同士が恋愛しても……ね。

後見人制度について。
ゲームとしての艦これはびっくりするくらい公式がユーザーに情報を提供しないので(そういう運営方針みたいですね)、ツイッターなどのSNSで提督同士が情報を共有しながら攻略しています。
が、残念ながら日下部鎮守府世界ではネットは戦略目的では使えないので、代わりに生まれたのがこの設定です。
ちなみに後見人になるためには「提督着任後4回以上イベントを完走、かつ甲種勲章を1回以上取得」という資格条件がありまして、リアル2022年11月現在日下部鎮守府は甲種勲章ゼロです。なので日下部はまだ後見人になれないのですよね……。

艦これ本編は秋刀魚祭りがまだまだ続くようです。12月初頭まで続きそうな感じですね。
この隙にSSを更新したいので、ツイッターでのリアルタイム投稿の合間を縫ってですが、次話も早めに投稿したいところ。ちなみに正月任務辺りの話になる予定です。
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